旅が始まる頃には無敵でした
魔王のことを知らないと告げたセーカさんは、この世界の最低限の知識を与えられた俺に、俺自身の異常な状況を教えてくれた。
「魔王のことの前に、ユイトくんを守った防衛魔術の彼女、それにユイトくんの視界に映っているメニューなんだけどそれらは全てこの世界に存在しない魔法なの。そうだね、ユイトくんとも、この世界とも違った更に別の世界の魔法と言えばいいかな。」
セーカさん曰く、聖剣の反応に気づいた時、言葉も術式も不明な異質な存在である俺をどう接していいのか、かなり戸惑ったそうだ。俺には見えないが、俺を守っている術式にアクセスして強引に解析して理解したらしい。魔法をハッキングしたイメージだろうか。その割にサクッと解析していたような。
俺の言葉を理解してアプローチして敵意がないと判断したセーカさんは姿を現した訳だが、今度は防衛魔術が擬人化して攻撃する事態に突入する。術式が人へ変わる。これもこの世界ではありえないそうだ。
例えば、長寿な樹木が精霊化することや、人を殺傷し続けた剣に悪霊が宿ることはあるそうだが、人が発した魔法が意思を持ち人の姿になることはこの世界の法則的にはありえないらしい。
「という訳で、ユイトくんを守った術式さんはこの世界に合ってはならない異物的存在なんだ。ちなみに、このまま放置すると明日には魔力が枯渇して自然に消滅すると思う。どうする?」
そんな言葉を投げかけてきた。その表情は冗談とも本気とも取りづらい、ただこちらを見る眼差しはまっすぐだ。
「セーカさんを攻撃したうえで、こんなことを頼むのは筋違いかもしれないけど、もし可能なら助けて欲しい。彼女の存在が俺を守るためにあるなら、彼女に悪気がある訳ではないと思し、力の使い方をちゃんと教えてあげればこの世界に害を及ぼすことも無いと思うんだ。」
正直、味方は一人でもいた方がいいという打算もある。
だけど、この世界にとって異物なのは俺も同じな訳で、そういう理由で存在を否定しちゃいけない気がするんだ。
その言葉に彼女は笑顔で応えてくれた。
「了解。彼女は多分生まれたばかりで、何も知らないと思うんだ。ユイトくんちゃんと面倒見てあげてね。」
なんだろう、昔、拾って来た猫を面倒見るなら飼っても良いと告げた母親のあの表情に凄く似ている気がした。
彼女は神様だからこの世界が自分の家みたいものなんだろうか。そこに野良猫を連れてこられても許容するだけの器があるんだろうか。どちらにしても彼女は俺にとって温かな存在だと思えた。
「あぁ、約束するよ。セーカさんの世界でもちゃんと生きていけるように俺が責任を持つよ。」
この世界に来たばかりの俺が言うともの凄く無責任な発言にも思えたけど、俺だって見栄をはることはあるんだ。許せ。
「うん。信じるね。それじゃあ、ユイトくん魔力を彼女とリンクするから少し目を閉じて。」
言われるがままに目を閉じる。そうすると少しだけ、力が抜けていく気がした。
同時に、システムログにメッセージが流れる。
-防御魔術との接続が確認されました。防御魔術のMPが残り10%を切っています。MPを供給しますか?
許可する。と念じて見ると、システムログにメッセージが流れた。
-供給を開始します。なお、MP付与後、残りは75%になります。自動MP回復機能により、約30分で回復する予定です。
どうも、加護の影響で回復速度も速いらしい。
魔力供給を終えた防衛魔術さんは相変わらず、身動きが取れないままセーカさんを睨んでいる。
綺麗な顔が台無しだ。
「それじゃ、ユイトくん僕は一旦戻ることにするね。それから、ここから北へ真っ直ぐ進んで、あの山にある山道を越えた先に町があるから、まずはそこを目指してみるといいんじゃないかな。」
そう言って、セーカさんは、次の目的地の方角を指で指して教えてくれた。
「いろいろありがとう。一先ず、そこに向かってみるよ。」
「うん。何かあったら、呼んでね。直ぐくるから。それじゃあね。」
セーカさんは、挨拶と同時に姿を消した。どういう原理かは知らないが、神様なんだからきっと何でもありなんだろう。深く考えたら負けな気がする。
さて、セーカさんが消えると同時に、自由を得た防衛魔術の彼女。敵がいなくなったと認識し、真っ直ぐ俺を見ている。美人に見つめられるのは嬉しいけど、無表情なので何を考えているのか分からないところがちょっと怖い。
「俺はユイト。俺の言葉は分かるかな。」
セーカさんと戦闘前に排除するとか、物騒なニホン語を話していたが、一応確認してみると、彼女は無表情のまま頷いた。
「オーケー。それじゃ君の責任者は誰なのかな。」
「私に責任者はいません。私の存在は、マスターを守るためにあります。」
マスターとは俺のことなんだろうな。
彼女が知っていることを確認したが、そもそも記憶(彼女はログと言っていたが)は俺がこの世界へ召喚されるタイミングから始まったらしい。つまり、俺以外のことは何も知らないようだ。
「それじゃあ、召喚した武器はどうして知っているの?」
「マスターの記憶へアクセスしました。攻撃能力が高く、消費魔力が低いものから優先的に構築しました。」
つまり、聖剣は最も消費魔力が高い訳か。セーカさん曰く魔力が枯渇すると消滅と言っていたから、その辺も考慮したのだろう。しかし、聖剣の振り回し方がかなり異常だったが……。
ちなみに、記憶のアクセス対象は俺に限定されるが、自由にアクセスでき一定の魔力を消費することで構築可能らしい。
更に彼女自身の姿は俺が敵対や恐怖から最も離れた存在を選択したらしいんだが、時期が違っていたらセクシー女優のお姉さんになっていた可能性もあったと言うことか。あぶねー。
神様といい、こいつといい、どうやらこの世界に来て最初に失ったものが日常なら、その次はプライバシーで間違いないようだ。
「ところで、君のことなんて呼んだら良いかな。」
「名前はありません。オイでも、オマエでも構いません。」
構うわ。そんな熟年夫婦みたいな呼び方できるか。
「それじゃ、悪いけど勝手に名前付けさせてもらうよ。そうだな、なんだかAIっぽく自分で考えて勝手に学習しているようだからアイと呼ぶことにするよ。」
「承知しました。」
セーカさんと対象的に与えられた名前に対して何の感慨も感じられず、無表情のまま自分の名前を受け入れた。
「それじゃ、名前も決まったところで、一つ確認なんだが、アイは俺の命令は何でも聞くの?」
とても大事なことなので、まずそこを確認する。いや、決してヤマシイ理由とかじゃないから安心して欲しい。本当だよ!
「イエス。私はマスターを守る為に存在します。指示を与えていただければいつでも誰でも全力で排除します。」
いや、肯定しながら、しれっと何でも排除しようとするのは止めて欲しい。
「それじゃあ、アイ最初の命令だ。先ず俺が許可しないうちに勝手に殺すことや、相手を傷つけるのは禁止だ。物を破壊する事も同様だからね。」
俺のオーダーに初めて困惑した表情を見せる。
「理解できません。マスター。何故でしょうか。」
困惑するアイに再度命令だ。と一蹴した。
こいつ本当は戦闘狂なんじゃ無いだろうか。セーカさんとの約束もあるし、しばらくは徹底的に教育せねば。
記憶と一緒に倫理感は得られなかったのかと聞いたら、それは理解不能な為アクセスを止めたそうだ。そこは頑張れよ。
一先ず、最初の目的地も分かったところで目的地に向かって歩き出す。
この時点で得られたもの
過保護の魔王さんからの破滅的に強力な武器が盛りだくさん
世界の管理者ことセーカさんの加護
放置すると危うい戦闘狂の恐れがある防衛魔術アイ
旅が始まる前から無敵でした。それはもう迷惑なほどに。
冒険がやっと始まりました。