その八
『はい?』
怪訝そうな響きを宿した妖精の声。
しかしそんなことを気にしている余裕はない。
「いや、今のは?なに?なんだったの?」
『それはさすがにワタシにも分かりかねますが……さて、骸にしては獣じみてましたし。オークでしょうか、キメラでしょうか』
現実離れした、ゲームの世界でしか見聞きしないような響きの名称を聞くうち、頭が痛くなってきた。
『そんなことは些末なこと!それよりも貴方のお名前をお聞かせくださいませませ!』
陽気なその声に調子が狂う。
頭を掻きながら少し思案する。
「……サク、でいい」
『サク様!それでは早速ガイド致しましょう』
このゲームのような世界をか?
ゲームのような…そう考えると、唐突すぎて気が動転してしまったが、これはこれで貴重な体験なのか?
退屈に飽かせて読み漁った異世界ものの小説。その主人公のような立場に、今俺はいるんじゃなかろうか?
とすると、この物語の主人公は、俺?
満更でもない気分で髑髏アクセを持ち上げ、続きを促す。
『それではまず……至急ここから離れるべきでしょう。何故ならここは』
何故ならここは…その続きを遮るかのように、生ぬるく、生臭い風が頬を撫でる。
何の気なしに振り返った、そこには。
数メートルはあろうかという歪な巨体。体皮はごつごつのがさがさで、所々異形、首から上が平べったく牙のようなものがウジャウジャ蠢いている。腕は四本あるようだが一本――右後腕とでも言おうか、右の肩甲骨付近から生えている腕が二の腕までしかない。残る三本の腕のうち、二本、左右前腕に掲げられているのはぎらりと光る刃物。俺の身の丈ほどあるそれは昔とあるホラーゲームで見たことがある形状をしていた。肉切包丁ってやつに近い。
控え目に言って、とんだ化け物だった。
叫び声をあげる間もなく、ずっ――と鈍い衝撃が身体に走る。
化け物から伸びた腕、そこから肉切包丁が伸び、俺のわき腹へと――恐らく、お腹から背中までがっつり裂かれているだろう。
傷口が熱を帯びる。身体がまったく言うことをきかない。
ああ。まさか俺は死ぬのか?
せっかくの異世界、まるでエンジョイすることもなく。
耳鳴りがする。妖精サンの声さえ聴こえない。
薄れ行く意識のなか――最期にかすかに感じたのは、その化け物の頭部から漏れ出す生ぬるい息だけだった。