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08 王都ローマリア近郊:朝のミサ

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 ■コックリの視点



 凛とした空気が家々を包む。

 少し湿り気を帯びた、高原のような冷たい空気。



 夜明け前の静かな時。

 見上げる濃紺色の空には、星がチカチカと瞬いている。少しだけ……少しだけ物悲しくなる藍色の夜明け前の空。東の空を仰ぎ見れば、黒い黒い山脈のシルエットが見渡す限りに広がり、山の稜線がわずかに白みつつある。



 まだだ……夜明けはまだ……

 あと一時間もすれば、新しい朝が来る。新しい朝が……



 俺は修道院の礼拝堂の入り口の前に立ち、村人たちの訪れを静かに待っている。

 村人たちは毎朝行われる早朝のミサに参加するために、もうそろそろやって来るはずだ。広場に面した家々の窓からはロウソクの灯りが一つ、また一つと増えてきて……



 修道院を見ると、厨房からロウソクの明かりが瞬いている。

 シスがシスターとともに厨房にいるんだ。今晩の食事はシスが作る予定なので、今のうちに厨房を知っておきたいそうで……。しかしシスターは毎朝子供たちの食事の準備をしてから、ミサを行っているから本当に大変だと思う。数日間はシスが代わりに食事を作ってくれると思うから、少しは楽になるんじゃないかな……



 とその時、広場につながる通りから、ロウソクの光が見えてきた。

 ほぼ暗闇の世界だが、霊力で強化した俺の目には誰が歩いてくるのか手に取るように分かる。あれは牛飼いのジョーシュおじいさんだ。ああ、剥げたなあ。おじいさんが俺に気がついた。



「おお! コークリットか!?」

「はい、おはようございますジョーシュおじいさん」

「おお、久しぶりじゃな! 元気にしておるようだな!」

「はい、おかげさまで」

「この村にも噂は届いておるよ。大変な活躍だそうで、わしらも誇らしい限りじゃ!」

「ふふ、そう言っていただけるとうれしいです」

「はあ~、あの悪ガキがなあ」

「ふふ」



 ジューシュおじいさんはしげしげと俺を見て言った。

 そういえば、お世話になったなあ。特にお腹がすいた時、勝手におじいさんの家に忍び込んでチーズとか食べさせてもらったっけ……。お世話というよりは迷惑をかけた、かなー。そうそうアリアと一緒に忍び込んだよなー……



 などと思い出にひたっていると、通りからポツリポツリとロウソクの光が増えてきて……



「おお、コークリット!」「久しぶりだな!」「おお、悪ガキの神殿騎士殿!」



 老若男女、訪れる村人皆が変わらず俺に接してくれた。

 ああ、ありがたい。俺が聖霊に導かれて訪れる町や村では大体いつも、『怪異から人々を救う強く凛々しい神殿騎士』だったり『伝説的な逸話を数多く残してきた神殿騎士の一人』という目で見られ、扱われるので……結構な重圧を感じる。それを我慢して我慢して、耐えられなくなった時いつもこの修道院へ戻ってきて、兄弟たちと過ごし、重圧から解放されるということを繰り返していた……



 でも今はシスが一緒にいてくれるから……

 彼女によって癒されて、この修道院へ戻ってくる頻度が少なくなったんだ。シスターがシスに「コークリットが心を押し殺していないのは貴女のおかげ……」と言ったのは、そういうことだ。



「そろそろか……」



 東の空がわずかに赤く、グラデーションを見せ始める。

 黒い黒い山脈の帯を下層に、それを縁取る真っ赤な稜線、赤から白へ色を変え紫色に変わり行く中空、そして世界を覆う藍色の大空のふた……ああ、赤から藍色につながるこの妖しくも美しいグラデーションの空を見るたびに……なぜかヤキモキする。俺の場合はきっと、早く陽が出てほしい、暗闇を掃う太陽が早く見たい、と思っているからかな……



「コックリ……」

「んんー…………ん!?」



 礼拝堂の扉の横で感傷に浸っていた俺は、声のする方を見て……

 言葉を失った。シスが住居スペースからやって来るところだったが……彼女はシスターと同じ黒い修道服に身を包み、白いウィンプル(女性修道僧の頭巾)と黒いベールをまとっていたからだ……。シスは俺の前に立つと、恥ずかしそうにしながらも……黒いスカートのすそを少しつまんでクルッと一回転した。



「ふふコックリ……どうかな? 似合うかな?」



 彼女はニコニコしながら俺に感想を求めたが……



 俺は、呆然と見惚れていただけだった。



 彼女は小柄な女性用の修道服を着ている……

 体のラインがはっきりとしていて……



 修道服を着た彼女は……

 とても清楚で……

 清楚で愛らしくて……



「……コ……コックリ?」



 不安げに問うシスに俺はやっとの思いで返事をした。



「あ…………あぁ……」



 とにかく、とにかく見惚れてしまった……

 俺が「ああ」としか言わなかったことから、彼女はハッとして俺を見上げた。



「へ……変かな!? そ、それとも修道僧でもない妖精が着たら、マ、マズイかな!?」



 彼女は俺の沈黙を誤解したようだった。



「いや、いやマズくはない……その……ただ……ただただ綺麗で……すごく似合ってて……見惚れてただけ……」

「ほ、本当!?」

「うん、綺麗だよ……」



 シスは大きな目をさらに大きくして……ピンク色の唇の端がピクピクし始めた。

 両頬に手をあてて、緩み始めた頬を押さえている。切れ長の目が細まり顔をほころばせて……その仕草がまた可愛くて……胸がキュウッとなった。ああー、両手を頬にあてているから……彼女の特徴の一つである大きくて豊かな胸が腕の間で挟まって、否応なく強調される……ぐううぅっ!



 俺は……ムラムラしはじめて……くそっ!

 そうだ、俺はもう彼女のために我慢する必要はないんだ! 今なら誰もいない!



「シス……」俺は彼女の華奢な二の腕を優しく抱くと、俺の胸元に引き寄せて抱きしめた。

「は、はわわわわっ」



 シスは俺の突然の行動に、はわはわして……

 身を固くしているものの、彼女の二の腕も背中も……細身で華奢なのに柔らかい。ああ、本当に柔らかい……



 彼女は俺の胸板に手をあててわずかに距離を取っていたものの、徐々に手の力を緩めて俺の胸に体を預けてきた。彼女は俺の胸に顔を押しあてて額をグリグリする。そして俺の胸にあてていた手を、モジモジさせながらも少しずつ、少しずつ俺の腰へと下していく。俺の胸から脇、脇から脇腹、脇腹から腰へと、筋肉の付き方を楽しむように下りていく彼女の手が……何とも言えず俺をさらにムラムラとさせて……俺の男としての本能が首をもたげてきた。



 うぐぐ……早まるな!

 落ち着け! 鎮まれ! 治まれ……落ち着け……!

 くそっ抱きしめるんじゃなかった……!



 俺は呼吸を止めて必死に男としての本能を抑える。

 別のことを考えたり……手の甲をつねったり……しかし、シスが腰に回した手を腰骨に沿って背中に回して来て……背中の筋肉の隆起を愛おしそうになでてきた。彼女の腕の長さでは、相当体を密着させないと手が回らないわけで……もう髪の毛一本も入らないほど体を密着させてきたから……彼女の豊かな胸が俺の腹に押し付けられて……



 二つの大きな大きな柔肉が……子供の頭ほどもある重そうな果実が……圧倒的な弾力の房が……俺とシスの間で形を変えながら俺に吸い付いて……



「~~~~~っっ!!」



 俺は声にならない声を上げた。



 二十一歳の若者には、愛する女性の官能的な肢体に抗うことなどできず……

 必死の抵抗にも関わらず、俺の本能の塊は彼女のお腹を力強く、ただただ力強く、押した。



「はっはわあぁぁぁっ!」



 シスは腰をガクガクさせて、俺の本能の塊から身を引く。

 それでも俺に抱きついていたいようで、俺の背中に手を回したまま腰を遠ざけて……変な立ち方になった。



「す、すまんっ!」 小声で謝る。

「は、はわわわわ……」 声が、体が震えている。

「そんなに怖がることないだろ……?」

「は、はわわ……だだ、だって……だってだって……」

「愛する女性に抱きしめられたらっ! こうなる!」

「はわわ……そそ、そうなの……!?」

「そうだよ……!」

「はわわ……はわわ……」

「そんなに怖くないだろ? 光る海で……六時間はこれがシスのな」

「はわわわああああっ!!」



 シスは俺の胸に顔を押し当ててくぐもった声で叫んだ。

 たぶん誰にも聞かれていないはずだ。ウィンブルから蒸気が立ち上って樹木の良い香りがする。俺は彼女の肩に手を置くと、ゆっくりと彼女を引きはがした。シスは意識して俺の下を見ないように、目を俺の顔に固定して……ピンク色の唇を固く閉ざして……直立不動で立っていたが……



 ゆっくり、ゆっくりと……視線を俺の下腹部へと落として……



「は……はわわっ……はわわわわっ……!」



 彼女は両手を口元にあてて俺の本能の塊を見る。

 もっとも、ズボンをはいているから直に見ているわけではないが……本能の塊はズボンを押していきり立つ……。彼女は大きな目をさらに大きくして、白黒させた。



「はわわ……はわわわっ……」



 彼女はそれを凝視したままフルフルと震えて……

 怖いもの見たさか……まばたきもせず見つめている……。だが……怖がっているだけじゃない。何だか……違う感情が見てとれる。それはそう……悦びだ。……頬がムズムズとして……嬉しそうだ。俺が普通に、男として彼女に反応したのが嬉しかったようだ。はわはわ言いながらも、頬が緩んで……悦びが隠しきれていない。



 ……でもそんなにマジマジと見るな! 恥ずかしいだろ!



「ど……どうするの、これ……」

「これって言うな!」

「ゴゴ、ゴメンナサイ!」

「……シスに反応して猛ったんだから、シスに責任を取ってもらうしかない」

「はわわ……ええ!? どど……どうやって……」

「シスを抱くしかない!」

「はわわわわっ!!」



 シスは目を白黒させた。

 と同時に、赤くなって両頬を手で隠す。ああ、こんな会話だけでシスは呼吸が荒くなってるな。



「はぁっはぁっ、でで、でも……でも……!」

「ああ、ここじゃ無理だ……」

「はわわっ、はぁっはぁっ」

「……今は何とか……根性で抑え込む」

「う、うん……うん……!」

「……でも数日だけだ。数日以内にシスを抱かないと……大変なことになる……!」

「は、はわわっ」

「数日以内に抱くからな!」

「はわわああっ!」



 シスは真っ赤になった頬を両手で隠しながら悶える……けれど……キラキラとした目で俺を見つめる。



 期待に充ちた熱いまなざしだ。

 ああ、また足腰立たなくなるくらい抱こう……抱いて抱いて……抱きまくってやる。俺はシスのことを考えないように、さっきまで押し付けられていた柔肉の果実を忘れるようにして呼吸を整える。しばらくすると本能が治まってきて……



「ふうぅ……」

「……」



 本能が治まって俺が大きく息を吐いた時、シスはひどく残念そうな顔をしていた。

 おいおい……



 その時だった。

 チリンチリン……チリンチリン……



 と小さなベルの音が礼拝堂から流れてきた。

 あのベルはミサが始まる合図だ。俺とシスは同時に現在の置かれている状況を思い出した。



「ヤバイ、ミサが始まる!」

「はわわっ」



 慌てて礼拝堂に入ると、扉を閉めて二人でその前に立つ。



 礼拝堂内では村人たちが静かにシスターを待っていた。

 磨かれた長椅子が整然と並ぶ礼拝堂内には、村人たちが持ち寄ったロウソクの淡い光が揺れ動いて……ああ不規則な石肌が特徴の壁が、ロウソクの温かなオレンジ色の光で独特の陰影を生み出して……綺麗だ。祭壇の至るところでロウソクが揺れ動き、美しい陰影を作っている。アラルフィ大聖堂やサン・マルゴー大聖堂には比べられない質素な礼拝堂だが、それらに負けないくらい美しい光景。子供のころから変わらない、毎朝の光景……



 俺が礼拝堂に入り扉を閉めたその時、祭壇脇に立つ弟と妹たちが聖歌を歌い始めた。

 入祭歌だ……子供特有の高く幼い歌声が石造りの礼拝堂内に響く。少し切なくなるような、物悲しくなるような……幼い子供たちの歌声……。ああ、俺も十歳までは、あそこで毎朝歌っていたな……



「綺麗……」



 ポツリと隣でつぶやかれる小さな声……

 隣を見ると、シスが……

 シスが……

 ……

 ああ……何て……

 何て顔で……

 何て……顔で……



 俺は胸がキュウっとした。

 シスはもう……何というか……その表情は何というか……もう本当に、何というか……



 凄く……凄く……

 女性としての徳に満ちた……そういう表情で……



「綺麗……」

「……うん」

「コックリ……コックリ……」

「ん……?」

「コックリも……子供のころ……」

「うん……」

「コックリも……子供のころ……ああして……」

「うん……」

「ああして……うたってたの……?」



 ああ……

 シスはまた……

 また俺の子供の頃を想い描いてくれているんだな……



「うん……うたってたよ……」

「~~~~~っっ」 シスは声にならない声を発して顔を隠してささやいた 「そうなんだぁ……」



 俺はもう……

 俺はもう……シスが……

 シスが可愛くて可愛くて……

 抱きしめたい衝動を必死に抑えていた。



 ダメだダメだ……早く、シスター来ないかな……

 ミサを進めてほしいんだ……



 とその時、祭壇の右側の扉が開き、シスターが祭壇へと歩いてきた。よしよし、これでミサの方に集中できる……ああ変わらないな……シスターは祭壇の前に立つと、静かに穏やかな口調で皆に挨拶した。



「皆さん、おはようございます。それではこれより『 第二章 』のミサを行います」



 なるほど、今日は第二章か。

 そう思っていると教典をめくる音がして……厳かにミサが始まった。



 ロウソクの明かりが瞬く礼拝堂内に、老若男女、様々な声が一つになり、堂内にこだまする。穏やかな、暖かみのある唄のような旋律。一定のリズムに乗せて広がり行く聖なる言葉。波紋のような唄声が礼拝堂の壁に反響する。ああ、変わらない……昔と本当に変わらない……



 ああ始まった……変化が始まった……

 俺だけに見える変化が……



 変化……といっても、その変化は物質的なものではなく精神的なものだ。この中でその変化が分かるのは、聖霊と交信できる者、聖職者の俺だけなのが残念だ。



 聖魔法を使える俺の目には水晶の玉のような無数の光り輝く球体『 オーブ 』が石床から生まれ天井に向かって昇っていく光景が見えている。薄ぼんやりと輝く儚い球体が……シャボンのような不思議な光りに包まれた球体が無数に床から生まれてはゆっくりと天へと昇っていく……ああ、いつもながら美しい光景だ……



 このオーブこそが、生命の世界『 物質界 』と重なって存在する魂の世界、『 清冥界 』の浄化された魂であり、世界に平和と安寧をもたらす善良な力だ。



 ミサとは、魔法の使えない一般の人々でも祈りの(ことば)によって世界に良い影響を与えられる簡略化された法術の一つだ。祈りの詞によって清冥界に働きかけ、物質界を清らかな力で包み込み平和と安寧を広げることを目的としている。



 隣を見ると、シスが手を胸の前で組んで(こうべ)を垂れている。

 ああまるで彫刻……聖女像のように美しくて可愛いらしい……。彼女は礼拝堂内に響く穏やかな調べに、ただただ耳を、体を、心を預けているようだ。彼女は妖精だから聖霊よりも精霊を信仰しているのだが、世界の平和を願うこのミサの雰囲気が大好きだそうで、訪れた町などではいつも参加している……ありがとうな。



 ミサには章があって、第一章は聖霊への感謝の祈り、第二章は清冥界への平和と安寧の祈り、第三章は穢れた魂の世界『 汚冥界 』への鎮魂の祈り、第四章は物質界の繁栄の祈り……と分かれている。大きな修道院では日の入りと日の出の時に一気に全章執り行う。



 毎日だ。



 この世界には怨念が生まれやすい。

 不平や不満から、邪まな心が生まれやすい。

 世界中の教会で順次ミサを行うことで、世界中あますことなく平和と安寧で包み込む。ミサは世界を維持する一つの役割を果たしているんだ。



 それでも邪悪な魔物が人々を襲い、不可解な怪異が起こってしまう。そんな時、俺たち神殿騎士が直接的に解決するように組織されている。



 縦に長い窓から、赤々とした光が射し込んできた。夜明けだ。

 ほんの数分の間だが、赤い光が黒い黒いただただ黒い影を礼拝堂内に作り出す。子供の頃はこの赤い光によって作られる影が怖かった……



 ミサの終わり。

 皆の唄声が静かに礼拝堂内へ消えゆく。俺の目には、シャボンのようなオーブが少しずつ見えなくなり……やがて完全に見えなくなった。



 ああ終わった……

 少しだけ……さびしい……

 静けさが、さびしい……

 静まり返った礼拝堂内に、シスターの声が響く。



「ありがとうございました。それではまた明日、よろしくお願いします」



 深々と頭を下げるシスター。



 ん……?

 あれ……?



 ……気のせいだろうか。

 ……シスターに……違和感を覚える。



 どこかが……ちょっと違う……



 あれ……?



 何だろう……




都合で次話が遅くなりそうです

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