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07 王都ローマリア近郊:レスター孤児院の屋根

 

 ■コックリの視点



 風が涼しい夜。



 夜空には上弦の月か……

 弦月(ゆみはり)あるいは弦月(げんげつ)とはよく言ったものだ。(げん)によって弓が半円を描いたような月……

 片割月(かたわれづき)……

 あと一週間もすれば望月(もちづき)、つまり満月に変わる……



 弦月の仄かな光が綿花のような雲を淡く照らす。

 月の光を浴びる綿雲の上層は、美しい白い光と青い光を放ち、光を透過しない下底には黒い影をたたえる。



 美しい夜空だ。

 何も星空だけが、美しい夜空という訳ではないと思う。月の光を浴びて青く光る雲の山々……その雲の山々が作り出す陰影……それらもまた美しい夜空だと思う。



 俺は教会の大きな屋根の上に寝っころがって、夜の空を見るとはなしに見ている。

 素焼きの屋根瓦は昼の光と熱を吸収してほんのりとぬくくて……。夏の暖かい風が丘を駆け上がり、樹々を揺らしながら俺の上へと翔け上り、去っていく。心地よい風だ。教会を取り巻く樹々の枝葉が、爽やかな音を奏でて清々しい気持ちにさせてくれる。



 ああ落ち着く……子供の頃からこうして夜空を見上げていたな……



 俺は少年たちと一緒の部屋に寝ることになり、シスは少女たちと一緒に寝ることになった。

 俺が寝台の上でいろいろな怪異の話をしてやったら、弟たちは大騒ぎしながらも労働の疲れか、途中で眠ってしまった。おそらく、シスも今妹たちにつかまっているはずだが、そろそろ妹たちも寝付くかな……俺はシスと屋根で待ち合わせしようと決めていたんだ。



 俺は目を閉じると、夕食の光景を思い出した。



 ――――――――――



 ロウソクの淡い光が食堂を照らす。

 使い込んだテーブルクロスは淡い光を反射して仄かな光を放つ。ああ変わらないな……。食堂には、片側に十名座れる長いテーブルが二列置かれ、チロチロとロウソクの火が瞬いている。



 俺とシスは、子供たちとは別のテーブルでシスターとともに座る。

 最初は全員で子供たちと同じ席に座ろうとしていたのだが、シスの両隣と前に誰が座るかでもめにもめて……今日は大人と子供で別々にテーブルに座ることとなった。明日からは協議の上、決定するそうだ。ふふ、良かったなシス。



 俺の目の前には、パンが一つとチーズ、豆の入ったマッシュポテトの皿が置かれ、ポタージュが入った器がその横で湯気をたてている。



 質素だ……実に質素な食事だ……

 質素すぎるか……

 俺がいた時よりも……

 俺とシスが急に来てしまったからだろうか……

 それとも……

 もしかして……



 不安が広がる。

 だがそんな俺の不安をかき消す声が響く。シスターが祈りの言葉を唱える声だ。俺たちは目を閉じ、手を合わせてシスターの言葉に続いて祈りを唱える。ああ懐かしい声、懐かしい団らん、懐かしい雰囲気だ……



「さあ、いただきましょう」

「いただきます!」



 全員の声が一緒になった。

 不安が薄れる……ふふ、いい光景だ。と、子供たちが隣のテーブルからこちら側のテーブルを見ている。どうやらシスの様子を伺っているようで……シスは子供から背を向けて座っているからそれに気がつくことなく、ポタージュをスプーンですくって……一口、口に入れる……



 俺は、子供たちの気持ちを代弁した。



「どうかな?」

「うん、美味しい」とニッコリするシス

「うわぁい!」「やったぁっ!」「良かったぁ〜!」



 と、子供たちが大喜びになった。

 シスは子供たちに見られていたと知らず、小さくなって頬を赤く染めて……汗を飛ばしている感じになった。見かねたシスターが子供たちを諭す。



「さあさあ、席につきなさい。システィーナさんがかわいそうですよ」

「「は~い」」



 皆が喜んでいる最中、マークは一人静かに食事をしている……どうしたんだろう……? 後で聞くか……



 俺は気になりながらも、パンにチーズをのせオリーブ油を少し垂らす。馴染んできたらいただきます……うん、美味い! 俺が子供の頃好きだった食べ方だ。チーズとオリーブ油がじわじわ口の中に広がるんだ……ゴックン



 質素だ……実に質素だ……

 今は任務遂行のためにも、腹一杯好きなものを食べさせてもらっているが……子供の頃はいつもお腹を空かせていたな……あ、そうだ。



「そういえばシスター。わずかですが食料を土産として持ってきました」

「いつもありがとう」



 俺は訪れた土地の保存食などをよく買っておく。旅の途中で野宿することもあるからだ。

 修道院に帰ってきた際、それまでに持っていた保存食を全部修道院に渡して食べてもらっていて、この地をほとんど離れない子供たちには珍しい食べ物だから、結構喜ばれている。でも、もっと喜ぶであろう話がある。



「明日、シスに作ってもらおうと思うんですが」



 すると案の定、子供たちが再び喜びの声を上げた。



「やったあ!」「妖精の姫姉様の手料理!?」「凄い!」「うわあっ妖精のお食事!」



 わはは、大喜びだな。

 シスも子供たちのその様子に、嬉しそうに微笑む。思う存分、手料理をふるまってくれな。皆びっくりするぞ、料理歴四百年の腕前に。

 すると……



「ごちそう様でした」

「まあマーク、早いですね」

「はい、マリアの様子を見ようと思って」



 マリアはいつも自室で一人食事をしている。

 子供たちの立てる埃で咳き込むことがあるのだという。実は洗濯などは二日に一度くらいなので……だから基本的には自室だけで生活の大半を過ごしているのだ。



 マークが階段を上っていく姿を、シスは心配そうに見つめている。

 マリアを心配して……というよりはマーク本人のことかもしれない……ああ、シスも気が付いているんだな……うーん、こんな沈んだ表情を子供たちに見せるのはマズイかな。どうするかな……と、そうだ。俺はポタージュをスプーンですくうとシスに向けた。



「あぁ~ん、する?」

「っっ!!」



 シスは一瞬のうちに耳の先から首筋まで真っ赤になった



 ――――――――――



「コックリ……」



 澄んだ声が俺を記憶から呼び戻す。

 おー、と思って声の方に顔を向けると屋根の中腹に作られた出窓から、シスが体半分を出していた。シスは美しい金髪をアップに結っていて……無茶苦茶可愛いな……



「ゴメンね、遅くなっちゃった……」

「かまわないよ、大変だったろ?」

「うん、メイミちゃんが寝入ったは良いけど、私の服を握りしめたままでなかなか離れられなくて……」

「くく、想像できるな」俺は思わず笑ってしまった。「さあ、おいで」

「うん」



 俺は立ち上がると手を差し伸べた。

 シスは屋根に作られた出窓から身を乗り出すと、俺の手を取って恐る恐る素焼きの屋根瓦の上を進んだ。



「気をつけてな」

「うん、ありがとう」



 俺が座るとシスは……

 オズオズと俺の体に触れるか触れないかの距離に座った。俺はそんなシスの肩に手を回すと、そっと抱き寄せた。シスは息を飲んで一瞬体を硬くしたものの……すぐに体の力が抜けて俺に体を預けてきた。ああひんやりとした気持ちのいい肌だ。でも長い耳が赤く熱を持って、俺の肩に当たる……



「ああ、しまったな」

「どうしたの……?」

「屋根瓦……たぶん汚れているから、何か敷物でも用意すれば良かったか……」

「うふふ、平気……」



 俺に肩を抱かれ、俺の肩に頭をもたれながら彼女は嬉しそうに微笑む。ああ、樹木のいい香りだ……ただただ心が癒される……何ていい香りなんだろう。



 俺とシスは屋根の上で身を寄せあいながら、弦月が輝く夜空を見るとはなしに眺めた。



「綺麗……」

「ああ……」



 俺の腕のなかで、シスは小さく小さく囁く。

 夏の夜空には、山のように大きな雲の塊が浮かんでいる。雲の城だろうか……月を守るように、高く高くそびえている。月の光に照らされた雲は、月の青い光を放ち神々しくさえある。ああでも月の光が届かない下層はあまりにも暗く黒く冥闇(めいあん)で……



「コックリ……子供の頃も、こうして屋根で夜空を見ていたの?」

「あー、見てたな……」

「うふふ」

「おかしい?」

「ううん、全然」

「シス……向こうの丘の方……見える?」

「ええ、コックリほどじゃないけれど、夜目がきくから……」



 霊力で五感を強化した俺は夜目がきき、暗闇に包まれたはずの起伏の大地の先の方まで不自由なく見渡せる。少し先の草原には夜行性の獣がいて、黒い大小様々な影が草原を駆けている。あれは猪の親子の影かな? 森から出て来て草原を駆けている。



 雲の切れ間から、弦月の光が丘に落ちて……とても美しい……

 淡い光が草原を駆ける獣を淡く照らしていて……



 自然が作り出す造形、光が生み出す陰影の美しさは……人には作り出せない……ただただ、自然は美しい……



 シスが美しいのは……そういうことなのかもしれない……

 彼女は自然物に宿る心が肉体を得たような、妖精なのだから……



「コックリ……」

「んー?」

「私……マーク君に……嫌われてるのかな?」



 うむ 、やはり気がついていたか……マークが避け気味なことを。

 俺の腕の中で遠くを見つめながら……美しい翡翠色の瞳が所在無げに揺れ動いている。ああ何て儚げな美しさだろうか。愁いを帯びた表情は俺の胸を締め付ける……それはそれでとても美しいのだが、本人にとっては不謹慎か。……しかしおかしいな、マークが初めてシスを見た瞬間はキラキラした目で見ていたような……。恋人と紹介したら表情が青くなったよな。



 どういうことかな……やはり明日、それとなく聞いてみるか。



「んー? どうかな……緊張しているだけじゃないかな……妖精なんて見慣れないし」

「……そ……うなら……いいんだけど」

「もう少し様子を見て、変わらなかったら俺がそれとなく聞くよ」



 シスは沈んだ顔だったが、俺に何とか笑顔を見せた。

 でも微妙な笑顔だ。悲しそうな笑顔。……そうだよな、避けられていると知ったら悲しくて悲しくて仕方がないよな……。おそらく彼女が生きた四百年の中で、誰かから避けられたことなどただの一度もないはずだ……。彼女は望まなくても他者を引き寄せて引き寄せて、困ってしまうほど引き寄せてしまう果樹属性のエルフだし……



「うん、ありがとう。でもコックリに避けられていたのが一番つらかったから、それに比べればつらくないわ……」

「ぶふっ」そうか、確かに俺は以前シスを避けてたわ……夜とか背を向けて寝て。「……ゴメン」

「ううん、大丈夫……ふふ」



 彼女は珍しくイジワルそうな笑顔になったものの……

 すぐに表情が暗くなって……やっぱり気になっているんだな。他者からすると大きな問題ではないかもしれないが、本人にとっては大きな問題だということがある。たぶん彼女にとっては結構大きな問題なのかもしれない。俺の弟だからだろうか……心配だよな。



 そして俺もまた……別のことで心配し、懸念していることがある……



 それはこの修道院のことだ。



 もしかしたら……




 

福岡県在住です。熊本の震災に心が痛みます。

復興支援していきたいと思います。

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