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06 王都ローマリア近郊:レスター孤児院の2階

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 ■コックリの視点



 俺は石の壁に寄りかかっている。

 不揃いの石を積み重ねて築きあげられた建屋は、石と石との接合部分の目地が複雑な迷路のように見えるので、子供の頃よくこの目地をたどって、いろいろな迷宮を作ったっけな……。落とし穴のつもりで目地を削ってほじくった時は、怒られたなあ……



 今、シスターの執務室では妹たちがシスを囲んで騒いでいて……シスを見る妹たちのキラキラした目がもう……それはもう、見ているこっちまで幸せになる表情で……くく、くくく。俺は壁に寄りかかってその光景を眺めている。くく、良い光景だ。



 シスがとてもうれしそうだ……ずっと心配していたからな、皆に受け入れてもらえるかどうか……。切れ長の目が柔らかい弧を描いて、目尻が垂れ下がっている……何て柔和で穏やかな笑顔だろう。彼女が感じている幸せな心が伝わってくる。ああ見ているだけで心が癒される……



 俺は全然心配していなかったけどな……シスなら受け入れてもらえるって。

 ああでもここにいる子供たちがすべてではないか……弟たちは外に出ていて不在のようだし、妹も全員じゃない……もう一人いる。



 俺はその一人にこそ、シスを会わせてやりたかった。



「さあ皆、糸つむぎの作業とか、ほっぽって来ているんだろう? そろそろナターシャおばさんが来るんじゃないのか?」

「ああ、そうだった! あぁ~ん、もうちょっと姫姉様といたい~!」 とオフィーリア

「大丈夫だよ、数日間はいるからさ」

「本当!? やったあっ!」「今日は一緒に寝ようね!?」「夜お話しましょ!?」

「はい、喜んで」と嬉しそうなシス



 少女たちは名残惜しそうにしながらもまだ数日間一緒にいられるということで、喜びながら再び部屋から出て行った。



「シスター。マリアにも会わせたいのですが」

「ええ、そうですね。とても喜ぶでしょう」

「じゃあシス。もう一人の妹のところに行こう」

「もう一人?」

「ああ、体が弱くてね。別室でいるんだ」

「なるほどね、分かったわ」



 俺とシスは、妹たちが出て行った扉からシスターの執務室を出た。

 執務室を出ると、広い食堂スペースになっている。食堂には簡素な食器棚のほか、テーブルとイスが複数並んであり、使い込まれたテーブルクロスがかかっている。おー、いい匂いがするなー。夕飯の仕込みがされているようだ。



 食堂の一画に、木で造られた階段が伸びている。この階段からは何度も転げ落ちたなー。俺が階段に足を掛けたら、ミシミシメキメキッと嫌な音がした。うおお!



「おー、鎧を脱いでいくか……」

「うふふ、そうね」



 昔は何ともなかったけどなー、筋肉つけてデカくなりすぎたなー……

 俺が鎧を外し始めると、シスも手伝ってくれて……



「おー、サンキュー」

「…………」



 シスは外すのを手伝いながら……俺の背中や腰、二の腕に触れてきた。



 ……俺の体に触れながら、無言のままじっと見つめて……

 ちょっと……呼吸が早い……



 シルクのように白くて、スルスルとした肌触りの手が……

 俺の二の腕の筋肉と筋肉の膨らみを楽しむように優しく動いて……

 筋肉の割れ目に指を添えて動かしてくるから……



 俺は……気持ち良くてゾクゾクし始め……腹部がムラムラとし始めた。



 ……頼むよ……

 こんなところで……そんな風に触らないでくれ……

 こんなところで……そんな熱っぽい視線で俺を見ないでくれ……



 俺は光る海から戻って……

 結局なんだかんだで一度もシスを抱けてない。人魚の国で一週間くらい過ごしたから……王城に泊めてもらったから……さすがの俺でも王城ではできなくて……



 くそっ

 体の中がすっからかんになるくらいシスを抱いて、想いを刻み付けたい……



 モンモンとなり始めながら、とりあえず鎧を食堂の隅に置いた。俺は深呼吸して想いを絶ちきっていると……



 シスも深呼吸していた……



 数日以内に必ず彼女を抱こう……抱いて抱いて、抱きつくそう。



「よし……よし……行くか」

「……ぅん……ぅん……あ。マリアちゃん……体が弱いなら、私を見てビックリして容態が悪くならないかしら……?」

「大丈夫だろう。妖精(シス)に会ったら元気になると思う。空想が大好きな娘だからね」

「そう? じゃあもうちょっと妖精っぽい服装の方が良かったかしら?」

「ふふ、シスの可愛らしさなら何でも大丈夫だろ」

「本当? うふふありがとう」



 ミシミシと音をたてて階段を上ると通路が左右に伸びていて、壁に扉がいくつかついている。孤児たちが男子と女子で別れて寝る大部屋が二つ、シスターが寝る小部屋が一つ、さらに予備用の小部屋が四つ。俺はその小部屋の一つへ歩いていくと、扉をノックした。



「マリア、俺だー。コークリットだー。いいかなー?」

「え、コークリット兄さん?」



 扉の向こうから小さな声が聞こえてきた。

 中に入っていいかと尋ねると、大丈夫ですと可愛らしい声が聞こえてきた。俺はシスに、様子を見てみるから部屋の外でちょっと待っていてくれ、と言うとシスは心得たようでニッコリ笑った。



「失礼するよー」



 と俺は部屋に入る。その部屋には、縦に長い窓があってその近くに簡素なベッドが置かれている。そのベッドには薄い金髪を肩の高さで切りそろえた可愛らしい少女が、身を起こして座っていた。九歳になるマリアという少女だ。



「お帰りなさい、コークリット兄さん」

「ああ、ただいま。体調は大丈夫かいマリア」

「はい、大丈夫です」



 マリアはわずかに微笑んだ。

 マリアは生まれつき呼吸器が弱く、病弱だったようだ。頻繁に発作を起こして、悪い時には呼吸困難に陥ることがある。生まれつきでなければ聖魔法で治してやれるんだが……。そう聖魔法でも治せない病気やケガが存在するんだ。



「マークは放牧かな?」

「お兄ちゃんは麦の刈り入れの方に行くって」

「あー……じゃあ俺、穀倉地帯を通ってきたから、そこにいたのかもなー」

「ふふ、そうかもしれないですね」



 マークは彼女の一つ上の実兄だ。マークは元気なので、いろいろな仕事を掛け持ちしている。マークは六歳、マリアが五歳くらいまで親と暮らしていたんだが、両親が事故で他界され、兄妹ともにこの孤児院に引き取られたのだ。



 少しの時間だが、様子を観察して……。ふむ、よしよしマリアの容態は安定しているようだ……これなら行ける。



「マリア……実は会わせたいひとがいるんだ」

「え……会わせたいひと?」

「ああ」



 俺はそう言うと、扉の方へ向かった。

 そして扉をゆっくりと開ける。扉が開いていくとともに、マリアの目が大きく見開かれて……ふふふ、俺の企みは成功した。



「ふわぁ……エ……エルフの……お姫様……」



 彼女は感嘆のため息をついた。

 シスは長いまつげに彩られた切れ長の目を細めてマリアに会釈した。ああ……本当に可愛いらしい。何だか彼女の周りだけ薄く光っている気がする……皆がお姫様というのもうなずけるよ。柔らかい笑顔のシスは気品があって……生半可には触れ得ざる高貴な存在に見える。



 ふふ……マリアはただただ、シスに見惚れている。

 彼女は体が弱いから外に出て遊ぶことも、他の子供のように働くこともできない。だから、よく本を読んだり空想に耽ることが多かったようだ。妖精に会って冒険の旅に出る夢を見たり、神殿騎士となった俺を見て、英雄譚を想い描いてくれていたそうだ。



 だから、俺は本物の妖精であるシスに会わせてやりたかったんだ。凄く元気になるんじゃないかって。シスは静かに部屋に入ってきて、マリアと同じ目線になるようにひざまずいた。



「こんにちは、マリアちゃん」

「ふわぁ……なんて……なんて綺麗なの……ふわぁ……ふわぁ……想い描いていた妖精よりも……綺麗……」

「本当? うふふ……ありがとう……」

「さ……触って……触っていいですか……?」

「はい、もちろん良いですよ」



 マリアは嬉しそうにシスの手を握ったり、頬に触れたり、腕を擦ったりしていた。

 シスの肌は白くつややかで、肌に吸い付いて、気持ちいいよな……



 何でこんな美しい妖精が俺のことを好きになったんだろうな……謎だ……



 マリアは髪の毛を一本もらっていた。

 絹の金糸みたいだよな……マリアは俺とシスを交互に見てポーッとしていたので、おそらく俺とシスの空想をしているのかもな。神殿騎士とエルフのお姫様の物語を……まあ、俺じゃなくて別の神殿騎士の方が絵になって良かったかもしれないが……



 しばらくマリアと一緒にいた後、俺とシスは再び礼拝堂へと戻ってきた。あまり長くいるとマリアが体力を消耗するだろうから。



 静かな礼拝堂内。

 季節は夏だが、石造りの礼拝堂はヒンヤリとして気持ちいい。縦に長い窓の外では、樹と枝葉が風に揺れて礼拝堂内に動きのある緑色の影を映し出している。座ることで磨かれた長椅子がテラテラと光を反射して美しいな……。シスは祭壇前の最前列の長椅子に座ると、俺に問いかけてきた。



「コックリ……マリアちゃんは聖魔法で治せられないの?」



 シスは当然の質問をしてきた。

 そうだよな……聖魔法で治せばいいと思うよな……でも聖霊の奇跡、聖魔法でも治療できない場合がある。



「ああ……残念ながらね」

「どうして?」

「生まれつきの病だからな……」



 聖霊であっても、いくつかの条件によっては治せないものがあるのだ。

 その一つが、マリアのように「生まれながら」に持っている「病気」または「肉体の欠損」の場合だ。生まれながらの病は、こう言われている。



 聖霊によってもたらされた何らかの意味のあるもの……

 その人物に架された宿命……



 意味のあるもの、宿命……それゆえに聖魔法をかけても治らない。治らないのだ。

 同じ病でも、生まれた後に患ったものならば聖魔法で簡単に治るのに、生まれながらに持っていた病の場合は治らないのだ。



 私見だが、聖魔法は「元の状態に戻す」ことはできるが「元の状態より良くなる」ことはない、ということなのだろう。



 それゆえ生涯、その病と付き合って行くしかないのだ。



「残念だが……生まれつき目が見えない子供に聖魔法をかけても見えるようにはならないし、腕がない状態で生まれてきた子供に聖魔法をかけても腕が出現することはない……マリアの場合、生まれながらに呼吸器を患っていたから……聖魔法をかけても治らないんだ」

「そう……そうなんだ……」



 シスは表情を暗くした。ありがとうな、自分のことのように思ってくれて。



「エルフは生まれながらの病ってないの?」

「うん、聞いたことないわ……もともと生まれる数も少ないから、たまたまそういった事例がないのかも……」

「そうか」

「生まれながらの病……」

「本当は、病療修道院に入れた方がいいんだけどな……」

「病療修道院……?」

「ああ。病療修道院というのは、闘病・看病を目的とした修道院だ」



 この世界には様々な修道院があり、統括する修道会が存在する。修道院とは主に建屋施設のことを指し、それぞれの目的による修道会に属している。



 例えば騎士を養成する修道会は『騎士修道会』であり、騎士を鍛える場所の修道院は各地に存在している。騎士修道会ローマリア修道院とか騎士修道会フィレント修道院とかいう。王都を護る騎士たちでも出身の修道院があって派閥があったりする。



 孤児を養育するのは孤児修道会であり、この王都近郊では複数の修道院が存在している。レスター修道院はそのうちの一つだ。



 そして、不治の病の者や体の不自由な者、死を迎えるだけの者などを受け入れる修道会が病療修道会だ。



「有名なのがモン・サン・ミシェリア修道院かな」

「そうなんだ……」



 その時だった。

 祭壇の向こうにある食堂から男の子の声がしたのは。俺が食堂に置いた鎧に反応している。



「あれ!? この鎧!?」「兄さん!?」「コークリット兄さん!?」



 食堂からバタバタと音がして、礼拝堂と食堂をつなげる扉がドカッと開かれると……



「うおおおっ! コークリット兄さん!」

「おー、お前ら元気そうだな」

「兄さんも元気そうで!」「噂は伝え聞いてます!」「お疲れ様です!」



 三人の少年が俺を見て駆け寄ってきて口々に話す。

 焦げ茶色の髪の十二歳のジャックと黒髪の十一歳のサーク、薄い金髪の十歳のマークだ。このマークがマリアの実兄だ。三人とも、土埃にまみれて汚れていて凄いな。俺もそうだったが、少年たちは子供とはいえ体力を使う農作業の大事な働き手だからな……



 しかし……少年たちといい少女たちといい……

 だいぶ服がボロくなってるな……昔俺が着ていた服かもしれない……もっと大事に着れば良かったか……



「兄さん、また怪異の話を聞かせて!」「聞きたい聞きたい!」「わあわあ!」

「ふふ、いいぜ。まあ後でだけどな」



 少年たちは俺に抱きつくとキラキラした瞳で俺を見ている。俺もそうだったが、男の子にとって「神殿騎士」はあこがれの存在で……特に孤児として親のいない悲しい立場にあるすべての孤児たちにとって、俺は……彼らと同じ立場だった俺は、本当に英雄なのだそうだ。



 やはりここに来ると、いつも使命感が甦ってくる。

 俺はこいつらのためにも……強い神殿騎士でなければならない……こいつらの希望にならなくてはならない……兄として……孤児たちの希望に……



 その時、俺の腰にツンツンと指が刺さる感覚がした。

 ん? あれ、シスがいつの間にか俺の後ろに隠れていた。彼女は俺を見上げて……可愛いな、じゃなくてさっきほど怖がっていないな。アイーシャや妹たちに受け入れてもらったことで、少し自信がついたのかな?



「ふふ……そうだ紹介するよ……」

「「「え?」」」



 俺は体を横に向けてシスを前に出すと……三人の目が大きく見開かれた。



「は、初めまして……システィーナと申します……」



 シスがオズオズと挨拶すると、少年たちは大いに興奮した。



「うおおおっエルフだ!」

「よ、妖精!? 初めて見た!」

「す、凄い! 凄い美人だ!」

「うふふ、ありがとう」



 よしよし、やっぱり受け入れてもらえたな。

 シスが嬉しそうに微笑むと、少年たちはポッと赤くなった。



「兄さん! もしかしてこのひと……!」

「んー?」

「このひと、もしかして兄さんの……!?」

「ああ、そうだよ。俺の恋人……大切なパートナーだ」

「「うおおおっ!」」



 ジャックとサークが興奮していた。さすが神殿騎士だ! さすが兄さん! と口々に叫んでいる。シスはシスで、頬を赤く染めて俺の後ろに半分隠れて……



 ……と、あれ?

 マークが……あれ?



 喜ぶジャックとサークの後ろで……

 マークが……

 愕然として……



 青ざめていた……




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