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05 王都ローマリア近郊:レスター孤児院

 

 ■コックリの視点



 見上げる空は抜けるように青く、大きい。

 吸い込まれそうな濃い青空が実に綺麗だ。青空にはプカプカと白い綿花のような雲が流れて来て……教会前の広場に黒く濃い影を落とす。広場に落ちた雲の影はゆっくりと進みながら、教会の壁を緩やかに上って……大きな屋根に乗っかり……屋根の向こうへと消えていく。変わらないよなあ。



「はわあぁ~可愛い教会……ここでコックリは育ったのね。うふふ」



 シスは俺と修道院を交互に見て、目をキラキラさせた。

 くく、何を想像しているんだか……本当に可愛いな。教会は村の家々と同様に、巨石を削った石を使っているから壁面がデコボコしていて……そのためかふんわりとした優しい陰影を生み出している。ところどころ色が違う石でできているから、それが独特の雰囲気を出していて……また温かみを与えてくれる。



 教会を上から見ると、T字になっている。

 T字の横棒部分が孤児たちが暮らす居住スペースで、下の棒部分が尖塔やステンドグラスのある教会となっている。俺は、居住スペースの屋根を指して話し始めた。



「屋根が大きいだろ?」

「うん、大きいね」



 俺の視線につられてシスは屋根を見た。

 屋根部分だけで一階分の高さがあって、あそこは倉庫みたいなもんだったな。明り取り用に何個か屋根に窓がついているんだ。



「悪ガキだった俺は、お仕置きのためよくあの屋根裏部屋に閉じ込められてな」

「そうだったの?」



 シスは珍しくイタズラっぽい顔で笑う。

 白い歯がピンク色の艶めいた唇からこぼれて光っていて……こんな笑顔もするんだ、初めて知ったな。



「屋根に窓がついているだろ? あそこから外に出て、教会の周りに植えてある樹を伝って外に出てたよなー。で時間が来たら、また樹を伝って戻ってなー」

「ぷふふ、それじゃあ、お仕置きの意味ないし!」



 シスは屈託ない笑顔で笑った。

 長いまつげのはえた切れ長の目尻が下がって……その笑顔はとても柔らかくほがらかで、女性の徳に満ち溢れていて……アイーシャを見ると、彼女は頬を赤くしながらただただシスに見惚れていた。女の子でも見惚れる笑顔なんだな……



「さてと……まずはシスターに会いに行くとしますか……」

「う、うん! え? シスター?」

「ああ、ここの責任者で、皆の母親だ」

「は、はわあぁ……」

「緊張する必要ないよ。アイーシャ、ほら桶。お使い中だったんだろ?」

「あ、そうだった! じゃあまた後でねシスティーナお姉様!」

「俺は?」

「ああそっか、またね兄さん」

「ついでっぽく言うな!」

「うふふ」



 シスは少しだけ緊張が解けたようだ。



 俺とシスは、教会の扉を開け礼拝堂へと入った。

 礼拝堂内は天井が屋根の形そのままの高い吹き抜けになっていて、梁が何本も見えている。壁にはまった細長い窓から明るい日差しが入ってきて……変わらないな。出入口の上に丸いステンドグラスがはまっていて、俺とシスの上に色とりどりの光を落としていた。



「コックリ……子供の頃ここでお祈りとかしていたのね……」

「んー? そうだよ」



 俺の言葉に、シスは目を細めて礼拝堂を見ている。

 彼女の目には、俺の子供の頃の姿が映っているのかな? 本当に悪ガキだよ、梁にロープをかけて長椅子につないでブランコにしてたくらいだから。



 通路を中央に長椅子が整然と並べられ、前方の祭壇へとつながる。ここは村人すべてが入れるくらいのキャパシティがあって、だいたい毎朝村人全員が集まってミサを行っている。シスは整然と並べられた長椅子に触れながら、目を細めていた。



「さーて、こっちだよ。付いてきてな」

「うん」



 カツン、カツンと俺の鉄靴の音が礼拝堂内に響く。

 ああ、こんなに響いたんだっけ……今は誰もいないから、特に響いて聞こえるのかな。礼拝堂の正面に向かって歩いていくとそこには祭壇が設けられていて、祭壇を挟むように両側に扉がついている。俺は右側の扉に向かって歩くと、扉をノックした。



「シスター、俺です。コークリットです」



 と、扉の中から声が聞こえてきた。



「まあ、コークリット? 戻ったのですね?」



 少しの間があって……扉が開かれると、そこには白いウィンプル(女性修道僧の頭巾)と黒いベールを身につけた女性が立っていた。線の細い中年女性だ。



「ただいま戻りました、シスター」

「久方ぶりです、コークリット」

「お変わりないようで何よりです、シスター」

「貴方も。コークリット」



 シスターは五十代の女性で、瞳の色がグレーだ。頬にうっすらとシワが見える。お変わりないようで……とは言ったものの、前回来たときはそんなでもなかったはずだから………年齢というよりは苦労のほうなのかな……?



 俺がシスターを観察するのと同様に、シスターも俺を観察していたようだ。じっと俺を見据えて……俺の内面を見透かすかのように見つめている……



「以前のように、心を押し殺してはなさそうですね」



 ああ、さすがだ。

 そう、俺はいろいろと心を押し殺していた……。様々なことをね。まあおいおい話すとして……



「ふふ、お見通しですね」

「当たり前でしょう? 何年貴方を見てきたというのです?」

「そうですね」

「さあ、入ってください」



 と言った時、シスターは俺の後ろに隠れていたシスに気がついたようだ。動きが止まり、目が見開かれる。



「紹介します、恋人のシスティーナです」

「初めまして……システィーナと申します……」



 シスはオズオズと、緊張した面持ちでお辞儀をした。

 シスターは言葉もなく、ただただシスを見つめていた。……けれど、見惚れていたわけではなさそうだ。しばらくすると、シスターは目を細めて言った。



「ふふ、システィーナさん。ようこそお出くださいました。さあ中へお入りください」

「はい!」



 俺たちは、部屋に入った。

 相変わらずの質素な部屋だった。調度品は、日誌を保管している本棚と今にも壊れてしまいそうな応接用のテーブルと椅子、あとはシスターが日誌を書く時に使う机だ。その机には引き出しさえない簡素なものだ。

 縦長の窓が開いていて、涼やかな風が入ってくる。木陰で冷やされた風だから涼しくて、いい香りがするんだな。

 俺は応接用の椅子にシスを座らせると、窓際に立った。



「? コックリ、座らないの?」

「ん? ああ、今の俺が座ったら壊れそうだし」



 弱そうな椅子は、鎧を着こんだ俺の重さに耐えられそうにない。

 子供の頃は、普通に座っていたんだけどな。シスターに呼び出された時なんかにな……。その時のように、シスの前の席にシスターは腰掛け、優しい眼差しでシスを見続けている。



 シスターは聖魔法は使えないけれど、魔法の根元たる霊力は高い。その目で見つめられると、心を見つめられているような気持ちになる。……実際には、心そのものである霊力を見ているのかもしれない。



 シスはシスターにじっと見つめられて……照れるかなと思ったら、照れることもなく、恥ずかしがることもなく……ただただ見つめ返している。



 そしてシスターは柔らかな笑みを見せた。



「システィーナさん……実は貴女のことはアリアからの手紙で存じておりましてね。手紙に書かれていたよりも美しいのでびっくりしました」

「あ……ありがとうございます」

「へー、アリアが手紙書いてたんだ」

「ええ、彼女はマメよ。貴方は全然くれないけれどね」

「申し訳ありません、筆不精で……」

「まあ男の子なんてそんなものよね。アリアから貴方に怪異を解決してもらった、と一言書かれていてね……あとはシスティーナさんのことが手紙に十枚くらい書かれていたわ」

「俺は一言!?」

「わわわ、私のことが十枚!?」

「それ以降の手紙ももっぱらシスティーナさんの心配でね」



 あいつにとって俺は何なんだ!?



「システィーナさん……ありがとう。コークリットが心を押し殺していないのは、貴女のお陰なのね……。彼がしばらくこの修道院に帰ってこなかったのは貴女のお蔭……。これからもコークリットを支えて上げてください……」

「は……はい! はいっ!」



 シスはたぶん、前半の方はよく分かってないだろう。でも支えて上げて……という言葉に、うなずいていると思う。



 ああでも、やっぱりシスターは凄いな。俺が頻繁に帰ってきていた理由が分かっていたんだな……



「ふふコークリット。扉の向こうで娘たちがシスティーナさんを待っているようですよ。開けて上げなさい」

「さすが。気づいておられましたか」



 この部屋には二つの扉がある。

 一つは俺たちが入ってきた礼拝堂と繋がっている扉、もう一つは孤児たちの居住スペースに繋がっている扉だ。霊力で五感を強化している神殿騎士の俺は、居住スペースに繋がっている扉の向こうで、少女たちの興奮している気配が少し前から伝わっていて……。でもシスターは五感を強化しているわけではないのにな。



 俺は扉を開けた。

 そこにはアイーシャをはじめ、五歳〜十二歳くらいまでの少女たちが十名ほど、部屋の中の様子を聞き耳立てているところだった。



「よう皆、元気か?」

「「わあっ! コークリット兄さん! お久しぶりです!」」



 皆が慌てた様子で俺に挨拶した。その中で少女たちのまとめ役の最年長の少女、十二歳のオフィーリアが興奮気味に言った。



「コークリット兄さん! あのっ! 妖精のお姉様は!?」

「おおー、そこだ」



 俺が皆に紹介した時、シスは……

 予想だにしない少女たちの来訪に、無防備な表情で目をパチクリさせていた。大きな目がさらに大きくなって、長いまつげがクリンとしていてそれがまた……なんと可愛らしいことか……



「「はあああっ! かか可愛いぃ! 可愛いいっ!」」

「はわあぁ!」



 年端もいかない少女たちに可愛いと言わしめるほど、驚いた表情のシスは、確かに可愛かった。少女たちは俺を押し退けてシスのところまで駆け寄った。



「「邪魔っ!」」

「どわっ!」

「可愛いい!」「はああ! 可愛い!」「お姫様ですか!?」

「あ、あのっあのっ! わわ私、お姫様じゃ……!」

「お姫様です!」「お姫様だ!」「わあわあ!」



 妹たちはシスを囲んで、キラキラした目で彼女を見つめている。ふふ、やはりもう受け入れられているよ……良かったな。



「姫姉様、触っていいですか!?」

「姫……じゃないけれど、いいですよ」

「わあ~すべすべ~」



 妹たちはシスの手や耳、髪に触れて喜んでいる。

 シスも皆に囲まれてうれしそうだ。見ているとこっちまで心が温まる優しい光景……怪異や魔物が起こす殺伐とした光景ではなく、人同士が諍いあうドロドロとした光景でもなく……本当に心が温まる優しい光景……。すると、五歳のメイミがシスの胸を押し上げるように触って言った。



「おっぱい大きくて重い~」

「む、胸はダメ! 触っていいのはコックリだけなのっ!」

「ぶふっっ!!」



 光る海での官能的なむつみあいの光景が浮かび、俺は口と鼻から汁を噴いた。




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