02 王都ローマリア近郊:壁周辺の草原地帯
■コックリの視点
絵画のような風景の穀倉地帯を進んでいくと、ポプラ並木に守られた街道が、徐々に広くなってきた。結構大きな荷馬車が余裕ですれ違っている。
ポプラの樹の向こうには、石造りの立派な建物がちらほらと出始め……樹と樹との間に、建物へ向かう小路と看板が出始めた。小路の先にある建物は宿屋やオステリア(食堂)だ。うう~ん、いい匂いさせてんなあ。お腹すいたなあ。
「いい匂いだねぇコックリ……お腹すいたね……」
くく、同じ事を考えていたんだな。
「よーし、じゃああそこのピッツァにするか~」
「うん!」
街道から小路に入ると、教会堂のような佇まいのオステリアがあった。オステリアの中は石造りの、アーチ状の天井のホールに、ピッツァの良い香りが広がり、人々の陽気な話し声がこだましている。受付のウェイトレスの女の子がやって来ると……シスを見て動きが止まった……。これはいつものことだ。シスは尋常じゃない美しさだから、皆、見惚れて固まってしまうようだ。
「空いているところでいいかな?」
「は! はい! 結構です!」
テーブルは、丸太を縦に真っ二つに割ったタイプの豪快な物で、長年の汚れが良い意味合いで染み込み、模様となって歴史を感じさせる。周りの人々の視線を遮れるよう端の席に行って、俺の体で出来る限り隠してやると、シスはホッとした表情を見せた。美人は人目を引いて大変だよな……俺が護るよ……。まあ、俺でも隠せない隣の席の人はポーッと見てるけどな。
先ほどの女の子がオーダーを聞きに来たので、ピッツァとスープのセットを頼んだ。女の子はシスをキラキラした目で見ていたな。届いたピッツァは生地が厚くて、チーズも濃厚で、こりゃあ食べごたえある! 俺はガツガツ食べ、シスはハムハム食べて行く……すると。
「ちょ、ちょっと~! そのサラミ部分、私のでしょう!?」
「ん~、そうだっけか~?」
「もう! もう~! 残してたの分かってたくせに!」
「まあまあ、減るもんじゃなし」
「減ってるし! まあまあじゃないし!」
「だはは」
シスはまた頬を膨らませた。
うう~ん、可愛いな。俺はシスの機嫌が直る方法を考えた。さっきは「ムリエル」という言葉で何とかなったからなあ。今度は何かの態度でしめそうかな……
俺はスープをスプーンですくうとシスに向けた。
「はい、あぁ~ん」
「!?……!?……!?」
俺の突然の行動に、シスは頬を膨らませたまま目が点になった。いや、白黒させている? 俺の行動が何なのか……理解が追い付かないらしい。俺は説明した。
「お詫びにさ、俺のスープ食べさせてあげる。はい、あぁ~ん」
シスは瞬く間に顔を赤くして、うつむいてしまった。
んん……ダメだったか……
差し出したスプーンをどうしようかと思って、自分の口元へ持っていこうとしたら……シスはうつむいたまま真っ赤な顔で俺を睨みつけてきた。頬がプゥッと膨らんでいる。凄いほっぺだな。
んん、怒らせてしまったか……
俺がスプーンを皿に戻したら、シスは再び目を伏せた。ごまかせなかったなあ、悪かったなあと思いながらもスープを飲もうとしたら、またシスがうつむいたまま頬を膨らませて睨みつけて……ええ~何だ?
いぶかしげに思っていたら……
シスは赤い顔のまま……
顔を上げて……
目を閉じて……
小さい口を……
あぁ~んと開けた。
やってほしいのかよっ!?
そうか、さっき俺を睨みつけていたのは、あぁ~んしてもらいたいけれど恥ずかしいという葛藤で悩んでいた時、俺がスープを飲もうとしたからか……
ああぁ~ピンク色のふっくらした唇と小さくて真っ赤な舌が可愛らしい……俺は思わず目が釘付けになって動きが固まってしまって……
「~~~っっ!!」
彼女は声にならない声を上げ、催促してきた。なかなかスプーンが来ないからか、催促してきた。テーブルに手をついてさらに前に身を乗り出して来て……プルプル震えてる! 可愛い! くくくっ!
「はいは~い、どうぞ」
「ぱくっ………………もぐもぐもぐもぐ…………………………」
長い長い咀嚼…………凄い……味わってる……スープだから飲むだけだろ……?
ゴックン……
ゴメン何か凄い、やらしい……。シスは目を瞑ったまま味にひたっている……
「どう?」
「……ぅ、ぅん……ぉぉ……ぉぃしかった…………」
シスは手をモジモジさせながらそう言った。おいおい指の先まで真っ赤だな……恥ずかしかったらやらなきゃいいのに。でも恥ずかしくっても、やって欲しかったのか……くく。本当に正直でまっすぐな性格だよな~本当に好きだよ、その性格……
と俺たちの様子を見ていた隣の旅人たちが、ピーピーと口笛をならしたり、悔しがっていたり……見られていたことにさらに赤く、小さくなるシス……くくく。
でもシスはこの後も俺のスープを、この方法ですべて飲んで……すっかり機嫌が直ったようだ。
何とかなったな!
――――――――――
食事を済ますと、再び街道を進む。
はるか並木道の先にうっすらと、巨大な壁があることが分かる。ローマリアの最も外側を護る第一外壁だ。
「おー、シス。見えてきたよ」
「わあ~、大きい壁~!」
王都ローマリアへ向かう旅人の姿や、ホロ付きの荷馬車が多くなってきたように思う。
シスは足をプラプラさせながら、ポプラの葉の茎を指でつまんでクリクリと回して遊んでいる。凄くニコニコした表情で、また鼻歌が出てるな。ふふ、可愛いな。「あぁ~ん」が良かったようで、何度か虚空に向かって口を開けてはパクッとしている。パクッとするたびにニコニコしている。くくく。
「おー、シス。川が見えてきたよ」
「わあ~、大きい~」
街道の先に、大きな大きな川が街道を分断するように流れている。
ローマリアの生活を支えるティヴィール川だ。川幅は河原部分を含めて五十メートルくらいあるだろうか、幅広の石橋がかかっている。石橋は川面まで結構高く、十メートルくらいあるかな。アーチ状の巨大な柱によって支えられていて、十メートル置きくらいに塔が立っている。戦があった時、この塔から弓を射るためで実用性を高めているのだ。一方で橋の欄干の要所にはグリフォンやドラゴンの彫像が施され、芸術性をも高めている。
「人間って……本当に凄い建造物を造るわよね……」
シスは呆然としながらつぶやく。
ああ、そうだよな……俺もそう思うよ。でも王都ローマリアはもっと凄いぞ……ヴェネリアやアラルフィ大聖堂を超えると思うぞ。ただ、彼女はあまり好きじゃないかもな……
橋には兵士や旅人が行き来しているが、多くの人々がシスに見惚れていて……こりゃあ美人は本当に大変だな。
橋を渡りきると、街道は石畳に変わっていた。
石畳は四角や三角、台形など様々な石を平らに割って、うまく敷き詰めた舗装路だ。エリーゼ(馬)の蹄の音が甲高いものに変わる。穀倉地帯も緑の牧草地帯となって、起伏に富んだ草原には至る所に針葉樹が列をなして、見ていると穏やかな気分にさせてくれる。この風景も絵画のような錯覚をさせてくれる。
街道には様々な民族衣装と様々な人種の旅人が歩いている。
でも妖精はほぼ見かけないな……大地の妖精ドワーフの職人が何かの材料を抱えて歩いていたのは見かけたが……。しかし、道行く人々が立ち止まってはシスに見惚れて……シスは視線を忘れるように俺に話しかけてきた。
「コックリ。そういえばさっき、会わせたい人がいるって言っていたけれど……どんな方?」
「んー、まずは俺の育ての親や兄弟姉妹たちだな」
「はわぁ~、ななな、なるほど~」
俺は十歳まで、とある孤児院で育てられている。
その後、騎士修道会へと入り、神殿騎士へと進んで行くんだけれど、まあその話はおいおいかな。その孤児院……レスター孤児修道院へと向かっている。神殿騎士となってからも俺はことあるごとにそこを訪れて、弟や妹たちと話し合って神殿騎士としての重圧だったり、ストレスを癒してもらっていた。
シスは上を向いて何かを想像しながら、照れたり赤くなったり汗を飛ばしたりしていたが……
「う、受け入れてくれる……かな? その……私……エルフだし……」
「おー、あいつらなら大丈夫だと思う」
「はわぁ!? お土産とか買ってない!」
「おー、いいよ別に」
「コックリは良くても~」
「あー、はいはいシスの立場になるとな、うん」
「どど、どうしよう!?」
「おー、じゃあ料理を作ったり、お菓子を作ってやってよ」
「ああ、そうね! うん、そうする!」
シスはそういうと、鼻息を荒くした。ふふ……頼むな。
しばらく街道を進むと、並木の外側に店のほか一般の建屋も見え始めてきた。王都は住む場所が限られるからな……家々が集まって集落となったりして、結構大きめの村になっていたりする。村の真ん中には、とんがり屋根の教会があって、尖塔に鐘が見える。王都に近づくにつれ、もっと大きな村や町が出てくるんだ。
並木道の先にある王都の外壁がかなり大きく感じられるようになってきた。街道もますます賑わいだしたなあ。ポプラ並木はそのままに石造りの店や家々が増え始めて……。そろそろだな。
「おー、ここだー」
街道脇に鍛冶屋の工房がある。販売と製作を一挙にやっている一体型の工房だ。その工房から右へ向かう側道があり、俺はエリーゼの鼻をそちらに向けた。
「あれ? 壁の向こうじゃないんだ?」
「おー、俺のいた孤児院は王都の外なんだ」
「そうなんだ。法王庁の孤児院で暮らしたって言ってたから……」
「あー、孤児院自体は法王庁管轄でね。でも場所が法王庁の中ではないってことさ」
「なるほど」
政治と経済、軍事と宗教の中枢である王都に孤児院があっても意味がないし、孤児たちも外の伸びやかな環境の方がいいんだ、と言ったらシスは再び「なるほど」と納得した。王都の中と外を知っている俺だからだろう、シスは納得してそれ以上聞いてこなかった。そしてシスはホッとした表情になっている……やっぱり人が多いところや人工的なところは苦手なようだ……
街道を外れると、途端に静かになった。王都の近くとはいえ、街道からはずれるとこんなもんだな。
しばらく進むと道は踏み固められた土の道に戻っていて、徐々に徐々に登っていく丘陵地帯に突入した。前方を見るととても緩やかなんだけれど長い長い坂道がダラダラと続いていて、ここを通ろうとするたびにちょっとだけ気が滅入る。まあ、今回はシスがいるからいいか~、と思っていると……
「ん……?」
「どうかしたコックリ?」
後ろに気配を感じてそれとなく見てみると、人影がチラホラ……
珍しいな……この道の先には俺が暮らした村とその先に小さな村があるくらいだが……。強化した俺の目で見ると、旅人風の男たちが数人といったところか……
「いや……」
まあいいか……
なだらかな長い丘には、ところどころ道に沿うようにポプラが生えていて、ポプラの森もできている。また牧草の丘のいたるところから硬そうな岩が飛び出している。川から王都側は強固な岩盤の地層があって、その上に野原が乗っかっているような感じなので岩が飛び出てるんだ。耕作地にするには、岩をどけなくてはならないので王都寄りの平原は農業より牧畜の方が盛んだ。
おー、ところどころに水たまりがあるのは、夜にでも雨が降ったのかな……道自体は乾いているからな。水たまりは、まるで鏡のように空の青さと流れる白い雲を映しだしている。丘の野原には花が咲いていて、俺たちの傍を二匹の蝶が追いかけっこするように飛んでいる。おー、岩の上にはリスの仲間が乗っかって周りをキョロキョロ眺めていて……ふふ、のどかだよなー。
「はわあぁ~、やっぱり私……こういう道の方が好き……」
あー、シスはそうだろうな。俺もだけれど。
濃い雲の影が俺たちを太陽から隠す。なだらかに上っていく丘にはいくつもの雲の影が色を付け、ゆっくりと流れて行く。今日もいい天気だな。
なだらかな丘陵を上って上って、上りまくって頂上まで到達すると……
「はわあぁ~、素敵……素敵!」
見渡す限りに広がる、緩やかな起伏の大地……
そこには緑の絨毯のような牧草が生え、ポプラやブナ、針葉樹が列をなして、ところどころに森を形成している。踏み固められた道は、起伏に逆らうことなく緩やかに蛇行しながら延々と続き、雲の影がいくつもの模様を描きながら地平の彼方へと向かっていく。
「はわあぁ~、あそこね?」
「ああ」
数キロ先の一際大きな丘の上。
なだらかな丘の斜面全面に様々な種類の畑が広がり、整然と並ぶ畑の作物が幾何学模様の絵画のような錯覚を覚えさせる。畑のところどころでポプラやブナの樹が木陰を作り、中腹にある何軒かの家々を風雨から守っている。
頂きには緑の濃いポプラやドングリの樹々が風に揺れている。その樹々の合間から、丘の形に逆らうことなく、なだらかな坂道状に佇む石造りの家々と、そしてその丘の中心地点に佇む頭一つ高いとんがり屋根の尖塔が……
俺が育った、レスター孤児修道院だ。
「さあ、行こう」
「うん!」
とその時、後ろから俺たちを呼びかける声が聞こえてきた。
「おぉ~い、そこの人たち~」
「え?」
シスは初めて人がついて来ていたことに気がついたようだ。あと百メートルくらいの距離だろうか……にこやかな笑顔で手を振っている。男女の二人組だ。
「何かしら……」
「さあ……」
二人は旅人風のいでたちで、やや小太りの中年男性と三十代と思しき女性だ。
男性は汗をいっぱい掻いて、ひぃふぅひぃふぅ言っている。女性はそんな男を困ったような笑顔で支えながら、二人はやっとの思いで丘を上りきると、一息ついてから俺たちに語りかけた。
「いやはや、この丘は大変ですなあ」 と小太りの男
「ええ、そうですね」
「どちらに行かれるのです?」
「この先の村へ行く予定です」
「ほうほう、遊歴の騎士殿ですかな?」
「そんなところですね」
「お嬢さん、美しい方ね」 と女性
「あ、ありがとうございます」
「騎士さんの恋人なのかしら?」
「は……はい! はい! そうです!」
「ふふふ、可愛らしいわねぇ」
二人がいろいろと話しかけてきていたその時。
俺は抜剣すると中年の男女から目を離さず、真後ろに剣を振り下ろした。
パキンッ!
という音とともに真っ二つになったクロスボウの矢が足元に転がった。
「ちぃいっ! バレてやがったか!」 と中年男性
「この娘はうちらが貰うよ!」
「はわあぁ!」
その言葉とともに巨石の陰や樹の陰から、身なりと人相の悪い男たちが現れた。ざっと見、十名超。注意をこの二人に向けさせている間に、散開して近づいていたんだ。
盗賊どもだ!