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15 王都ローマリア近郊:深夜の礼拝堂

 

 ■コックリの視点



「びえええええっ!」「ごわいよおおおおっ!」「うわあああんっ!」

「静かにしてくれっ!」



 子供たちの悲鳴が室内に反響する!

 巨石を削って成形したブロック造りの修道院は、気密性が高く音が反響しやすい。ブロックの表面がデコボコした仕上がりゆえ、音が四方に複雑に乱反射するようで……グオオ耳が痛い!! 霊力で強化した俺の耳には、常人の数倍の音で! 鼓膜が破れる!!



「ふぎゃあああああっ!」「うわあああああああんっ!」



 絶叫! 悲鳴! 叫声! 喚き声!



 いくら気密性が高いとは言え……修道院の外に、子供たちの泣き叫ぶ声が響いていたはずだ! 頭のてっぺんから絞り出すような金切り声が!



「落ち着きなさい! 皆……」

「いやあああああっ」「んぎゃあああああっ」「ジズダアアアアアアッ!」



 ああ! いつもなら凛としたシスターの声で皆が平静を取り戻すのに! 今のシスターはヨロヨロして! 足元にしがみつく子供たちの力程度でヨロヨロしている!



「ゼキュウッ! ゼキュウッ! ゼキュウッ! ゼキュウッ!」



 ああ、さらにマリアの喘鳴がひどくなった! くそ、もう一度聖魔法をかけるしかない! 俺が魔法を使おうと集中した瞬間!



 突然! 突然だった!



「びえええええ……     」

「うわああああ……     」

「ごわいよおお……     」

「ふぎゃあああ……     」

「皆、落ち着い……     」



 あれ!? あれ!?



 声が……出ない!?

 いや、声が消えた!?



 あれ!?

 急に! 静けさが!!

 マリアが治った!? 皆、泣くのをやめた!?



 いや!

 マリアは苦しんだままだし、弟妹たちも涙を流したままだ! 弟妹たちは涙を流していて……



 声が出ないことにキョトンとした……



「          !!?」

「          !!?」

「          !!?」

「「「     !!??」」」



 大声で叫んでいるのに!

 声が、息が出ているはずなのに……!



 口がパクパクなっているだけだ!



 突然! 突然だ!!

 この部屋が! この空間が!!



 無音になった!!



 ああ、そうか!



 シスの精霊魔法だ! 風の精霊の、沈黙魔法!



 俺がシスを見ると、シスは俺にうなずいて見せた。そして、皆が驚きのあまり泣き止んだことを確認すると、スッと立ち上がった……ああ、本当に美しい立ち姿だな……凛として……



 美しい立ち姿のシスに皆が注目すると……



 シスは精霊魔法を解除して、優しい眼差しのまま、ゆっくりと、力強く、宣言した!



「みんな……落ち着いて! コックリと私が! マリアちゃんを助ける! 助けてみせる!」



 凄く良く通る澄んだ声が響く。凛とした、美しい声。

 自信のこもった声に、俺まで安心感が広がりホッとした。シスは皆の落ち着いた様子にニッコリと笑うと、俺とマリアの方に振り返った。



「コックリ、マリアちゃんは酸欠状態よね? 酸素が濃ければ呼吸が少なくても大丈夫かしら?」

「あ、ああ。理屈の上ではそのはずだ」

「マリアちゃん……今から風の精霊を集めて酸素の濃度をちょっと上げるからね……」

「おお! そうか!」



 シスはそういうと、精霊に呼び掛けて……

 ああ、マリアの周りに何か……何かの力が集まっているような気がする……



 マリアは相変わらず苦しそうな息遣いだが……さあ、結果はどうでるか……



「コックリ、マリアちゃんを看ていてあげて……必要に応じて聖魔法で回復してね……」

「あ、ああ」

「マーク君、来て」

「ぐすっ……え?」

「一緒にマリアちゃんを助けるの!」

「「え?」」



 シスは俺とマリアに「五分だけ待っててね」というと、マークを連れて出ていった。入り口のところにいたシスターと弟妹たちにも声をかけ、出ていく。部屋はマリアの喘鳴だけになった。



「おっとスマンなマリア。大丈夫か?」

「ゼヒュウゥゥッ……ゼヒュウゥウッ……」



 ああでも……顔色はさっきほど悪くない気がする……

 シスの高酸素の空間は、効を奏しているようだ。しばらく様子を見ていると、下の方から「わああああ」と歓声が上がった!



 おお! 何だ何だ!?

 しばらくすると、皆が上にのぼってくる足音がして……



 手にトレイを持ったシスが、部屋に入ってきた……

 そのトレイには、小さな皿が乗っていて、細い煙がたってるぞ……



 あれ、スゴく良い香り……

 甘いような……

 心が落ち着く、良い香り……



 優しい香りが淡く漂って……

 いいな、これ……ああさっきの歓声はこれか? 皆、この香りを嗅いで歓声を上げたのか? シスは部屋の隅にそれを置くと、次はマークがマリアの元にトレイを持ってきた。そのトレイには、蓋をした器が乗っかっている。何だこれ……? マークはマリアの膝の上にトレイを置いた。



「さあ、開けるわよ?」



 シスが蓋を取る……すると蒸気がホワホワ……と。



「さあ、この気体を吸い込んで」



 ヒュウゥ、ヒュウゥ……

 マリアがその気体を吸い込み始める……



「ゼヒュウゥ、ゼヒュウゥ、スヒュウゥ、スヒュウゥ、ヒュウゥ、ヒュゥ、スゥー、スゥー」



 あれ? ……呼吸が……穏やかになってきたぞ……?



「マリアちゃん……どう……?」

「……うん、うん……苦しくない……苦しくない」

「ああ良かった〜!」

「「 わああぁ! やったああ! 」」



 な、何が起こった!? 何が起こった!?

 マリアは落ち着いた様子で……さっきまでの呼吸困難が……なくなってる!? 何だこれ!? 何だこれ!? 発作が治った!? 治ったのか!? 魔法以外でこんな早く!? ええ何だこれ!? 治ったんだよな!? あれ!? さっき魔法で治したら、すぐにぶり返してたけど、今度はぶり返さないぞ!? 心因性のショックだから治ってもぶり返すはずなのに……ぶり返さないぞ!?



 何だこれ、①即効性があり、②ぶり返さない……魔法!?



「シ、シス……一体何をしたんだ!?」

「うふふ」 シスは嬉しそうに笑った。「まずはみんなに落ち着いてもらおうと思って……薬草のラーヴレンダーにアルローズをブレンドした『 香薬 』を用意したの……ラーヴレンダーには不安な心を落ち着かせる効果があって、アルローズには異常な緊張を取り除く効果があるの……」

「エルフに伝わる香薬……!?」



 そんなものがあったのか……これは凄い香薬だ! 本当に皆、気分が落ちついたもんな!



「そして、次もまたエルフに伝わる薬の接種方法で、呼吸器の病気になったら、薬品を気体にして吸わせるの」

「薬品を気体に……そんな技法があったんだ!」



 人間の世界で薬といえば……飲み薬か塗り薬くらいしかない! そうか……気体にして……! 考えもつかなかった。というか気体にするなんてそんな技術、人間にはないから考えつくわけない! ああ気体だから、効果が早かったのか……飲み薬と違って、気体なら直接患部に届くもんな! 凄い! そして心因性のショックも心を落ち着かせる香薬のおかげでぶり返さなかったのか……凄い! 先に香薬を使ったのはそういうことか! そして次に気体薬を使って気道を開かせたのか……



 まいった、凄い!



「というか、気体にできる薬なんて、何で持ってたの!? マリアの持ってる薬を気体にした訳じゃないよな!? どうして持ってたの!?」

「え? ああ、作ったの」

「作った!?」



 俺はまた驚きの声を上げた。何それ!? 何その意外な展開! ああそういえば! エルフは薬を作って、人間の商人と商取引してたんだっけ! 人間側は香辛料を、エルフ側は薬を……



「さっき外に出てたでしょ? 森まで薬草を探しにいってて」

「ああ! 『 目当てのものが見つかった 』って、薬草のこと!?」

「うん。本当は高山じゃないと手に入らないものもあるんだけど、それは手持ちの薬草で代用したんだけどね」



 何てことだ……俺は、①薬を安く入手する方法、②薬を買うお金を稼ぐ方法ばかり考えてた……

 そうか……③の選択肢があったのか……



『 作る 』という選択肢が……



 薬草のエキスパートの存在を、完全に失念していた……



 俺はもう……ただただ感心した表情でシスを見つめていた。はあ〜本当に凄いよ……ああ、子供たちもキラキラした目でシスを見ていたし、マリアもキラキラした目でシスを見ていたし、あのマークさえもキラキラした目でシスを見ていたら……シスはモジモジして恥ずかしそうに頬を染めてマリアに向いた。



「マリアちゃん、じゃあもうしばらく吸っててね?」

「はい姫姉様……ありがとうございます」

「姫姉様凄い!」「姫姉様ありがとう!」「姫姉様さすが!」

「わ、私……姫じゃ」 シスは汗を飛ばしながら言うと 「コ、コックリ、下に……いいかなあ?」

「お、おお……おお」



 照れて恥ずかしそうなシスは、俺の腕を引っ張って階下へと向かうと……子供たちもシスターも着いてきた。マリアとマークを残して全員で食堂へ移動した。ああ、子供たちはまだキラキラした目でシスを見ているから……シスは恥ずかしそうに俺の腕をつかんで体を隠している。それがまた可愛いからか、妹たちがさらにキラキラして……



 食堂の机の上には、採取したてのものと思われる薬草の他、乾燥させた葉だったり、粉末状のもだったり、色々な種類の物が置かれていた。おお、これが……



「そう、これが薬の原材料なの……さっき森で採ってきたのはこれとこれで」



 シスは一つ一つ説明してくれた。赤い小さな実がたくさんついた植物や葉の輪郭がギザギザだけど柔らかそうな葉、細く長い根の植物など色々あった。



「後は持っていた薬草で、高山に行かないと採れないから……今度採りに行きたいな……」

「ああ……ああ、行こう……!」

「東に高い山脈があったから、そこにあると思うんだ」

「ああ、ああ!」

「あと……こちらはシスターに……」



 と言って、シスは小さく折り畳まれた紙の個包装を、シスターに何個か渡した。何だこれ!?



「差し出がましいかもしれませんが……滋養の薬です。少しずつ元気になると思います」

「まあ……なんということでしょう……」



 滋養の薬!

 おおお! おおおお!

 もう、何から何まで……おおおお!



 集まった皆が、もうこれ以上ないくらいシスをキラキラした目で見つめる。シスはまたさらに照れて赤くなって、汗を飛ばしていた。



「姫姉様……」



 と、階上から声がして……見ると薬が入った容器を手にマリアとマークが降りてくるところだった……ああ、立ったマリアは本当に小さくて……同年代よりも一回り小さくて細い……



「マリア、マーク……どうした?」

「あの……あの……」 寄り添うように降りてきた二人は輪に入って、言った。「お願いがあるんです……」

「お願い……?」



 俺もシスも、シスターも子供たちも、皆がマリアとマークを見た。マリアは注目を浴びて言いあぐねているようで、代わりにマークが話し出した。



「僕はさっき、マリアにこの修道院のこと、皆の協力のこと、シスターのことを話したんだ……」

「ああ……そうだよな……」

「それで……この修道院を出ようって……二人で、僕らに出来ることを探そうって……」

「二人で出来ること……」

「自分たちに与えられた器を理解して、出来ることを精一杯満たそうって……」



 ああ、器の話か……器の話を……真剣に考えていたんだな……だから今のタイミングでマリアに全てを話したんだ……そういえば、シスもさっき何か言いたそうにしていたが……まあ後で聞くか……



「それで……システィーナお姉さん」

「は、はい!」 突然マークに声をかけられ、シスはビックリしたようだ。「な、なあに?」

「マリア……自分で言いな」

「うん。姫姉様……私に……薬の作り方を教えて下さい」

「え!?」



 意外な言葉に俺もちょっとビックリした。



「私……薬を作りたい……薬を作って、私みたいに苦しんでいる人を助けたい」

「ああ……」

「私……私の……自分の器の形……こんな器だから……病気がちの器だから、薬を作れる人になって、他の病気の人たちを救いたいの」

「ああ……」



 自分の器の形や大きさを理解して、何を修め、どれだけ満たすのか……そうかマリアは……

 病気で苦しむマリアだからこその選択かもしれない……



 マリアには選択肢が少ないと思ったが……もしかしたらこれこそがマリアに与えられた器の理由なんだろうか……



「やりたいのね?」

「うん!」

「うん! 教えてあげる!」

「本当ですか!?」

「うん! もちろん!」



 マリアがシスに抱きつくとその場に集まった皆が、我も我もとシスの元に駆け寄って……ああ、もみくちゃにされてるよ。



「はわあっはわわわあっ」

「姫姉様良い匂い~」「わあ柔らかい~」「おっぱい大きくて重い~」

「胸はダメ! コックリだけなのっ!」

「ぶふっ」



 いやはや……本当にシスは、誰も彼も惹き付けて離さない妖精なんだな……本当に何でこんな素晴らしい妖精が俺を見初めてくれたんだろう……俺の全てを刻み付けたいと想ってくれたんだろう……



「タルト食べよう!」「食べよう食べよう!」

「うふふ……ええ食べましょう……」



 ああ……子供たちに囲まれたシスは……屈託のない朗らかで愛らしい笑顔で……ああついにマークもはにかんだ笑顔でシスと手をつないで……良かった……本当に良かった……



 連れて来て……良かった……



 ああ……俺は……

 全てが……

 この瞬間のためにあったのではないかと……

 思えてしょうがない……



 全てが……全てが……



「シスター」



 優しい眼差しでその光景を見つめるシスターに俺は声をかけた。



「どうしました、コークリット」

「俺は……聖学院に行けたことを……心底、感謝しています」

「……どうしたのです? 急に……」

「この光景を見たら……急に思いました」 楽しげに笑うシスと子供たち「あの時、干ばつがなかったら……」

「ええ……」

「あの時、聖学院の話を聞かなかったら……」

「ええ……」

「あの時、シスターが送り出してくれなかったら……」

「ええ……」

「俺は……神殿騎士になることはなかった……」

「ええ……ええ……」

「だから……」 俺は胸が熱くなった 「俺がシスに出逢うこともなかった……」

「ええ……」



 シスに出逢わなかったら……俺はどうなっていたんだろう……怖くて考えられない。

 まだまだある。まだまだあるよ。



「あの時、シスターが俺たちを送り出したから……」

「ええ……」

「シスターは、俺とアリアのことが楔になった……」

「ええ……ええ……」

「楔になったからマリアを病療修道院へ入れなかった……」

「ええ……」

「二人をここに置いたから、修道院は大変になった……」

「ええ……」

「無理をしたシスターが倒れてしまった……」

「ええ……」

「責任を感じたマリアが、重い発作を起こした……」

「ええ……」

「でも……だからこそマリアに気体の薬が使われた……」

「ええ……ええ……」

「マリアが……やりたいことを見つけることができた……」

「ええ……」

「シスター」

「……」

「俺は本当に、聖学院に行けて……良かったです……ありがとうございました!」



 俺は深々とお辞儀をした。お礼をしたくて仕方なかった。



「そう……」 顔をあげてシスターを見ると……胸を抑えるシスターは安らかな表情で……「良かった……良かった……」



 ああ、俺がつけてしまった楔が、外れたのかもしれない……



 ―――――――――――――――



 深夜。

 弦月から少し膨らんだ月が夜の星空に浮かぶ。雨はもうすっかり止んで気持ちのいい涼しさが夜の修道院を包んでいる。ああ、今晩も家々の窓からランタンやロウソクの灯りがチロチロと瞬いて……きれいだ……



 俺は、誰もいない夜の礼拝堂でシスを待っている。今日は礼拝堂で待ち合わせだ。雨が上がったばかりでまだ屋根が濡れてるから……



 礼拝堂の、縦に長細い窓からは青白い月光が射し込んで来て……堂内を仄かに……淋しげに浮き上がらせ、広がっていく……。いくつもある窓から、斜めに美しい光の筋を落として……綺麗だ……



 子供の頃は怖かった……何か、目に見えないものが出てきそうで……でも今は、まったく怖くない……ここが、浄化された清々しい空間だと、ミサによって清められた満ち足りた空間だと分かるからだ。



 霊力で強化した俺の目には、日中と変わらない感覚で空間を見ることができる。磨かれた長椅子の一つひとつのキズまで手に取るように分かる。ああ長椅子が月明かりを反射して本当に綺麗だ……



 俺が礼拝堂の中央にある長椅子に座って礼拝堂のひんやりとした空気を味わっていると、食堂とつながる扉が開かれて、ランタンを持ったシスが入ってきた。ああ、俺はもともと明かりを持ってなかったからな……俺の姿を心細そうな表情で探しているな。



「ここだよ」



 俺は立ち上がると、斜めに射し込む月明かりのスポットライトの中に入った。シスがホッとした表情で俺に駆けよる。



「ああコックリ……暗いんだもの……何で明かりをつけないの?」

「ああ……まあ俺には必要ないし……」

「もう! そうでしょうけれど……」

「ふふ」



 俺はシスの持っていたランタンを手に取ると、火を消した。エルフも夜目が利くからいいだろう。俺とシスは手近にある長椅子に並んで座ると、シスも暗闇に慣れたようで……



「ああ綺麗……月光がこんな風に入るのね」

「ああ……」 しばらく月光の射し込む礼拝堂を見つめてから、俺は話し始めた。「シス……」

「なあに?」

「今日はありがとう」

「うふふ、どういたしまして……」

「助かった……本当に助かったよ……」

「うん……」 シスは長椅子で膝を抱えるように座ると、膝に顔をうずめて笑った。「うふふふふ……」

「あれ? 何か……おかしかった?」

「ううん……」 シスは顔を上げて俺を見た。「うれしいの……」

「うれしい?」

「うん……コックリの支えになれたのかなって……」

「ああもちろん! ……ああ、そうだったな……支えか……」



 そう、彼女は俺の支えになりたいと言っていた……

 俺の生きた証を刻み付けたいととも言ってくれたし、支えになりたいとも……



 ああ……こんなに尽くしてもらって……良いのかな?

 なんだか申し訳ない……俺がそう伝えると、シスは慌てて顔を左右に振った。



「ううん! コックリと一緒でしょ?」

「俺と一緒?」

「うん……コックリは、誰かを助けたくて神殿騎士になったんでしょ?」

「ああ……そういえばそうだな」

「うふふ……コックリの器は、誰かを助けるために神殿騎士が修められて、満たしているんでしょ?」

「うん……うん、そうだな」

「だから……私も一緒……」

「シスも……?」

「うん」

「ああ……そういえばあの時、『 シスの器 』の話が言いかけだったよな」

「うん」



 俺は、シスが何を修め何を満たすのか……

 聞いてみたくなった……



 正直、分かっていたけれど……



「シスは何を修め、何を満たすの?」

「……もう! もう、分かってるくせに……!」

「いや?」

「もう! 嘘ばっかり!」

「いや……」

「……え……ホントに……?」

「うん……」

「えぇ~……?」



 シスはいつか見た愕然とした顔をした。

 くくくっ俺は心の中で笑いをかみ殺して、「まったく分からない」という表情をして見せた。



「スマン……教えてくれるかい?」

「もう……! もう……!」

「ニブくてスマン!」

「……も~」



 シスは磁器のようなつややかな頬を膨らませて……くくっ凄いホッペだな……

 シスは俺を横目でチラッと見た後、恥ずかしそうに視線を落とした。



「……私の長い寿命を持つ『 器 』でね……」

「うん」

「私の器で……何を修めるのか……何を満たすのか……」

「うん」

「……私の……器……には……」

「うん」

「コックリの……生きた証を刻みつけて……コックリへの想いで満たしたいの……」



 俺はイジワルそうに笑った。

 ニッシッシ、そう思ったよ……嬉しいな……やっぱり本人の口から聞くのが一番だな!



 俺の笑みの理由にシスは気が付いたようで……



「ああっ! ああもうっ! ああもうっ!! やっぱり分かってたんじゃないっ!」

「わはははっ!」



 シスは真っ赤になりながら、俺の胸をバシバシとたたき始めた! イタタッイタイイタイ! グーでバシバシ、手加減なしに……。顔が真っ赤だな!



「もうっ! この! このっ! もう~っ!!」



 何度か叩かせた後、俺はシスの手首をパシパシッと取って抱きしめた。



「嬉しいよー、シスー」

「うう~! バカバカバカ!!」

「キスしたい……」

「!」 シスは一瞬ビクッとして 「……し、しない!」

「キスしたい!」

「しないもん!」

「キスしよ?」

「しないってば!」

「俺が育った場所で……!」

「!」

「子供の頃の俺を見てきたこの礼拝堂で……!」

「!!」

「俺の大切なひとと……キスがしたいんだ……」

「~~~~~っっ!!」



 シスは声にならない声を上げて……ああ普段はヒンヤリしたシスの体が熱くなってるな……

 シスは俺の胸に顔をうずめて……



 コクリとうなずいた。



 よし来たよし来た。やっぱり真っ直ぐな性格だよなー、大好きだ。俺はシスを抱えると走り出した。



「え!? え!? え!?」

「祭壇の前に行こう!」



 俺はシスを祭壇の前に連れて行くと、そこでおろした。

 俺の子供の頃を見てきた祭壇は、昔から寸分変わることなく……青い月光を反射して、薄く光り輝くようで……。もちろんこの修道院の祭壇は特に大きくもなく、華美でもなく、アラルフィ大聖堂やサン・マルゴー大聖堂に比べるべくもない……



 でもシスには……



「俺の成長を見守ってくれていた祭壇で……キスしたいんだ……」

「コックリの……」



 ああ、シスの目が凄くキラキラしてる……キラキラした目で、祭壇を見つめている……

 俺はシスの両の頬を、手で優しく包むと、俺の方へ向けた。



「は、はわわ……」

「シス……」

「は……はい……!」

「……ずっと……」

「ずっと……?」

「ずっと……俺のそばに……いてくれな……」

「………………は……い」



 俺は自分の顔をシスに近づけていく……

 すると、シスも少しずつ少しずつ目を閉じていって……

 唇が触れる瞬間……俺は想いを告げる。



「愛してる……システィーナ……」



 シスの両頬を押さえた手が、彼女の熱で熱くなった瞬間……



 俺は彼女の唇に、自分の唇を押し当てた……




ご覧になっていただきありがとうございました。予想外に長くなってしまいました。

怪異ではない話を書くのは初めてなので、ああでもないこうでもないと悩みながら書いていたら最終的にはこうなりました。


さて次回は怪異に話を戻しまして、モン・サン・ミシェルあたりを参考に構想を練っております。が、また脳内イメージがまとまりませんので、順調でも、七月頃の連載開始になるかと……


では今一度、ご覧になっていただきありがとうございました。



2016年8月10日追加修正↓

神殿騎士の怪異記4 連載開始しました。よろしくお願いします。

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