12 王都ローマリア近郊:食堂
■コックリの視点
サアァァァァァァ………
雨音が心地よい。涼やかな、心に響く音……。目を閉じると人魚の国の、あの場所が思い出される。静かで美しい滝の裏側だ。透明なカーテンの裏側を通った時に聞いた、あの涼やかな音に非常によく似ている。雨音に混じって、修道院のデコボコした石壁を流れ落ちる水の音も聞こえる。チョロチョロチョロ……建物全体に広がるような不思議な音。小川のせせらぎのようにも聞こえる。
恵みの雨か……
シスと二人で旅をすると雨に出くわすことは多々ある。俺とシスは大きな樹の下で肩を寄せ合い雨宿りして、葉から滴り落ちる雨粒を数えたり、いろいろな話をしたな。
俺は食堂の椅子の一つに腰かけながら、窓の外を眺めている。
窓の外には樹木が植えられていて、幹のおうとつに沿うように水が滴り流れて……うっすらと濡れた幹には八本足のトカゲが張りついていて、チロッチロッと舌を出しては引っ込めている。
さあ、いろいろな問題があるな……優先順位を決めてまとめてみるか。
①修道院の運営
②マークがシスを避けている理由
③金のために聖学院へ進んだ俺は、これで良かったのか
②はマークに聞けば終わるな。③は今じゃなくてもいい。
やはり①の修道院の運営だ……運営が悪化した理由………
■修道院の運営悪化について
悪化原因:呼吸器に障害を持つマリアが入所していることで、高額な薬が必要
具体的影響:運営費がなくなる。生活費を切り詰める。食費を切り詰める。被服費を切り詰める。
シスターが無理をして栄養失調になり倒れる。
……のような感じかな。
さあ、どうするかな……マリアを病療修道院へ入所させれば、金銭問題から発展したシスターの体調不良も、皆の少ない食事も、傷み始めた洋服も、良いものに変えられる。
対策①:マリアの病療修道院入所
ただこれは……シスターは、マリアにそれを望んでいない……
病療修道院への入所は望んでいない……
マリアもマークも望んでいない……
これは最終的な対策だな。できる限りの手を考えて、どうしても駄目な時の最終手段だ。
さて……だとすると、次は金銭を得る方法になるか……
高額な薬を買う金を……
対策②:金銭を得る方法
これはいくつかありそうだ……
一つは孤児を送り出した時の対価……孤児修道院は孤児を働き手として農家か商家、職人の工房へと送り出すと、見返りとして対価が得られる……。誰かが巣立っていけば当分の間は何とかなるハズだ。……でもそれもシスターにとっては論外だろう。マリアのために他の子を差し出すなんて……
論外だ。考えてる俺自身、絶対に嫌だ。絶対にできん。
……あとのお金を得る方法は、俺だ。
俺は怪異捜査の旅路で、訪れた教会から路銀を調達できる。給金と旅路の諸経費に相当する資金だ。法王庁から支給される神殿騎士用の資金を引き出しているんだが……今もまとまった資金があるから、たびたびここに訪れてまとまった金を渡すことは可能だが……おそらくシスターはそれも受け取ることはないだろう。この孤児院だけが秘密裏に優遇されているように感じて強い罪悪感を覚えるハズだ。また俺の旅路のための資金が特定の修道院に流れている……とも考えられて……俺の資金だから何に使おうが問題はないんだが、シスターのことだから、おそらく不正を行っていると思い、ズルをしてまで生きていたくないと思うだろう。
シスターは高尚なんだ。
理念への理想が高いというのだろうか……
でも、現実の壁は高い。
気高く美しい想いだけでは、生きていけない……
あとは……寄付を募るか……
村に寄付を募って、お金をもらう。これならばシスターも納得するだろうが……。問題は村人か? もしかしたら、「病療修道院へ入れれば万事治まるのにシスターの勝手で孤児修道院に入れているなら、自分たちで何とかすればいい」と言われる可能性もある。それに村も余裕があるわけでもない。まあ、上記二つよりはいいか……
あとは薬を安く入手する方法か……
すでにシスターは、教団関係者を通じて安く薬を入手しているようだ。そう、村のおじさんが目撃したという教団関係者は、薬を届けるために来ていた人だそうだ。教団関係者から直接購入しているので、ずいぶんと安くしてもらっているようなんだが……。ヴェネリアの商人に、類似の薬がないか、安く仕入れられないか聞いてみるか……。ツテは使うだけ使おう。
とりあえずこんな感じか。
■まとめ
悪化原因:呼吸器に障害を持つマリアが入所していることで、高額な薬が必要
具体的影響:運営費がなくなる。
食費を切り詰める。
被服費を切り詰める。
生活費を切り詰める。
シスターが無理をして栄養失調になり倒れる。
対策①:マリアの病療修道院入所……最終手段
対策②:金銭を得る方法
②-1:孤児を送り出した時の対価……論外
②-2:俺の路銀……シスターの倫理的にアウト
②-3:村に寄付を募る……村人次第
対策③:薬を安く入手する方法
③-1:類似品をヴェネリアの商人に
「どうしたもんだろうなぁ……」
俺は結構大きな声でつぶやいたようだ。
食堂にいた子供たちが一斉に俺を見た。
「どうしたの? コークリット兄さん」 と十二歳のジャック
「分かった、システィーナお姉様のことでしょ」 と同じく十二歳のオフィーリア
「あーん? 何だって?」
「お姉様が一人で外に行っちゃったから、逃げられたと思って心配なんでしょ?」
「なんだそりゃ?」
そう、今シスは一人で外に出ている。雨だというのに。「何しに行くの?」と聞いたら「ちょっとそこら辺見てくる」って……雨を弾く外套を着てフードを目深にかぶって出ていった。まあ、雨の中なら村人もいないし、静かに散策できると言えばできるか。食事もあらかた作り終えて、掃除も終わって、マリアの世話をし終えて、暇そうだったしな……
「お姉様が、こんなオーガー好きになるなんて信じられない」とアイーシャ。まだ言ってんのか。
「どんな弱味につけこんだんですか!?」と十一歳のサーク。オイオイ。
「最低! まさか無理矢理……きゃーっ」と同じ十一歳のイリーザ。
皆、シスの方が俺の元に押しかけてきたって思ってないみたいだ。本当に押しかけムリエルなんだが……華奢で繊細そうに見えるシスがそんな大胆なことしないと思うか。……というか、訪れる先々でそういう目で見られていたのかな。俺が無理矢理シスを連れ出したとか、うまいこと誑かしたとか……。俺が考え込んでいたら、子供たちが「魔法で虜にして……」とか「変なアイテムで精神支配して……」とか……オイオイ。
あれ……マークは話に入らず黙々と勉強している。やはりシスの話題だからかな……?
「バカなこと言ってないで、勉強再開!」
「図星だから怒ったんだ」「やっぱり!」「やっぱりオーガー」
「せっかくの雨なんだから勉強しろ!」
そう、雨になると農作業も放牧もできなくなるから、修道院へ戻ってきて勉強となる。晴耕雨読というやつかな。最低限の読み書きと計算ができるようにする。しかし孤児たちは勉強が好きなようで、農作業や放牧が終わった後で、読み書きの練習をする子もいる。
教育……と呼べるほどのものでもないかもしれない。でも当時の俺は雨の日が好きだった。
「コークリット兄さん、これで合ってる?」とマーク。
「んー……うん、合ってるよ」
マークはニコッと笑うと次の問題を解き始めた。
マークは俺がこの修道院を出たときと同じ年齢か……俺にもマークのような時があったんだな。俺の十歳の時よりも、よっぽど落ち着いて見えるな。
その時シスの言葉がよみがえってきた。
「当時のコックリは皆を助けるために聖学院に行ったと思うんだけど……今、これで良かったって思えてたらいいなって。エルフの私は長命だから……何をやるにしても時間が有り余っていろいろ挑戦できるけど……。人間は……コックリは違うから……満ち足りて、充実して、目一杯生き抜いてもらいたいの……」
満ち足りて、充実して、目一杯生き抜いてもらいたい……
俺はこれで良かったのかな……
今まではもう、運命のようなものでそれが当然のように思ってたからな……
改めて考えてみると……
運命に流されているだけに見えるかな……?
だからシスはあんな風に言って来たのかな……?
でも……運命としか……
体は戦闘向きに筋肉質で大きく頑健で……
聖魔法に必要な霊力は大きく、濃さもあり、属性も適性で……
運命だと思ってたから、考えもしなかった……
運命……運命か……
でも……少し引っかかるな……
何かが引っかかる……
運命なのかもしれないが……
何かが違う気もする……
頑健な体に生まれた……
良い霊力に生まれた……
干ばつがあった…………
聖学院への話が上がった……
神殿騎士になった……
あれ? 何か違う気が……
本当に……運命……運命か……?
何かが……違う気が……
何だろう……
とその時、ジャックが伸びをしながら話した。
「ああぁ! 今日も頑張った! 目一杯やった!」
「そうかしら?」とオフィーリア
目一杯やった……か。
目一杯……
「なあ、皆これから何がしたい?」
「え?」「これから?」「勉強終わった後?」
「ああいや……大人になったらとか」
孤児の俺たちにとって選択肢は少ない。
でももしかしたらそれに近い仕事につけるかもしれないし、夢や希望を持ってもいいと思う。
「俺は兄さんみたいに世界中を回りたいな」
「ほうほう」
「いろいろな地を訪れて、いろいろな人々に会ってみたい」
「なるほど……ヴェネリアの商人なんかいいかもな。いろいろなところに行ってるからな」
「私は料理人になりたいな」「私は結婚して家族をいっぱい持ちたい」「私もそれ」ワイワイガヤガヤ
「マークはどうだい?」俺の言葉にマークはうなずいた。
「僕は……僕は司祭になりたい」
「司祭?」
「うん。司祭になれば、聖魔法が使える。そうすれば……マリアが体調を悪くしたとき、聖魔法で治せるでしょ?」マークはキラキラとした目で俺を見た。
「そうか……マリアのためか」
「うん!」
マークにとって、マリアを守ること助けることが、生きがいなんだな……
……と、ふと俺は胸のつかえが落ちたような気がした。あれ……なんでだ?
「シスターの具合……悪いなら聖魔法で治せないんですか……?」 とサーク。
「んー、ああ病気じゃ……いや、うん。大分良くなったな」
俺は病気じゃないから聖魔法では治らない……と言おうとして止めた……。「病気じゃないなら何で倒れたの?」と言うことになるからな。そうすると、マークが気づくかもしれない。
「シスターの具合……悪いんですか?」アイーシャが心配そうに聞いてきた。
「んー……俺の聖魔法とシスの栄養満点のスープで、かなり回復したと思うよ」
「良かった~」「さすが兄さん」「お姉さまの手料理早く食べてみたい!」
すると安堵する皆と異なり、ジャックとマーク、オフィーリアは心配そうな顔になった。……どうしたんだろう? ジャックとオフィーリアは年長でそれぞれリーダーの役割があるから……もしかしたらこの修道院の現状を何か知ってるのかもしれないな。マークももしかしたら……
「ちょっと……マリアの様子を見てきます」とマークは立ち上がって、二階へと上がっていった。
「さて……俺は便所にでも行くか……ジャック、終わったんならツレションすっか」
「え? ああそうですね」
俺とジャックはトイレへと向かった。
トイレは修道院の外にあって、村人も共同で使う公衆トイレだ。村の家々にはトイレが少ない。というのも堆肥にして肥料として使うから、なるべく効率よく集めるため共同となっている。修道院の裏手に出ると小さな掘立小屋があって、花が咲く鉢植えやツタが全面に繁っていて一見するとトイレに見えない。まああまりにもザ・トイレだと何なのでね。トイレが外にあるので、これがまた夜とか怖かった。
ああ、雨はだいぶ弱くなってきたな。足早に掘立小屋に入ると、俺は気になっていたことを聞いた。
「ジャック。この修道院のこと、何か知ってるのか?」
「何、というと……?」
「お前を信用しているから言うが、修道院の運営のことだ」
「……兄さん、気づいてたんですか?」
「おかしな点がいろいろあったからな」
「さすがですね……」ジャックと俺は並んで用を足しながら「実は半年ほど前から食事が少なくなってきたのでシスターに聞いたところ、『協力してほしい』と話を受けたんです」
「なるほど……」
「マークの妹は僕たちの家族でもある。オフィーリアにも相談して、まずは食事だけでも通常通りに戻せるよう労働を増やしたりしていたんですが……」
「限界はあるよな……」
「ええ。実は昨日シスターに呼び出されて、兄さんには何も言うなって」
「言われなくても気づくよ。これでも神殿騎士だぜ」
「そうですよね」
手水で手を洗って、掘立小屋の庇で雨宿りしながら再び対策を練る。
「どうしたもんだろうな……」




