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07

 まだ午前中なのに家に帰ってきた真衣を見て、美代は驚いた。

「どうしてこんな早くに……」

 美代が言い終わる前に真衣は自分の部屋に入り鍵を閉めた。

 いつものように椅子の上に膝を抱えて座り、ため息を吐いた。そしてつい先程自分がやってしまったことに後悔していた。多分明日から学校には行けなくなるだろう。行ったとしてもみんなからどんな目で見られるか……。あの時はもうどうにでもなれと思っていたが、今になって自分がとんでもないことをしたんだと反省した。

 ふと机の上に置いてある鏡に目がいった。よく自分の顔を映している鏡だ。この鏡を見ながら真衣は今までずっと、いろいろなことを考えていた。

 

 やはり自分は母親に似ていない。どこからどう見ても誰が見ても似ていない。私とよく似ている人がこの世の中のどこかにいる。それが私の本当の母親だ。この顔と一緒の人がどこかにいるんだ。きっとそうなんだ。

 さらに勉強が好きだということも親譲りなのかもしれないと真衣は思っていた。きっと私の親は勉強が好きで頭のいい人なんだろう。

 そして人と接するのが苦手な人、もしかしたら嫌いな人なんじゃないか。一人きりで部屋に篭るのが好きな人だったんじゃ……。

 会ってみたい、と何度も思った。私の本当のお父さんとお母さんはどんな人なの?どんな顔をしているの?どこにいるの?どうしたら会えるの……?そして、15歳になった私を見たらどんなことを言うんだろう。


 真衣は何時間もそうして鏡を見ていた。窓の外は暗くなったが電気を点ける気にならない。突然ドアを叩く音がした。はっと真衣は我に返り、ドアのほうを見た。もちろん開ける気はなかった。

「真衣、今日学校で暴れたらしいな」

 低い父親の声がドアの向こうから聞こえる。もう会社から帰ってきたようだ。真衣は何も言わず、じっと鏡を見つめた。

「どうしてそんなことしたんだ」

 またその質問か、と嫌気が差し、真衣は冷たい言葉を返した。

「ほっといてよ。どうだっていいでしょ」

 すぐに父の言葉が返ってきた。

「真衣、ドアを開けなさい」

「やだよ」

「どうしてそんなにわがままな子になったんだ」

「うるさいっ」

「何があったのかちゃんと話しなさい」

「何も話すことなんかないよ」

「いい加減にしなさいっ」

 そうして怒鳴りあっているうちに、またあの抑えていた感情が爆発した。

「うるさいって言ってるでしょっ」

 そう言って持っていた鏡をドアに向かって投げた。鏡はドアにぶつかって粉々になった。

「もうやめてっ。もう何も話しかけてこないでっ」

 怒鳴りながら真衣は涙を流した。耳を塞ぎ、目をつぶった。

「もう誰とも話したくない。誰の声も聞きたくない」

 涙は溢れ頬を伝って膝の上にぽたぽたと落ちる。もう限界だった。

「独りきりにさせて……お願いだから……」

 心が鏡と同じように粉々になりそうになった。ここから消えてしまいたいと思っていた。

「真衣……」 

 そう言って父は黙った。母の泣く声が聞こえた。

それから一週間、真衣は学校に行かなかった。担任教師が来ないでくれと頼んできたそうだ。倒れた子は違う中学に転校していた。


 

 美代が厳しい顔つきで清司に話しかけた。

「もう本当のこと言いましょうよ。真衣に」

 清司は驚いて冷や汗を流した。

「だめだよ。今までずっと隠してきたのに、全部意味がないじゃないか」

「もう無理よ。本当のことを言わなければ真衣はもっとおかしくなっちゃう。こうして真衣が泣いている姿を見てあなたは何とも思わないの?」

 清司は言葉を失くした。確かにその通りだと思った。

「真衣を幸せにするのが私たちの使命なのよ。今真衣はすごく苦しんでる。独りきりで潰されそうになってる。真衣が苦しんでるのを見たくないってあなたも言ってたじゃない」

 美代の思いは強く感じられた。真衣は苦しんでいる。たった独りで恐ろしく大きな問題の答えを探している。すぐそこに答えはあるのに真衣には解くことができない。

 清司は首を振り、美代の肩を抱いた。

「だめだ。絶対に杉尾栄一のことを話したらいけない。杉尾栄一が本当の親だと知っても真衣は救われるわけじゃないんだ……。栄一がどこにいるのかわからないから……」

「本当にどこにいるかわからないの?」

 美代が顔を覗き込むように見つめてきた。声が震えている。

「実はすぐそばにいるんじゃないの?すぐそばにいて、真衣のこと見てるんじゃないの?」

「そんなわけない」

 すぐに清司は答えた。美代の手を握り、寂しく言った。

「今まで15年間一度も会わなかったのに、どうして今になってここに現れるんだ」

「そうだけど……」

 美代は諦めるように項垂れた。

 清司は美代の手を離し、廊下に向かって歩いて行った。

「どこに行くの?」

 美代はあわてて清司のもとにやってきた。

「真衣の部屋に行く。もしかしたら気が変わって部屋に入れてくれるかもしれな……」

「やめてっ」

 美代は清司の腕を掴んだ。そして叫ぶように言った。

「今真衣に話しかけるのはやめて。そっとしておいてあげて。お願い」

 必死な美代の顔を見つめ、清司はため息をついた。

「わかった。今会いに行くのはやめる。驚かせるようなことをして悪かった」

 そう言って謝ると、美代は小さく頷いた。 



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