05
自分でも呆れるほど、血液型の疑問は頭から離れなかった。どうしてこんなに不安になるのか自分でもわからない。両親がA型だと言うのならそう信じればいいのになぜかそれができない。
だいたい両親と姿が似てない子どもなんて数え切れないほどいるはずだ。血液型だってきちんと調べたわけではない。全て自分の思い込みだ。曖昧で確証などない。自分は考えすぎていると真衣は思っていた。私は北原家の娘なのだと何度も自分に言い聞かせ、真衣は不安定な日々を過ごした。
そんな真衣を新にどきりとさせる言葉が見つかった。「養子」というものだ。養子とは親がいなくなってしまった子どものことで、他人の家に家族として暮らしていくらしい。それがどれほど苦痛なのかはそうやって生きてきた本人しか知ることはできない。
真衣の心臓が大きく跳ねた。体が炎のように熱くなった。親がいなくなり他人の家で暮らしていく……。まるで今の自分のようではないか。自分には本当の親がいたが何かわけがあって北原家へ連れてこられた子どもなのでは……。
もしそうだったらなぜ本当の親は自分のことを育ててくれなかったのだろう。子どもを育てられない理由があったのだろうか。もしかしたら死んでしまったのかもしれない。それだけは嫌だと真衣は思った。
養子という言葉は真衣の心の中を激しく動かした。さらに真衣の心の中の水は汚れていく。誰にも相談ができないということも真衣を孤独にさせた。
私は違う家の子なの?どうしてお父さんもお母さんもそのことを話してくれないの……?
真衣は崩れ落ちそうになりながらたった一人でもがき苦しんだ。
天涯孤独、養子養女、孤児院。たくさんの言葉が真衣を痛めつけた。親がいない子どもはどうやって生きていくのかということ、一生独りきりで生きていけなくてはいけないということ。とにかく何もかもが真衣の透き通っていた心を汚していく。
本当に私のお父さんとお母さんなの……?いつになったら本当のことを話してくれるの……?いろいろな疑問が胸の中を飛び交っている。だが答えを知ることはできない。向こうがその気になるまで、真衣は待ち続けるしかない。そうすることが真衣を刺激しストレスとなって体中に溢れ出す。最低な悪循環だ。
「最近、真衣元気ないねえ」
「大丈夫?なんか悩んでんの?」
家族に恵まれている同い年の子に心配されることも辛かった。あんたたちには私の気持ちなんかわからない。こうして孤独に過ごしていることがどれほど苦しいことかなんてわかるわけない。さらに真衣は他人と一緒にいることが嫌いになった。
そんな真衣を見ながら清司と美代も傷ついていた。本当のことは言えない。だが言わなければ真衣は苦痛に耐える日々を送ることになる。どうすることもできないまま時間だけが過ぎていった。
「真衣大丈夫かな」
口癖のように美代は言った。その度に清司は力強く励ました。
「心配しなくても平気だよ。もし何かおかしいと思ったら訊きにくるよ」
その言葉に美代は反論した。
「そんなことするわけないでしょ」
「え?何で?」
清司が目を丸くすると、何も知らないのかという口調で美代は答えた。
「私は、本当の子どもじゃないの?って、血が繋がってないの?なんて聞いてくると思う?」
「それは……」
確かにそうだと思った。自分は本当の娘ではないのかなんて訊きにくるわけない。何年経っても自分は頭が悪いままだと気分が悪くなった。
「どうすればいいんだ……」
清司は頭を抱えた。どうすれば真衣の心の中を知ることができるのか……。
真衣は現在お父さんお母さんと呼んでいる人と距離を置くようになった。もしかしたら血の繋がっていない他人なのかもしれない。気を許してはいけないと何度も思った。本当の親はどこかにいる。きっと私のことを待っているはずだ。子どもを可愛がらない親なんてこの世に一人もいない。私の親も子どもを可愛がる人なのだと信じていた。早く本当の親に会いたいと毎晩願っていた。
絶対に私は北原家の娘じゃない。真衣の心の中は澱で汚れ泥と化していた。話しかけられても無視をし目も合わせないようにした。自分が冷たく凍っていくのを真衣は感じていた。
こうして態度を変えた真衣を見て両親はかなり動揺しているようだ。中学生になると思春期を迎えることになるので、「真衣は今思春期だから」と母は思っているようだ。しかしそんな単純なものではない。真衣がどれだけ深い闇を歩いているのかなど全くわからないだろう。だが父は何だか別の見方をしているようだ。思春期ではない、別の理由で真衣が冷たくなったと感じているようだ。その別の理由というものはわからないが、父も真衣の孤独な想いに気付いているわけがない。
真衣はそう思いながら孤独な日々を過ごした。いつか出会う血が繋がっている両親のことだけが真衣の心を癒した。