02
真衣が変わったのは小学校六年生になってすぐだった。突然「転校したい」と言ってきたのだ。
「どうして転校したいんだ?」
清司が言うと、真衣は不愉快そうな顔で答えた。
「周りにいる子たちが鬱陶しくってしょうがないの。みんな遊ぼう遊ぼうって言ってきて、本当に嫌になっちゃう。授業中も話しかけたりしてきてすごくうるさいの」
清司は不思議な目で真衣を見つめた。
「何で嫌なんだ?遊ぼうって言ってきたんだから一緒に遊べばいいじゃないか」
しかし真衣は首を横に振った。
「私は勉強したいの。一人きりで」
その一言を聞いて、清司の胸がどくんと大きく跳ねた。何十年も前のことが鮮明に頭に蘇った。しかし清司はその記憶を振り払い、もう一度言った。
「真衣は成績優秀だからそんなにたくさん勉強しなくてもいいとお父さんは思うけどなあ」
だが真衣は聞かなかった。
「私、友だちなんかいらない。馬鹿ばっかりで本当に嫌。一人で勉強してる方がずっといい」
清司の額に冷や汗が流れた。まさか、そんなはずはないと考えていた。
「真衣、勉強するのも確かに大事だけど、友だちと遊ぶっていうのも大事なんだぞ。友だちがいらないなんて寂しいじゃないか」
清司は嫌な予感がしていた。まさか真衣が、まさか……。
真衣は父の顔をじっと見つめ、疑うように言った。
「……ねえ、お父さん……、何か私に隠し事してない……?」
ぎくりとした。その顔が幼かった頃の栄一の顔と重なったのだ。
「何も隠し事なんかしてないよ」
動揺を隠しながらそう言うと、真衣は大げさにため息を吐き、その場から立ち去った。どうやら諦めたらしい。
清司はしばらくそこから身動きできなかった。まさか……まさか、真衣がそんな顔を見せるとは……。
やはり真衣は栄一の娘なのだと清司は強く感じた。ずっと親想いの優しい子だと思っていた。血が繋がっていなくてもたくさん愛情を注げばずっと優しいままだろうと考えていた。しかしそうではなかった。真衣の体には栄一の血が流れているのだ。真衣の本当の父親は栄一なのだ。
中学生になるとさらに性格がきつくなった。ほとんど笑わず、話す言葉もかなり減った。友だちももちろん一人も作らず、ただ部屋に篭って勉強をしているだけだ。
「何か真衣、最近すごく冷たくなっちゃって……。思春期なのかなあ?」
美代はそう言っていたが、清司は気が付いていた。真衣がこうなってしまったのは思春期でも何でもない。父親が栄一だからだ。
しかし美代を悩ませたくなかったので、「早く思春期が終わればいいね」と軽い口調で答えた。
日に日に真衣は栄一の姿に近づいていった。友だちどころか家族にまで冷たい目を向ける。話しかけても何も答えず無視をし、ただひたすら教科書を読んでいた。まるで栄一と一緒にいるようで清司は暗い気持ちで過ごした。どうしてこんなことに……と何度も頭を抱えた。
ある日のことだった。清司が真衣の部屋にゴミ袋がたくさん置かれているのに気が付いた。何を捨てているのか中を覗き、どきりとした。全て小さい頃に友だちにもらったプレゼントやお土産だった。しかも手作りでオリジナルなものばかりだ。
学校から帰ってきた真衣にそのことを言うと、強く睨みつけてきた。
「なに勝手にゴミ袋開けてんのよ。ていうか中学生の娘の部屋に入るとか最低」
中学に入ってから話し方も乱暴になった。清司は厳しい目でもう一度言った。
「どうしてもらったものを捨てるんだ?みんなが真衣のために作ってくれたんだぞ。失礼だと思わないのか」
しかし真衣はふん、と顔を横に向け、全く反省しない態度で言った。
「だって邪魔なんだもん。勉強するのに集中できないの。それにこんなものまだ持ってる子なんかいないよ」
「だからってもらったものを捨てるのはよくない。全部部屋に戻しなさい」
「やだよ」
「真衣、言うことを聞きなさい」
だが真衣は完全に無視しそのまま部屋に入ってしまった。これ以上叱っても無駄だと思い、仕方なく清司は別の場所に置くことにした。それでも真衣は嫌そうな顔をしていた。
その日から真衣は部屋に鍵をつけた。もう誰も部屋に入れないようにしたのだ。掃除も全部自分でやるからと言い、清司がどれだけ叱っても「うるさいな」と不機嫌な顔をするだけだ。
「……思春期、早く終わらないかな……」
娘に振り回され気疲れしている美代が小さく呟いた。清司は思い切って真衣が昔の栄一にそっくりだということを話した。美代は目を丸くし、話が終わると寂しげに笑った。
「やっぱり子どもは親に似るのね……。本当の親に」
本当の母親でないことを思い出したようだ。清司も同じことを感じた。
「とにかく真衣にばれないように気をつけよう。今まで通り話しかけて、不自然に思われないようにしよう」
励ますように言うと、美代は小さく頷いた。
「そうね……。がんばって隠し通しましょう。真衣が孤独になるなんて絶対嫌だもの」
清司は強く頷いた。とにかく本当のことを真衣に気付かれないようにすることが一番だと思った。