01
真衣は北原清司と美代の娘で、現在15歳だ。一人っ子で兄弟はいない。しかし寂しくはなかった。三人で毎日笑いながら、幸せに暮らしてきた。
真衣はとにかく何でもできる、完璧な少女だ。姿も美しく、勉強も料理もできる。運動は少し苦手だが、それでもだいたいのことはできた。街を歩けば誰でも振り向くほど可愛らしい。学校では何度も男子生徒から告白をされた。それだけでなく頭もよかったので誰もが真衣のことを「完璧少女」と呼んでいた。「天才」と呼ぶ人もいた。清司と美代はそうして娘が褒められるのが何より嬉しかった。自慢の娘だと清司は誇らしい気持ちだった。
しかし真衣本人はそうして他人に尊敬されることを嫌がっていた。むしろ一人きりで部屋の中に篭っていたいと思っているようだ。運動が苦手なのも外にあまり出ないからだ。外に出ると嫌でも誰かが話しかけてくる。それが煩わしいのだ。
清司と美代は人と付き合うのが好きだ。一人きりでいたいと思ったことは一度もない。自分の周りに人がいてくれることが何よりも幸せだと思っている。真衣が友だちとあまり遊ばないことが少し気になっていた。
両親がそういう考えなのに、なぜ娘は違うのか。それには理由がある。真衣は本当の子どもではないからだ。真衣には別の、本当の両親がいるのだ。
真衣の本当の父親の名前は「杉尾栄一」だ。つまり真衣の本名は北原真衣ではなく杉尾真衣なのだ。
そして杉尾栄一は清司が幼かった頃に北原家に引き取られてきた養子でもあった。人が嫌いでとっつきにくく、話しかけるだけで睨みつけてくる。人より三つくらい先のことまでわかっているような、頭の切れる少年だった。頭が悪く幼稚で鈍くさい清司には、栄一の考えていることなど全くわからなかった。
ただのんきに暮らしていた清司は、栄一と出会ったことでたくさんの経験をさせられた。そのほとんどは辛く悲しいものだった。栄一はいつもこんな思いで生きているのかと驚き、自分がこれからどうやって生きていくのか何度も苦しんだ。
そして不思議なことに、清司が幸せだと栄一は不幸になり、栄一が幸せだと清司は不幸になった。まるで振り子時計のように二人は人生を歩んできた。その振り子時計は現在、清司が幸せなところで止まっている。栄一は愛する妻を病気で失い、生まれた赤ん坊を代わりに育ててほしいと清司のもとまでやってきた。その赤ん坊が真衣だ。自分一人では真衣を幸せにすることができない、だから代わりに育ててほしいと栄一は言った。子どもができず悲しい思いでいた美代は真衣を育てたいと言った。例え血が繋がらなくても家族として生きていける。清司は戸惑っていたが栄一と美代の強い思いを感じ、真衣を引き取った。 栄一は真衣を清司に抱かせた後、これからどこへ行くのか清司に告げずにたった一人で歩いて行った。どこに行くのかと言っても答えず、そのままひたすら前だけ見て歩いた。今栄一がどこにいるのか清司は知らない。もう二度と会えないのかもしれない。そう思うと胸がきりきりと痛んだ。
15年が経った今でも、栄一と過ごした日々は鮮明に浮かぶ。それほど栄一は清司に影響を与えたのだ。
どこかでばったり会う、ということは多分ないだろうと清司は思っていた。15年間一度も会わなかったのだ。これからも栄一は行方不明のままだろう。
幼い頃、真衣はよく笑う子だった。お父さん子で、清司の帰りが遅いと心配で泣いたりした。また夜寝る時やお風呂に入る時も、美代ではなく清司が面倒を見た。清司はそうして真衣が幸せそうに微笑んでいるのを見てとても嬉しかった。真衣を幸せにする。それが自分の使命だと思っていた。子ども好きの美代も血が繋がらない真衣のことを本当の娘として可愛がった。子どもができなかった美代の笑顔を見ていると、何もかもが輝いて見えた。
例え血が繋がっていなくても家族になれる。美代は正しいことを言ったと思っていた。
杉尾栄一のことは絶対に真衣に話さないように清司と美代はいつも気をつけていた。もし真衣が本当のことを知ってしまったらどれほど傷つくのだろうか。真衣が自分は養女で天涯孤独なのだと気付き、孤独に襲われたら……。
しかも本当の親である杉尾栄一は行方不明で会うことはできない。母は病死しもうすでにこの世にはいない。真衣が苦しめられている姿を見たくなかった。
だが真衣はにこにこと毎日笑っていた。清司と美代を本当の親だと信じ、幸せに生きてきた。これからこうして三人でずっと過ごしていくのだろう。清司も美代も真衣もそう思っていた。
だが幸せは長く続かなかった。