にゃにゃにゃ(本編)
「召喚されたら、美少女でハーレム作りたい」
そう友人にうっかりカミングアウトして、ドン引きされたのは5日前のこと。
友人が異世界で逆ハーとかいいよね、とか言うからこっちも合わせたのに、完全なる空振りっぷり。黒歴史に新たな1ページが加わった瞬間だった。
冗談に決まってるじゃんと笑って流したが、正直心の傷は深い。
家に帰った後は、机につっぷしたまましばらく動けなかった。
だから厨二病の神様が同情してくれたのかなと思わなくもない……が、何をどう間違ったらこうなるのか。
友情なんてもう信じるもんかと呟いた瞬間、眩しい光に包まれて、気が付けば見覚えのない場所に突っ立っていた。
ありがちな召喚シーンではあるのだが、さすがにすぐには状況を理解できなかった。
上を見ればお城のような高い天井。足元を見れば、重々しい石造りの床と召喚陣らしき落書き。そして前を見れば召喚者だろうローブを身にまとい杖をくわえた面々。
しばらくして、なるほどこれが召喚かと他人事のように納得した。
私を召喚した面々は初めは戸惑う様子を見せていたが、すぐに大きな歓声を上げた。
歓迎されているのは嬉しいものの、夢でも見ているような現実味のなさは消えてくれない。
案内された豪華な個室は小さいながらも可愛らしく、ドレスなどの衣服関連以外はサイズも問題なかったし、そのドレスも翌日には私にぴったりのサイズのものが用意され、周りの歓迎ムードは明らかだった。
しかし召喚されて5日が経った今も、どんな理由で召喚されたのかがはっきりしない。
王妃召喚系ではないと思う。
ないはずなんだけど、モテモテな現状を見るに完全に否定しきれない。
「ハーレム系か、逆ハー系か、それが問題だ……」
目の前には、(たぶん)美形な面々がずらりと並んでいる。
心なしかうっとりと私の方を見ている気がする。
でも、これはない。
ハーレムでも逆ハーでもいいけど、これはない。
「にゃっ、にゃにゃっ」
目の前に差し出されたのは、鮮やかな白い花束。
キラキラ輝く目とゆらゆらご機嫌に揺らめく尻尾で何かを訴えてくるが、猫語を理解する能力のない私には無駄な訴えだ。
「……にゃー」
とりあえず、ありがとうのつもりでニャーと言ってみたところ、周りはドッと盛り上がった。
「にゃー!!」
「にゃっ」
「にゃぁー」
お互い押し合いながら、私の足もとに殺到するニャンコたち。
茶色い毛並みの1匹を抱き上げると、黒猫がなんでなんでと言いたげに、足をぱしぱし叩いてくる。
抱き上げられている猫が気まずそうにきょとんとしていることから、どうやら身分の高いにゃんこを差し置いて、下っ端を抱き上げてしまったらしい。
茶猫がイジメられたら可哀そうだと、怒っている黒猫も抱き上げるが、今度は後ろから花束をくれた白猫に体当たりされた。
「にゃーっ」
「にーっ」
猫ハーレムなるジャンルは残念ながら読んだことなかった。
ものすごく盲点だった。
もっふもっふと重なりあうにゃんこたちが、ものすごくハートを直撃してくる。
現実でも猫ハーレムは実現可能だが、異世界の猫ハーレムは一味違っていた。
なにしろ、猫が魔法で空を飛んだり、自分でオシャレしてきたりと、マスコット的な可愛さが加味されてくる。
ごく普通に動物好きな私には、到底太刀打ちできそうにない。
にゃんこたちをモフりながら私は考えた。
勇者ものなら、敵は悪のにゃんこだろう。魔法で猫姫ちゃんを千年の眠りにつかせてしまった悪にゃんこを勇者が倒す。いや、動物虐待など許されないことだ。倒すのではなく、モフって改心させるべきだ。そして世界が平和になりめでたしめでたし。完全に完璧な流れ。何の問題もない。
聖女ものなら、にゃんこたちを癒してあげればいいはずだ。つまり、可愛いにゃんこたちをモフりまくればいい。私も嬉しいしみんなも嬉しい。何の問題もなくハッピーエンドだ。
王妃召喚も捨てがたいが、にゃんこたちの歓迎っぷりからいって除外していいだろう。王妃の見た目がこれだけ違っていたら、さすがに召喚をやり直すはずだ。もし万が一王妃召喚だったとしても、やはり私にできるのはモフることだけ。
「うん。問題ないな」
悩みが解決した私は、心置きなく集まってきたにゃんこを片っ端からモフることを決めた。
そして、もふもふっとした毎日を繰り返し、気が付けば召喚から半月が経っていた。
逃げ回るにゃんこもいたが、嫌がってる感じではなかったので容赦なくモフった。
しかし、言語チートがなく猫語も分からない私には、いまだ帰る方法があるのかどころか、何のために召喚されたかさえ聞けていない。
今でも猫たちの言葉は、ニャーとしか聞こえない。
猫たちが訓練する様子を眺めていても、参加しろと促されたことはないので、勇者召喚ではないのは確定。
あとは何だっけ。
会話が通じなくても失望されてないから、知識目当てでもないか。
密かに期待してた人化もなかったので、王妃様系もない。
会話相手がいないせいで妄想が加速するが、結局のところ、にゃんこたちは特に何を私に求めるでもなく歓迎してくれていた。
そうするともう神子様か聖女様でいいんじゃないかと思う。
特に何もできなくても問題なさそうだし、私の心の平穏のためにも、そのどっちかでいいかな。
元の世界への未練もないわけじゃないが、目の前にもふもふがあると、どうしても欲望に負ける。
そしてもうすでに、猫ハーのない元の世界でなんて生きていける気がしない。
私は完全に、にゃんこたちに心を奪われてしまっていた。
「にゃ……」
色々考えながらぼんやりと廊下を歩いていると、最近見かけていなかった白猫が気まずげにこちらに歩いてきていた。
「白猫ちゃん、久しぶり!」
抱き上げようとすると、なぜかスルリと避けられてしまう。
逃げられるのなんて初めてで、案外ショックが大きい。
白猫はモフり対象の中でも一番ふわふわしていて、私にも懐いてくれていたはずだった。
「え!?」
何でなのかと混乱して言葉が出ない私の周りに、ふわっとした白い塊が3つ転がってくる。
「にゃ」
「にゃあ」
「うにゃっ」
見上げてくるキュルンとした可愛い3対の青い瞳。
今度は可愛さのあまり言葉が出なくなった。
「にゃっ? にゅっ? にゃ?」
私の足もとをくるくる回りながら不思議そうに首を傾げる子猫。
「にゃー、にゃー、にゃー!!」
何を言いたいのか、にゃーにゃー言いながら私の足もとでゴロゴロ転がる子猫。
「にゃーん」
転がる子猫の足を目で追いながら、片足をクッと上げ、うずうずと叩きたそうな顔をしている子猫。
ビビッと来た。
つまり、そういうことだ。
うん。
「猫ハーこそ至上っ!!」
これまでも猫ハーレムに何度も打ちのめされてきたが、子猫たちの可愛さには完全にとどめを刺された。
もう会えないだろうけど、友人に会えたら謝ろうと思う。
あんな黒歴史とかもうどうでもいいよ。
だって、美少女ハーレムなんてもう目じゃないハーレムが目の前にあるんだよ!?
やっぱり、猫にもふもふされる、猫ハーレムが一番だよね!!
「にゃにゃーっ。もっと、もふもふしてもいいのよ?」
子猫たちと戯れていると、すっかり忘れ去っていた白猫が突進してきた。
「にゃー」
なぜかうるうると目に涙を浮かべている。
忘れ去ってしまっていたのが、そんなにまずかっただろうか。
「も、もちろん白猫ちゃんも忘れてないよ!? マイハニー!!」
足にグリグリと顔を押し付ける白猫。
なんだ、そんなに寂しかったのかと、頭をわしわしと撫でていると、子猫たちが白猫にうにゃうにゃと集まっていく。
もしかして、この白猫が母親なんだろうかと、ちょっとだけ思ったが、なぜかそれは言っちゃいけない気がして口をつぐんだ。
白猫にうりうりと頬ずりしてから立ち上がる。
子猫のうちの1匹が、白猫の背中によじ登ろうとし、1匹は白猫の尻尾を目で追っている。
「家族……か」
口に出すと、少しだけ重苦しい気持ちになる。
「みー?」
首を傾げて見上げてくる子猫を抱き上げて、私は暗い気持ちを振り払った。
戻れない、戻りたくない、戻りたい。
揺れる感情はカワイイが押し流してくれる。
だから、人間が私一人だけなこの世界に、少し寂しい気持ちはあったけど私は笑った。
「よっし。今日もみんなモフりまくるぞー!!」
ハーレム? 逆ハー?
いいえ、猫ハーこそ至上!!