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祝宴

 戦いは村人の勝利で終わった。

 石の巨人の崩壊をみて士気の上がった女性たちは、敵を林の中まで追って倒し、その先の岩場まで進んで、もう敵の姿がないのを確認してから戻ってきた。

 村人に死者はなく、負傷者が二十二名でたが、いずれもけがの程度は軽かった。けがはミーネさんの治療ですぐに治った。一方で魔物たちは全滅である。

 完全な勝利といってよかった。

 そういうわけで、まだ明るいというのに村の広場には人々がテーブルといすを出して、料理を持ち寄り、勝利を祝う宴が開かれた。

「橋の修理を急がないといけないのに」

 と、リュダさんがぶつぶつと言っていたが、人々はそれを気に留めるそぶりもない。若い村長代理ということで軽く見られているのだろうか。村をしっかりまとめているように見えてリュダさんも苦労しているんだな、と俺は同情した。

 俺は英雄と呼ばれて上座に座らされた。エル、メア、テノがそばについてあれこれと世話を焼いてくれる。セノの姿が見えない。

「セノはどうしたんだ?」

「父さんの書斎にこもってるー。調べものだってー」

「調べものか。なんだろうな」

「さあー?」

 テノは首をかしげるだけだ。

「これ、ガチャガチャ鳥の煮つけ」

 言葉少なにメアが皿を差し出す。本当は疲れ切っていて食欲もないんだけどな、と思いながら受け取った。

「ありがとう」肉を口に運びながら尋ねた。「なあ、俺やっぱりこんな席に座らされていろいろしてもらうのって、柄じゃないよ。ほかの席に行っちゃダメか?」

「それは無理。タカ様は英雄だから。それに私たちはハーレムの一員」

 メアは銀髪を振ってぽつぽつと答える。可愛い女の子にかしずかれるのはすごくうれしいのだけど、誤解はちゃんと解いておくべきだろう。

「いや、だからハーレムというのはこの首飾りの翻訳の間違いだから」

「でも、タカ様は私の手を握った」

 そういえば、最初に会ったときメアが手を差し出したので握手したっけか。そのあとでメアは戸惑っていたような。

「握手したけど、それが?」

「あ、それね」エルが割り込んでくる。「男女が手を握るのはおつきあいをするという意思表示なのよ。交際よ、交際」

「え、じゃあ、俺は交際を申し込んだことになっているのか?」

「そういうこと」

 それはメアも戸惑うわけだ。メアはそのことを思い出したのか白い頬を染めている。

「いや、でも俺は」

「習慣が違うんでしょ。まあ、あたしたちもそういうことはあるんじゃないかと予想はしていたの。だからわかっていたんだけど、意識しちゃうのよね。微妙なお年頃だから。微妙、微妙」

「どうするのが正しかったんだ?」

「友愛を示すためには手のひら同士を合わせるだけでよかったのよ」

「そうだったのか。メア、ごめん。惑わせることをして」

 俺が謝るとメアは微笑んだ。

「かまわない。わかってはいたから。でも、ハーレムするなら、私も入る」

 ぶっきらぼうな言い方だったが、たおやかな銀髪の美少女のハーレム加入宣言である。気持ちが舞い上がりそうになる。しかし、ここははっきりさせておくべきだ。

「いや、だからハーレムというのは誤解でね」

「でも、ミーネ姉さまの前でエルもテノもセノもそう言ってた」

 メアがエルとテノを見る。たしかにあの場には怒涛の六角関係が出現していた。

「そーだねー。私はその気だよー」

 お子様系美少女のテノが無邪気な顔で肯定する。あんまり無邪気すぎて、こいつは本当に分かっているのだろうかと疑問を覚えるほどだ。

 テノがエルのほうを向く。

「あ、あたし?」エルがうろたえた。「いや、勘違いしないでほしいんだけど。あれはミーネ様に迫られてタカ様が困っているみたいだったから言っただけで、そういう気持ちで言ったんじゃないんだから」

 微妙に論点がずれているうえにいつもののんきな話し方と変わってしまっている。これはエルにも実はその気があるということではないだろうか。となれば健康系美少女エルもハーレム入り確定。残るは知性派美少女のセノの動向ということだが、双子の姉が入るとなればついてくる可能性は高いのではないだろうか。

 美少女四人のハーレムか。それはすごく魅力的だ。四人と一緒に起き、四人と一緒に食事をし、四人と一緒に一日を過ごす。エルはピンクのツインテールを振って先頭を歩き、次にすることをあれこれというだろう。セノがそれについて持ち前の知識で解説を入れて話を膨らませて俺を見る。俺が何か言う前にテノが勝手に決めてぴょんぴょんと走り出す。俺の隣ではエルが、たぶん言葉少なに微笑んでいる。

 と、脳内に天国の完成予想図ができかけたところで、黒髪メガネのリュダさんの顔が浮かんだ。頭の中で「年少者保護法違反!」「重婚禁止!」と連呼する。

 ま、そうだよなあ。そんなおいしい話はないよなあ。

 俺はため息をついた。


「英雄さん、食べてるかい?」

 声がしたので顔を上げると、服を貸してくれたおばさんだった。

「あ、はい。いただいています」

「どんどん食べておくれよ。あんたのおかげで夫と息子の仇が討てたんだからね」

 そうだった。ここの人々はみんな、魔物に身内を殺された重い過去を引きずっているわけだ。浮かれ気分でいるのはよくないだろう。俺は気持ちを引き締めた。

「お役に立ててよかったです」

 居住まいを正して頭を下げる。

「そう、かしこまることないよ。なにせ、あんたは英雄さんなんだからね」

 おばさんは笑った。それから、エルのほうを向いて言った。「エル。向うにまだいろいろあるんだ。取っておいで」

「はい。デニおばさん」

 エルは返事をしてすたすたと料理を取りに行った。このおばさんはデニというのか。

「で、何の話をしていたんだい?」

 デニさんが尋ねると、テノが天真爛漫な声で答えた。

「私たち、タカ様のハーレムに入るんですー」

 いや、無邪気にもほどがあるだろう。

「あの、これはですね」

 慌てて言い訳しようとするが、テノたちから見ればハーレムはもう決まったことも同然だ。むやみに否定してもテノもメアも納得しないだろう。かと言ってもちろん肯定もできない。一体、どう説明したらいい?

「へえ。ハーレムねえ?」

 デニさんの視線が痛い。と思ったら振り向いて叫んだ。

「ちょっと、ミカノ。こっちおいでよ」

「どうした?」

 やってきたのは緑の髪のおばさんだった。村に着いた時にテノとセノの姉妹を叱っていた人だ。

「あんたのとこのテノが英雄さんのハーレムに入るって」

「へえ?」

 やっぱり双子姉妹のお母さんらしい。しかし、これはまずいだろう。娘をハーレムに、なんて、なんといってなじられるかわからない。

 俺は体を縮めて次の言葉を待った。

「ま、いいんじゃない」

 え? 意外な言葉にミカノさんを見上げる。

「うちも英雄さんのおかげで旦那の仇が討てたんだ。村に男がいなくなったことだし。英雄さんにくれてやるのもいいかもしれないさ。テノはそれでいいんだね」

「うん」

「じゃあ、あとは英雄さん次第だね」

 あまりの展開に言葉が見つからない。それでいいのか? 重い過去とかはどうなっているんだろう。たくさんの人が死んだ後にハーレムってありなのか? いや、なにより娘がハーレム入りすることをあっさり受け入れる母親の気持ちがよくわからない。

「ハーレムというのは、メアもかい?」

 デニさんがメアに聞く。

「はい。私も入る予定」

「予定というのはどういうことだい?」

「私はまだ十六なので」

「そんなこと」デニさんが笑った。「そういうのは形式だけだよ。あたしも式を挙げたのは十七だけど、夫と一緒になったのは十五なんだ」

 ここはかなり早婚の村らしい。

「それに、リュダ様のお話では重婚は犯罪と」

 メアの言葉にデニさんが首を横に振る。

「あの石頭がそう言ったのかい? 確かに重婚は法律違反だけど、めかけをとることは禁止されていないさ。現にダナイの爺さんは昔、妾を二人もっていたよ」

 あのダナイ老人はなかなかのやり手だったようだ。

「でも、リュダ様がなんというか」

「そうだねえ。いっそ、あの石頭もハーレムに入れてしまったらどうだい?」

 唐突な提案に吹き出しそうになる。いや、実をいえばあれでリュダさんも、眼鏡をとれば美人っぽい。それでも、あんなしっかりした人が俺のハーレムに(もしそんなものが出来たらのはなしだけど)入るなんて、ちょっと想像できない。

「でも、それじゃ、家の格からいって、リュダが正妻ということになるねえ。私はせっかくならうちの娘が正妻になってほしいんだよ」

 ミカノさんが意外な方向から話に加わる。気にする点はそこなのか?

「だったらリュダに対抗できるのを抑えにおいて、それでテノちゃんを正妻として間に挟んだらどうだい?」

「あの」メアが口をはさむ。「それについては、ミーネ姉さまもタカ様に興味が……」

「ミーネかい」デニさんはメアにため息をついてみせた。「あんたには悪いけれど、ミーネはよそ者の娘だからね。リュダとは張り合えないよ」

 ミカノさんが腕組みをして言う。村のしきたりというやつなのだろうか。意外と排外主義なところもあるようだ。というか、俺こそよそ者なんだけどそこはいいの?

「アイサやメリダはどうだい? あのへんはリュダより年が上で家に格もあるよ。器量もいいから英雄さんも気に入るんじゃないかい?」

「どっちも結婚しているじゃないか」

「でも、相手はどっちも魔物に殺されているさ」

「だめだよ、未亡人じゃ張り合えない。ハーレムに入れるのはいいけれど」

 未亡人ハーレムか。なんだか強く魅かれるものがある。

「結婚してないのといえばカシェかねえ」

「あれも顔はいいけど、鍛冶屋馬鹿だからねえ。リュダと張り合う気もないだろうよ」

 何だろう、鍛冶屋馬鹿って。

「あとは……。ああ、レンカがいるじゃないか」

「レンカねえ。ダナイの爺さんの孫か。婚約者がいるよ」

「婚約者は村長と一緒に町に下りたきり、二か月も帰ってこないじゃないか。もう死んでるよ」

 ミカノさん、娘可愛さからの発言とはいえ結構ひどい。

「うーん。はっきりしないからねえ。従妹のメイカで手を打ったらどうだい?」

 手を打つってなんだよ。猫の子を渡すわけじゃないんだけど。

 俺は心の中でつっこみながら、俺を置いて勝手に進んでいく話の展開に目の回る思いをしていた。二人とも同じ村の女性の話をしているのにまったく遠慮がない。女同士ってこういうものなんだろうか。そういえば昔誰かに言われたことがある。「女の敵は女だ」って。誰に言われたのかは思い出せないけど。

「しかし、メイカはまだ十九だよ。二十三のリュダとは張り合えないよ」

 リュダさん、二十三歳だったのか。それであの迫力はすごい。

「いっそ、みんなまとめてハーレムに入れてしまってリュダと競わせたら?」

 うわー、年上ハーレムだよ! それにプラスしてテノたち年下ハーレムに、よくわからないけど未亡人ハーレムというラインナップだ。何とも魅力的な話だ。そんなことが実現してしまったら毎日が楽しいだろうな。いや、楽しいを通り越して、怖いかも。

「英雄さんはどうなんだい?」

 ミカノさんが俺に質問を振った。

「あの、ええと」

 デニさんに、ミカノさん、メア、テノ、それに料理をもって戻ってきたばかりで事情の分かっていないエルが俺を見る。

「英雄さんさえその気なら、あたしらが力を貸すよ。アイサにメリダ、メイカあたりならすぐに説得できると思う。あの石頭だって、時間をかけて圧力を加えたら『うん』というだろうさ」

 デニさんが力強い言葉を添えてくれる。圧力ってあたりが気になるが。

 話としてはすごく心を惹かれる素敵な話だ。でも、ちょっとためらう。

 俺、こんなところでそんなことしていていいんだろうか。元の世界に戻らなきゃいけないだろうし、でもこの世界には俺は必要そうだし、それに村が大変な状況なのは変わらない。それなのに、俺がここで楽しい思いをしてもいいのか。

 頭の中でいろいろな思いが駆け巡る。どうする。どう答えたらいい?

 結論。

「まだ俺、十六なので。少し考えさせてください」

 俺は逃げを打ってしまった。

 いや、待ってくれ。言いたいことはわかる。こんな素敵な提案を蹴るなんて意気地がないにもほどがあるというのだろう。でも、考えてみてくれ。エル、メア、テノ、セノの四人のほかに、リュダ、ミーネ、アイサ、メリダ、カシェ、レンカ、メイカと名前の挙がっただけで七人の、合計十一人である。リュダさんやミーネさんの一人だけでも圧倒されてしまうのだ。そんな数の女の人を一手に引き受けられるほど、残念ながら、俺の器は大きくないと思う。

「そうかね」デニさんはあっさり引いた。「まあ、急ぐ話でもないし、じっくり考えるといいよ」

「そうだね。考えておいておくれ。出来ればうちの娘を正妻としてね」

 ミカノさんも矛をおさめる。二人は行ってしまった。

「なになに? 何がどうなっているの?」

 エルが興味津々という顔で尋ねてきたが、俺は返事をする気力を失っていた。


 夕方、二重太陽が山の向こうに隠れるころになって、セノが姿を見せた。少し暗い顔をしている。

「セノちゃん、やっと来た。何か分かった?」

 エルがセノの手を取って尋ねた。

「ええ」セノは俺のほうをちょっと見てからエルに答える。「タカ様のエンチャントの魔法は永続的なものとわかりました」

「永続的?」

「つまり、一度かけると永久にその力を失うことがないのです」

「それはすごいねえ。でも、どうしてそれがわかったの?」

「多重エンチャントです」

「多重って?」

「エンチャントを重ねてかける能力です。他の人に倒せなかった石の巨人をタカ様が倒せた理由は一つしかありません。それは、タカ様が一度エンチャントした弓にもう一度エンチャントしたからです。普通は二度エンチャントしても一回分の力しか付与できないのですが、タカ様は二回分の力がこめることができた。だから一度エンチャントしただけの武器では倒せなかった石の巨人をあの弓で倒すことができたのです」

 確かにあの弓は洞窟でエンチャントしたものを、お願いされて再度エンチャントした。さらに言えばあの矢を放つ瞬間にもエンチャントしていた感覚があるから、三重にエンチャントしたことになる。その三回分がすべて有効だったということか。

「なるほどねえ。タカ様はやっぱりすごいんだね。でも、それと永続的というのはどういう関係があるの?」

「エンチャント能力をもった魔法使いはこのエストワードに数十年に一度の割合で召喚されますが、多重エンチャントをした魔法使いはこの千年の記録に残っている限りで三人だけです。その三人ともが永続的な魔力を付与する力をもっていたのです。エルさんはエストワード王家に伝わる魔法の剣を知っているでしょう?」

「うん。伝説の剣ね。振ると風の力で遠くのものでも真っ二つにするという」

「その剣は、五百年前に召喚された魔法使いがエンチャントしたものなのです。彼も多重エンチャントが出来ました」

「なるほど、その人の力と同じなら五百年は持つってことね。そうなると、タカ様の力は伝説級なのか」

 伝説級か。すごいことになったな。自分にそんな力があるなんて夢のようだ。と、思う一方でセノの暗い顔が気になる。

「今の話はほんとうか、セノ?」

 唐突に大きな声がした。声のほうを向くとリュダさんが立っている。

「はい、そうです」

 セノが驚いてしまったのか小さな声で答える。

「ならば、戸田山君。是非とも協力してもらいたい」

 リュダさんは椅子に座る俺の肩をつかんで言った。

「あ、はい。出来ることであれば」

「よし、いい返事だ。実は今夜、二人ほど近くの町まで偵察に出そうと思っていた。できる限り万全の態勢で送りだしてやりたいところだ。というわけで、その者の武器と防具をエンチャントしてもらいたい。何重にもかけてほしいのだが、お願いできるな」

「わかりました」

 俺が返事をすると、リュダさんは俺の肩を放して振り向いた。手を挙げて人を呼ぶ。

「おーい。アイサさん、メリダさん、ちょっと来てくれ」

 その名前には聞き覚えがある。美貌の未亡人として挙げられていた二人だ。

 ちょっと期待して見ていると、革製の鎧を着た、金髪のショートヘアとロングヘアの女性二人がやってきた。確かに美人だ。二人ともすごく女性的な魅力に満ちた体つきで、堂々と胸を張っている。まるで、モデルのようだ。でもって未亡人というにはまだ若い。二十代後半くらいだ。まあ、この村は早婚だから、それでも結婚して十年くらいは経っているのかもしれない。

「なんだい、村長代理」

 ショートヘアのほうが尋ねる。

「アイサさん。この少年は力を重ねてかけることができるらしい。重ねて力をかけることで二倍三倍の力を発揮するというわけだ。例の石の巨人を倒したのも重ねてエンチャントした武器の力だそうだ。だから、出発前にもう何度かエンチャントしてもらうといい」

「ほう。それはいい。是非ともお願いするよ」

 ショートヘアのアイサさんがうなずく。

「私も頼む」

 ロングヘアのメリダさんも目を細めて言った。

「はい。わかりました」

 俺は立ち上がった。

「では、これを」とアイサさんが近づいて剣と弓を差し出す。

 両手でその両方に触れてエンチャントを行う。一回、二回、三回、……。

 三回目を剣と弓にかけたところで、俺はふっと意識が遠くなった。


 目が覚めてみると、石の壁と木の板を張った天井が見えた。

 暗い。

 ここはどこだろう。自分の部屋なら、モルタルの壁に蛍光灯が天井から下がっているはずなのに、天井を照らす照明設備というものが見当たらない。

 その暗い天井に人の影が揺れている。

 ぼんやりしていると声がした。

「目、覚めた?」

 横を向くと銀色の髪にふちどられた白い顔が心配そうにこちらを見ている。

 メアだった。

 左の掌を人の手が包み込んでいるのを感じる。見るとメアが俺の手を両手で握っていた。ようやく意識がはっきりとしてくる。そう、ここは日本の自分の家じゃない。イシュガルの村だ。俺はエンチャントの途中で倒れたらしい。

 メアがずっと見ていてくれたのだろうか。この部屋はどこだろう。あれからどれくらいたったのだろうか。

「ありがとう」

 そう言って体を起こそうとしたが、力が入らない。

「待って。姉さまを呼んでくる」

 銀髪の美少女は立ち上がって俺を制した。そうして、パタパタと走っていく。

 取り残されて首だけ動かして見ると、テーブルの上に燭台があって、炎が揺れている。どうやらこの部屋の照明はそれだけのようだった。

 足音がした。

 部屋の入り口に白い服の女性が現れた。ミーネさんだ。その後ろにはリュダさんもいる。

「気がつきましたか。ここは診療所ですよ」

 ミーネさんは声をかけながら近寄ってきた。俺の左手首を握って、しばらく目を閉じる。それから目を開けて言った。

「大丈夫。問題ありません。ただの過労です。一晩寝ればよくなります。リュダさんが無理を言ったのがよくなかったですね」

「すまなかったな」

 ミーネさんの隣に立ったリュダさんが詫びる。

「いえ。でも、俺途中で倒れてしまって。役に立てなかったみたいで」

 俺が答えるのにリュダさんは優しく笑った。

「気にするな。多重エンチャントしてもらったなかの剣のほうをアイサが、弓のほうをメリダが持って行った。役割分担してうまくやってくれるだろう。それにほかの装備もエンチャントが一回かけてあるんだ。役目を果たすには十分のはずだよ」

「もう、出発したんですか?」

「ああ。今は真夜中だ。あの二人が出かけてもうかなりになる」

「お話はそれくらいで。あとは明日にしてくださいね」

 ミーネさんが割って入った。俺の頭に触れながら言う。

「では、おやすみなさい」

 その言葉とともに、俺はまた意識を失った。



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