村へ
敵の姿がなくなると、エルがきびすを返した。
「よし、今のうちにメアちゃんを連れて村に帰るよ」
メアのそばに膝をついて体を持ち上げようとする。しかし上がらない。無理もない話だった。メアのほうがエルより少しだが背が高いのだ。
「それじゃ、無理だろう」
「でも、セノちゃんやテノちゃんではもっと無理だから」
「僕も担いで歩ける自信はないな」
それに裸同然の格好で女の子を持ち上げるというのにはちょっと抵抗がある。
「どーするの?」
テノが覗き込んでくる。ふと、脳裏にある光景が浮かんできた。
『……毛布を広げてください。そして棒を中央に置きます……』
体育館に大勢で集まって看護師姿の女性から指示を受けた記憶だった。そうだ、高校で講習会があったのだ。いつだったか毎年恒例の避難訓練をだらだらと行って、その後で病院から派遣された看護師さんに応急担架を作ってけが人を運ぶ方法を教えてもらった。搬送のレースもした。俺の班は運動は苦手だがそういう仕掛けは好きな連中が集まっていたために、レースでトップをとったのだ。ハイタッチをしあった仲間の顔がぼんやりと思い出せそうで思い出せないのがもどかしい。しかし、応急担架の作り方ははっきりと覚えている。今の状況にぴったりだ。
「……担架をつくったらどうだろう?」
「タンカ?」
どうやらこの文化圏には担架はないらしい。
「棒が二本と大きめの布が要る」
「棒とは、この杖でいいのですか?」
セノが魔法を唱えた時に使った棒を示した。指揮棒くらいの大きさしかない。
「それじゃ小さいな。メアの背丈より長い必要があるんだけど」
「そんなものないよー。ここら辺は岩場だから木も生えてないし」
「槍でもあればですねえ」
「落ちているのは鉄クズばかりだよ。鉄クズ、鉄クズ」
エルの言葉でそばに崩れているよろいの残骸を見てはっとした。
「いや、これで行けるかもしれない。剣のさやだよ」
動くよろいの腰の部分には鉄で作られた剣のさやがひもで止めてあった。
「でも、短いのでは?」
「うん。だけど、組み合わせれば長くなる。とにかくさやを集めて。あ、ひもも一緒に、切らないで持ってきて」
三人がまだ納得のいかない様子のまま、うなずいて材料を集めに外に出た。
俺はその間に動くよろいの残骸を剣で解体する。エンチャントした剣の切れ味は相変わらずすさまじく、包丁でパンを切るように鋼の板が思った通りの形になる。それにひもを通して腰の周りにまいた。膝丈の鉄製のスカートの出来上がりだ。
解体しているときに金色の透き通った石が転がり出た。きれいなので拾おうかと思ったが、今の俺にはポケットもない。かまわないことにした。
スカート姿で立ち上がって敷布を体から落とす。とたんに足の裏に岩のデコボコを感じるようになる。そこで、スカートに手を当ててエンチャントした。岩を踏む痛みがなくなった。これだけの装備でも体の守りにはなるようだ。
「何、その恰好?」
エルの声が洞窟に響いた。三人が両手いっぱいに剣のさやを集めて来ていた。
「仕方ないだろう。この敷布は使うんだからな」
俺は布を広げた。
そして、さやを受け取って縦に二列に並べる。どうやら、さや一本で七十センチといったところのようだ。三本でメアの身長を超える。余分をみて四本ずつ使うことにする。俺はさや同士をひもで結んで、ひもをエンチャントした。こうしてさやを継ぎ合せて作った二本の長い棒ができる。エンチャントしたひもの強度は思った以上で、棒を乱暴に振っても少しも緩まない。
「棒ができましたね」
「それで、どーするのー?」
「こうするのさ」
敷布の中央に棒を一本置くと、棒を中心に布を折る。折った布の中央にもう一本の棒を置いた。そしてそこを中心にまた布を折り返す。これで、簡易担架の出来上がりだ。
「これなら人間を乗せても大丈夫だし、持ち手をそれぞれが持てば、みんなで協力して運ぶことができる」
三人はうなった。
「ちょっと、やってみよう」
エルが布の上に乗る。テノとセノが前後に分かれて持ち手を持った。ゆっくりと持ち上げる。
「これは、なかなか不安定だよ」
布の上に座っているエルが文句を言った。
「その上は普通寝るものなんだよ」
俺が説明すると、エルは肩をすくめた。
「まあ、いいや。とにかくこれでメアちゃんを運ぼう」
そうだ。急いでメアを治療できる人のところまで搬送しないといけない。
エルと二人がかりでメアを担架に移すと、エルとテノが前を、俺とセノが後ろを分担して持ち上げた。
洞窟を出て岩の間の坂道を上がる。
「右にまがるよ」
「はーい」
「岩を超えるよ」
「はーい」
前を行くエルが声をあげて、後ろの俺たちがそれに応える。
「タカ様って、すごいね」
エルが言った。
「そうですね。立派な能力をお持ちですし知識もおありです」
「だよねー。うん、私の召喚に間違いはなかった。タカ様がいなかったら今頃みんな死んでたよー」
テノとセノが同調する。
俺はどうやら褒められなれていないたちらしく、その言葉がどうにもこそばゆい。
「その『タカ様』というのをやめてくれ。タカでいい」
「なんでー? ハーレム作るんでしょー? 様つけた方がそれらしいよー」
「だから、ハーレムというのは誤訳だから」
「本当にそう言わなかったのですか?」
セノが念を押す。
「本当だ」
「ちょっと首飾りを貸してください。調整します」
「頼む」
セノの持っていた持ち手を引き受けて、両手で担架を持つ。頭を下げて、セノに首飾りをはずしてもらった。急にエルたちの言葉がわからなくなる。
俺はセノが首飾りをいじるのを横目に見ながら、前を歩くエルたちの動きに注意して坂道を上がった。
村は岩場の坂道を上がって林を抜け草原を通って、小さな川を渡ったところにあった。
三方を高い山に囲まれたこじんまりとした山村で、斜めに上がっていく石畳の道の両側に石造りの家が並んでいる。家の数は百くらいだろうか。
俺たちの姿を見つけると人々が呼び合って集まってきた。子供を除けば、エルが言ったようにみごとに女ばかりだ。で、髪の色もとりどりである。
緑色の髪のおばさんがいきなりテノとセノを捕まえて何か激しい調子で言い始めた。首飾りを返してもらっていない俺には何を言っているのか分からないが、たぶんテノたちの母親なのだろう。しかり方に遠慮がないし、顔も少し似ている。
広くなったところでエルが止まった。周りの人と何かを話している。
言葉が分からないうえに、裸に鉄のスカートをまいただけという状態で女性たちの真ん中に立っているというのは居心地のわるいものだ。文字通り身を縮めて辺りをうかがう。集まった人数はすでに百人ほどになっている。
人垣を割って二人の若い女性が現れた。二人とも二十代前半くらいに見える。黒髪にメガネのほうがエルと話をして、メアを降ろさせた。もう一人の青い髪に真っ白な服を着たひと(結構な美人だ)がメアの傷口に手を当てて、何かを唱える。エルたちが話していた回復魔法というやつだろうか。
黒髪メガネの女性が俺の方に歩いてきて何かを言った。しかし、まったくわからない。俺は首を振った。エルがそばに来てメガネの女性に話を始めた。女性は俺を見ながらうなずく。と、思ったら笑い出した。俺を頭の上から足先まで眺める。どうもろくなことを言われていないらしい。
メガネの女性が近くのおばさんに何かをいう。おばさんがうなずいて俺の手首をつかんだ。どうしていいかわからずにエルを見ると、手振りで「行け」と言っている。しかたなく、俺は手を引かれるままに歩いた。
一軒の家に連れ込まれた。戸口を入ったところで、待っているようにという意味らしき指示を受けて立っていると、おばさんは男物らしい服と靴を持ってきてくれた。そして部屋に案内されて、ドアを閉められた。どうやらここで着替えろということらしい。
服は普通の長袖シャツに長ズボンだった。特に着方がわからないようなものではなくて一安心だ。
着てみると服のサイズはぴったりだった。靴はちょっと大きい。
ドアを開けて外に出るとおばさんが俺の姿を見て何か言いながらうなずいていたが、急に涙を流し始めた。
戸口からさっきの黒髪メガネの女性が顔をのぞかせた。俺とおばさんの様子を見て中に入ってくる。おばさんに何か声をかけてから、俺の手をつかんで外に連れ出した。
少し坂を上がって別の建物に入る。そこはベッドが並んでおり、数人の女性が具合の悪そうな様子で横になっていた。病院のようだ。
メガネの女性は奥の部屋に連れていく。ベッドが一つありその周りにエルとテノとセノとさっきの青い髪の美人さんが立っていた。ベッドにはメアが寝ている。
セノが寄って来て、青い石のはまった首飾りをかけてくれた。
「調整が済みました。私の言葉がわかりますか?」
「ありがとう。わかります。僕の言葉はどうですか?」
セノが驚いた顔をした。
「ずいぶんと丁寧な言葉を使うんですね。それとも調整を間違えたでしょうか?」
ここは誤解を解くところだろう。
「いえ、それであってます。僕は本当はそういう人間です」
しかし、テノがそれをとがめた。
「おかしい。絶対に変だよー。心の中ではきっと『俺様』って言ってるに違いないって」
「いや、言ってないから」
「いいや、言っているに違いないもん。『僕』だなんて絶対猫かぶっている」
「だから、僕は……」
「だーめ。『俺』っていうの。『僕』だなんて認めない」
と、強硬である。困惑してセノを見るとセノまでが
「まあ、『俺』で構わないのではありませんか? 私たちもそちらの方が違和感がありませんし」
などという。
俺は反論をあきらめた。
「わかったよ。じゃあ『俺』で」
「よーし、そー来なくっちゃ」
なにが「そう来なくっちゃ」だかわからない。が、テノは満足そうだ。
メガネの女性が「そろそろ、いいかな」と俺の前に立った。
「ようこそエストワード国のイシュガルの村へ。私の名前はリュダ。この村の村長代理をしている。本来の村長は私の父なのだが、父は村の状況を知らせに出て行ったまま帰ってこないので、帰ってくるまで代理を務めているわけだ。君にはこの四人を助けてもらって感謝にたえない。我々は君を歓迎する。君が望む限りこの村に滞在してもらって構わない。出来る限りの便宜をはかるよ」
と、言いよどむことなくすらすらという。エストワードというのは国の名前だったのか。ということは他にも当然国があるということだろうな。
「ありがとうございます。ぼ、俺、は戸田山隆文です。十六歳です。よろしくお願いします。ですが、できるだけ早く帰りたいのですが」
どうも俺は、こういう目上のきちんとした女性と話すのが苦手のようだ。つっかえながらなんとか最低限のことを伝えた。しかし、返事はそっけなかった。
「あいにくだが、この辺りで召喚魔法が使えるものはテノしかいない。国全体でも数人しかいないという特殊能力なのでな。だから、君を返すのはテノしだいだ」
「そーだよー。でも、しばらくは帰してあーげない」
子供が意地悪をするようなテノの言葉に、軽く殺意が湧く。しかし、頼れる相手はテノしかいないというのだから、テノの機嫌を取るしかないだろう。
青い髪の女性が進み出た。にっこり笑って頭を下げる。
「この村の診療所を任されていますミーネと申します。妹同然のメアを助けていただき感謝します」
「戸田山隆文です。よろしくお願いします。メアさんの容態は?」
「奇跡としかいいようがありません。死んでいておかしくない傷でしたが、見事な手当で助かりました。治療はもう済んでいます。後は目覚めるのを待つだけです」
「そうでしたか。よかったです」
「君は奥ゆかしいな。命の恩人として少しは大きな顔をしてもいいのだよ」
とリュダさんがあおるようなことを言う。
「そんな、俺は大したことしてませんし……」
そこにメアの枕元についていたエルが声をあげた。
「メアちゃんが。メアちゃんが、目を開けました」
ため息のような声が部屋に満ちる。
「メア」
「よかったわ、メア」
「気分はどうだ。私がわかるか?」
「メアちゃーん」
みんながメアに呼びかける。メアは怪訝な顔で起き上がって周りを見る。状況が呑み込めていないようだ。
「メアさん。ここは村の診療所です。タカ様の処置で命を取り留めたのですよ」
セノが説明する。
「そうなのか。ありがとう」
「いや、なに」
メアに上目づかいに礼を言われて少し照れた。
エルたちがメアに抱き付いて喜び合う。幸せな空気が場を支配する。この幸せに貢献できてよかったと、俺はうれしくなった。
しかし、その気分は長くは続かなかった。テノがメアを抱きながら言ったのだ。
「メア。私たち、タカ様のハーレムに入ることになったからー」
「いや、待て!」
なぜ、今それを言う。第一、それは誤訳だ。と言おうとするが、もうすでにリュダさんとミーネさんの視線が痛い。。
一方それを聞いたメアはあっさりと返した。
「あ、うん。わかった」
いや、納得するなよ。
左肩に手が置かれた。リュダさんの手だ。力をこめてつかんでくる。
「戸田山君とやら、『みなし成人規定』というのを知っているかい?」
「……いえ、知りません」
「このエストワード国内では公的記録で生年月日を確認できないものは成人として扱うという規定なんだ」
「はあ」
「君のような外の世界から来た人間はこの規定が適用される。これがどういうことかわかるか?」
「いえ」
「成人が結婚可能年齢以前の子女に手を出すことは年少者保護法違反として懲役三年以下の罪になる。そして、女子の結婚可能年齢は十七歳だ」
「あの、それって……」
「君が助けた四人で一番年長のメアでも十六歳。他の三人は十五歳だ」
メアが一番年上というのも驚きだが、テノが十五歳というのも信じがたい。外見も中身も十二歳くらいにしか思えない。まあ、双子の妹のセノの方は俺より年上と言われても信じてしまうようなところがあるが。エルはちょっと下かなと思っていたので納得だ。
などと感心している場合ではなかった。
「君はこの四人に手を出したのか? それとも手を出す予定かい?」
「いえ、そんなことしていませんし、する予定もありません」
このままじゃ、犯罪者にされてしまう。
「そうかい? ハーレムなどという言葉が聞こえたようだが? ちなみにこの国は一夫一婦制だ。重婚は犯罪だよ」
「それは翻訳機の誤訳に基づく誤解です。犯罪者になるつもりは毛頭ありません」
誤解の部分を強調する。
「えー!」
テノが不満気な声をあげた。
「そこ。えー、じゃない」
反論を封じる。というかなぜ、ハーレムを否定するのをお前が不満そうにするんだ。
「理解してくれてうれしいよ。君は確かにメアやエルたちの命の恩人だが、だからといって法を曲げるわけにはいかないからね。これからも公序良俗の推進に協力をお願いするよ」
「はい」
「よろしい。では、私はこれから今回の件についての緊急会議があるので失礼する」
リュダさんは念を押すように俺を見つめてから部屋を出て行った。
「ハーレムですか」
ミーネさんが笑顔で迫ってくる。怖い。一難去ってまた一難だ。
「いえ、ですから、それは誤解でして」
必死に言い訳をする。
「この子たちはまだ子供だから、そういうのはだめですよ」
「はあ?」
なんだか論点がずれたぞ。
「我慢ができなくなったら、私がお相手いたします
「え?」
お相手って、それはまさかああいう意味だろうか。この青い髪の美人さんは、一体何を言い出すんだ。
「メアの命の恩人ですから、その方に尽くすくらいの覚悟は私にもあります。だから、この子たちには手を出さないでくださいね」
ちょっと待ってくれ。なんだか俺が、見境なく女に手を出す悪人みたいじゃないか。
「あの、そういうことは……」
「ミーネ様。ダメです!」
俺とミーネさんの間にエルが割り込んだ。両手を広げて立ちふさがる。
「タカ様は私たちの四人のものです。ミーネ様といえど、勝手にそういう話をするのはやめてください」
いつ俺はお前らのものになったのだ。それに、なぜエルがここで入ってくる。
「しかし、エルちゃん。あなたたちは子供じゃない」
ミーネさんが困ったように言うと、そこにセノも割り込んできた。
「でも、タカ様だって十六なのです。法律のことはよくは存じませんけれど、男子の結婚可能年齢は十八だったはず。ミーネ様がそういうことなさるのは問題なのではありませんか?」
「姉さま」メアがテノに手を引かれてベッドを降り、エルたちに加わる。「私たちが最初にタカ様に選ばれました。ですから、姉さまは私たちのあとになってもらいます」
「タカ様は、私たちみんなのだよー」
テノが腕を振り上げる。
なんだろう。これは俺を巡っての三角関係、じゃないな、六角関係ということになっている気がする。どうしたらいいのだろう。こういう時の対処法がわからない。俺の頭の中にはそういうシチュエーションの解決方法についての知識はないようだ。というか、そもそも、こんな状況がありえないだろう。困惑と同時にちょっと心がうわつく。
四人の少女と青い髪の妙齢の女性はしばらくにらみ合った。