女王
気がつくと俺はベッドの上だった。
「タカ様、起きた」
メアが俺を覗き込んでいる。
「よかったです」
「体、へーきそう?」
「心配よ、心配」
セノ、テノ、エルが集まってきた。見回してみるとここは、昨日の晩に泊った、リュダさんの家の客間だ。
俺は起き上がった。体は何ともない。傷は治っていた。疲労もすっかり回復している。
「大丈夫そうだね。お昼食べる、お昼?」
エルがのんきに言う。
「えっと、今何時だ?」
「もうすぐ夕方です」
「早く食べないと夕食になっちゃうよー」
あれだけのことがあったのにセノもテノも通常運転だ。そしてエルもメアもいつもとかわらない。なんだか安心した。気が抜けた途端、お腹が鳴る。
「タカ様、食べて」
メアがスープ皿を持ってきた。スプーンですくって俺のほうに差し出す。
「いや、自分で食べられるって」
「はい。あーん」
「だから」
「あーん」
「……、わかった」
俺はメアの押しに負けて口を開けた。スプーンが口の中に押し込まれる。
「おおー、さすが第一夫人」
テノがはやす。
「私もします」
セノがメアからスプーンを譲ってもらおうとするが、メアは渡さない。
「これ、私の役目」
「メアさん、ずるい」
「あー、わたしもやるー」
「それなら、順番よ、順番」
騒がしくなったところで、ドアが開いた。
「お前たち、何をやっているんだ?」
リュダさんだ。きつい声で四人をたしなめる。
「あの、これは、えーと……」
エルが何か言おうとするのをリュダさんは遮った。
「戸田山君、目が覚めたんだな。食べたらこっちの部屋に来てくれ。話がある。で、お前たちは自分の仕事に戻れ」
「はーい」
「タカ様、またねー」
「早く食べてくださいね」
「また後で」
エルたちはぞろぞろと部屋を出ていった。
ドアが閉まると、俺はベッドから出て、テーブルについた。貪るように食事をする。やはりここの食事は美味しい。
食べ終わったところで、ドアがノックされて、カシェさんが入ってきた。
「やあ、おはよう。食事はすんだな? まあ、大変なことになっているんだ。とにかく来てくれ」
「わかりました」
俺は席を立ってカシェさんに続いて部屋を出た。
隣の部屋にはリュダさんが、テーブルに広げた地図を前にして、むつかしい顔をして立っていた。
「お待たせしました。何があったんですか?」
俺の言葉にリュダさんが首を振った。
「ミーネが倒れた」
「え?」
「回復魔法の使い過ぎだ。何せ治療対象者が多すぎた」
「あの、どういうことでしょう?」
「リュダ。それじゃ、英雄さんが混乱するよ」
カシェさんが笑った。俺に向かって説明を始める。「英雄さん、あの木の化け物を覚えているか?」
「はい。女の人たちがたくさん呑み込まれていた」
「そうだ。魔力を失った化け物は自分を保てなくなって崩れた。で、中から呑み込まれていた人たちが出てきた。彼女らは体力をひどく消耗していたんだ。それをミーネが治療して回ったんだが、とにかく数が多くてね。後で数えてみたら、二千四百五十一人だ。ミーネは途中で倒れてしまったんだよ」
「そんな。じゃあ、後の人は……」
「それは大丈夫だ。セノの機転でね。緑の石をエンチャントした上着を着せると体力を回復できることがわかったので、それを順番に着せることで治療した」
「じゃあ、全員助かったんですね?」
カシェさんは厳しい顔で首を横に振った。
「いや、それでも百六十七人は手遅れだった。すでに息がなかったんだ」
「そんなに大勢の人が……」
俺は呆然とした。魔物を作るなどということのためにそんなに多くの人の命を奪うなんて、ひどすぎる。
「それだけじゃない。回復した者たちも、化け物の体内でかなりひどい体験をしたらしく、精神的に参ってしまっている。歳若い者の中には、錯乱して突然暴れ出したり震えたまま問いかけに答えなかったりするものいるくらいだ。あの場所に臨時の診療所を作ったんだが、寝かせる場所も看護する人手も足りない。しかも雨が降りそうでね。今、天候魔法の使い手が頑張っている。その間に屋根のある収容先を探しているところだ。数が多過ぎて、この村では収容できないからね」
「大変じゃないですか。俺も何かします」
俺が言うのをリュダさんが手で制した。
「戸田山君。問題はそれだけじゃないんだよ」
「どういうことですか?」
「国境にアーシア軍二千が押し寄せて来ている。黒騎士隊の別働隊五百がドラゴンと一緒に守備していたんだが、ドラゴンがいなくなったことで押し込まれた。今はサンゼ山のふもとの砦にこもって持ちこたえているが、長くはもたないだろう。こちらの黒騎士隊本隊に銃と弾を渡して派遣したが、間に合うかどうか」
「じゃあ、俺がそっちに」
「君は人間相手に戦えるのか?」
「それは……」
リュダさんの言葉に俺は詰まった。人と戦うということは、人を殺すということだ。俺にそれはできない。しかし、俺が行かなくても俺のエンチャントした銃が人を殺すだろう。それを思うだけで暗澹たる気持ちになる。
「無理だな。君は優しいからな」
リュダさんが俺の肩を軽くつかんで言った。「それと、調査隊を編成してトウク地方各所に派遣した。今、外では調査結果の集計をしているところだ。現在までのところ、七つある町はすべて魔物にやられていることがわかっている。二十三ある村は十六までは無事だった。逃げ出して命が助かった人々とも連絡が取れてきているが、魔物に殺されたものは最終的に男性を中心に二万人を超えるだろうな。トウク地方全体の人口が十二万人といわれているから、六分の一が犠牲になったことになる」
十二万という数は日本では小さな市ぐらいの人口だが、ここでは建物の集まりを指して町や村と呼んでいるようだから、そういう集落の人を総計した数なのだろう。
「二万人……」
俺は言葉もなかった。大きすぎる数字だ。
「そうだ。アーシア軍を押し返すことに成功したら、私はトウク地方全体に事態を説明して人々を糾合し、エストワードという国に対して武装蜂起することも考えている。出来れば君にはそのための武器をエンチャントしてもらいたい」
リュダさんが真剣なまなざしで俺に迫る。俺は戸惑った。カシェさんを見るがこちらも意を決した顔になっている。
にわかには賛同できない話だ。俺のエンチャントした武器でアーシア軍と戦うというだけで気がふさぐのに、その上の内戦のための武器なんて作れない。しかし、この地方の人口の六分の一を殺した国王を怒る気持ちは痛いほどわかる。
俺はぐっとこぶしを握ってもう一度考えた。そして言った。
「出来ません」
リュダさんは俺の肩から手を外して静かに笑った。
「だろうな。君はそういう男だ」
カシェさんが代わって言う。
「だったら、英雄さんには、上着をエンチャントしてもらいたい。傷ついた人々を助けるために必要なんだ。それならお願いしてかまわないだろう?」
俺はうなずいた。
「はい。それでしたら、やります」
「じゃあ、ミカノさんの家に行ってくれ。テノとセノの母親だ。家は坂を上がった通りの三軒目だ。そこにこの村にあるだけの上着を集めている」
「わかりました」
俺は二人に別れを告げて、家を出た。
外は二重太陽が分厚い雲に隠れて、少し暗い感じである。
広場のテーブルの前では、数人の女性が頭を寄せ合って、書き物をしたり、話し合ったりしていた。リュダさんの言っていた調査結果の集計だろうか。俺に気づいて手を振ってくれる。俺も手を振り返した。そこに空から一人降りてきて、書き物をしている人に二言三言告げる。それを聞いて、人々の顔に緊張が走る。女性たちはまた話し合う。何か新たな事実が分かったということだろうか。
しかし、俺はその話を聞こうという気持ちになれなかった。さっき聞いた話で気分が重くて何も考えたくなかったのだ。
坂を上った。言われた通り、三軒目の家のドアをノックする。
「はい」
ミカノさんが現れた。
「あの、カシェさんに言われて」
「ああ、英雄さん。上着のエンチャントだね。さあ、入って」
「お邪魔します」
「これだよ」
広いリビングに布が敷かれて、そこに上着が山盛りに積まれている。
「多いですね」
「まあ、かき集めたからねえ。本当はこういうことはデニの家でするものだろうけど、デニが今ダウンしているからねえ」
意外な情報にはっとする。
「デニさん、どうかしたんですか?」
「知らないのかい? デニは魔王を例の剣で倒しただろう。それで体力が尽きてしまったのさ。今は寝てるよ。まあ、よくやったさ。あたしらに代わって仇をとってくれたんだね」
「そうですか」
そうだった。デニさんはドラゴン殺しの剣で魔王を殺したのだった。魔王が人間だったなら、俺のエンチャントした武器で人を殺した最初のケースということになる。
「そこに石を入れた袋があるからね。まあ、頑張っておくれ」
ミカノさんに背中をどやされ、俺は布に座った。そして重い気持ちのままエンチャントを開始したのだった。
エンチャントが終わって外に出ると夕闇が山の中の村に忍び寄っていた。
リュダさんの家に報告に戻るとミカノさんには言ったが、リュダさんの家に行く気にもなれず、俺はなんとなく目の前の坂を上がって行った。
見下ろすと、暗くなり始めた村のあちこちにたいまつが灯されはじめている。その中を慌ただしく動く人の姿が照らされて見えた。
リュダさんもカシェさんも、村の人たちのほとんどが、犠牲者のあまりの多さに冷静さを失っている。ドラゴンも魔物も魔王も倒して、すべてが終わったといっていいはずの状態なのに、戦いが新たに巻き起こる様相だ。俺はそれを止めたいと思った。しかし、俺に何ができるだろう。
岩山の下についた。塗料で描いた二重丸の的が、暗くなり始めた中で白々と浮き上がって見える。
俺は岩に刻まれた弾痕を撫でた。銃なんか作らなければ戦いを起こそうなんて話にはならなかったかもしれない。でも、銃がなければ魔物たちには勝てなかった。このままいけば、あの銃はアーシア軍の兵士たちを殺し、その後エストワードの兵士にも向けられるだろう。どうしてこうなってしまったのだろう。俺はいいことをしたつもりだったのに、それが人を傷つける。人を助けたいという思いだけでは人を救えないのだろうか。
もういっそ元の世界に帰ってしまって、何もかも投げ出してしまおうか。きっとテノなら黙って俺を帰してくれるだろう。祖母の様態も友人たちのその後も気になる。
「俺は帰る」と決意を口にしようとした。でも、ダメだった。帰る気になれないのだ。ここで事態を放り出すことがどうしてもできない。ここの人たちの行く末が気になる。
こうなっては覚悟を決めるしかない。俺は腹をくくった。
そうだ。ここでうじうじと考えている間に事態はどんどんと悪くなる。出来ることをしよう。まったく人が死なないようにする選択肢はもうないかもしれない。ドラゴンと魔物たちが、あまりに人を殺しすぎた。でも、俺の行動次第ではこれから死ぬ人の数を減らせる可能性がある。
やろう。俺にできること。それはまず、王に会うことだ。
王に過ちを認めてもらって人々に謝ってもらうことができれば、内戦は回避できるのではないだろうか。正面から行っても会えないだろうが、しかし空から強引に入ってドラゴンを倒した人間だと名乗れば話を聞いてもらえるかもしれない。
ドラゴン殺しどころか輝きの剣も弓矢すら今は持っていないが、とりあえずエンチャントした服と上着を身につけている。攻撃されても死にはしないだろう。ここは、やってみるべきだ。
俺は右手を挙げて空に上がった。
「待った!」
俺の周りを四つの影が取り囲んだ。エルにメアにテノにセノだ。
「どうしたんだ。お前たち」
「あたしたち、タカ様を見かけて追いかけてきたのよ。追跡、追跡」
「夕食に誘おうと思いまして」
「でも、様子が変だったからねー」
「声をかけるのをやめて、見ていた」
「どこに行くの? タカ様」
エルが目の前に立ちはだかる。
「どいてくれ、俺は王都にいく」
「行ってどうするのー?」
「王に謝らせる」
「なるほど戦いを回避するつもりですね。でも、王に会えますか?」
「無理にでも会う」
「なら、一緒に行く」
メアが宣言する。肘をつかまれた。
「しかし、メア」
「一緒に行く」
放してくれない。
「まあまあまあ、みんな一緒に行こう」
エルがお気楽な声で言う。
「いや、しかし、これは俺が……」
「だって、タカ様」エルが俺の顔を覗き込んだ。「王都の位置も王宮のことも、王様の顔も知らないでしょ? どうやって会うのよ?」
「私と姉さまは父の供をして王宮で、王の謁見の間に上がったことがあります」
「王様には会えなかったけどねー」
「あたしは即位式のときにバルコニーに出てきた王様を見たからわかるよ」
と、三人が言うのに対して、メアが一人
「私、わからない。けど行く」
とますますしっかりと俺のひじをつかむ。
俺は思案した。人通りの多いところに出て、旅人のふりでもして人に尋ねながら王宮を目指すつもりだったが、たしかにこの四人についてきてもらったほうが早い。一緒に行ってマイナスになることもないだろう。
「わかった。案内してくれ」
「そーこなくっちゃ」
テノが暢気な声で手をたたいた。
王都カジェナクトは海に面した風光明媚な都市だと、飛んでいく間にエルが説明してくれたが、カジェナクトについたときにはすっかり暗くなっていて、人家の灯りが無数に広がる光景しか見ることができなかった。
人家の中心に王宮はあった。セノの提案でまずは裏庭のようなところに降りる。
こんもり茂った木の陰にうまく隠れたはずだったのだが、建物の中から数人の兵士が走り出てきた。
「なにやつ!」「そこに隠れているのはわかっているぞ」「大人しく出てこい!」
さっそく見つかってしまった。
「しまったなあ。警備を強化していたみたいね」
こんな時でもエルは緊張感のない声を出す。
「空を飛んで、屋根の上に移動しましょう」
セノの言葉に俺たちは屋根に上がった。と、屋根の上に追いかけてくる者がある。空を飛んでいる。例の宮廷魔法使いにちがいない。宮廷魔法使いは炎魔法で攻撃を仕掛けてきた。が、そんな攻撃は服にかけてある防御魔法がはねかえす。
と、ここで妙なことが起きた。炎攻撃の一つがメアに向かった瞬間、どこからともなく雷撃が飛んできて、宮廷魔法使いにヒットしたのだ。雷撃の来た方向を見ても尖塔が立っているだけで、人の姿はない。
地上に転落した宮廷魔法使いは起き直ると俺たちのほうを向いて平伏した。それを見て警備の兵士たちもあわてて平伏する。
「なんだ。何が起こった?」
「聞いたことがあります」セノが唸った。「王宮の真ん中には王家の人間を傷つけようとしたものを罰する塔が建っていると」
「ということは」
「メアは王族ということだねー」
テノの結論に俺は呆然とした。
俺たちは王宮奥の、王の間に通された。教室二つ分くらいの広さの天井の高い部屋で、赤いじゅうたんが敷かれていて、王のいる側が一段高くなっている。
俺は王の前にひざまずいた。メアは俺の隣に立っている。エルたちは俺たちの後ろだ。
王は小太りの金髪の中年の男性で、宝石だらけの椅子に座り、金の刺繍と宝石のついた赤い服を着ていた。王冠はかぶっていない。王の両隣には頭を剃って白いローブを着た男たちが二人づつ立っていた。王を含めた五人ともが何かを恐れているような顔をしている。
そして、俺たちの左右には三十代から五十代くらいの青いマントをつけた男女が五人づつに分かれて立っていた。こちらは、興味深そうに様子を見守っている。
宝石で飾られた小さな箱が女官の手でメアの前に運ばれてきた。女官とともにやってきた、白い髭の男がメアに言う。
「どうぞ。お手をお触れください」
メアが不安そうに俺を見る。俺はうなずいた。メアが箱に手を触れる。と、勝手に蓋が空き、ゆっくりと側面が四方に倒れた。中から黄金のティアラが現れる。
「間違いありません。この箱を開くことのできる方は、この世界にただお一人。この方は王女トリア殿下です」
白い髭の男はきっぱりと言い切った。
「おおお!」
どよめきが起きる。
「どうぞ。殿下、ティアラにお手を」
促されるままにメアが手を触れると、黄金のティアラが光り輝いて浮き上がり、メアの頭にはまった。さらにどよめきがあがる。
白髭の男が高らかに言う。
「第八十二代トリア・ドイエ・ラメイ・エストワード陛下がお立ちになられました!」
戸惑う俺を除くその場の人たちが深々と頭を下げる。悄然とした顔の王、いや今は元王だ、が豪華な椅子を立って脇にどいた。白い髭の男がメアに恭しく言う。
「陛下、こちらへ」
メアはいままで見たことのないような毅然とした顔で段を上がり、王が今まで座っていた椅子へと悠然と歩み寄る。
メアが座ると椅子が一瞬眩い光を発した。期せずして「女王陛下万歳!」の掛け声が起こる。俺は何が何だかわからなくてあっけにとられるばかりだ。
元の王と四人の側近が段を降りて左右の列に加わった。白い髭の男がいう。
「女王陛下。正式な即位式は後日日取りを決めるといたしまして、まずはお言葉を」
「ありがとう、じい。いや、メベイン侍従長。そして、皆の者。大儀である」
メアは厳かに言った。「ははっ」と周囲の人々がまた頭を下げる。
「このじいを覚えておいででしたか?」
メベインと呼ばれた髭の男が嬉しそうに言う。メアが表情を緩めた。
「いえ、忘れていました。しかし、このティアラをつけて思い出したのです」
「そうでございましたか。そのティアラには特別な魔法がかけてございますから、その力で記憶を封じていた魔法が消え失せたということでしょうな。魔法をかけて陛下をさらった不届きな賊をさっそく捕えさせます」
メアは首を横に振った。
「それには及びません。魔法は、私を一人残して死ぬのを恐れた母が私にかけたもの。私を守ろうと思ってしたことなのです」
「そうでしたか。確かに御身が危険になられる可能性もございました。なんというご慈愛でしょう。それにしても、今までどちらに?」
「カイルが母の意を受けて私をトウク地方のイシュガルにかくまっていました」
「やはりそうでしたか。王宮つきの医師のカイルが姿を消したのは何か関連があるのではとにらんでおりました。しかし、そんな辺境の地にとは。それでカイルは?」
「五年前に亡くなりました。私はその後カイルの娘にミーネに育てられたのです」
「それはご苦労なさいましたな」
「いえ。ミーネは良くしてくれました。村の者たちも親切でした」
「褒章を出しましょう」
「そうですね。……いや、その前に私はすることがある」
メアの語調が変わった。俺の方を見る。メベイン侍従長が尋ねた。
「何でございましょう、陛下?」
「三つある。まず、ドラゴンを倒した英雄、そこにおられるタカ殿に謝意を示さねばならない」
「おお」という声が左右から聞こえてきた。「ドラゴンを倒しただと?」「エクスの再来ということか」という声も聞こえる。
「それは素晴らしい。タカ殿、お立ちください」
侍従長の言葉に俺は立ち上がった。メアが椅子を立って言う。
「タカ殿。いや、戸田山隆文殿。ドラゴンを倒しこの国を救ってくれたことに礼を言います」
俺はどうしていいかわからなくてとりあえず頭を下げた。
「タカ殿。追って勲章を授与させていただきますぞ」
侍従長が興奮気味に言う。そしてメアのほうを向いた。「次は何でございましょう、陛下」
メアが重々しく答える。
「二つ目は謝ることだ。国としてトウク地方の民を見捨てるようなことをしたことを民に謝らねばならない」
「なるほどそれはごもっともでございます。さっそく布告を出しましょう」
「いや、私が行く」
「そんな、陛下自らなどと」
侍従長が慌てる。が、メアはきっぱり言った。
「我が国はそれだけのことをしたのだ」
その気迫に侍従長は従った。
「わかりました。仰せのままに。それで最後に一つは?」
「アーシアと和平を結ぶことだ。争いの起った経緯は知らぬが、このままでは大勢の兵士が死ぬ。それは私の望むところではない。誰か交渉を行なってはくれないか」
「その任、私が当たりましょう」
俺の右側の一番メアに近くに立っていた男が申し出た。メアが侍従長のほうを見る。
「アシュラク参議です、陛下。適任かと存じます」
侍従長が進言した。
「よし、アシュラク。そちに任す」
「はっ。ありがたき幸せ」
メアの言葉にアシュラクという男が礼をする。
「今日のところは以上だ。大儀であった」
「はっ」
メアの宣言を受けて、侍従長と俺たちを残して人々は退出していった。
よくわからない部分もあるけれど、これですべてがうまくいくのではないだろうか。メア、いやトリア女王陛下万歳である。俺は気分が軽くなった。