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決戦

 俺は、ドラゴンを倒した剣、名づけてドラゴン殺し、とエンチャントを五回した剣、こっちは輝きの剣とでも名付けようか、の二本を腰にさし、背中に弓と矢筒を背負った。

 そうして、リュダさんが率いる銃部隊九十三人とともに空に上がった。

 銃部隊は三人一組の三十一組からなる。一組に一丁、銃が割り当てられ、一人が射撃を担当する。残りの二人はそれぞれ八個の、鉛玉を満載したカザダマの実をぶら下げている。射撃役にカザダマの実を補給する役割だ。補給役は八個分を撃ち尽くした時点で一人が村まで補給に戻る。また、補給役は射撃役が体力を使い尽くしたときには射撃役を代わりに行う、交代要員でもある。

 エル、メア、テノ、セノもそれぞれ別の組で補給役に割り当てられた。

 谷の手前の空高くに横一列に並ぶ。斜め下に無数のエレメンタルたちがひしめいてこちらの様子を見ている。相変わらず向こうから攻撃を仕掛けてくる気はないらしい。

 こちらは地上の動き待ちだ。

 地上では雷撃の剣を持った、アイサさん、メリダさん、レンカさん、メイカさんが率いる百名弱が突入部隊として進軍中だ。残りの十数名は村で後詰として待機している。

 遠くの山並みから二重太陽が登る。正面から朝日を浴びる。光がまぶしい。空の上から見る日の出の光景は荘厳なものを感じさせた。

 そのとき、まだ暗い谷間にいくつかの光が走り、轟音がとどろいた。

 アイサさんたちの雷撃に間違いない。開戦だ。

「行くぞ!」

 リュダさんが左手で杖を振った。緑色の光の矢が八方に飛ぶ。

「おう!」

 銃部隊が掛け声とともに一気に敵の上空に出た。下から、エレメンタルたちが炎や雷を撃ってくるが、むろん防御魔法が効いていて影響はない。三十一の組は、八組、八組、八組、七組の四つの隊に分かれて、谷の出口周辺の直径一キロ弱にかたまる敵を、四方から包囲した。各射撃役は、敵が上昇してこれない限界高度ぎりぎりまで高度を下げて、銃の筒先を斜め下に向ける。

「撃て!」

 リュダさんの杖から赤い光の矢が周囲に散った。攻撃の合図だ。

「いけえ!」「うおおお!」「この化け物があ!」「落ちろ!」

 一斉に射撃が始まった。皆、口々に怒りの言葉を吐きながら、撃ちまくる。絶え間ない無数の破裂音があたりに響き渡り、耳がどうにかなりそうだ。

 瞬く間に浮遊していた数千体のエレメンタルたちの半分が砕け散った。各所でカザダマの実が空になって交換をしている。

 さらに攻撃を続ける。十数分で飛んでいる魔物はいなくなった。早い組では補給役が空になったカザダマの実を下げて村へと戻っていく。

 谷のほうから黄色の光の矢が飛んだ。メイカさんの魔法である。

「リュダさん、突入部隊が突入の許可を求めています」

 俺の呼びかけにリュダさんは首を振る。

「まだだ。もっと数を減らさないとあの人数では潰される」

 そして、谷に向けて緑の光の矢を放つ。「配置について待機」の合図だ。

 周囲に向けては赤の光の矢を放った。「さらに攻撃」という意味である。

 完全に制空権をとった銃部隊は包囲陣形を保ったまま高度を少しづつ下げる。地上の魔物たちを狙い撃つのだ。雨のように降り注ぐ射撃で、オオカミもどきやナメクジの化け物、蛇女たちが次々に砕けてがれきになる。石の巨人もなすすべもなく続々と頭を撃ち抜かれて崩れ落ちていく。しぶとく残っているのが、動くよろいと剣を持った骨(こいつは初めて見る)だ。こいつらは弾が急所に当たらない限り倒れない。

 それでも二十分ほどで見えている敵のほとんどを倒した。問題は見えていない敵だ。

 包囲している範囲の半分くらいは林になっている。林の下は見通すことができないし、見えていても木が邪魔で弾が当たらない。

 そんな中、突然、林の木々の間から岩が飛んだ。高度を落としていた補給役の一人に当たる。黒髪のポニーテール。セノだ。跳ね飛ばされて、カザダマの実を取り落とした。俺はまっすぐに飛んでセノの腕をつかんだ。引き上げる。

「大丈夫か?」

「ありがとうございます。エンチャントの防御力で直接は当たりませんでした」

 確かに傷はないようだ。

「今のは何だ?」

「茶色の人の形をしたものでした。アースエレメンタルでしょうか?」

「なるほどな。まだそんなのがいたのか」

「カザダマの実を落としてしまいました」

 草の間に転がっている実を示す。

「あれを拾いに行くのは危険だ。いったん村に戻って新しいものをもらってきたほうがいい」

「わかりました」

 セノは素直に受け入れて、村に戻って行った。

 俺はリュダさんのところに飛んだ。

「いったん高度をとるように言ってください。林の中から狙撃を受けています」

「そうだな」

 リュダさんは緑の光の矢を周囲に放った。全員が安全な高度まで上昇する。

「こちらも立て直す必要がある」

 リュダさんの言葉に見回してみると、何人もの射撃役がフラフラしている。体力を使い切ったのだ。射撃役を交代している。

「カザダマの実で数えて十二個くらいで体力が尽きるらしい。千二百発が限界ということだな」

 さすがリュダさん、よく周りが見えている。しかし、ということはすでに三万数千発も魔物たちに弾を浴びせたことになる。

 戦闘開始からすでに三十分ちょっと。ここまでは一方的な展開だ。敵の戦力の三分の二以上は倒しただろう。一方でこちらは無傷だ。作戦が図に当たったといえる。

 あとは林の中の敵だけだ。

「俺が行きましょうか?」

「いや、いい。君はとっておきだからな。いざというときのために温存させてもらう」

 リュダさんは難しい顔をしたまま言う。周囲を見回した。射撃役の交代が終わり、体力を消耗した三十一人が村へ戻っていくところだった。

「さて、準備が整ったか。では、次の作戦だ」

 リュダさんが杖を振った。青い光の矢が周囲に飛んだ。射撃役二十四人が山側を除く三方に分かれて、敵のひそむ林を遠巻きに囲む位置に降りる。残りの七人は谷の上空に移動した。

「よし。突入だ!」

 リュダさんが赤い光の矢を谷へ向けて放った。

 雷撃が谷から林のほうへ飛ぶ。暗い谷を人々が駆け下りるのが見えた。上空から銃による支援が行われる。

 突入部隊が林の端に到達した。雷撃が走って、林の木々が倒れる。

 リュダさんが杖を振る。赤い光が林の周りに飛んだ。周囲に降りた銃部隊が林に向けて銃撃を開始する。

 林の中からわらわらと茶色の人型が出てきた。攻撃に反応したらしい。しかし、大したことも出来ずにバタバタと倒れる。一方、谷に近いところでは次々に雷撃が走って木々が倒れていく。こんなに自然破壊をしていいのかとも思うが、いまは緊急時だからこれも仕方ない。

 木が倒れて出来た空間には動くよろいの残骸が無数に転がっているのが見える。

「出てきた!」

 リュダさんの言葉にはっとして戦場を見回すと、林の端から山の斜面のほうへ出てくる一団があった。そろいの鎧に見覚えのある黒い模様が見える。黒騎士隊だ。

 黒騎士隊は林に迫る銃撃に押し出されるように山の斜面に出てきていた。

「五百人くらいだな。銃におびえている」

 リュダさんが怒ったような声で言う。

「どうするんですか? 相手は人間ですよ」

「どうといわれてもな。作戦通りだ」

 俺の問いにリュダさんは首を横に振った。


 林の中を縦横に動き回った突入部隊によって、木々の半分が切り倒され、林はすっかり見通しが良くなった。もはや林とは呼べない状態だ。倒れた木々の間には魔物たちの残骸が累々と転がっている。

 リュダさんの指揮で周囲を囲んでいた銃部隊が上空から林だった場所に侵入して、残った魔物の掃討を行った。一方で突入部隊は山すそへ上がった黒騎士隊へと狙いを絞って移動を開始する。

 俺は隣を飛ぶリュダさんに言った。

「リュダさん。勝利はもう間違いありません。二万の敵のうち、残っているのは五百です。しかも相手は人間です。この辺で戦いをおさめましょう」

 しかし、リュダさんは聞かなかった。

「その五百が問題だ。相手は戸田山君のいう通り人間だ。だから問題なんだ。相手は意思をもって私たちに敵対した。仇だ。そして、五百という数字も決して小さくはない。相手は戦闘のプロの兵士なんだ」

「しかし、……」

 仇というリュダさんの気持ちもわかる。リュダさんのお父さんは魔物からの助けを求めて黒騎士隊のところへ行って行方不明になっている。その黒騎士隊が魔物と結んでいたのだ。怒るなというのが無理だろう。戦闘のプロが五百人もいるという言葉の意味も分かる。こちらは素人がたった二百人弱いるだけだ。しかし、情勢は圧倒的にこちらが優勢だ。武器が違う。このままいけば虐殺になる。

 先行した銃部隊の数人が黒騎士隊と接触した。

 魔法が次々と空を飛ぶ銃部隊に放たれるが、全くダメージを受けない。銃撃が開始された。盾や鎧を砕かれてあっという間に数十人が倒れる。

 親しい人たちが人殺しになる、その事実に俺は耐えられなかった。右手を黒騎士隊のほうへ突き出す。

 一瞬で、俺は銃部隊と黒騎士隊の間に割って入った。

「止めてくれ!」

「英雄さん」

 銃部隊の一人はデニさんだった。「撃つんじゃないよ」と仲間の攻撃を止めてくれる。俺はすばやく後ろを振り返った。疲れた顔の兵士たちが驚いた顔で見ている。負傷した兵士が起き上がろうとしていた。よかった。まだ死んだ者はいない。

「英雄さん。どうしようっていうんだい?」

「すみません、デニさん。ここは俺に任せて下さい」

 俺はデニさんに頼んだ。

「構わないがね」

「ありがとうございます」

 俺はそれから黒騎士隊のほうに向きなおった。できる限りの大声を出して呼びかける。

「黒騎士隊の皆さん。降伏してください!」

「お前は何だ!」

 一人の体の大きな男が叫んで歩み出た。そろいの鎧だが、デザインの違う立派な兜をかぶり、マントをつけている。隊長だろうか。その隣に漆黒の髪に黒いローブをまとった男が立った。こちらからはまがまがしい気配がする。

「俺は戸田山隆文といいます。異世界から来た人間です」

「わしは黒騎士隊隊長のガイセだ。異世界から来たということだが、その変な武器はお前が作ったものか?」

 変な武器とは銃のことだろう。

「そうです。もう、あなた方に勝ち目はない。降伏してください」

 そのとき、黒いローブの男が杖を振った。

「きいたふうなことを!」

 光の球が撃ち出された。飛んでくる。ドラゴンのブレスだ。この男、魔法でドラゴンブレスを再現できるらしい。ブレスは俺を包み込んだが、何のダメージを与えることもなくすり抜けていった。振り向いたが、デニさんたちには当たらなかったようだ。

「この!」

 デニさんたちが発砲した。が、黒いローブが生き物のようにうごめいて弾を受け止めてしまう。

「やめてください!」

 俺はデニさんたちを止めた。そして男を見下ろす。「そんな攻撃では俺たちには傷もつけられませんよ!」

 これには若干はったりが入っている。ブレスを無効にする赤い石まで上着にエンチャントしている味方は半分もいない。デニさんたちも金色の石と緑の石だけだ。それは俺の体力的にエンチャントのできる回数が限られていたので、節約したのだ。

 しかし、俺の言葉は効果的だった。

 兵士たちの間には動揺が走った。考えてみれば当然のことだ。ドラゴンのブレスといえば自分たちが絶対かなわないものだ。それをコピーした魔法がまったく役に立たなかったのだ。もはや有効な攻撃手段はないということになる。

 兵士たちは続々と剣を投げ出した。両膝をつく。どうやら降伏の意思を示すしぐさらしい。ガイセ隊長が困惑した様子で周囲を見る。

 黒いローブの男が見切りをつけたような顔になった。杖を振る。浮き上がった。俺をにらむ。

「小僧。勝ったと思うなよ」

 そう言い捨てると男は姿を消した。見回したがどこにもいない。

 これに気落ちしてか、ガイセ隊長も剣を捨てて膝をついた。

「降伏しよう。もはや我々には抵抗する手段もないようだ」

 デニさんたちが歓声を上げた。

 やった。一人の死者を出すこともなく、魔物だけを倒して戦いに勝つことができた。俺は左手をぐっと握った。最善の結果だ。

「ふざけるな!」

 声が響いた。見るとアイサさんが剣を振り上げていた。突入部隊がようやく林を抜けてきたのだった。

 俺はアイサさんと黒騎士隊の間に降り立った。

「アイサさん、止めてください!」

「こいつらは、仇の一味なんだぞ!」

「しかし、ですね」

「理屈はいい。そこをどけ!」

「アイサ、落ち着きな」

 冷静な声が上から響いた。デニさんだった。

「デニ先生」

 振り仰いだアイサさんが、動きを止めて力なくつぶやいた。

 先生ってどういうことだろう。デニさんって、昔アイサさんを教えたことがあるのだろうか。

 俺の疑問をよそに、デニさんがアイサさんの隣に降りた。アイサさんの肩をたたく。

「あたしだって、こいつらは許せない。でも、相手は武器を捨てて降伏しているんだ。そんな相手を殺すことはあたしたちの誇りを汚すことだろう?」

「先生、でも……」

「この戦いの勝利をよびこんだ英雄さんがやつらの降伏を取り持ってくれたんだ。ここは彼の顔を立てて剣をおさめないか? あんたの夫だって、無抵抗の人間の血で報復してもらうことを望んではいないはずさ」

 アイサさんは剣を落とした。そのまま、そばに来ていたメリダさんの肩にすがって泣く。メリダさんも泣いていた。

「待てよ!」

 人々の間から声がした。歩み出てくる。メオーダからの避難民のカナルさんだ。

「デニ、あたしは納得いかない。こいつらは魔物が無抵抗の人間を殺したあとにやってきて、女をさらったんだ」

「そうはいってもね、カナル。あたしたちまで誇りを失う必要はないじゃないか」

 デニさんが説得するが聞かない。ただならぬ気配を感じて見回すと、いつの間にか周囲を銃部隊が完全に囲んでいた。銃を構えている。リュダさんが杖を手に上空で俺たちの様子を見守っていた。

「あの、構わないだろうか」

 ガイセ隊長が坂を下りてきた。

「何だい、隊長さん」

 デニさんがつっけんどんな言葉を返す。

「我々は確かに、皆さんの仇だ。しかし、それは無茶な命令をうのみにして部下たちを指揮してきたわしの責任だ。命令に背こうとするものに懲罰まで与えた。それもこれも、わしが報復人事を恐れて、正義を思う強い心を持たなかったからだ。ここはわしを斬って、皆さんの憂さを晴らしてくれないだろうか? その代り部下たちは許してほしい」

「しかし、今更斬れといわれてもね」

 デニさんが渋い顔をする。

「いいじゃないか、デニ。斬ってしまいなよ」

 カナルさんの隣にエルのお母さんのルオルさんが並んだ。この二人は姉妹だけあって、並ぶとよく似ている。美人なのだが、今は二人とも怒りに歪んだ顔になっていてあまり見られたものじゃない。

 そこに「まあまあ」と降りてくる者があった。カシェさんとミーネさんだ。

「デニ先生。クドウチにしてはいかがです?」

 カシェさんが提案した。


 俺はガイセ隊長と剣を構えて向き合った。

「はじめ!」

 リュダさんの言葉で、右左右左と剣を打ち合う振りをする。九回目に剣と剣を触れ合わせた。五度のエンチャントを行った俺の輝きの剣の魔力は凄まじく、これも魔法がかかっているであろうガイセ隊長の剣を触れた瞬間に粉砕してしまう。見守る人々からどよめきが上がった。ガイセ隊長はそのまま片膝をつく。俺はその鎧に覆われた肩を軽く剣でたたいた。今度は鎧が砕ける。

「そこまで!」

 リュダさんが声をかける。俺は剣をしまった。

「ガイセ隊長。これであなたは死んだことになりました」

 リュダさんが宣言した。

「ありがとうございます」

 立ち上がったガイセ隊長が深々と頭を下げた。

 これがクドウチという儀式だった。


「お疲れさま」

 カシェさんが声をかけてくれた。

「ありがとうございます。でも、なんなんですか、クドウチって?」

「このへんの国々に昔から伝わる戦のおさめ方だよ。負けたほうの長が勝ったほうの長の剣をその身に受けることで、戦そのものを終結させる儀式だ」

「死んだことになるって言ってましたけど」

「二度と公の仕事はできなくなるという意味だ。でも、儀式に出ることは名誉なことで、儀式で剣を受けたものは共同体から毎年金銭が支給される。仕事をせずとも暮らしていくには問題ない」

「でも、なんでその儀式に俺が出たんですか? 出るなら指揮を執ったリュダさんでしょう?」

「それはリュダがまだ若いからだな」

「俺はもっと若いですよ」

「いや、君はエクスの再来だ。特別なんだよ」

「そういうものでしょうか?」

「そうとも、周りを見ろ。みんな結果に納得している」

 周囲では村の人たちがイシュガルへ帰り始めていた。黒騎士隊は隊長代理が号令をかけている。ひとまずは彼らも村に移動するという話だ。その横では負傷した兵士たちをミーネさんが治療している。

「しかし、デニさんが『先生』と呼ばれているのには驚きました」

「あの人は十年前まで村の寺子屋で教えていたからね。私たちにとっては先生なんだよ。別の人が来てやめてしまったけど」

「その人はどうしたんですか?」

「死んだよ。魔物に殺されたんだ」

 カシェさんはちょっと遠くを見るような眼をした。


「なんだと!」

 声がした。声のほうを見るとアイサさんがガイセ元隊長の襟首をつかんでいた。リュダさんがやめさせようとする。穏やかではないと思っていると、アイサさんはその手を離して剣を抜き、空に上がった。メリダさんが続く。

「何事ですか?」

 俺はリュダさんのそばに駆け寄った。

「ああ、戸田山君。あの二人を止めないと」

「どういうことなんですか?」

「さっき逃げた黒いローブの男がいただろう。あれが魔王なのだそうだ。あの男が魔物やドラゴンを魔法の力で操っていたらしい。二人はそれを聞いて飛んでいったのだ。仇を討つつもりだ。しかし、あの二人では勝てるかどうか。とにかく行こう」

 リュダさんが飛んだ。

「俺も行きます」

 すぐさまリュダさんを追う。「待ちたまえ」という声が聞こえた気がしたが、誰の声かはわからない。俺はすぐにリュダさんに並んだ。リュダさんはあまり速くは飛べないようだ。

「どこへ行くんです?」

「バイヤートの森だ。魔物の製造所があるらしい。魔王はそこに向かったに違いないということだった」

「魔物の製造所?」

「そうだ。黒騎士隊はとらえた女性たちをそこに送り込むように命じられていたらしい。女性だけが持つ生体エネルギーを吸いとって魔物を生み出すのだそうだ」

「そんなものが……」

「まさに生贄だよ。私たちトウク地方の民は魔物の原料扱いされたのだ」

「なんでそんなひどいことを」

「わからないでもない」

「え?」

「君はイシュガルの村人の髪の色がとりどりなのを変に思わなかったか?」

「いえ、そういう国なのだとばかり」

「違うんだ。本来、エストワードの民の髪は黒か赤か金か銀だ。青や緑は隣国アーシアの民の髪の色なんだ。ピンクやそのほかの色は混血の結果生まれた色だ。古来トウク地方はアーシアの領土になることが多かった。それで民族を越える結婚が進んだのだ」

 そうだったのか。そういえば、ハーフは美人が多いというけれど、この地方で美人に出会うことが多いのはそのせいだろうか。

 リュダさんは続ける。

「ところが、純血のエストワード人と自分を信じる者たちは、過去にエストワードは何度もアーシアに併合されているからそんなことはあり得ないのだが、そういう者たちは私たちをはみ出し者扱いをしてきた。それで、国民ではないと言われることも多かったのだ。多分、今回もそういうことだ。私たちは国民扱いされなかったのだ」

「ひどい話ですね」

 俺にはそれだけしか言えなかった。言葉が見つからない。

「まったくだ。まさか国王までがそんな考えを持っているとは思わなかったがな」

 リュダさんは苦々しそうに言った。

 そこに聞き覚えのある轟音が右手から聞こえてきた。雷鳴のような轟く叫び声、間違いようがない。俺は右を向いた。

「戸田山君、これは?」

「やつです!」

 雲を突き破って、あの黒い巨体が現れた。例のドラゴンだった。



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