告白と準備
テーブルのところに戻ると、メアとセノが食事をとっていた。エルが座ると、テノがその前に皿を並べる。
「姉さんには罰として給仕をしてもらうことにしました」
セノが厳かにいう。そして続けた。「タカ様。私たちをいやらしい目で見ていますよね」
ぎくり。「いや、そんなことないよ」と言いつつ目が泳ぐ。
「あっち向いて立っていてください」
洞窟の外を指さす。
「わかった」
俺はエルたちに背を向け、洞窟の外の地層模様を観察する任務についた。出口の右から顔を出したデニさんが含み笑いをしている。これはきっと着替え目撃事件として、今晩までに村中の噂になるに違いない。
まあ、エルたちの姿を見ないでいいというのは助かった。やはり、エルたちを見るとどうしても服を着てない姿を思い出してしまうのだ。それは仕方のないことだ。俺は健康な男子なのだから。というか、見てなくても頭に思い浮かんでしまうのだが、これはどうしたらいいのだろう。
「ドラゴンはもう一匹いたんですか?」
後ろでは昨日の話をしている。昨日最初にダウンしたセノが聞き役だ。
「そうなのよ。飛んでくるなりブレスをポンポンと吐いてね。それでいくつかの家が燃えたのよ」
「待ってください。最初に来たドラゴンはどうなったんですか?」
「ああ、それは……」
「タカ様が、口に雷撃を撃ち込んだら燃えた」
「燃えたというのは?」
「よくわからない。体の中から火が出て全身が炎に包まれた」
テノが説明すれば話が早いようなものだが、テノは黙って給仕役に徹するようだ。
「体内のブレスのもとに引火したんでしょうか。そんな倒し方があるとは、やはりタカ様はすごいです。もう一匹のドラゴンも、それもタカ様が倒したんですか?」
「それはメアちゃんとあたし」
「えっ。それはどうやったんですか?」
「メアちゃんがタカ様の剣でドラゴンの目をつぶしたんだよね」
「口を狙うつもりがうまくいかなかった」
「で、そこでメアちゃんが力尽きたから、私がその剣を受け取って、口に撃ち込んだというわけ」
「それで二匹目のドラゴンも燃えてしまったんですね」
「えーと。実はどうなったかをあたしは見てないんだよね。撃ち込んだところで体力が尽きて、気を失ったから」
「私も見てない」
「姉さん。どうなったんですか?」
「私、給仕ですので。お答え出来かねます」
テノが事務的な声でつっぱねる。
「もう、姉さんってば。……ああ、もう、タカ様。どうなったか聞いてますか?」
「そっち向いていいか?」
「だめです。そのまま答えてください」
答えにくいが仕方ない。
「想像の通りだ。エルの一撃でドラゴンは燃え上がった。今、村の前の草原で真っ黒に焦げて転がっている」
「すごい。エルさんとメルさんもドラゴンを倒した英雄なんですね」
「いやいや」
「私、タカ様をまねただけ」
「いや、二人ともすごいよ」俺は後ろを向いたまま言った。「メアは力尽きて落下する俺を助けてくれたんだろ。ありがとうな。そして一人でドラゴンに立ち向かった。すごいじゃないか。エルもメアから引き継いで一人で戦った。すごいよ」
「そうですよね。私なんて先にダウンしてしまって」
「いや、セノも頑張ったじゃないか。力尽きるまでドラゴンを引き付けてくれて。俺はおかげで剣をエンチャントすることができた。だからあれはみんなの力による勝利だよ」
「そんな、……」
セノが絶句した。
「セノ?」
「セノちゃん、どうした?」
椅子を立つ音がした。セノが俺の前に回り込んでくる。俺の目を見上げた。
「あの、力尽きて落ちた時、受け止めてくださって、ありがとうございました。私、……とても嬉しかったです」
泣きそうな顔だ。
「いや、当たり前だろ。助けるのが」
「でも、ドラゴンがすぐそばまで来ていましたから」
「まあかわす自信があったというか」
「私、ドラゴンが口を開けるのを見て、かみ殺されると覚悟を決めていたんです」
「そんなことは……」
言いかけた俺は、思わぬことに口を開いたまま止まった。セノが俺の右手を両手で握ったのだ。手を握るのは交際の申し込みなんじゃ……。
「今日ずっと、言おうと思っていたんです。いろいろあって、言えずにここまで来てしまいましたけど。私、タカ様のハーレムに入ります」
一瞬、静けさが通った。視線が俺に集まる。
「え、と。ありがとう」
俺はそれだけを口にした。いや、これでも頭を働かせた結果なのだ。
「はい」
セノが嬉しそうに笑った。とてもかわいくて素敵な笑顔だった。
「なになに。何なの?」
エルが叫ぶ。
左手を誰かが握った。
「タカ様。私も」
メアである。これも交際の申し込みなのか。まさに両手に花。両手に美少女だ。
「手を握ったのは私が先だからねー。さっき握ったのー。私が一番だよー」
テノが顔を割り込ませてくる。そうだった。さっき握られたんだった。
「手を握ったのは私が最初」
メアは譲らない。
「最初に会った時のことー? あの時のはタカ様が勘違いしてたから」
「違う。その日の夜、看病してた時」
「えー、何かあったの?」
「私、ずっとタカ様の手を握っていた」
「そうなのー、タカ様?」
「え、ああ」
確かにエンチャントのしすぎで気を失って倒れた後、夜中に目を覚ました俺の手をメアが握っていた。あれはそう言う意味が込められていたのか。全く気がつかなかった。
「そっかー、なら仕方ない。私、二番ねー」
「私は三番ですね」
二人がうなずく。それから三人はエルのほうを見た。
「エルはー?」「エルさん?」「エル?」
エルは取り乱した声を上げた。
「な、なに。なんで私?」
「四人一緒が一番だよー?」
「ご一緒しましょうよ」
「エルが一緒、心強い」
三人が迫る。エルは椅子にかじりつくようにして拒否した。
「おかしいよ。そんなの変だって。私は流されないからね」
「エル、無理してる」
「してない!」
視線を感じて振り向くとデニさんが楽しげにこちらを見ている。この騒動もあっという間に村中の噂になるのだろう。これではもう、このままなにもせずに俺が元の世界に帰っても、俺は彼女たちを捨てて帰った人でなしになってしまうのではないだろうか。俺は嬉しさを噛みしめながらも、そんなことを頭の片隅で考えていた。
三人の食事が再開され、俺は地層を眺める任務に戻った。
いや、もう地層を眺めている必要はなかったのだけど、俺自身がどうしていいかわからなくて、とりあえず何かを眺めて気持ちを落ち着けたかったのだ。だって、トリプルプロポーズだぞ。メルの分も入れると四つになる。まあ、九歳はいくらなんでも幼すぎで、カウントに入れるのはどうかと思うけど。
花嫁が三人かあ。こうなってしまった以上、帰る前に少しくらい甘い生活を味わっても罰は当たらないのではないだろうか。でも、そうなるとエルを仲間外れにするのはかわいそうだし、あわよくばリュダさんやミーネさんと、という可能性も追及してみたい。カシェさんもいいよなあ。
しばらく妄想をたくましくしていると、洞窟の入り口に当のカシェさんが現れた。
「やあ、英雄さん。と、変な顔をしてどうした?」
「あ、カシェさん。俺、変な顔してました?」
慌てて顔を整える。
「していたな。口元がにやけきっているのに、顔全体としては困り顔で、目はなぜか血走ってるという」
「何でもないんです」
顔を引き締めていると、メアが顔を眺めに来た。恥ずかしくて顔をそらす。
カシェさんは続けた。
「まあ、なんでもいいんだが。ああ、エルたちも起きたんだな、ちょうどよかった」
「何かご用ですか、ご用?」エルが反応する。
「食事中じゃないのか? 済んでからでいいんだが」
「もうだいたい済みました」
セノが立って俺の横に並んだ。
「それなら、手伝ってもらおうか。工房に来てくれ」
「わかりました」
俺たちはテノが三人分の食器を片づけるのを待って、洞窟を出た。俺がテノの手伝いをしようとするのをセノは許さなかった。「これは姉さんへの罰ですから」と言い切る。「何があったんだ、君たちは?」カシェさんが俺と、俺の両脇にはりつくメアとセノ、一人離れて立つエルを眺めて尋ねたが、「ま、いろいろとありまして」と俺が言うのに全員でうなずくばかりだ。
カシェさんは多くを聞かなかった。そういうことにあまり興味がないらしい。すたすたと工房へ向かう。俺たちもその後を追った。
工房につくと、カシェさんが長さ一メートルほどの鉄のパイプを持ち出してきた。二か所にひもが取りつけてあって、一方の口が塞いである。そして途中にはスライド式の金具がとりつけてあった。
「これはなんですか?」
エルが尋ねる。
「銃というものだ。英雄さんのアイディアでね。作ってみたところだ」
「銃?」
「そうだ」カシェさんは俺に鉄パイプを渡した。「英雄さん。エンチャントをしてくれ。金色の石ならここにある」
壁から下がっている袋を指す。
「わかりました」
俺は袋から石を取り出してパイプにエンチャントした。
「よし、出来たな。まずは試し撃ちだ」
カシェさんは外に出るとパイプのひもを肩にかけた。「こうやって持つんだ。そしてここに玉をおく」
丸い金属の玉をパイプの金具の上においた。
「よく見ていたまえ」
カシェさんはパイプを的のほうへ向けて構えると、金具を押した。金属の玉がパイプの中に落ち込む。破裂音がした。パイプの口から飛び出した玉は的の中央にめり込んだ。
「おおおお」
四人が感嘆の声を上げる。
「これで敵を倒すわけさ」
カシェさんは得意そうだ。
「なるほど、あのさやと同じ理屈で、風の力を使って玉を撃ち出す装置ですね」
セノがすぐに理解する。「でも、これも石の力を使うから、体力を消耗することになるんじゃないですか?」
「その点は実験済みだ。メイカに例のさやで五十発、小石を撃ってもらったが、体力はあまり消耗していなかった」
「五十発ですか」
「ああ、あの様子では百発や二百発撃っても平気だろう」
「百って、そんな数の玉を持ち運ぶのが大変そうです」
「そこで、これだ」
カシェさんは銃を置くと、工房に入って大きな円盤状のデニッシュ・パンのようなものを持って出てきた。
「え、カザダマの実ですよね。カザダマ」
エルが驚きの声を上げる。
「そうだ。カザダマの実さ。裏の木からとってきた」
カシェさんは工房の裏を指した。そこには種類の違う大きな木が三本並んでいたが、確かに右端の樫のような木の枝に大きなデニッシュがいくつもぶら下がっている。
「こいつを開けると中はこうなっている」
カザダマの実はまるでDVDケースのようにパカッと開いた。中は迷路のようになっていて、そのあちこちに無数の黒い丸い玉が入っていた。玉の大きさは直径一センチ弱だ。カシェさんが黒い玉を一つつまんだ。玉には羽のようなものがついている。
「これが種だ。ここの口のところから一つずつ出て、風に乗って飛んでいく」
カザダマの実の突き出たところを指す。
「はい」
四人がうなずく。よく知っているという顔だ。この世界での一般常識なのだろう。
「実は英雄さんから、連続して発射できる銃にしたいと言われて、悩んだ。最初、漏斗で小石を流し込もうとしたが、それではどうしても詰まってしまう。そこで思いついたのがこのカザダマの実だ。これは種が一つずつ落ちるようになっている。これなら詰まらずに全部を撃ち尽くすことができる」
なるほど、この木の実をカートリッジにするのか。
「たしかにこれを銃に取り付ければ連射できます。でも、カザダマの種は軽すぎませんか?」
セノがうなずきつつ質問をする。
「そうだ。この種は軽すぎるし、羽が邪魔だ。そこで、種を鉛の玉に入れ替える」
カシェさんはカザダマの実をひっくり返して種を捨てると、工房の中からたこ焼き器のような形の器具に収まった金属の玉を持ち出してきた。一列が十個で十列だ。百個ある。その玉をカザダマの実の中に流し込んだ。実を閉じ、針金で開かないように固定する。
「これで、出来上がりだ。あとは銃に取り付ける」
銃を肩からかけると、カザダマの実の突き出たところを銃の金具に差し込んだ。ぴったりはまる。カザダマの実を脇に抱え込むような格好になって、銃口を的に向けた。金具を押す。
破裂音が連続した。土煙が上がって、的の端に穴が三つあく。
「と、まあ。こういう具合だ」
「すごい。すごいですよ。大勢の敵と戦うときに役に立ちますね」
エルは興奮ぎみだ。
「この先、大勢の魔物との戦いが避けられないでしょうし」
セノがしみじみと言う。
カシェさんが怪訝な顔をした。
「なんだ、聞いてないのか?」
「何をですか?」とセノ。
「今まさに、この村は大勢の魔物と対峙してるんだよ」
驚きの顔で、エルとメアとセノが俺を見る。
俺はしかたなくうなずいた。
「寝ている間にそんなことになっていたなんて」
事情を聴いてセノが青くなった。
「なんで、起してくれなかったんですか。なんで?」
とエルは文句を言う。
「その辺にしておけ」
カシェさんが低い声を出すと、二人は黙った。
「いいか。百人ばかりで二万の敵を倒さなくてはならない。そして、相手はいつ攻めてくるかわからない。時間がないんだ。そこで、英雄さんとお前たちにはなるべく早く、できるだけ多くのカザダマの実を集めてもらいたい。目標は四百個だ」
「四百ですか?」
俺はため息をついた。
「そうだ。一つの木になる実で、ちゃんと熟すのは十個くらいだ。だから四十本の木をめぐる必要がある。空を飛んで山をめぐるんだ」
「そんなにカザダマの木の場所を知りません」
エルが弱音を吐いた。
「大丈夫だ。私にあてがある」
カシェさんが胸を張った。そして続ける。
「お前たちの上着と剣は、いまは守備隊が使っている。代わりの剣は私がやるから、家に帰って上着を何かとって来い」
「わかりました」
四人が返事をして坂を駆け下りていった。
俺はカシェさんに言った。
「四百とは多くないですか?」
カシェさんは首を振る。
「そう思うかい? 私もこいつを試行錯誤しながらいろいろ考えてみた」
銃をなでる。そして続けた。
「一個につき玉が百個入るとして四万発だ。敵一体あたり二発だよ。この武器はちゃんと狙いがつけられないからね。少ないくらいさ」
「ああ、なるほど」
そう言われてみればギリギリの数字かもしれない。
「それより、銃のほうが問題だ」
「銃の数ですか?」
「そうだ。金具は以前作ったものの流用なんでストックがあるが、パイプを作らないといけない。これが手間だ。穴あけと金具の取り付けまでして、一つ作るのに三十分はかかる。五時間で十丁がせいぜいだ。リュダとの約束にさえ間に合うかどうか」
「十丁で足りますか?」
「不足だろうな。しかし、百丁用意する時間はない」
不眠不休で五十時間か。敵がそんなに時間をくれるとは確かに思えない。
「俺がこっちを手伝います」
「いや、実を集めるのも大仕事だ。一本の木から十個の実をもいで戻ってきて別の木を探す。これだけでやはり三十分はかかるだろう。一人当たり五時間で回れる木は十本。集められる実は一人百個というところさ。これは玉の数の勝負になるからね。実は多いほうがいい。……ああ、しまった」
カシェさんが額に手を当てた。
「どうしたんですか?」
「肝心の鉛の玉を作る手間を忘れていたよ。あれは溶かして型に流し込むだけだから、一回につき数分で百個できるが、一時間で八百個作れるとしても五時間で四千個だ。一人がつきっきりでやっても四万個なんて、とてもじゃないが時間が足りない」
「型を増やして手分けしてやっては?」
「人を集めないといけないよ。しかし、私にはそんなに多くの人を動かすような人望がないからね。こんな時にリュダがいれば……」
「呼んだか?」
見ると坂の下にリュダさんが立っていた。
「リュダさん、もう起きたんですか?」
驚く俺に何を言っているんだという顔をする。
「当たり前だよ。仮眠をとっただけだからな。それより、人が必要なようだな。何をしようというんだ?」
カシェさんが頭をかく。
「そうなんだ。銃を作る目途はたったが、玉が足りなくてね」
「玉?」
「銃から鉛の玉を撃ち出すことにしたんだよ」
「その玉を作ればいいんだな?」
「ああ、鉛を型に流し込むだけだ。型は粘土で、私がすぐに作る」
「わかった。すぐに人を集めよう。ほかに作業はないのか?」
「穴あけと金具の取り付け、それから肩紐の取り付け、あとはカザダマの実の加工も頼みたい」
「カザダマの実? なんだそれは?」
「鉛玉を連射するための装置として使うんだ」
「ほう、なるほどな。了解した。ちょっと待っていろ」
リュダさんは坂道を早足で下りていった。
入れ替わりに白髪の老人が上がってくる。この村でほとんど唯一と言っていい(少なくとも俺はこの人のほかに見たことがない)成人男性のダナイ老人だ。
俺の顔をみるとニッと笑った。
「おまえさん、空を飛ばせてくれるらしいのう。ほれ、ジャケットじゃ。エンチャントとやらをしてくれんか?」
「え、あ、はい」
戸惑いながら受け取って金色と緑の石をエンチャントしていると、エルたちが坂を上がってきた。手に手にジャケットを持っている。
「あー、ダナイの爺ちゃん。どうしたの?」
エルが親しげに話しかける。
「お前たちにカザダマの木の場所を案内してくれと頼まれてのう」
「そうだったんだ。でも爺ちゃん、四十本も必要なんだよ」
「安心せい。わしが百本でも案内してやる」
なるほど、ダナイ老人が来たわけがわかった。この辺の山を知り尽くした人物としてカシェさんが頼んだのだ。
俺はエルたちからジャケットを受け取って、それぞれに金色と緑と赤の石をエンチャントした。メアのジャケットはエルから借りたものということだった。メアの住んでいた診療所が燃えてしまったからである。それから、カシェさんから四人に渡された剣にも、石を使わないエンチャントを五回づつかける。
「では、行くかのう」
「お願いします」
俺たちはダナイ老人の案内で、空を飛んで山に入った。