封鎖された村
目を覚ましてみると岩の天井が明るくなっていた。外から光が入ってきているようだ。起きようとすると何か重いものが隣にある。見てみるとテノだ。目があう。
「んー。タカ様、起きた?」
「起きた、じゃないって。なんでまた隣で寝てるんだ?」
「うーん。タカ様もエルたちも寝てるからねー。一緒に寝てみた」
また、このパターンか。なんとかテノをどけて起き上がる。隣のメア、その向こうのエルはまだ寝ていた。セノが半分体を起こして、こちらを見ている。
「すみません。姉がご迷惑をおかけして」
と、謝った。
「いや、気にしないでくれ。もう慣れたから」
寝ている二人越しに小声で返事をする。
「はい、はーい。そこまでだよー」
テノが俺とメアの間にカーテンを引いた。「じゃあ、着替えね」
布団の上に服が置かれる。今の俺はまたあの寝間着姿なのだ。
「俺が今この服を着ているということは、誰かが着替えさせたんだよな」
「そだよ。私とミーネ様で着替えさせた」
テノは満面の笑みである。
最悪だ。また全部見られてしまったらしい。
まあ、仕方ないことではある。それに全裸を最初に見られている以上、気にするのもおかしいとは思う。が、やはりショックだ。
「濡らした布で体を拭ったりもしたよー。タカ様の体って白くてきれいだよねー」
そんなことまでしたのか。しかもじっくりと観察されている。
「着替えるから、出て行ってくれ」
「なんでー? もう全部見てるから私は平気だよ」
「俺が平気じゃないんだよ!」
「ちぇー」
テノはしぶしぶ、布の外に出ていった。
手早く着替えて、靴を履く。靴は昨日とは違うものだった。飛び跳ねるようになった靴の代わりということだろう。サイズはぴったりだ。
布で仕切られた外に出た。少し先にテーブルとイスがあって、イスの一つにリュダさんが腰を下ろしていた。カーテンの外に出てみてわかったが、この洞窟は広い。幅は家が一軒入りそうなくらいある。奥は見通せないくらい深い。
「やあ、おはよう」
リュダさんが手を振る。
「おはようございます。今何時くらいですか?」
「昼まであと二時間くらいだな」
ということは朝の十時か。
「すいません。お待たせしたみたいで」
「気にするな。まあ、待ってはいたが。しかし、君の回復力はかなりのものだよ」
「どういうことでしょう?」
「メアとエルだが、明け方まで目を覚まさなかったんだ。一時はミーネの顔も蒼くなったくらいだ。ようやく目を覚ましたから、『回復の眠り』の魔法をかけたが、完全回復して目を覚ますのは午後になってからだろうということだ。セノについても、あの剣を使ったわけじゃないのに回復が思うように進まなくてな。さっき『回復の眠り』から覚めたのに、起き上がれないんだよ。そこにいくと君は一晩寝ただけで普段通りに戻るのだからな。まったくどういう体力をしているのだろうな」
「そうでしたか」
どういう体力と言われても、自分でもよくわからない。
「カシェなどは、『英雄さんなのだから特別な体をしているのだろう』などと言い出す始末だ」
「ははは……」
もう笑うしかない。
「タカ様。野菜スープとパンだよー」
テノがスープの入った深皿とパンを乗せた平皿を持ってきた。
「ありがとう」
「あとお肉を持ってくるねー」
「すまないな」
「うーん。これくらい当然だよー。タカ様はドラゴンを倒した英雄だから」
テノが洞窟の出口へと駆けていく。どうやらそこに厨房があるらしい。
「英雄かあ」
「実感がないか?」
「ありませんね。そんな大した人間じゃないですよ、俺は」
「しかし君はもう大した存在なんだよ。『裸足のエクス』という呼び名で呼んでいる者もいる」
「なんですか、それ?」
「君はドラゴンを倒したとき靴を履いていなかっただろう。だからだよ。ドラゴンを倒したという昔話の中の伝説の騎士エクスの再来だということで、『裸足のエクス』というわけだ」
確かに、昨日は飛び跳ねる靴が危険だと思って脱いだ。そのまま空に上がったので、ドラゴンと戦ったときも俺は素足だった。しかし、それを言うならば、だ。
「でも、エルもドラゴンを倒したんですよね」
「あれは君の装備を使って、君のやったことをなぞって倒したのだからな。価値は落ちる」
そういうものなのだろうか。
「だからといって伝説の勇者と比べられても」
「まあ、観念するんだな。とにかく食べてくれ。君にはお願いしたいことがいろいろとあるからな」
「わかりました」
俺はスープにちぎったパンを浸しながら食べた。途中で、焼いた厚切りのハムとサラダをテノが持ってきてくれたので、オープンサンドにして食べる。相変わらずここの食事はうまい。まあ、考えてみれば昨日は晩を食べていないことになるから、それで空腹感が強いせいもあるかもしれない。
食べ終わると、テノがカップにくんできてくれていた水を飲み干す。
「さて、そろそろ行こうか」
「はい」
食器を片付けようとすると、止められた。
「それは、テノに任せて。用がいろいろとあるからな」
「わかりました」俺はテノのほうを見た。「テノ、ありがとう。ごちそうさま」
「どういたしまして。頑張ってー」
テノはいつも通りの、ぱっと見は無邪気な顔で、のん気な返事をする。
俺はそのテノに手を振って、リュダさんについて洞窟を出た。
入り口を出ると目の前は岩の壁だった。地層のような模様が浮いている。幅三メートルくらいの岩の裂け目の途中に洞窟の入り口があるのだ。裂け目は上のほうへは二十メートルくらい続いている。ところどころ岩がはり出してひさしのようになっていた。
入り口を出て右ではデニさんともう一人の女性が石を積んだコンロのようなもので、料理をしていた。二人が手を振るので手を振り返す。リュダさんは入り口を出て左へと進む。慌てて後を追う。裂け目は右に曲がっていて、しばらく歩いた。
ようやく岩の間を抜けて外に出ると、そこからは村や草原を見下ろすことができた。
「あれだよ」
リュダさんが指差す。言われるまでもなかった。真っ先に目に飛び込んできたのだ。真っ黒に焦げた小山のように大きな体。草原を半分以上塞いでしまっている。まぎれもなくドラゴンの死体、そのものである。しかし、すごいにおいだ。かなり離れているのに肉の焦げたにおいが漂う。
「あれは君が昨日、ミゾ渓谷で見たというドラゴンか?」
リュダさんは坂を下りながら聞いた。
「わかりません。あんなに燃えてしまっては」
「それもそうだな」
「ドラゴンは何色でしたか?」
「色か。たしか茶色だったな」
「では、たぶん違うと思います。あそこにいたのは真っ黒な皮膚をしてました」
「ということは、まだほかにドラゴンがいるということになる」
「そうですね」
「悩ましい話だ」
カシェさんの工房の前に来た。足音で気づいたのかカシェさんが出てきた。
「やあ、英雄さん。それとも裸足のエクスと呼ぶべきかな」
「あの、タカとか戸田山君とかでお願いします」
「その呼び方は面白みに欠けるからね。英雄さんで我慢してもらおう」
えーと、判断基準は面白味なんだ。ま、いいけど。
「我慢します」
「いい返事だよ。君に上げるものがある。ちょっと待っててくれ」
カシェさんはいったん工房に引っこんですぐに出てきた。手にさやに入った一振りの剣を持っている。
「これを差し上げよう」
「え、いいんですか。昨日、自信作という剣をもらったばかりなのに」
「いいんだ。昨日の剣は体力を吸い取る魔法の剣になってしまっただろう。普通の剣も必要だろうからね」
「ありがとうございます」
剣を受け取って抜いてみる。これも立派な剣だ。
「まあ、あの剣ほどではないけれど、これも自信作なんだ。遠慮なく使ってくれ」
「はい。大切に使います」
「うむ。この国の行く末は君にかかっている。頑張ってくれよ」
カシェさんはそう言うと工房に戻って行った。
リュダさんが坂の下から俺を見上げるようにして言う。
「君のあの剣だが。今は交代で守備隊に持たせている」
「守備隊ですか?」
「ああ、三交代で四人づつを防衛担当として割り当てた。担当者がエルたちの例の上着やマントを羽織り、あの石をエンチャントした剣を持って、上空からこの近辺を見守るというわけだ。四人のうちの一人は雷撃の剣とドラゴンを倒した剣との二本を腰に下げている。テノからドラゴンとの戦い方も聞いてレクチャーしてあるから、防衛戦力としてはかなりのものだと思う」
たしかに雷撃の剣が四本に、ドラゴンを倒す剣が一本が、二十四時間ずっと上空で待機しているのであれば、魔物はもちろん、ドラゴンであっても容易には攻め込んでは来れないだろう。
「だが、実のところそれでは対応できない事態になっている。それで君にはもっと力を貸して欲しいのだ。構わないだろうか」
「もちろんです」
「すまないな」
坂を下る。
黒く焦げたがれきが目に入った。場所から診療所だとわかる。石造りの大きな建物はすっかり崩れ落ちており、中は燃え尽きて、昨日までの面影は全くない。
「ひどいですね」
「まあ、建物だけで済んでよかったよ。立て直せば済むからね」
「そうですけど」
「被害は他にもある」
言われて見回すと、他にも見える範囲で五軒ほどが焼け落ちている。坂の下に見えていたデニさんの家も、原形をとどめないほどめちゃめちゃになっていた。
俺は自分の服を見た。この服はデニさんの息子さんの形見だ。あの家にはきっとそういう思い出の品がたくさんあったに違いない。そういうものを一瞬で灰に変えられてしまった気持ちは簡単には推し量れないものがあるだろう。それなのにデニさんは昨日と変わらない様子で食事を作ってくれていたのだ。
「俺にできること、やりますよ」
その言葉は自然と出てきた。
「そうだな。君だけがたよりだ」
リュダさんは俺の肩を軽くたたいた。
リュダさんの家の前についた。
「寄っていくか?」
リュダさんが眼鏡の奥の目でかすかに笑った。俺はその意味を理解した。
「はい。少しだけ」
一緒に家に入りドアを閉める。リュダさんが椅子に座った。俺はその前にひざまずく。リュダさんが両手を広げ、俺はリュダさんの膝に頭を乗せた。
「変わった英雄さんだな」
優しい声で言いながら頭を撫でてくれる。俺は黙って柔らかな感触に身をゆだねていた。気持ちが落ち着く。俺はふとメアの笑顔を思い出していた。メアも頼めばこんなことをしてくれるのだろうか。でも、うまく言えないが、俺がメアにもつイメージは少し違うという気もする。
しばらくして俺は頭をあげた。
「ありがとうございました」
「もういいのか?」
「はい」
「ドラゴンを倒してくれた君にしてあげられることが、こんなことしかなくて申し訳ないな」
「そんなことないです。それにドラゴンを倒したのはたまたまですから」
「全く君は。もう少し手柄を誇ってもいいのだぞ」
「事実ですから」
俺は立ち上がった。リュダさんも席を立つ。
「ちょっと、待っていてくれ」
リュダさんはそう言って奥の部屋に入っていった。
リュダさんはジャケットをもって出てきた。
「これをエンチャントしてくれるか? 石はそこにある」
テーブルの上を指す。
テーブルの上には小さな布袋が四つ並んでいた。開けてみると金色、赤、青、緑の石が色別になって入っている。
俺はジャケットに金色と赤と緑をエンチャントした。
「出来ました」
「よし。一緒に来てくれ」
リュダさんが家を出る。俺も続いた。
そのまま空に上がる。リュダさんは飛ぶのに慣れていた。
「飛ぶのがうまいですね」
「昨日、メアのマントで練習したんだよ。君の倒したドラゴンを確認しておきたくてな」
そういって右腕を前に突き出した。草原に横たわるドラゴンの死骸を越えていく。俺も隣について飛ぶ。谷が近づいてきた。
リュダさんが谷の手前で止まる。
「あれを見てくれ」
「なんですか、これは?」
谷の向こうには数えきれないくらいのファイヤーエレメンタルが飛んでいる。谷の入り口付近では数十体の石の巨人が並び、その足元を動くよろいが埋め尽くしている。
「こいつらは、昨日の夕方まえに現れた」
「これを昨日から風の壁か何かで守っていたんですか?」
「いや、そうじゃない。こいつらは谷からこちらに入って来ようとしないんだ。ただこちらを見張っているだけだ」
「見張っているだけ?」
「そうだ。私たちを外に出さないように封じ込めるつもりか。あるいは、数をそろうのをまって一気に押し込んでくるつもりか」
「増えているんですか?」
「ああ、今日の夜明けの時点では見えている範囲で一万ほどだったが、さっき報告を受けた時には一万二千を超えていた」
「一万二千……」
「木の下に隠れて見えない敵も加えたら、二万くらいはいるかもしれないな」
「そんなにですか」
「そうなんだよ。実は昨日から三交代で見張らせているのも、別のドラゴンが来るかもしれないということもあったが、こいつらのせいもあったんだ。飛行魔法で王都へ救援要請することも考えたのだが、そのために空を飛べる上着を一つ使ってしまうという判断ができなくてな。正直なところ、君が起きるのを待つのが辛かったよ」
「それを早く言ってください。なんだったら起こしてくれてもよかったのに」
「しかし、君には万全の状態でいてもらわないと。それに君はやはり客だからね。無理は言えないよ」
この人はこういうときでも自分で決めたルールを曲げないのか。融通の利かない人だ。石頭といわれるだけのことはある。
というか、さっきにしても膝枕している場合じゃなかったのじゃないだろうか。なのに、誘ったのはリュダさんのほうだったわけだし、よくわからない。
まあ、それはさておき、とにかく。
「なんとかしないといけませんね」
「そうだな。こちらの戦力だが、昨日合流したメオーダの人の中から戦闘に参加するという人が十五名、名乗り出てくれた。三交代に割り当てた十二人と体調を崩した者を除くと、戦闘に参加可能なのは百三十四名だ」
「その数で戦えますか?」
「そこなんだよ」
彼我の戦力差は百倍以上である。いくらエンチャントした武器があってもそれでは数で押し切られてしまうかもしれない。
それに。
「相手には黒騎士隊がいる可能性もありますね」
「ああ、メオーダ組に聞いた。黒騎士隊は完全に魔物の協力者になっているようだな。信じがたいことだが」
しかし、事実だ。となれば、魔法での攻撃に慣れたプロの兵士を相手にしなくてはならない。どう戦えばいいのだろうか。
ふと脳裏にある言葉が再生された。
「現代戦では制空権を取ったほうが圧倒的に有利になるね。ヘリを使って上空から機関銃で撃ちまくるだけで大部隊でも一方的に殲滅できる」
昼休みの教室での会話だったと思う。戦車だとか戦闘機だとかが好きなやつがいて、彼はいつもそんな話ばかりしていた。名前も顔も思い出せないがひどくなつかしい。この記憶喪失のような症状がもどかしく感じる。
さて、思い出はいいとして、話の内容だ。大部隊を殲滅できるという話は魅力的だ。制空権は取れると思う。エレメンタルたちはドラゴンと同じくあまり高く飛べないようだから、上から叩くのは簡単だ。問題は攻撃方法だ。剣による雷撃は体への負担が大きい。弓矢での攻撃は矢の本数が限られる。機関銃か。そんなものがあったら苦労はないのだが。
いや、待てよ。可能性はある。
「リュダさん。村に戻りましょう。戦う方法が見つかるかもしれません」
「本当か? よし。わかった」
「先に行きます」
俺は高速で飛んで、カシェさんの工房の前に降りた。リュダさんを待たずに工房に駆け込む。
「カシェさん。いますか?」
工房の中は物であふれていた。壁にはいくつもの剣が下がっていたし、床には防具らしきものが散乱している。机の上は様々な道具が雑然と置かれ、奥のほうでは赤々と火が燃えていた。
「なんだい?」
カシェさんが火のそばから立ち上がった。鉄製の大きなハンマーを持っている。
「昨日のエンチャントしたさやはありますか?」
「ああ、あれかい」
カシェさんはハンマーを置いて壁際に並んでいた道具の間から、見覚えのあるさやを取り出した。「ほら、これだ」
そこにリュダさんが入ってきた。
「なにを、どうしようというんだ?」
「もしかしたら、武器になるかもしれません」
俺はさやを指した。リュダさんが怪訝な顔をする。
「さやがか?」
「はい」俺はカシェさんに向き直った。「このさやの脇に穴をあけてもらえますか?」
「簡単なことだ」
カシェさんは机に移動して、万力でさやを固定すると、ハンドドリルで穴をあけた。万力をはずしてさやを手渡してくれる。
「出来たぞ。これをどうする?」
「実験します」
俺はさやを手に外に出た。さやの口を岩山に向ける。小石を三つ拾って、開けてもらった穴に一つ落とした。乾いた破裂音がして小石がさやの口を飛び出し、岩肌にひびを入れる。続けて小石を穴に落とし込んでいく。そのたびに小石は音とともにさやを飛び出して岩に穴をあけた。また小石を拾い、今度は空に上がって、筒先を斜め下にむけて穴に石を入れる。穴に入った小石はやはり破裂音とともに筒先からさやを飛び出して岩肌に刺さった。
実験は成功だ。
下に降りるとリュダさんが聞いてきた。
「まさか、これを武器に戦うのか?」
「はい。小石を弾にして敵に向けて撃つことで敵を倒します」
カシェさんも興味深そうに尋ねる。
「弾ねえ。これは何という武器だい?」
「銃です」
「銃か。なかなか面白い」
「これをたくさん作ってもらえますか? これなら弓矢のように矢の本数を気にせず、しかも遠隔で敵と戦えます」
「わかった。わきに穴の開いた鉄の筒を作ればいいんだろう? やってみるよ」
「出来れば、穴に連続して小石を落とすための装置もつけたいんですが。そうすれば短時間に大勢の敵を倒せます」
「なるほどね。考えてみよう」
「しかし」リュダさんが首をひねりつつ言った。「その筒も、魔法の石をエンチャントするのだろう。撃つたびに体力を削ることになるのではないか?」
そこはたしかに気になるところだ。体力のコストが大きいようなら、剣による雷撃のほうがいいということになる。
「それも実験してみましょう」
俺はリュダさんに言った。