敵中突破
避難してきた人々は、小川の上流の滝の裏の洞窟に身を寄せ合っていた。カナルさん親子を入れて三十四人である。小さな子供二人を除いて、全員が女性だ。
カナルさんの説明を聞いて、全員がイシュガルへの移動にすぐに賛成した。その時に垣間見えた表情からしても、この洞窟での生活はかなり苦しいものだったようだ。
大勢の敵に囲まれることを考えて、俺はエルたち四人の剣に金色の石をエンチャントした。そして、エルとメアを先頭にして洞窟を出発させる。洞窟の出口で俺は、一人一人の服に軽く触れエンチャントをかけた。最後の一人が洞窟を出てしまうと、テノとセノと一緒にその後ろについて、しんがりとして歩く。
林の中は日本の照葉樹林のようで、気持ちがいい。魔物のことさえなければいいピクニックコースといったこところだ。しかし、今はいつ藪の中から魔物が飛び出すかしれない。俺たちは剣を片手に一歩一歩に気をつけながら進んだ。
一時間ほど何事もなく進み、湧き水のそばで休憩をとることにした。
異変はそこで起きた。
列の先頭のほうでメアが何かに気がついて剣を手に立ち上がった。それを見て俺たちも剣をとる。すぐに泉の中から人型をしたものが湧き上がるように現れた。続々と出てくる。それぞれが水流のような魔法を乱射する。列の前に出てかばうが、横を魔法が抜けていく。しかし、人々にかけたエンチャントの防御はきちんと機能していた。手前で魔法を跳ね返して被害はない。
「こいつらはいったい」
「さしずめウォーターエレメンタルといったところですね」
隣で剣を構えるセノが答える。
「なるほど」
水魔法を操るからウォーターエレメンタルか。となれば、さっきのたたかった雷のような魔法をつかう魔物は、雷の魔法は風属性だから、エアーエレメンタルということになるのか。ということはそのうち、アースエレメンタルというのも出てくるのだろうか。
「残らず倒すぞ」
「わかっていま……」
轟音がした。見るとエルが剣をふるったところだった。雷撃が数体のウォーターエレメンタルを貫く。と、そのまま雷撃は直進して幹回りが一メートルはありそうな大木の根元を吹き飛ばした。大木は小さな木を巻き込みながらゆっくりと倒れ、凄まじい地響きをたてる。
「あー、これはうかつに剣を振れないねえ」
テノが困った声で言った。
俺は愕然とした。失敗である。なるべくほかの敵に察知されないように行動しなくてはならないのに、考えもなしに轟音を立てるようなエンチャントをかけてしまった。しかもそれで発動する魔法は周囲への影響がおおきい。これではますます敵が来てしまう。
「タカ様、上!」
セノの声にはっとすると大きなウォーターエレメンタルが覆いかぶさるように迫っていた。思わず剣を突き出す。轟音が響いてウォーターエレメンタルの体に穴が開いた。そのまま砕けて俺の周りに崩れる。
「なるほど。下から突くという手はありそうですね。それなら木を倒さずに済みます」
セノが言って剣を構え直し、斜め上に向けて敵を突き上げる。また、轟音が響いてウォーターエレメンタルが砕け散った。
「いや、音がするのはまずい。ここは弓を使ったほうがいい」
「でも、弓は矢の本数が」
「そこはあとで考える。今は弓でたたかってくれ」
俺はセノたちにそう言うと、先頭に走った。
「エル、メア。武器を弓に代えてくれ。音が響き過ぎる。それとここは移動したほうがいい。すぐに出発してくれ」
「わかったよ。移動ね、移動。叔母さん、ここは逃げましょう」
エルがカナルさんたちに指示を出す。メアが剣をしまって弓に持ち替えた。次々にウォーターエレメンタルを撃ち倒す。俺も弓に持ち替え、敵を倒しながら列の後ろに戻った。
「テノ、セノ。列を動かす。後について守りながら移動してくれ」
「タカ様はどうするんですか?」
「林の上を飛びながら列について移動して、敵を迎え撃つ。きっともう、音を聞いて魔物が集まって来ているはずだ」
「わかったー。早く追いついてねー」
俺は二人に手を振ると、右手を挙げて上空に出た。ちらっと地上に目をやる。枝の隙間から人々が移動していくのが見えた。その延長線上に例の岩の谷間が見えている。
周囲を見まわした。やはりすでに魔物だらけだ。ファイヤーエレメンタルやエアーエレメンタルばかり、もう二十体くらいはいるだろうか。俺は奴らの魔法の集中砲火を浴びている状態だ。魔法はすべて跳ね返せるとは言え、殺到されての近接戦になるのは避けたい。右手を適当に動かして回避運動を行う。
さて、この数を弓で倒すには矢の本数が足りない。かと言って、剣は音が響くのでもう使いたくない。俺は左手で矢を一本取った。その矢に石を使わないでエンチャントを五回かける。そのまま前に突き出して、右手を近くのエアーエレメンタルに向ける。一気に間合いが詰まって、矢の先がエアーエレメンタルに突きささる。と、エアーエレメンタルが砕け散った。狙い通りだ。これでも十分な武器になる。地味だがこの戦法で一体一体倒していくしかない。
俺は矢を構えて次の敵に突っ込んでいった。
結局二十分くらいかかっただろうか。倒しても倒しても集まってくるので随分と手間をとったが、ようやく最後のファイヤーエレメンタルを打ち砕く。もう魔物の姿は見えない。俺は確かめておいた方角へと飛んだ。丹念に見るが、なかなかエルたちの集団が見つからない。しばらく林の上をさまよう。
そこに少し先のほうで太い木の枝の折れる音がした。木々の上に大きな頭が顔を出す。石の巨人だ。
石の巨人が振り上げた右手に何かをつかんでいる。人間だ。赤い髪で小さい。エルの従妹のメルという女の子に違いない。巨人は女の子をたたきつけようとしている。
俺は矢に力を流し込みながら、巨人めがけて飛んだ。
巨人が俺に気がついて手を止める。左手をこちらに突き出してきた。その手を俺は軽くかわす。そのまま頭に体当たりをかける。巨人が揺れた。さすがに硬いが、服の防御力があるので痛くはない。左手で額の真ん中に矢じりを打ち込む。
巨人の頭が砕けた。そのまま体が崩れ始める。
「きゃああああ」
砕けた巨人の手から落下する女の子を、左腕一本で抱き留める。しかし女の子の重みをあまり感じない。どうやら、飛行魔法は俺がつかんでいる者にも影響するらしい。ちなみに右手は空中で位置を保つのに忙しくて使えない。左手に持っていた矢はとり落としてしまった。
「もう大丈夫だよ」
「……ありがとうございます」
間近でちょっと顔をそむけるようにして礼を言う姿は可愛かった。さすが健康系美少女エルの従妹というだけはある。
ゆっくりと下に降りた。
枝葉の下に出ると、人々が駆け寄ってくるのが見えた。
「メル!」
真下でメルの母親のカナルさんが必死の形相でこちらを見上げている。両腕を広げて、俺ごと子供を受け止めるつもりのようだ。俺はちょっと位置を調整して、メルを母親の手に引き渡すようにして地面に降りた。
「メル!」
「お母さん!」
二人が抱き合う。
「タカ様」
エルが駆け寄ってきた。「ごめん。メルのすぐそばにいたんだけど、草むらからいきなり立ち上がって来るから驚いてしまって。それに弓矢が効かなくて」
「私も、隠れているのに気がつかなかった」
弓矢を手にメアも言う。どうやらこの石の巨人は昨日のよりも強い相手だったようだ。
「まあ、そんなこともある。間に合ってよかったよ」
俺は二人に言ってやった。実際、エレメンタルたちとの戦闘中でなくてよかったと思う。余裕を持って対応できた。
「タカ様」カナルさんがメルを抱いたまま俺のほう向いた。「ありがとうございました。娘の命の恩人です。本当にありがとうございます」
「いえ。たまたまです」
どうも礼を言われるのは照れくさい。どうやら俺という人間は他人の功績でも自分の手柄と言い張るようなタイプではなかったようだ。それでいいと思う。しょせん、このエンチャントの力も借り物である。たまたま手に入れた力で大きな顔をするのはカッコ悪い。
「いや、あんた大したものだよ」
人々が俺の肩をたたいて褒めてくれた。嬉しいけれど、気持ちは複雑である。大体、エルたちにだって、剣さえ使えれば、石の巨人を倒せたはずだ。それを使えなくしてしまったのは俺の判断ミスである。しかも弓をエンチャントするのを怠っていた。これもミスだ。ミスの連続で引き起こされた事態なわけで、本来なら称賛どころか非難を受けても仕方のないところだ。
「ありがとうよ。感謝するよ」
「頼りにさせてもらうよ」
何人かが右手を差し出してくる。メアのことでこれが親愛のしるしであることを学習した俺は右手を出して手のひらで、それぞれにそっと触れた。
「タカ様も、わかってきたじゃないのよ」
隣で見ていたエルがからかう。
「まあな」
俺は苦笑いで答えた。
再び列が進みだした。俺は今度はエルとメアと一緒に前を歩く。そろそろイシュガルへの谷の入り口が近い。魔物が集まっている場所も遠くないはずだ。
はたして十分ほどで、メアが左手を挙げて合図をした。全員の歩みが止まる。
「メア、いるのか?」
「いる。その茂みを曲がったところにたくさん」
エルがカナルさんのほうを見た。
「叔母さん。魔物が集まっていたのはここらへんなの?」
「そうだね。言われてみればこのへんだよ」
カナルさんが小声で返事をする。
「よし、エル、メア。一緒に来てくれ」
俺は後の人たちにはその場でじっとしているように言い含めると、三人で茂みの角まで行ってそっと様子をうかがった。
林が切れて、少し広い空間があった。すっかり踏み荒らされているがもとは畑だったようだ。そこに、ファイヤーエレメンタルと、動くよろいと、肩口から蛇の頭をはやした妙な女がうろついている。
「いるな」
「いるねえ」
「うん」
俺たちは顔を見合わせた。敵の数はざっと見積もって五十くらい。これなら俺一人で矢を使ってちまちまと倒していっても、三十分とかからずに片が付くだろう。
「俺が行く。お前たちはここで他に敵が来ないか見張っていてくれ」
そう言って立ち上がろうとする俺の袖をメアがつかんだ。
「だめ。私も行く」
「しかし、武器が」
「武器はこれ。さっきタカ様が石の巨人を倒すのにつかった矢」
メアが一本の矢を示した。
「これ、どうしたんだ?」
「タカ様が落としたのを拾った」
「それを渡してくれ」
「いや」
「いや、って。メア……」
「まあまあまあ」エルが割り込んでくる。「タカ様は石の巨人を倒した要領で、矢にエンチャントをかけて一体一体倒していくつもりだったのね。でも、それを一人であの数相手にやるのは重労働よ。重労働。私たちが一緒にやれば楽になるって。それに時間が節約できて、ほかの魔物を引き寄せてしまう恐れも少なくなる。だから、手伝わせてよ。お願いよ、お願い」
「それは……」
剣が使えるなら喜んで手伝ってもらうが、リーチの短い矢でチクチクと敵を刺すという戦いである。いくら服に防御魔法がかかった状態とはいえ直接皮膚への攻撃を受ければ、危険かもしれない。剣を使えなくしたのが俺の責任である以上、ここは俺一人で切り抜けたい。それがミスをしたことへの責任の取り方ではないだろうか。
「迷うことないって。私らも戦いに混ぜてよー」
振り向くとテノとセノが立っていた。
「テノ、セノ。お前たちはみんなを守っていないと……」
「大丈夫です。皆さん、ここまで生き延びた方々です。それなりに身を守ることはできますから」
セノの言葉に俺は、この世界に召喚されたばかりの時に、大ムカデをこの四人が見事な連携で倒したのを思い出した。そう、ここの人たちは強いのだった。たまたま俺はエンチャントなどという力を得てしまってその威力のせいで、いつの間にか人々を「守るべき相手」と思うようになった。でも、それは違う。武器さえあればこの人たちは十分自分の身を守れる。だいたい俺なんて、最初は戦えないといって彼女たちへの助力ですら断ったではないか。その俺が彼女たちの力量を上から見て「戦うな」というのは、滑稽とすらいえるだろう。
「タカ様が、矢をエンチャントしてくれないなら、この剣で殴りこんでひと暴れしてくるだけだよー」
テノが剣を抜く。
「待った」
俺はテノを押しとどめた。「わかった。四人に手伝ってもらう」
「そー来なくっちゃ」
テノが笑った。
俺は矢を四本取ると、一本につき五回のエンチャントをかけた。それをエル、テノ、セノに渡す。メアにはさっき俺が落した矢がある。残る一本は俺の分だ。
「いいか。地上すれすれを飛んで敵を混乱させながら一体一体倒していく。敵に囲まれることのないように注意だ」
「了解了解」「わかった」「それしかないですね」「承知だよー」
俺の言葉に四人がそれぞれに返事をする。
「よし、じゃあ行くぞ」
俺たちは飛んで林の上に出た。そして一気に、敵を半包囲するようにひろがる。左手の矢を前に突き出して、右手で狙いをつけた。一斉に地上の敵に襲いかかる。
ファイヤーエレメンタルたちが炎をとばして迎え撃ってきたが、そんなものはもちろん効かない。攻撃をかわし、矢を魔物の額に突き刺す。
たちまちファイヤーエレメンタルや蛇女が砕け散った。厄介なのは動くよろいだった。頭や胸に穴をあけたくらいではまだ動くのだ。剣で両断していたときには気がつかなかったが、結構な難敵である。しかも、攻撃するにはよろいが振り回している剣の内側に入らないといけないのだが、どうしても剣が当たる。服の防御力のおかげで切られることはないが、衝撃がそれなりに体にくる。簡単には踏み込めない。俺は一度上に飛んで体をひねると、よろいの背後に素早く下りた。背中から矢で切りつける。両肩の間を縦に切り裂いた。動きが止まる。動くよろいはがっくりとその場に倒れこんだ。どうやら背中が弱点だったようだ。俺はもう一体を同じようにして倒した。
俺が立て続けに動くよろいを倒すのを見て、エルたちが戦いかたをかえた。外周を飛びながらのヒットアンドウェイで、魔物たちの注意を外に向けさせる。俺は内側で魔物たちの間を小刻みに飛び回りながら、背中から敵を攻撃した。内側と外側からの攻撃で魔物はみるみる数を減らしていく。
十分かからず敵は全滅した。
最後の一体を倒した俺の周りにエルたちが寄ってくる。
「お疲れ様。タカ様、無事?」
「俺は無事だ。皆は?」
「私たちも怪我一つありません」
「よし。カナルさんたちのところに戻ろう」
そう言ったところで、林のほうでどっと歓声が上がった。見ると林の中からカナルさんたちが笑顔で駆け出してくる。
「いや、あんたたち、すごいじゃないか」
カナルさんが興奮している。
「見ていたんですか?」
「ああ、気になるからね。正直、あれだけの数の魔物相手に大丈夫かと思ったんだよ。でも、一方的にやっつけてしまうなんてね。スカッとしたよ」
右手を差し出してきた。俺はその手に右手でタッチする。カナルさんはうなずいた。そのまま隣のエルに抱きつく。
じっと隠れているように言ったのに、戦況をずっとうかがっていたとは困った人たちだ。俺たちが不利になったら、飛び出してくるつもりだったのだろうか。ここの人たちは本当に気持ちが強いと、改めて思う。
「さあ、皆さん。行きましょう。谷はもうそこに見えています。あの谷をあがればすぐ、私たちの村です」
セノの言葉にまた歓声があがる。
「よし、いくよ」と誰かが叫ぶ。
「行こう」「行きましょう」と人々が口々に応える。
人々は雑然といくつかの塊になって、木々の向こうに見えている谷のほうへと移動を始めた。俺はその一番後ろからついていく。喜び合う人々の盛り上がりについていけず、軽い疎外感を味わっていた。喜んでくれるのはうれしい。しかし俺の性格は、一緒になってわいわい言うのがどうも苦手のようである。面倒な性格だ。そんな自分を再発見して、ため息をついていると隣にメアが並んだ。
「タカ様、どうしたか?」
話しかけてくる。
「どうもしないよ」
「嘘。うれしくなさそう」
「そんなことない。みんなを無事に送り届けられそうで嬉しいさ」
「うん。タカ様は頑張った。もっと嬉しそうにしてるべき」
「ま、そうなんだけど。まあ、性格なんだ」
俺はぽろりと本当のことを言った。メア相手にそんなことを言ってどうするとも思ったが、多分孤独を感じているところに話しかけられて嬉しかったのだろう。
「嬉しがれないのが性格?」
「ちがうよ。嬉しいんだ。でも、それが顔に出せない性格なんだよ」
「そうなんだ。それはつらいね」
メアの言葉が俺の心を撫でてくれたような気がした。そんなことを言ってもらったのは初めてだと心が言っている。
「ありがとう」
ぽろりと言葉が出た。
「なにが?」
メアが聞き返す。俺はうなった。聞き返されると照れくさい。
「うん。なんとなく」
「なんとなく?」
「話を聞いてもらったから」
「そうなの?」
「うん。そうなんだ」
「そっか」
メアが長い銀髪を翻して笑顔を見せた。「どういたしまして」
俺はその笑顔に吸い込まれそうな気がした。