四人と一人
はでな車のクラクションが響いて意識が飛んだ。気がつくと俺は冷たい岩の上に倒れていた。頭が重い。
すぐそばで数人の女の子の声がする。しかし、何を言っているのか全くわからない。
薄暗い場所だった。見上げると岩の天井に人の影がいくつも揺れている。どうやらここは洞窟か何かの中らしい。横を見るとたき火がたかれている。そのそばに女の子が四人、こちらを見ていた。
その姿を見て急にぼんやりとしていた気分が吹き飛ぶ。
ちょっと、とんでもなかった。
とりあえず、女の子たちは可愛かった。学校にはよく可愛い子だけの集団というのがあるが、彼女たちは俺の知っている限りのそういう集団を超える粒ぞろいの可愛さだった。
が、そこはいい。
それがなぜか全員、質素な長袖長ズボンで、腰に剣を背中に弓を背負っている。剣と弓である。俺はついさっきまで車がひっきりなしに走る国道沿いを歩いていたはずだ。一体何が起こったらこんな装備を持つ集団に行きあうのかという話だ。
しかし、それもまだどうでもいいほうの問題だった。
俺を驚かせたのは女の子たちの髪の毛の色だった。一人は黒のポニーテールでもう一人は銀色のロング。この辺はまあいい。プラチナブロンドは、生で見るのは初めてだが、テレビではたまに見る。ところが、手前でこっちに向かって何か言っているのがピンクのツインテールで、うれしげに飛び跳ねているのが緑色のショートカットなのだ。ウィッグだろうかとも思ったが、化学繊維で作ったような色合いではなく、生々しいくすんだ色が入っている。第一、眉やうなじの後れ毛まで同じ色だ。
これは普通の状況ではない。俺は起き上がった。体から布が落ちる。
その途端、女の子たちの様子が変わった。黒髪とピンクが手で顔を覆う。緑と銀髪がこちらをじっと見ている。視線は俺の顔を見ていない。少し下だ。
はっとして自分の体を確かめる。
「なっ、……」
なんと俺は全裸だった。
うずくまって体を縮め、下半身を隠す。
黒髪ポニーテールの少女が寄って来て落ちていた大きな布をかけてくれた。どうみてもただの敷布だ。ごわごわしている。まあ、なんでもいい、ないよりはましだ。
それから青い石のはまった銀色の首飾りを渡された。手まねで話す様子と聞く様子をして見せてくれる。翻訳するといいたいらしい。こんな小さなものに翻訳機能があるということだろうか。とてもそんな技術を持っている人たちには見えないのだが。
首にかけてみる。
「私の言葉がわかりますか?」
黒髪の少女の声が日本語になって聞こえた。
「ああ、わかるよ」
すごい機能だ。こんな機械、まだどこの国でも開発されていないだろうに、なんでこの少女がもっているのだろう。ただ、気になるのはさっきまで聞こえていた意味の分からない言葉が完全に聞こえなくなっていたということだ。まるで吹き替えの映画を見ているかのように言葉が日本語になっている。
「おっ、言葉通じたねえ。よかったよかった。さすがセノちゃんだよ」
ピンクのツインテールがやってきて俺をのぞき込んだ。「あたしの名前はエル。お兄さんに助けてほしいことがあってねえ。このエストワードに呼んだんだ」
呼んだって、いったいどういう意味だろう。それにエストワードってどこだ。聞いたこともない場所の名前だ。そして、どうして俺は裸なんだ。聞きたいことがありすぎて言葉にならない。俺が口を開くより先に別の声が飛び込んできた。
「呼んだのは私だよー。いぇい! 召喚大成功。やっぱ私天才。あ、私の名前はテノね」
そう名乗ったのは背の低い緑の髪のショートカットの子で、また嬉しそうに飛び跳ねている。
「私はメアだ。以後、よろしく」
長身の銀髪ロングの子がぶっきらぼうに言って右手を差し出す。握手だろうと思ってその手を握ると白い頬を染めて手を放し、向こうへ行ってしまった。
「私はセノです。テノの双子の妹です。よろしくお願いいたします」
黒髪の少女も名乗った。緑の子と双子ということだろうか。確かに通った鼻筋とか大きな目とかは似てなくはないが、髪の色も性格も全く似ていない。体も、背丈こそ両方とも俺の胸くらい高さのようだが、テノは全くふくらみのない子供体型で、セノは出るところの出た大人びた体だ。
「それで、お兄さんの名前は? 名前よ、名前」
エルという少女がせっついてくる。
「僕の名前は、戸田山隆文。十六歳、高校二年生だ」
と、名乗ったが、その先が出てこない。名前と年齢以外の自分のことがまったく思い出せないのだ。国道沿いを歩いていたという記憶も今ではまるで夢の中のことのようにすっかりかすんでいて、なぜそこを歩いていたのかも思い出せない。
「やあね。俺様だって。俺様系よ、俺様系」
エルがセノに耳打ちするようにいう。いや、待て。
「そんなことは言ってない。俺様とか、僕は言ってないぞ」
「まあまあ。それより助けてほしいの。だから呼んだのよ。ええと、タカ様?」
エルは勝手に話を進める。
「タカ様って、……」
「だって、名前長いから。タカでいいかなと思って。で、俺様系だからタカ様」
「いや、様はいらないから」
「いいからいいから。いま、私たちとても困っているわけ。危機よ、危機」
「危機って、……」
俺が聞き返そうとするのをエルが手で制する。「待って」
暗がりの中から、がさがさと何かが近寄ってくる音がする。四人が身構えた。
たき火の明かりの中に現れたのは巨大なムカデのような生物だった。全長が人の体の三倍はありそうだ。
緑のショートカットと黒のポニーテールが矢を放つ。矢はムカデの足に突き刺さって動きを止めた。そこにピンクのツインテールと銀のロングが剣を打ち込む。二本の剣は狙いを外さず怪物の頭を貫いた。
「まったく気を抜けないわ。剣呑剣呑」
剣をしまいながらピンク頭のエルが肩をすくめる。
ここへ来てようやく俺は理解した。いままでは何かの冗談だろうかと思っていたのだが、そんなぼけた俺の頭にもはっきりと現実が理解できたというわけだ。ここは俺がいた世界とは全く違う。とんでもないところに来てしまったのだ。一刻も早く元の世界に戻らないといけない。
「あの、僕を召喚したってどういう意味だ? もとに戻れるんだろうな」
「そんなに怖い顔しないで、ちゃんというから」
エルはちょっと引きながら作り笑顔を浮かべる。どうも、この翻訳装置は精度に問題があるようだ。向こうからこっちへの翻訳は問題ないが、こっちから向こうへの翻訳は言葉が乱暴になるらしい。
「エルさん。初めから話した方がいいですよ」
黒髪のセノが助言する。
「そうだね。了解了解」エルが軽く応じて話し始めた。「あたしたちの村は半年くらい前から魔物に脅かされているんだ。何度か近くの町まで救援を求める使者も送ったけど誰も帰ってこなくてね。その間にも魔物は襲ってくるし。それで、村の男たちはあらかたやられてしまって、もう村には女と子供と年寄りしか残っていないの。それであたしたちは考えたのよ。『このままではみんなやられてしまう。あたしたちが行かないと』って。で、弓と剣を手にして近くの町まで助けを求めに村を出たわけ。ところがすぐに魔物に囲まれてねえ。この洞窟に逃げ込んで、イチかバチか召喚魔法を使ってみたというわけなのよ。いや、困った困った」
中身は重たい話のようだが、このエルという娘が話すとどうにもお気楽に聞こえてしまう。これも翻訳機のせいだろうか。
「それで、魔物というのはこいつのことか?」
俺はムカデの化け物を指して聞いた。
「ああ、これ? これは違うよ。こいつはこの辺の穴によくいる大ムカデだよ」
エルは何でもないことのようにいう。こんなのに出くわすのが普通なんて、魔物が来なくてもなかなかハードな生活を送っている村のようだ。
「じゃあ、魔物はどういうのなんだ?」
「一緒に戦ってくれるの?」
エルが目を輝かせる。
「いや、ちょっと興味がわいただけだ」
大ムカデと日常的に戦っているような人々を追い詰める魔物が単純に気になったのだ。
「興味本位大いに歓迎だよ。戦わないと生き残れないからね」
いや、そんなことは言ってない。どうもやはり翻訳に問題があるようだ。
「動くよろいと、炎をまとった人間です」
セノが答えてくれる。
「炎をまとった人間のほうは、私たち、ファイヤーエレメンタルと呼んでるよー」
緑頭のテノが割り込んだ。
「動くよろいは硬くて矢も剣も通らないし、ファイヤーエレメンタルは炎をどんどん飛ばしてくるから避けるので精一杯なんだよ。難敵なのよ、難敵」
エルが言うと相変わらず困っているように聞こえない。「というわけで、一緒に戦ってくれると助かるよ。感謝感激」
「いや、僕は戦ったりするのは無理だから」
そうだ。俺はスポーツは大の苦手だ、という気がする。曖昧になっている記憶だが、それは間違いないと思う。おそらく敵を倒すどころか、一瞬でやられてしまうだろう。
「そういわずに、力を貸してよ」
エルが意地悪をされたという顔で俺を見る。俺は今何を言ったことになっているのだろうか。この使い物にならない翻訳機を壊したい気分だが、そうすると基本的なコミュニケーションもとれなくなる。
俺は誤解されないように考えながら言ってみた。
「僕には敵を倒す力はないんだ。だから、元の世界に返してくれ。それでもっと強いのを召喚したらいいだろう?」
「あー、それ、無理」テノが頭をかいた。「私の召喚魔法って、一日一回が限度だから」
「だったら、なんで町の兵士とか強そうな人を狙って召喚しなかったんだ?」
無鉄砲にもほどがあるだろう。
「あの、タカ様」セノが言う。「タカ様は別の世界の方なのですよね。別の世界からこちらの世界に来るものは境界を超える時に何か力を授かると聞いています。私たちはその力にかけたのです。タカ様の力をお示しください。うまくいけばそれで勝てるはずです」
「そんなことを言われても……」
俺が力を授けられたというのか。そんな記憶は全くない。もうなんだか逃げ出したい気分だが、テノの召喚魔法が一日一回ということは戻してもらえるとしても一日先だ。
どうにもならない。
エルが危機と言っていたが、魔物だらけの異世界に放り出された俺こそ絶体絶命の危機じゃないだろうか。それに輪をかけて、裸に布を一枚まとっただけという格好が心もとない。
「なんで僕は裸なんだ?」
「あー、それね。召喚は本人の体だけしか呼べないのー」
テノの言葉になるほどと納得する。まあ、一緒にいろいろ召喚できてしまうと、工業化されてなさそうなこの社会に装甲車や発電機あたりを持ち込んだりして、世界を変にしてしまう人がいるかもしれない。しかし、それにしても裸は困る。
「なあ、服がほしいのだけどなんとかならないだろうか?」
とたんに四人が俺から距離を取った。
「服を脱いでよこせって言ったよね。あたしらを脱がせて何をするつもり?」
「こんな状況でそういうことをおっしゃるのはどうかと」
「そういう目で私たちを見てたんだー?」
「まあ、どうしてもというなら」
銀髪のメアが服を脱ごうとする。それをエルが止める。
「ちょっと、メアちゃん。脱がないで!」
「でも、助けてもらうんだから、それくらいしてあげても」
いや、だから待ってくれ。
「僕は脱げとか言っていない!」
俺は叫んだ。
何かが砕ける音がした。大ムカデが来たのと反対側の壁だ。
いきなり岩に穴が開いた。まぶしい光が差し込んでくる。
「しまった、防壁を突破された」
エルが剣を抜く。
岩の壁だと思っていたのは魔法か何かで作った防壁だったらしい。崩れた岩の間から剣の先が突き出た。
メアが穴に剣を突き立てた。鈍い音がして突き出ていた剣が引っ込む。
「メアさん、穴の前からどいてください。危険です」
セノが小さな木の棒を手にして注意する。棒の先が光っている。魔法だろうか。
「大丈夫」
メアは取り合わずに穴に向かって剣を繰り返し突き込む。突然壁が大きく崩れた。明るい光が一気に洞窟内にあふれ、その真ん中に金属の塊が現れる。鋼の板を継ぎ合せて作ったよろいだ。以前ネットで見たプレートメイルに似ている。それが剣をまっすぐに突き出している。
剣はメアの胸を貫いて、背中から剣の先が出ていた。
「メアちゃん!」
「メア!」
「メアさん!」
少女たちから悲鳴が上がった。メアはうめき声ひとつ上げない。
剣が引き抜かれ、銀色の髪の長身の少女はその場に崩れ落ちた。血があふれて、見る間に岩の上に広がっていく。
あまりのことに俺は言葉もない。
「この野郎!」
動くよろいにエルが剣を打ち込んだ。よろいは軽々と剣を弾き返した。そのままエルに襲いかかる。
「セノちゃん、今のうちに」
「はい」
エルの言葉にセノが応じた。棒の先が激しく光る。
「この場に集いし大地の精霊よ。我を守る壁を築け」
崩れた岩壁が元の通りにふさがった。壁をつくる魔法といったところだろうか。初めて見る魔法にあっけにとられる。
エルが動くよろいと剣で切り結ぶ。テノがよろいの後ろから矢を次々に放つが、全く通用しない。
「タカ様。剣を」
セノが俺に声をかけた。セノの指さす先にはメアの剣が血に濡れて転がっている。恐る恐る拾った。ずっしりと重い。こんなものを女の子が振り回しているのか。
「なんとかして!」
エルの声がする。エルは壁際に押し込まれていた。このままではエルも危ない。
両手で剣の柄を握りなおす。不思議と力が湧いてきた。剣の先まで何かが走るような感覚がした。俺は動くよろいの後ろに駆け寄って、袈裟懸けに剣を振るった。
剣をぶつけたらすぐに逃げるつもりだった。よろいが俺の方をむいて、その間にエルが壁際を脱出することが出来たらいいと思ったのだ。
しかし、予定が狂った。
よろいの右肩に剣が当たった、と思ったら、剣はそのままの勢いでよろいを切り裂いて左腰の部分へ抜けたのだ。まるで大きな豆腐かケーキを切るように手ごたえがなかった。
よろいは動きを止めて倒れこんだ。それきりぴくりともしない。
「タカ様ありがとう。助かった」
ピンク頭が抱き着いてきた。が、こっちは剣を振ったおかげで布が体を滑り落ちて今は素っ裸だ。破廉恥なんてもんじゃない。
「いや、あの、ちょっと離れて」
エルを引きはがして前を隠す。この状態は俺の公徳心というものを大いに傷つける。
それに感謝されても、一体自分が何をしたのかすらわからないのだ。
「今のお力、エンチャントですね」
セノが近づいてきて、落ちた布を拾ってかけてくれた。
「ありがとう」布を羽織ると少し落ち着いた。「で、エンチャントって?」
「武器や道具を魔法の力で強化したり新しい力を付け加える能力です。タカ様が授かったのはエンチャントの能力だったというわけです。本では読んだことはありますが、目にするのは初めてです」
俺は知らずに剣を強化して、よろいを切り裂ける武器に作り替えていたということか。
「みんなー。メアが……」
悲痛なテノの声が後ろでした。振り返るとテノがメアのそばにうずくまって涙を流している。そうだ、敵を倒したことを喜んでいる場合じゃなかった。
「魔法が使えるんだろう。それで治せないのか?」
俺の言葉に三人がうなだれる。
「私たち、回復魔法は使えないんです」
回復魔法というものはあるのか。それならその代りをする薬はないのだろうか。
「じゃあ、薬か何かないのか?」
「もっているけど、こうなってしまってはもう」
「何とかならないのか?」
「村まで戻れば回復魔法の使い手はいますが」
「そこまで持たないよ」
エルが力なく首を横に振る。
「メアー。しっかりしてよー」
テノがメアの手を握って悲しげな声をあげる。
「タカ様、何とかなりませんか?」
「そう言われても」
「とにかくさわってみて」
うながされて、メアのそばに腰を下ろした。メアの額に触れる。冷たかった。体温がほとんど感じられない。
綺麗な銀髪が血に染まっている。整った銀の眉に閉じられた瞼、優美な曲線を描く頬から顎への輪郭、小高い鼻に小さな唇、美しい顔だった。しかし、そのすべてから血の気が失われている。
このまま死なせてはならないと思う。
俺は傷口に触れた。目を閉じて、血の一滴一滴を感じようとした。その血に体に戻って主人の命を救えと願った。
その時俺の体から、何かの力が流れ出てあたり一面に広がるのを感じた。
「見て! 血が」
テノが叫んだ。
目を開けると血がビデオの逆再生を見るかのようにメアの体へと戻ってきていた。メアの顔に血の気が戻る。
傷口に血の塊ができて栓をしたようになった。
「血をエンチャントしたのですね。血が戻ったことで、もしかするとメアは命を取り留めるかもしれません」
「ありがとー、タカ様」
セノの言葉にテノが俺の手を取って礼を言う。
「あとはメアちゃんを連れて無事に村まで戻れるかどうかだね。搬送ね、搬送」
そう言ってエルが俺の顔を見た。
「そのためにはまずは戦わないといけません。タカ様、私たちの武器と服をエンチャントしていただけないでしょうか?」
セノが頼み込んでくる。
「いいけれど、その代り僕の言うことを聞いてもらう」
俺はここで条件を付けることにした。こんな恐ろしい世界になし崩しに長期滞在する気はない。元の世界に返してもらわないとこまる。
しかし、またもや女の子たちが俺から距離を取った。
「ハーレムって言ったよ。俺のハーレムに入れって言った。鬼畜だ、鬼畜野郎だよ」
エルが身を縮めて叫んだ。また、とんでもない誤訳が発生したらしい。
「男性の理想であることは理解しますが、事態に乗じてそれを臆面もなく要求なさるのは如何かと思います」
冷たい目でセノが言い放つ。しかし、ここで意外な反応が返ってきた。
「いーよー。私はなってあげる」
テノである。
「ちょっと、姉さん。わかって言っているんですか」
「みんなでタカ様のお嫁さんになるってことだよねー」
「わかってないじゃないですか。それがどんなに大変なことか考えてください」
「いーじゃない。楽しそうだよ」
「こんなどこの馬の骨とも知れない、裸男に一生を捧げるつもりですか?」
いや、俺は好きでこの場に裸で来たんじゃないけどね。
「あの、ちょっと」
姉妹喧嘩に割り込もうとするが
「タカ様は黙っていてください」
と、はねのけられる。
「いや、僕はハーレムなんて言ってないから。誤訳だから」
俺の釈明にセノがいぶかしげな顔をする。
「でも、似たようなことをおっしゃったのでは?」
「いや、言ってないから」
「そうですか?」
セノはまだ納得がいかないという表情だ。
そこに、また岩の崩れる音がした。防壁に小さな穴が開く。敵だ。
「もう、みんなで嫁にでもなんでもなってあげるから、あたしらを助けて」
エルが叫んだ。
俺は三人の服と剣と弓矢をエンチャントした。ついでに自分の体を覆う敷布もエンチャントする。
敷布をエンチャントすると足の裏に感じていた岩のごつごつとした感触が和らいだ。全身を防護してくれるらしい。靴がないので、それはありがたかった。
防壁が崩れた。強烈な逆光の中、動くよろいが次々に入ってくる。
しかし、強化された武器を得たエルたちは強かった。剣を振るってよろいたちをあっという間に鉄クズにしてしまう。三人は外に打って出た。
外は明るかった。今まで洞窟の中だったので気がつかなかったが、昼間だったのだ。
俺も三人に続いて外に出てみた。
そこは岩場の続く谷間で、空高く太陽が上がっている。が、よく見ると太陽は二つあった。連星らしい。二重太陽というやつだ。その異様な光景に、やはりここは完全に異世界なのだと、改めて思う。
岩場のあちこちに炎をまとった人間のようなものが浮いている。ファイヤーエレメンタルというやつだろう。こちらに炎の塊を飛ばしてくる。しかし、エンチャントした布はそれを一メートル近く手前で弾き返した。魔力による防御が働いているらしい。
テノとセノが弓矢で次々とファイヤーエレメンタルを射落としていく。一方のエルは、岩の間の狭い道を押し寄せてくる動くよろいを、当たるを幸いに斬り倒していた、
決着がつくのに時間はかからなかった。