移動要塞と機械兵士。
魔法使いの足跡を追いながら、ひたすら西を目指していた。
広い森を抜ければ、さらに大きな草原が広がっている。
右前方には大きな湖も見えた。
アルマと二人、のんびりと街道を進む。
と、前方に黒い影のようなものが映った。不審に思い、よく目を凝らしてみるがよく分からない。ただ、とても大きなものであるのは確かだ。
「何だアレ?」
「お城みたいにも見えるわね」
「こんなところにか?」
次第にはっきりと視界に見えてくる。どうやら古い要塞のようだった。
「こんなところにねぇ」
今は使われていないようだ。
壁中を蔦で覆われ、至るところ苔が生い茂っている。
「入ってみましょ。今日の宿にしてもいいし」
確かに野宿するよりは例えちょっと不気味な感じがしても、屋根のあるところの方が心持ち嬉しい。
さっさと中へ入っていくアルマの後を追って、シンもひょこひょこと要塞の荘厳な門をくぐった。
***
教訓。道で不気味な要塞を見つけても、勝手に入るとえらい目に合うので気をつけよう。
***
「ぎぃやあああああああああ」
轟音を轟かせながら転がってくる巨大な岩、尋常じゃない速さで飛び交う槍の大群、刻々と迫り来る天井エトセトラ。
シンとアルマの二人は、とんでもないからくり要塞に玩具のように弄ばれていた。
もうヤダ。俺、泣きそう。
「結構奥まで来たわねぇ」
「んな、のんびりしたこと言ってる場合か! 見ろよ、天井がもう……」
必死に逃げ惑う中、アルマにむんずりと尻尾を捕まれ、細い脇道へと引きずりこまれた。よく見ないと気がつかないような、人一人がようやく通れるとても狭い抜け道だった。
「……セーフ。よく見つけられたな」
ふうと息をついて感心するシンに、アルマはまあね~と軽く微笑み、先を進んだ。
***
「侵入者カ?」
「いいえ、お客さんよ」
「ム。ソウナノカ?」
先ほどの脇道を抜けると広い廊下に行き当たり、いくつもある扉の中から一番大きな扉へと入ってみたのだが。
それが良かったのか悪かったのかはよく分からない。
今、目の前にアルマの胸の高さくらいのロボットがいる。本人曰く、機会兵士らしい。
そして今、自分たちは侵入者なのかと詰問されているところだ。正直な結論からいうと侵入者とも言えなくないが、ただ宿を取りたかっただけの身としては、どうにか勘弁してもらいたい。
もう槍とか巨大岩とかは御免だ。
「ム。イイダロウ。客。認メル」
「いいのか!?」
「ありがとう。助かるわ」
「いや、大丈夫なのか、ここのセキュリティ!」
微笑むアルマの表情を機械兵士がじっと見つめた。
は。も、もしかして見惚れてるとか言わないだろうな。
だからオッケーなのか。
「オ前タチ。ココ。ドウヤッテ入ッタ?」
もしやアルマの魅了の魔力は、無機物にも有効なのかとたじろいでいると、機械兵士が腕を組み首を斜めに傾けて言った。
さすがのアルマの魔力も機械兵士には通じていないようで一安心。けれどこの機械兵士、随分と動きが人間くさい。
「ココ、魔力アルモノシカ入レナイ」
シンとアルマは互いに目を合わせて、軽くため息をついた。
なるほど。たぶん、ここもいつぞやの町と同じく何らかの形で魔力に関わっている者にしか入ることのできない場所なのだろう。
ヤレヤレ。何だか猫になってからやたらと不思議なものやら人やらに会っている気がする。そもそもが今までの生活では、魔法使いなんて御伽噺の世界だったというのに。
「……たぶん俺に呪いという形で魔法がかかってるから、それに反応したんじゃないかと思う」
ため息混じりに言うシンの言葉に、機械兵士はどこかまだ納得していない表情ではあったが、それきりそのことについては触れなかった。
「チョット待ッテイロ」
そう言うと、機械兵士はそのままどこへと消えた。
ガコンッ。ゴゴンッ。
しばらくして、ものすごい轟音共に、地面がぐらぐらと揺れ始めた。
「な、ななななな」
突然の大地震にシンはあたふたとする。
と、そこへ機械兵士が再び戻ってきて言った。
「給水完了シタ。コレカラ移動開始スル」
「き、給水??」
首を傾げるシンに、機械兵士が丁寧に解説し始めた。
「ココ魔法使いガ作ッタ移動要塞。動力源ハ少シノ水ト少シノ魔力。外、湖アル。ダカラ水、少シモラッタ」
機械兵士がシンを見つめながら少し首を傾げた。両の黄色い目が交互にピロピロという音と共に点滅した。
分かったか? と、聞かれているように感じて、思わずコクリと頷いていた。
「あのさ。この要塞が魔力で動いてるんなら、お前も魔力で動いてるわけ?」
「ソウダ」
「じゃさ。その、ここを作ったっていう魔法使いは今、どこにいるんだ?」
宿を取る目的で立ち寄ったつもりだったが、思わぬ収穫と言えなくもない。
もしここに魔法使いがいるのなら、話だけでも聞いてもらえないだろうか。
しかし、シンの思惑は機械兵士の言葉によりあっさりと崩れ去ることになる。
「……イナイ。魔法使いタチ、モウイナイ。世界中ノ魔法使い、イナクナッタ」
そう言う機械兵士の表情が、何だかとても寂しそうに見えるのは気のせいか。
「魔法使いノ仕事、人間、喜バセル。人間、魔法使い始メハ好キ。デモ、魔法使い、何デモ出来ル。ダカラ人間、スグニ魔法使い、追イヤッタ」
移動要塞の振動に合わせて、シンたちも体が揺らぐ。しかし、機械兵士の体は、ただ震えているようにも見えた。
「魔法使いイナイ。モウイナイ」
機械兵士の言葉に合わせて、両の目がピロピロと音を鳴らして交互に点滅した。
***
二人は一晩だけ泊めてもらい、翌朝すぐにそこを立った。
「何か、してあげられることがあれば良かったのだけれど……」
「ああ」
何度も振り返りながら言うアルマに、シンは曖昧にあいづちを打った。
魔力で動く機械兵士。ならばそれは、魔力を持った者、つまり魔法使いでなければどうにもできない話なのだ。自分たちに何かが出来たとは思えない。
しかし。あの機械兵士、いったいいつからああやって一人で要塞を守り続けているのだろうか。そして、いつまでそうしているのだろう。
自分たちに出来る事はない。本当にそう断言できるだろうか。
あの機械兵士は、魔法使いはもういなくなった、と言っていた。
けれど、自分たちは今、その魔法使いを探しているのだ。ここであの要塞を見つけたのは、もしかしたら何か縁があってのことなのではないだろうか。
シンは、一度だけ後ろを振り返り、ぎゅっと唇を引き結んだ。
それから深く長く息を吐き、アルマの肩の上から飛び降りた。
「……俺さー」
「うん?」
突然、飛び降りて前をとぼとぼと歩き出したシンを、アルマはさほど不思議がることもなく話に耳を傾けた。
「こんな呪いにかかる前は……薬師、しててさ」
「へ……えー?」
いきなり何を言い出すのだろうかと、アルマが首を傾げる。
「ある時、不治の病にかかった患者が来てさ。でも、俺は医者じゃないし、あまり詳しい症状とか分かんなくて……」
ふいに立ち止まって、自分の影を静かに見下ろした。
アルマもその後ろで歩みを止め、シンの後姿をじっと見つめる。
「もっと……もっと時間があれば……いや。もっと俺がしっかりしていれば、治してやる方法を見つけられたかもしれないって。俺じゃなくてもせめて医者に診てもらうこととかしてたらって。……ずっと後悔してる」
シンはもう一度後ろを振り返ったが、そこにはもう要塞の姿はなく、はるか彼方へと去ってしまっていた。
僅かな可能性をもう否定したくない。だから。
「だからさ。見つけてやろうぜ。魔法使いを。あいつのためにも」
例えあの機械兵士の言うように、魔法使いなんてもういないのだとしても、きっと見つけてやらなくちゃいけないんだ。
どんな形であっても後悔なんてしないように。
自分のためだけでなく。
そう決意し、再び前を向いて歩き出したシンは、だからこそ気づかなかった。
その時、自分の後ろでアルマがどんな表情を浮かべていたかのかなど。