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花の降る町。



***



 コツリ。


「何だ?」


 シンは、頭にとても小さな何かが当たったのを感じ、空を見上げた。

 いつもより雲が多いとはいえ、西より吹きぬける風が心地よい晴天だった。


「どうかしたの?」


 怪訝そうに真上を見つめているシンに、アルマが尋ねた。


「……いや。別に何でもない」


 雨の降る気配もないし、きっと気のせいだろう。

 シンはアルマに曖昧に微笑んで、次の町へと促した。





***



「かざばな?」

「ああ。今年はいつもより少しばかり早いみたいだがな」


 酒場のカウンター席でアルマは上等の蜂蜜酒を飲みながら、マスターにこの町の情報を聞き出していた。シンは、その隣で話に耳を傾けつつホットチョコを舐める。これが結構美味い。


「今はまだ穏やかに吹いちゃいるが、そのうち強風に変わる。そうするとその風に混じって雪のようなもんが降る。空が晴れているにもかかわらず、だ」


 マスターは、アルマのお代わりを入れながら、さも自慢気に語る。


「雪のようなものっていうことは、雪ではないの?」


 まだ日が沈んだばかりということもあり、客は少ない。アルマの他には、カウンターに一人、奥のテーブルに一人だけ。もう少し時間が経てば増えてくるのだろう。


「ああ。霰だよ。霰石」

「霰石?」

「見たことないかい?」

「ええと、霰なら見たことはあるけれど。それとこれとどう関係があるの?」


 アルマがマスターに情報を求めていたのは、そんな不思議な現象のことじゃない。そもそも二人がこの町に来たのは、ここに例の賢者がいる、という噂を耳にしたからだ。


「まあ、最後まで聞けよ」


 顎の無精髭を摩りながらにやにやと笑うマスターに、アルマは分かった、と小さく相槌を打ってグラスを傾けた。


「霰石ってのはただの霰のことじゃあない。宝石さ。白くて小さいやつだが、これがなかなかに高値で売れる。この町の貴重な収入源って訳だな」


 そりゃ聞いた事のない珍しい現象だな。鉱山があるわけでもないのに宝石が手に入るなんてすごいことじゃないか。


「始めはそんな貴重なもんが降ってきてるとは知らなくてな。けどそれをわざわざ教えてくれて、町の蓄えにしたらどうだ、って言ってくれた人がいたのさ」

「それが私たちの探している賢者さんなの?」

「ああ。俺たちはそう呼んでる。俺たち町の者以外には触れないよう魔術をかけてくれたしな。おかげで宝石泥棒の被害はない。そんで加工しちまえば他の者でも触れるようになるし、売りに出せる、ってわけさ」


 なるほど。それならもし町民の中に、それを持ち出そうとする奴がいても、町の細工師以外にはそれを加工出来ないから意味がない。外と内、両方の防衛が可能って訳か。


「その人、どこにいるの?」

「この先の掘っ立て小屋に住んでるよ。あ。言っとくが俺たちがそんなとこに住めって言ったわけじゃないぞ。あの人が望んで居ついてやがるのさ。俺たちがいくら言っても聞きゃしねぇ」


 そう言って笑うマスターを見ていると、よほどにその賢者とやらが好かれているのが分かる。


「教えて下さってありがとう」


 にこやかに微笑んで腰を上げたアルマに、マスターはひらひらと手を振った。


「美人さんならいつでも歓迎するよ」


 アルマはもう一度礼を言ってから戸口へと向かった。シンも最後の一滴を舐め終えてからそれを追う。

 カウンターの隅で、その様子をじっと見つめている人影があった事に、俺はまだ気づいていなかった。




***



「はは。そうですか。わざわざ私を訪ねて来られたというわけですね?」


 賢者は以外にもまだ年若い人だった。

 肩まである黒髪を後ろに縛り、にこにこと人好きのする笑顔を浮かべている。

 ただでさえ細い目だというのに、それがいっそう細く糸のよう細められた。


「ええ。実は、ここにいる子猫のシンちゃんが」

「子猫じゃない」


 一応訂正を入れておく。

 俺は立派かどうかは分からんが、きちんとした成人男子だ。

 子猫扱いされてたまるかよ。

 ふいに視線を感じて見上げると、賢者が目を見開いてこちらを見ていた。


「ね、猫がしゃべった!?」


 賢者のあまりの驚きようにアルマもシンも悪いとは思いつつも、ついつい忍び笑いを漏らしていた。


「ええ。実は、シンちゃんはもともとは人間だったんです。だけど、ある魔術師に猫になる呪いをかけられてしまって……。あなたならこの呪いを解く方法を何かご存知なのではと思い、こちらにお伺いしました」


 ここまで来るのに随分と長い道のりだった。

 ようやくこれでこの猫の姿ともお別れだ。

 奇妙なことに、そう思うと何だかこの姿が名残惜しくなるのだから不思議だ。

 ところが、当の賢者は二人の予想とは全く違う反応を示した。


「ははは。愉快な方ですね。人が猫になるなんてあるわけないじゃないですか。腹話術か何かですか? とてもお上手です」


 まるきり今の話を信じていない様子の賢者の態度に、多少の驚きを隠せず二人はしばし見詰め合って互いに首を傾げた。


「あ。あの。そうじゃなくてシンちゃんは本当に……」


 自分の言い方が悪かったのかもしれないと思い直し、アルマが再び説明しなおそうと口を開いた時、戸口をノックする音が聞こえた。


「おや。今日はお客さんが多いようだ。ちょっと失礼します。どうぞそのままお寛ぎ下さい」


 そう言って、賢者は外へと出て行ってしまった。


「ええと……?」


 二人の間に気まずい沈黙が流れた。

 人に賢者と呼ばれており、魔法も使える。

 狭間の塔の大賢者本人ではなかったとしても、きっとこの呪いについて何か分かる事があるんじゃなかろうか。そう思って尋ねてきたはずなのに。

 どういうことだろう? 呪い関係は専門外なのか? それにしたって、知識ぐらいはあってもいいようなものだが、先程の様子では全く知らないように見て取れた。

 ううむ。いったい……?



 ガタン。



 突然、外から大きな物音が聞こえてきた。

 賢者に何かあったのだろうか。二人は慌てて戸口に駆け寄った。


「ふざけるな! あれだけ慎重にしろって言っといただろうが!?」

「まあそうカリカリすんなよ。いつもよりちょっとばかし早かろうが、どうせ誰も気づきゃしねぇよ」

「そういう問題じゃねぇ! お前ら、俺の許可なく勝手に採掘しやがったな!?」

「けっ。親分気取りかよ。これだからお前は昔からいけ好かねぇ」


 小屋から少し離れた小さな蔵の前で、賢者と何やらあまり柄の良くなさそうな男が言い争いをしていた。


「……何の話かしら?」

「さあ?」


 何やら揉めているようだが、どうしたのだろう?

 

「はっ。俺がいなけりゃお前らどうなってたと思う? すぐに役人にばれて獄行きだ! 違うか!?」

「ひゃはっ。いい気なもんだな賢者さんよ。そもそもがこの計画を持ちかけたのはあんただぜ? 『この町の近くに良い炭鉱がある。金が欲しけりゃ俺に協力しろ。何、心配しなくても町の者には俺がうまく言っといてやるからよ』ってな」

「しっ。馬鹿野郎! 声がでけぇ! 誰かに聞かれたらどうするんだ!?」

「誰も聞きゃしねぇし、まして信じやしねぇよ。町に恵みをもたらした賢者様が実は悪党の親玉で、皆を騙して町民よりはるかに多くの銭を溜め込んでる、なんて話をよ」


「……何だか凄いこと聞いちゃったみたいね」

「……なるほどな」

「!」


 いつの間にか、二人の横に体躯の良さそうな男が立っていた。

 腰には大剣を佩いている。

 おまけにどこかで見たことのある立派な紋章が刻まれていた。

 全く気配に気がつかなかったところを見ると、なかなかに強いのだろうが……


「あ、あなた。さっき酒場にいた人ね?」

「ああ。そうだ。よく分かったな」


 男がにやりと笑んだ。


「はは。まあそう睨むな。怪しい奴じゃない。と言っても信用はないだろうが、こう見えても一応役人さ」

「え?」


 驚いて顔を見合わせた二人に、男は軽くウィンクを飛ばした。





***



「何だか忙しい一日だったわね」

「ああ」


 翌朝、二人は急に慌しくなった町の中から、追い出されるようにして宿を発った。

 実はあの賢者。

 町の近くにある鉱山を町民に隠して違法に採掘していたらしい。

 そして時々、採掘した玉の破片が風に吹かれて町まで飛んでいることに気がついたとか。

 違法な採掘で十分儲けてはいた。

 が、更に小金を溜め込む方法を思いつき、自ら町に赴いて、町民に自分が賢者であると思わせたらしい。


「それにしても魔法使いでさえないなんてあんまりだわ」

「つくづくついてないよな」


 二人は同時に深々とため息をついた。

 

 何のことはない。

 もし勝手に霰石を町から持ち出す者がいたとしても、自分がつながりを持つ闇組織を使って、それは屑石だと吹聴させていたというのだ。

 せっかく持ち出した宝石が屑石だと言われれば、賢者のかけた、町民以外には持ち出せない、という魔術が本物だったと思ってしまう。

 賢者と、それに細工師がグルになっていたらしい。


 なかなかに良く考えられた計画ではあった。

 が、いつもより早い風花が、役人と言っていた男に目をつけられることとなった。

 あの男、もともとこの件について調べるために中央から派遣されていたらしい。


「結局またはずれか」

「そう言わない。ちゃんと次の情報をもらったでしょ」


 アルマは、役人にもらったという綺麗な白色の石を太陽に透かしながら言った。

 どうやら例の霰石らしい。


「ああ」


 何だか嬉しそうな様子のアルマに、シンは顔をしかめる。

 そう。

 例の役人に、賢者を探していると告げると、目撃情報をひとつくれたのだ。

 その点に関しちゃ礼を言うべきなのだろうが。


「それにしてもあのお役人さん、手の怪我、大丈夫なのかしら?」


 アルマに意味深な視線を投げつつ見送ってくれた役人の手には、猫に噛まれたような傷跡がくっきりとついていた。

 賢者の小屋にいた時にはなかったはずだが、さていつの間に怪我をしたのやら。


「フン」


 シンは面白くなさそうに鼻を鳴らして、次の町へ向けて真っ直ぐに駆け出した。


「あ。待ってよ、シンちゃん」 


 慌ててアルマが後を追う。


 雲ひとつない澄んだ青空のある日のことだった。





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