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舞姫と歌うオートマタ。





「ねぇ、何か聞こえてこない?」

「そうかぁ?」


 現在、狭間の塔の魔術師の手がかりを追って、カーライルから真っ直ぐに西を目指している真っ最中。ここはその途中にある森の中である。


「俺には何も聞こえな」


 あすなろの木の生い茂る森の奥。

 よく耳を澄ましてみると、微かに声のようなものが聞こえてきた。

 猫になってからよく聞こえるようになった耳をピクピク動かして、もう一度よく聞いてみる。

 やはり、聞こえる。これは……歌、かな。


「行ってみましょ」


 アルマがどこか楽しげにそう言った。

 もしかしたら、アルマはこういう不思議なこととかが好きなのかもしれない。 じゃなきゃ、こんなに怪しいものをそんなに楽しそうに進んで見に行ったりしないだろう。

 何より呪いをかけられたなんぞという俺の怪しすぎる話を信じてくれたりもしなかったと思うのだ。

 多少の不安を胸に抱きつつ、その奇妙な歌声のする森の奥へと足を向けた。





***



「? 変ね。この辺りから聴こえてきたと思ったのだけれど……」 

「やっぱり気のせいだったんじゃないのか?」

「そんなはずないわ。だって、シンちゃんにも聴こえたでしょ?」


 うん。確かに聴こえたのは間違いない。

 だとすると、その歌声の持ち主はどこにいるのだろうか。



「……あなたたちはだあれ?」



 ふいにどこからともなくまだ幼い少女の声が聞こえてきた。

 何とも可愛らしい胸をくすぐるような声だ。

 驚いて辺りを見回すが、どこにも見当たらない。

 はて?


「こっち。ここよ、私は」


 少女にしてはとても落ち着いた声音で、自分の居場所を訴える。

 ふと、目の前に佇む木の根元を見ると、マリンブルーのドレスを着た金髪巻き毛の人形がちょこん、と座っていた。

 

 もったいない。

 こんな高そうな人形を誰がこんなところに捨てたのだろう。


 おそらく長いことずっと放置されたままだったのだろう。

 人形のドレスは、よく見ると風雨に晒され、色が褪せ、ところどころが破けていた。


 可哀想になぁ。


「はじめまして。私は黒ダイヤの町の舞姫よ。あなたたちは?」

「に、ににに人形がしゃべったあああ!?」

「まあ! 素敵!」


 口をカタカタ言わせながら人語を発する人形に声を裏返らせて驚くシンの傍ら、アルマは瞳を輝かせて楽しげな声を上げた。

 なんとなくアルマの女の子らしい一面を発見した気がして、ちょっと意外だったというか何というか、妙な気持ちになった。


「私はアルマよ。こっちはペットのシンちゃん」

「ペットじゃねえ!!」


 猛然と抗議するシンの言葉は、案の定無視される。


「そうなんだぁ。いいな、私も可愛いペットが欲しい。」

「だからペットじゃn」

「あなた、こんなところで何してるの? というか、どうして」

「人形がしゃべっているのか、かしら?」

「……ええ」


 人形なだけあって、舞姫とやらの表情は動かない。

  しかし、色とりどりの変化を見せるその声が、舞姫の感情を表現する。

今は、苦笑……しているように感じる。

 少しだけ哀しげな表情に見えたのは、気のせいか。


「私ね。この近くにある黒ダイヤの町で踊り子をしてたの。とっても陽気で明るい良い町よ」


 石炭のことを黒ダイヤということがある。

 この辺りは炭鉱があることで有名だったし、その採掘をするために栄えた町がいくつかある。舞姫の言う町もおそらくそのどれかのことだろう。


「採掘は普通なら町の男連中の仕事なんだけれど、戦争があって、男は子供と老人以外、みんな借り出されていったの。それでね、仕方なく採掘が町の女の仕事になったのよ。私も採掘することになったわ」


 む。そういえば、カーライルも戦火で滅んだとかなんとか言ってたな。

 この国はそれなりに広い。故にいつどこでどんなことが起きているのか把握するのはなかなかに難しい。舞姫の町がどんな戦争に巻き込まれたのかは分からないが、なんにしろ町から男手がなくなるのはとても不便だろう。


「はじめは良かったの。力仕事だからすごくきついけど、戦争に借り出された男連中のことを思えば、弱音なんて吐いていられないもの。だけど……」


 舞姫の表情に翳りが射した……ような気がする。


「そのうち、戦禍が採掘場の近くまで及んできて、気がついたら炭鉱に火が放たれていたの。火はあっという間に広がったわ。……それからよ、町中がおかしくなったのは」


 朝露の雫がシンの頭にポタリと落ちた。

 ぶるりと身震いをして、再び舞姫に視線を戻す。

 その表情に射した翳りはまだ消えない。


「……おかしくなったって、どうなったの?」


 舞姫の斜め前辺りに丁度よい高さの岩があった。

 アルマはそこに腰掛けつつ、舞姫に尋ねた。


「うん。それがね、採掘に携わった女たちがどんどん肺を患い始めたの。町の長老は、悪戯に炭鉱を切り出し過ぎちゃったから罰が当たったんだって言ってた。でも私は違うと思う。……きっと火と一緒に毒も撒かれたのよ」


 違う。

 原因はおそらく炭鉱を燃やしたからだ。

 それで炭鉱に混ざった不純物も一緒に燃えて、有毒ガスが発生したんだ。

 肺を患ったというのもたぶんそれが原因だろう。



「……それで、町はどうなったの?」

「どうすることも出来なかった。町を出て行く人達もたくさんいたわ。けれど、肺を患った人はしばらくして苦痛に喘ぎながら死んでいった。……私もその一人なの」


 何と言えばいいのか分からずシンもアルマも黙り込む。

 と、人形の表情がふっと緩んだ気がした。


「私ね。恋人がいたの。とっても優しくて素敵な人。でも戦争に借り出されて……」


 何だか夢の中にいるようだ。

 ちゃんと現実世界にいるのだろうか。

 人形がしゃべっていることにしても、その人形が自らを死者と言っているこにしても、あまりにも現実とかけ離れすぎていて、うまく理解出来ていない気がする。


「最後にどうしても会いたかったの。……気がついたらこの森にいて、そうして目の前にこの人形が捨てられてたの。歌を歌いながら」


 オートマタ。

 機械人形か。


「あの人の好きな曲だったわ。私、あの人によく歌ってあげてたの覚えてる。……私の意識はそこで途絶えちゃった。そうして次に目を開けたらこの人形の中にいたの」

「………」

 

 死んだ人間の魂が人形の中に移ったというのか?馬鹿な。


「頭のおかしい子、って思ってるんでしょ」

「い、いや。その」


 シンは思わず口ごもる。

 人形が再び可憐な声で歌を歌い始めた。

 先程聞こえてきた歌よりももっとか細く哀しい響きがこもっているような気がした。


「……この声、私の声じゃないのだけれど、すごく綺麗な声だと思わない?」


 歌い終えた後、再び舞姫が話し始めた。


「こんな体だから、私、もう踊ることは出来ないじゃない? だからね、あの人が帰ってきても私のことが分かるように、ずっとここでこの歌を歌っていようと思ったの」


 そう言って舞姫は、楽しそうな声で笑った。


 戦争とはいつのことだろう。

 この舞姫、いつからここで歌っているのだろう。

 確かカーライルが戦火で焼け果てたのは、もう五年も前だと言っていなかっただろうか。

 シンは、居た堪れない気持ちになって、ぐっと体を縮めて丸まった。

 もしかしたら叶わないかもしれないほんの僅かな希望に縋る舞姫。

 どうしても自分とその姿を重ねてしまうのだ。

 どうしよう……泣きそうだ。


 と、ふわりと体を抱き上げられる。

 優しく背を撫でてくれるアルマの手がとても心地良かった。


「あなたたち、もしかして魔法使いを探しているの?」


 舞姫の唐突な言葉に、シンもアルマもはっと息を飲んだ。


「だって、普通猫はしゃべらないじゃない。何かの呪いとかなんでしょ、それ」


 あ。そう言えば、自分もしゃべる人形にひけをとらない、しゃべる猫だった。

 自分も逆に舞姫から不思議がられていたのかと思うとちょっと可笑しかった。


「通ったわよ、ここを。もう随分と前のことだけれど」


 シンの尻尾がピクリと動く。それからアルマと互いに顔を見合わせて微笑んだ。


「確か西の方角に向かってたと思うわ」


 どうやらこの方向で間違っていないらしい。

 シンもアルマも舞姫に丁寧に礼を述べた。


 すごく嬉しかった。

 人のことどころではないだろうに。

 何も聞かずに知りたいと思っていることを教えてくれる。

 自分はとても幸せなんじゃないかとも思えてきた。

 カーライルの森に住んでいた男にしてもそうだが、世の中にはこうも親切な人がたくさんいるのだと実感する。今まで散々な目に合ってきたのが嘘のようだ。


「頑張ってね」


 心なしか人形の顔が微笑んでいるように見える。

 二人はもう一度、舞姫に礼を述べてからその場を去って行った。


 ――魔術師の後を追い、真っ直ぐ西へ。





***



 シンたちが去った後。

 舞姫は再び歌を歌い始めた。

 そうして歌い終えると、静かに涙を流した。

 いや、よく見るとそれは涙ではなく、朝露の雫が人形の頬を流れたようだった。


「頑張ってね」


 ――私の分まで。


 人形の体がコトリ、と小さな音を立てて傾いだ。


 それきり、人形が再び歌を歌うことはもう二度となかった。




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