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魔法使いの住む森。





 周り一面を山々に囲まれた、自然あふれる町。

 それがこのカーライルという、小さな町の第一印象だった。

 その隠れるように佇んでいる様は、とても閉鎖的な印象を受ける。

 が、それに反して町は観光地のように賑わっていた。





***



 アルマの肩の上であくびを噛み潰しながら伸びをしていると、ふと、木の上に寝そべった大きなチシャ猫と目が合った。


「……夢と幻想の町、カーライルへようこそ」

「ぎゃ~! 猫がしゃべったあああ!!」

「落ち着いて、シンちゃん。あなたも(ひと)のこと言えないでしょ」


 は。そうか。

 と、一瞬納得しかけてやっぱり小首を傾げる。


「や。でもさ。普通、猫はしゃべらないもんじゃないのか?」


 普通どころか一応、世界中どこを探してもしゃべる猫はいない。

 疑問に思うのは当然なのだが、いかんせん自分という例外がいる。

 常識を忘れて久しいぞ。


 が、問題のチシャ猫はそんなシンを嘲笑うように大きな口をニヤリと歪めてそれきり目を閉じて眠りについてしまった。

 ものすご~く嫌な予感に全身の毛を逆立てつつ、アルマの肩の上で子猫らしくプルプルとカヨワク震えてみる。

 が、すぐに鬱陶しがられて人差し指で跳ね飛ばされてしまった。

 クルリと反転して見事な着地を決めた後、冷静に町の様子を伺いつつ最寄の宿屋へと歩を進めた。


 な~んか、変なトコに来たクサイ?





***



 歌う蝶々に小さな手足の生えた魚、ひとりでに皮を剥きながら踊る林檎に、はては一流の殺し屋並に眼つきの鋭い小型ナイフを持つ兎までいた。


「こ、この町……やばくないデスか」


 おそるおそる、隣で“名物☆世にも奇妙なお酒”を美味しそうに飲むアルマに問いただした。


 この町、可笑しいのは動植物だけじゃない。

 人間にしたってどこかおかしいのだ。

 やたらに手足の長い人や口から鳩を出す人、右目から毒々しい紫色のマイナスイオンを出す人までいた。

 何がどうなっているのかさっぱり分からない。

 手品師の大勢いる町なのかとも思ったが、手品では説明のつかないことだらけなのだ。

 町全体が不思議に満ち溢れていた。


「姉さん、美人だね。これも食べてみな、俺様のおススメだからよ」

「ええ、頂くわ。ありがとう」


 宿屋の主人が鼻の下を伸ばしながら次々とアルマに料理を出してくる。

 それも全てサービスで。

 いや、そんなことはもう慣れた。

 それに、今、目の前で起こっていることに比べればたいしたことじゃない。

 そう。何故なら今、目の前では宿屋のオヤジがフライパンを片手に、食材も火も何にもないところで、ただフライパンを揺するだけでどんどん美味しそうな食事を作り出しているのだ。

 これは最早、手品とはいえまい。

 奇術と呼ぶのも何かが違う。

 そして、出されたそれらを何の躊躇いもなく食べているアルマはもっと意味が分からない。


「……お前さ。少しはヤバイかなー、とか思わないのか?」

 

 こんな町だから大丈夫かもしれないが、一応周りに聞こえないくらいの小声で話しかける。


「やぁね。シンちゃんは食わず嫌いなだけよ。どれも全部おいしいもの。それに、お腹が減っちゃうと戦が出来ない、ってよく言うでしょ?」


 え。何と闘う気ですか。


 ニコニコと天使の微笑で宿屋中の男を釘付けにしている自称世界遺産級の美女に、心の中で冷静なツッコミを入れておく。

 あまりにも美味しそうに食事を平らげていくアルマにつられて、シンも目の前に注がれたパンプキンスープをおそるおそる舐めてみた。


 うをっ。これは結構いける!


 先ほどまでの猜疑心はどこへやら。

 チロチロと美味しそうにスープを舐めるシンを横目に、アルマは宿の主人に事の真相と例の魔法使いとやらについて尋ねてみることにした。





***


 森の中にひっそりと佇む、小屋にしては少し大きめのそれ。

 現在、アルマとシンはその家と呼んでもいいような小屋に侵入していた。

 最近、侵入とか盗みとか、やることがそんな犯罪まがいになってきた気がして、ちょっと複雑だ。


 ガタリ。


「きゃー!」

「ちょっとシンちゃん。たかが本が落ちたくらいで悲鳴あげないで」


 シンは両手で目を覆い、アルマの肩の上でプルプルと可愛らしく震えていた。

 振り落とされないよう尻尾をしっかりとアルマの腕に巻きつけて。


「聞いてるの?」


 笑顔で怒るアルマに無理矢理肩の上から引き剥がされる。

 じたばたと手足を動かして抵抗してみるが、全て無駄に終わる。


「あっ、あっ。にゃふぇろ~」


 シンは、口の両端をむにむに引っ張られて、情けない声を上げた。


「……楽しそうですね」


 突然かけられた見知らぬ声に、シンもアルマもはっと驚いて前を向いた。

 奥の部屋へと続く扉の前、淡い金の長い髪をうしろでゆったりと束ねた、穏やかな笑みを湛えた学者風の人物が立っていた。


「失礼ですが、どなたでしょうか?」


 彼が例の魔法使いか?

 あまりにも生活観のない部屋で、人の気配を感じなかった。

 少々驚いたが、この人物が件の魔法使いと思っていいのだろうか。


「あなたがこの町の住人に魔法をかけた魔法使いさんね?」


 やんわり尋ねるアルマに、魔法使いは不思議そうに瞳を眇めて小首を傾げた。


「……住人? ああ、なるほど。あなた方は、あれが見えたのですね」


 うん?

 あれが見えたのですね?

 言葉の端に妙な引っ掛かりを覚える。


 アルマに口を引っ張られたままの態勢で顎に手を当てて思案していると、不思議そうな顔をしている魔法使いと目が合った。


 しまった。

 すっかり猫らしくするのを忘れていた。


「もしかして、あなたは一度お亡くなりになった方ですか?」


「はぁっ!?」


 慌てて口を塞いだが時すでに遅し。

 つーか、何の話だ。

 一度も何もそう何度も死んではたまらない。

 というか、ここは”もしかしてあなたは、本当は猫ではないのですか”とか、“どうして猫がしゃべっているんですか”って聞くところだろう。

 お亡くなりになった方って、どういう意味だ?


「シンちゃんはご覧の通りプリプリ可愛く生きてるし、何より普通、人は一度しか死なないと思うのだけれど?」

「プリプリって何だ。可愛くとは仮にも健全な成人男子に向かって失礼だろ」

「そうですよね、すみません。可笑しなことをお伺いしてしまって。もしそうなら、たとえ猫としてでも生き返って欲しいと思ったもので……」

「俺を無視して話を勝手に進めるなっ! そして、たとえ猫とか言うなっ!」


 現在ここにいる三人の中で最も常識ある人として、プリプリとツッコミを入れる。が、二人は全く気にもとめていない様子で先を進める。


「カーライルという町をご存知ですか?」

「? ご存知も何も、たった今そのカーライルという町から来たところなのだけれど?」


 話の意図が掴めず困惑するアルマだが、魔法使いは切なげな微笑を湛えて頭を振った。


「カーライルという町は存在しません。五年前に戦火で滅びました。あるのはかつてカーライルという名の町だった廃墟だけです」

「え? でも、さっき私たちは……」

「夢と幻想の町、でしょう?」

「!」


 一瞬、頭の中を大柄のチシャ猫の姿がよぎった。

 “夢”と“幻想”の町。

 確かにあのチシャ猫はそう言っていた。


「あの町は三年ほど前に私が作り出した幻なんです。……自分の故郷が朽ちて行く姿を認めることが出来ず、愚かな拘りと後悔により作り上げた幻想の町、それがあの奇怪な町の正体です」


 ゆるりと流れて行く静寂の中、窓がカタカタと風に揺れて音を立てる。

 魔法使いは微笑とも苦笑ともつかぬ表情で、窓から見える三日月を見上げた。

 今日の月はやけに紅い。


「本当に、突然のことでした」


 そう言って魔法使いは瞳を伏せ、思い耽る。

 その拍子にはらりと垂れた髪を一房、煩わし気にかき上げてから、上着の胸元を握り締めた。


「あの日、私は所用で隣町へ行っていました」


 握りしめた手が微かに震えている。

 静かに、ただ静かに語られる言葉にひたすら耳を傾けた。


「そうして、所用を終えて帰ってきたら、すでに町は火の海の中だったんです。なすすべもなく、ただ、ただ途方に暮れました。何をすることもなく、何が出来るわけもなく、誰に助けを求めればいいのかも分からずに。己の無力さと数えきれない喪失の渦に、ただじっと、焼け落ちていく町を見つめていました」


 この国は広い。

 中央であればいいが、こんな辺境の町は日々、戦禍と盗賊の影に日々、怯えて暮らさねばならない。

 カーライルというあの町も例外ではなかったのだろう。


 ある日、唐突に、自分の町が業火に包まれていた。

 この男はそれをいったい、どんな気持ちで見つめていたのだろう。

 どうしようもない無力感。

 この男の気持ちは分からないでもない。

 俺だってある日突然家が無くなっていたら、絶望する。

 しかもこの男の場合、家族も友人も何かもが一辺に無くなってしまったのだから。

 それに、もう一つ。

 さっき、生き返って欲しい人がいる、と言っていた。

 もしかしたら、恋人がいたのかもしれない。


「すみません。感傷に耽ってしまいました。私に、何か用があったのでは?」


 気を取り直したのか、魔法使いがそう尋ねてきた。


 あ。忘れてた。

 ついつい男の話に夢中になっていて、本題をすっかり忘れていた。


 アルマと目を合わせ、躊躇いつつも、その為にここに来たのだと気持ちを奮い立たせて問うことにした。


「貴方は魔法使いなんですよね? でしたら、シンちゃんの呪い、解いてあげられないかしら」


 そう問えば、魔法使いは不思議そうに数度瞬き、悲しげに眉を顰めた。


「すみません。実を言うと、私が魔法使いというわけではないんです。あの町は、とある高名な魔法使い殿に頼んで、あの町を懐かしむ者には以前と変わらぬ姿が見えるように魔法をかけて頂いたんです。その際、その、少々副作用のようなもので町の住人に奇怪な特技が身についてしまったのですけれどね」


 奇怪な特技。

 と言えるくらいのレベルだったかな。


「魔力を持つ者と呪いをかけられている者、つまり何らかの形で魔法に関わっている者には、同じように町の幻が見えてしまうようですね」


 ああ、なるほど。

 そう言われて、一人ごちる。


 それで俺たちには廃墟ではなく、かつての町が見えたというわけか。

 奇怪な町の謎の真相に納得するのも束の間、ちょっとした疑問が浮かぶ。

 すなわち高名な魔法使い殿とやらはいったい何者で今何処にいるのか、ということだ。


「その魔法使い、今何処にいるのか教えて頂けないかしら?」

「教えて差し上げたいのは山々なのですが、旅の途中のようでしたからね。……ああそういえば、西に行く、とおっしゃっていたような」


「西」


 シンとアルマは互いに目を合わせて頷いた。

 その魔法使いと狭間の塔の魔法使いが同じかどうかは分からない。

 が、少なくともそれにつながる道は開けたはずだ。

 たとえそれが、漠然とした、とても僅かな手がかりであったとしても。





***



 今夜はもう遅い。

 二人は、一晩だけ男の小屋に泊めてもらい、翌朝、朝日が昇りきるのを待ってから、男に礼を述べ、大陸の西へと向けて旅立った。





一話完結型にすると、どうも話の展開が早くなりますね(゜レ゜)


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