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20/21

番外編1/月に叢雲、花に風。

アーシャが存命時点のそれぞれの視点による語りです。



□■溢水■■■



 アルマが仕事に出かけてから数日が経ってしまった。

 何をするわけでもなく何がしたいわけでもなく、ただ無為に日々を過ごしていた。

 椅子に腰掛け、テーブルの上に顔を横向きにして突っ伏した体勢のまま、昇り行く日の光に目を眇める。

 今日も一日、無事に生きている。

 朱色に輝く朝の光にほっと一息ついてから、顔を上げて大きく伸びをする。

 長時間同じ体勢でいたためか、体の節々が軋んで少々痛かった。


「あ。あとがついてる……」


 突っ伏していたために赤く痕がついてしまった右頬を擦りながら、アーシャは小さく欠伸を漏らした。

 アルマはいつ帰ってくるだろうか。

 微笑みながら出かけていった姉の姿を思い出し、か細く長いため息を吐いた。

 どうしてだろう。

 アルマはもっと自分のことのために生きていいと思うのに。

 いつもいつも私のことを優先してくれているのはとても嬉しいことではあるのだけれど、同時にとても申し訳なくて時々訳も分からず涙が出そうになることがある。

 いいんだよ、アルマ。

 もっとちゃんと自分のことのために生きていいんだよ。

 私はその気持ちだけで嬉しいんだもの。

 ああだけど。アルマのことだから、きっとこんなことを言ってみても、何言ってるの、私が好きでやってることだからいいのよ、なぁんて言って変わらず仕事仕事な日々を送るんだろうね。

 アルマ。私は本当に幸せ者だと思うの。

 だって、病を患っていても日々を楽しいと思えるし、何より愛する人たちがいて愛されてもいるのだから。

 私、本当に幸せで贅沢者だなって思うよ。

 だから、もう少し、もうほんのちょっぴりでいいから、もっと自分のことを構ってあげて。

 私のことはその次でいいのよ。

 でなきゃアルマ自身が可哀想だもの。

 大好きだよ、アルマ。

 早く帰ってきてね。待ってるから。

 カタカタ、と外の風に小窓が音を立てて揺れた。

 曇り始めた空をぼんやりと眺めながら、ぶるりと肌寒さに身を震わせる。

 次第に薄暗くなっていく空を見つめるうち、自然と足が動いていた。

 そうだわ。シンのところに行こう。

 こんな日はきっと、一人でいない方が良いのだから。

 アルマ。私はね、本当はこうやって一人で待っている時間がとても怖いの。

 明日、アルマが帰ってこなかったらどうしよう、もう二度と会えなくなってしまったらどうしよう、ってそんなことばかりを考えてしまうから。

 ああ駄目だわ。考えては駄目。

 私が暗い顔をしているとアルマまで悲しい顔を浮かべるから。

 だから私は微笑んでいなきゃいけないの。

 アルマ、私はどうしたら、どうすれば貴女に恩返し出来るの?

 いつもいつもいっぱい、いっぱいの幸せをくれる貴女に、私は何をしてあげられる?

 私の大切な大切なたったひとりのお姉ちゃん。

 大好きだよ。

 だから、もっと自由に生きて。





■□埋み火■□■



 雨の音を聞きながら、薬の調合に熱を入れる。

 こうやって野山に出向いては薬草を集め調合するというこの生活をとても気に入っていた。

 自分の知らない薬草はまだまだたくさんあり、一見薬草とは思えないものでも調合の仕方如何によっては妙薬となる。

 面白いと思うし、何よりもこの薬の匂いが好きだった。

 けれど、いつからだろうか。

 始めはただ自分の勉強のため生活のためだけに薬師となったはずだった。

 しかし、いつの間にか今では一人の(ひと)のためだけに薬を作っている。

 妙な話だ。

 けれど、それを不快だとは思わない。

 むしろ、以前よりもはるかに熱中して打ち込んで調合しているくらいだ。

 しかし、こうして薬草の葉を磨り潰しながらも考えずにはいられない。

 俺はなんて役立たずなのだろうか、と。

 どんなに薬を作ってみても、どんなに大勢の薬師や医者に尋ねてみても、いっこうにアーシャの病を治す薬は作れなかった。

 不甲斐無い。

 心のそこから、自分の愚かさと情けなさを呪いたくなる。

 アーシャ。お前はいつも笑って俺を許してくれる。

 だが、俺はお前のその笑顔を守りたいんだ。

 これはおそらく、俺の努力が足りないせいだ。

 可能性がゼロだなんて決して思いたくない。

だから、どんなことでもする。

 必ずお前の病を治して見せるよ。

 愛している。失いたくない。

 だから、もっともっと待っていてくれ。

 見つけるから。必ずお前の病を治して見せるから。

 この願いを(うつつ)のものに。

 愛しているよ、アーシャ。

 お前の笑顔だけが俺を癒し、世界に色彩をもたらす。

 アーシャ、俺の大切な大切な(ひと)

 待っていてくれ。きっと助けてみせるから。




■■風紋□■□


 混戦状態と化した戦場で、迫り来る強靭をかわしつつ、自らの刃を一閃して血飛沫をあげる。

 崩れ行く敵兵の断末魔を聞きながら、恐怖に竦みそうになる自らの心を叱咤し、奮い立たせた。

 死が恐ろしいわけじゃない。

 その光景にたった一人の妹の姿が重なって見えてしまうことが恐ろしいのだ。

 早く、早くと、鼓動が早鐘のようにドクドクと脈を打つ。

 こんな光景は一秒でも長くは見ていたくない。

 震えそうになる手に、握り締めている剣の柄を千切った布で縛って固定する。

 アーシャ、待っていてちょうだい。

 今すぐにでも帰るから。

 お前を長く一人にさせておくつもりはないのよ。

 切りかかられる前に一閃した剣戟に、敵兵がゴボリと口から大量の血を流して倒れた。

 見たくない。

 竦んでしまいそうになる足を無理やり動かして、前へ前へと進む。

 誰か助けて。

 私はどうすれば良いの?

 どうすればアーシャを、たった一人きりの大切な大切な妹を救えるの?

 私がもっとしてあげられることはないの?

 ああ、アーシャ。

 大切なのよ。貴女がいることが、私にとっては何よりも大切なの。

 だからどうか、私の帰りを待っていて。

 必ず帰るから。

 だからどうかそれまで貴女のその、花のような笑顔を絶やさないで。

 アーシャ、私の大切な大切な妹。

 愛しているわ。

 だから、私を置きざりになどしないでちょうだい。

 大切なのよ。

 この思いのたけが、願いが、どうか現実のものとなりますように。

 必ず、必ず守ってみせるわ。

 アーシャ、だからこそ待っていてちょうだいね。

 すぐに帰るから。貴女の笑顔を守るから。







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