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散る散る満ちる。



――なあ、アーシャ。


  お前がかけたこの呪い。

  本当は、祝福の魔法だったんじゃないか?

  なぁんて言ったら、怒るかな。

  



***



 やんわりと降り注ぐ穏やかな陽光に目を眇め、アルマは軽快な足取りで歩を進めた。

 鬱蒼と生い茂る木々が、風の音色に合わせてサワサワと揺れる。

 その後ろをどこか疲れたようにとぼとぼと進む、黒い影があった。


「だーかーらーっ! さっきから言ってんだろ!? お前、人の話聞けよ!!」


 青筋を立てて怒鳴るシンの様子に、アルマは一層楽し気に目元を緩めた。

 こんな会話を以前もどこかでしたような気がする。


「おい、聞いてるのか?」


 舌打ちの一つも零しそうなくらいに苛立った声に、アルマは聞いてるわ、と笑い声を忍ばせて応えた。


「何でこんなことに……」


 シンは、額が地面につきそうなほどに項垂れ、深々とため息を漏らした。


「いいんじゃない? 可愛いもの」


 今度は隠さずに笑い声を上げ、ちらりと背後の小さな影を窺った。


「かわっ」


 ひくり、と引きつった拍子に、髭が風に靡いてふるふると揺れる。

 慌ててその髭を撫で付けてから、シンは黒と灰銀の縞模様をしたふさふさの手を見つめ、ぴんと真っ直ぐに伸びた尻尾に視線を移し、そうして再び、何度目かの深い深いため息を盛大に吐き出した。


「おかしいだろうが。キスする度に猫になったり人間になったりするなんてよ!! 意味が分からん! 魔法は解けたんじゃないのか? 何でこんな中途半端な解け方なんだよ。これじゃ何かと都合が悪……」

「ふふっ」

「笑い事じゃねぇ!!」


 怒鳴り散らすシンの様子があまりにも愛しくてさらに頬を緩めて笑う。

 けれどふと、アーシャの最後の笑顔が脳裏を掠めた。

 心の底から笑んでいるのに、何となく、ここではないどこか遠くを見ているような、そんな笑顔だった。

 私は、アーシャのことを一生忘れることはないだろう。

 そしておそらくはシンちゃんも。

 自然と、口元に笑みが零れる。

 不毛かもしれない。

 お互いがお互いにただ一人の(ひと)を想っている。

 けれど、二人ともそれを理解していながらそれとは別のところで惹かれあっているように思う。

 だからたぶん、こういうのを不毛と言うのではないだろうか。

 でも、それでも私たちは……


「俺たちはさ。駄目なんだよ。止まったりしちゃ。進まなきゃいけないんだ」


 振り返ると、シンが自身の細長い影を背後に佇んでいた。


「このままここで止まるのは最低な人間だ。止まっちまったら、それこそ自分の不甲斐無さ棚に上げて、死んだ人間に責任転嫁しちまうことになる……それじゃ、いつまでたってもアーシャ、浮かばれないだろう?」


 正しい答えなんて始めからないのかもしれない。

 それでもなお、シンはアルマに問うていた。

 アルマも真っ直ぐ視線を逸らすことなく受け止める。


「探しましょう、賢者を」


 何よりも諦める、ということだけは絶対にしてはならない。

 それを知っているがゆえに、進み続けることが出来る。

 一人じゃない。

 二人なら、一人と一匹なら、きっと、必ず、探し出せるはずだから。



 白い光の照らす道を一人と一匹は、今日も真っ直ぐに歩き続ける。

 願いは一つ、望む世界はすぐ側に。








***



「人間とは、実に面白い生き物だと思わんかね?」


 男は、窓辺に手をついて、傍らに降り立った白い小鳥に語りかけた。

 濃紺のイヴニングコートに薔薇の飾りのついたシルクハットという、何故か違和感を覚える豪奢な出で立ちをしていた。

 小鳥は、男の言葉を理解しているのかいないか、ピ、と小さく鳴いて小首を傾げた。

 男は興味なさ気に、じっと前を見据えたまま独り呟く。


「世界は広い。しかし、一人の人間が生きていく世界はとても狭い。誰も何をしろ、どうしろ、と命じるものなどおらぬくせに、それでも人間は、その短い生涯の間に迷い、歩き、悩み、答えを求める」


 燦々と輝く朝の光が、朱色から白色へと変わる。

 男は、その光を眩しそうに眺めながら、頬杖をついた。


「世界は広い。ゆえに、必ずどこかに答えはあるはずだと、自身が求めるものがきっと見つかるはずだからと、そう信じて世界を歩く。けれどね。答えというものは、案外近くにあるものなのだよ。自分がそうとは気づいていないだけでね」


 傍らで羽を広げて毛繕いをしている小鳥の頭をそっと撫で、世界というものを眺望する。男のどこか寂しげな表情ゆえか、小鳥は小さくふるりと震えた。


「例えば親しい者の笑顔を目にした時、常ならば気づかぬ程の小さな親切に触れた時またはそれを目にした時、人が幸福だと感じる瞬間は五万とある。しかし、たいていの人間はそうとは気づかずに過ぎ行くままに時を過ごす」


 男は、そこで言葉を区切りふっと目元を緩めた。


「だがね、ある時ふっと、それに気づく瞬間があるのだよ」


 羽繕いを終えた小鳥が、一度だけ男の方を見、不思議そうに小首を傾げてから、白陽の射す青空へと飛び立った。

 男は陽光と小鳥を目を眇めて見つめた。


「私はね、それらに気づいた瞬間こそが何よりの幸せではないかと思う」


 閑散とした古塔の片隅で、男は誰にともなく独白を続ける。

 影に覆われていた古塔に一筋、朝の光が射し込み無用な闇を消し去った。


「……世界から、魔法という概念が忘れ去れて等しい」


 窓から望む景色は今も昔も変わらずに美しい。

 眼前で、去年も咲いていたエリカの花が今年も変わらず、いや、以前にも増して気高く優美に咲き誇っていた。


「だがね。ただの一人でも求めるものがいるならば、私はここに在り続けようと思うのだよ」


 変わらないようでいて少しずつ変化を遂げている景観を眺め、小さく息を吐く。

 世界が恋しい。人間が愛しい。

 たとえ我が身が忘れ去られゆくものであったとしても。


「待っていることとしよう。いつまでも。彼らが私のもとに辿り着くまで」


 人の世に未練がある。

 人間の醜さも汚らしさも穢れた世も全てを見知っている。

 それでもなお、この世界を嫌いになったことなどない。

 だからこそ、愛する者たちの生きる世界で、一人でも多くの者が幸せになれるよう願っている。

 微力としか言いようのない自身の力でもきっと何かの役に立つと信じている。

 それこそが私にとっての幸福なのだから。


「人は皆、幸せを求め望む生き物だが、どうやら私も例外ではないようだね」


 古びた小さな塔の中で、男の独白を聞く者は誰一人いなかった。

 今は、まだ。







***



「ところでシンちゃん」

「うん?」

「どうして都合が悪いの?」

「は?」

「さっき言ってたじゃない。キスする度に姿が変わるんじゃ都合が悪い、って。どうして?」

「どっ……」


 うしてと言われてもっ!!!


「シンちゃん?」

「お前、分かってて聞いてるんだろう」

「分からないから聞いてるんだけど?」


 ふふん、と片眉を上げて笑うアルマに、フーッとうなり声を上げる。


「煩い、知るかっ」

「あら。 なに怒ってるの?」

「怒ってないっ!!」


 世界は今日も平和だ。





更新遅くなってすみません。

年内に完結出来てよかったです。

あとは、番外編を数話、更新します。

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