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闇に唄えば。





「私、とにかく何か(・・)を恨みたかったんだと思うの」


 互いにアーシャの墓石を挟む形で背を向けて腰掛けていた。

 アルマはまるで誰かに懺悔するかのように切々と語る。


「自分の浅はかさと至らなさにとても腹が立ったわ。けれど後悔してみたところで後戻りなんて出来るわけもなくて、私、とにかく何かを憎みたかった。憎んで憎んでそうしてあの時の自分には他に道がなかったんだって正当化したかったのだと思う」


 さやさやと凪ぐ風にシンは自慢の髭をそよがせた。

 そういう気持ち、何となく分かる、というか自分にも心当たりがある。

 ずっと自分の醜態から目を背けたくて重い鎧を纏い続けていた日々を思い、シンは知らず目を細めた。


「私ね。本当は自分が許せないの。なのに」

「アルマ」


 アルマがとても苦しそうでつらそうでついつい口を挟んでしまった。

 けれど、言うべき言葉が見つからずに口ごもる。

 目線だけをアルマの方にちらりと向けたが、アルマはこちらを見てはいなかった。


「あの日、私は一番大切なものを失ったの」


 そう口にするアルマの背中はとても寂しげで今にも消えてしまいそうだった。






***

 


 帰って早々、村の様子が可笑しいことに気がついた。

 今回の仕事は長引くだろうと覚悟していたのに、思いのほか早く片がつき一安心したものの、どうにも嫌な予感がして急ぎアーシャの元へと帰ってきたのだが。


「いいえ。まだ、まだ大丈夫よ。諦めては駄目」


 私が諦めてどうするの、と自身の後ろ向きな心を叱咤して頭の隅にちらついた不快なものを振り払った。


「大丈夫、大丈夫」


 呪文のようにただそれだけを呟きながら家路を急ぐ。

 そうして次第にはっきりと映ってくる光景に、息をするのも忘れて呆然と立ち尽くした。


「……っぁ」


 心臓が自分のものではないかのようにドクリドクリと跳ね上がる。

 黒一色に満ちた空間が肩に重くのしかかり、息が詰まった。


「っぅう」


全身が小刻みに震え出し、気がつけば考えるより先に身体が動いていた。

 目の前の黒い衣装に身を包む人々には目もくれず、真っ先にそれへと走り寄る。

 まさかそんなはず、と声にはならぬ悲鳴が足の先から零れ出て行く。

 そんなもの、見たくはないというのに。

 けれど見ぬフリなど決して出来るはずもなく。

 周りの者が止める間もなく、アルマは黒光りするその細長い箱の蓋を爪が割れるのも構わずに抉じ開けた。


「……っアーシャ!!」


 黒い簡素な棺の中には、青白い顔をしたアーシャが胸元で手を組み、穏やかな微笑を浮かべて眠っていた。


「ア、アーシャ! かえ……帰ってきたわよ! お、おみや、おみやげもちゃんと買ってきたのよ! ね、ねぇ、アーシャ!!」


 眠ったまま、全くの無反応なアーシャに苛立ち、棺の淵に片足をかけて身を乗り出した。けれど、アーシャはピクリとも動かない。


「アーシャ!! 起きなさい、アーシャ!!」


 止めようとする周りの人々の手を振り払い、アルマはアーシャの胸ぐらを掴んで乱暴に引き起こした。そしてそのまま力の限りガクガクと揺さぶる。


「アーシャ!!」


 嫌だ。

 肩を揺さぶる度に、棺をいっぱいに埋めていた花々がはらはらと舞い散っていく。

 その花が李の花だということに気がついて、突然怖くなった。

 散っていく花が何かを訴えかけているようで、怖くて怖くて認めたくなくて、指の先から力が抜けていくように感じた。

 何度も何度も名を呼び肩を揺さぶり頬を叩いたけれど、アーシャはそれでも目覚めない。

 やめて。起きて。

 頬を伝うもの生ぬるいそれさえも認めたくなくて、ただひたすらにアーシャに呼びかける。


「アーシャ……アーシャ……」


 思いのほか軽い彼女の身体がカクリと傾いた。

 慌てて抱きとめてから冷たくなったアーシャの身体を大事に大事に抱きしめた。


「っアーシャ……」


 震えていたのは声か身体か、あるいは心か。





***



「私っ……」

「そっか。微笑んでたんだな」

「え?」


 はじめ、シンが嬉しげにそう言ったことの意味が分からず小首を傾げた。

 何の話、と聞こうとしたところでシンが()の(・)話しをしているのかに気がつき、腹が立った。


「ちょっとシンちゃ……」


 一言ガツンと言ってやろうと振り返ると、意外なほど近くにシンの顔があった。

 シンは、石碑に鼻の頭を押し付けるようにして囁いた。


「許して……くれてたのかな」

「……」

「たくさんたくさんありがとう、アーシャ」

「……」

「アー……のぉわっ!? え、なん、え、どうしたんだ、アルマ!?」


 シンは、突然しっぽを鷲摑みされてプラプラとぶらさげられていた。

 逆さ状態のままアルマの顔をちらりと窺うと、眉間にしわを寄せ、すっと目を細めて睨まれた。

 そのまま無言でぐるぐると振り回され、吐き気を催した。


「あ、あのアルマさん。いったい……ぅぇっぷ……いったいどうしたんですか」

「……別に」

「えぇえええ!? ありえなくね!? 突然こんなことしといて別にどうもないとかありえなくねぇ!?」

「だって!」

「だって?」


 アルマはしばらくシンをじっと見つめた後、くるりと身体を反転させてシンを抱えなおした。 


「シンちゃん」

「うん」


 本当にどうしたのだろう、などどぼんやり考えていたら、突如、アルマに口を塞がれた。


「!?」


 それはほんの一瞬のことで、もしかしたら気のせいかもしれないなどと思ってしまいそうなくらいに、短い短い間の出来事だった。


「あの……あのね」

「……」


 アルマがシンを両手で抱えたまま、頬を染めながらこちらを見つめてくる。

 その恥ずかしそうな様子がやけに可愛らしくて、けれど今の出来事が頭から離れずに、シンはただただ呆然としてアルマを見つめ返した。

 なんだか身体の奥がむずむずする。


「ずっとアーシャに申し訳ないと思ってたの。だから考えない振りして、気がつかない振りして、燻り始めた感情に蓋をして……」


 アルマは一度目を閉じ、コクリと喉を鳴らした。

 それからゆっくりと目を開き、決意したようにシンの顔を見つめた。

 心地良い風が吹き抜け、月光に照らされた青い小さな花びらがひらひらと舞い上がった。


「だから、代わりにどんどんどんどん憎しみで心を埋めていったの。これ以上広がらないように。これ以上愚かで卑怯で最低な姉になりたくなくて。でも、でも、どうやら駄目みたいね」

「……」


 アルマが何のことを言っているのか分からず、シンはパチパチと目を瞬かせた。

 何だって?


「駄目だったの。どうしても。私、シンちゃんのこと」


 いつになく真剣な瞳で語るアルマを不思議そうに見つめる。


「どう……っ!?」


 したんだ、と問おうとした時だった。

ドクリッ、と鼓動が突然に跳ね上がり、あまりの息苦しさに身体を掻き抱く。


「シンちゃん?」

「っぅ」


 大丈夫だ、と口にしたつもりが、何故か言葉にはならず妙な呻き声だけが漏れた。

 おかしい。身体が熱い。耳鳴りがする。目が眩む。


「シンちゃん!?」


 アルマの心配そうな声が聞こえるのに、それに答えてあげたいのに。

 俺も好きだよ、アルマ。

 好きなんだ。

 けれど、その思いを口に出すことはままならず、ドクリドクリと身体のあちこちが脈を打つ。

 全身の骨が軋んでいるように感じて、あまりの激痛に悶えた。


「ぁ、あっ」

「シンちゃ……きゃっ!?」


 突然、シンの身体が眩い光に包まれ、辺りを白一色に埋め尽くした。

 アルマはあまりの眩しさに目を瞑り顔を背けたが、ふいに両手にずっしりとした重みを感じて手を引いた。


「シ、シンちゃん、大丈……」


 夫、と続けることが出来ず、アルマはぽっかりと口を開いたまま固まった。


 光は静まっていた。


 どうやらほんの一瞬のことだったらしい。

 けれど、光の収まった後には、見慣れたあの黒灰の猫の姿は何処にもなかった。

 

 その代わりに、呆然とするアルマの目の前には、一房だけ灰色をした黒髪の見慣れぬ青年が佇んでいた。


「……シ、シン……ちゃん?」


 青年はしばし瞬き、アルマと目が合うと、少し照れたように笑い、頷いた。


「う、うそ!?」

「嘘なんかついてどうすんだよ」


 高く過ぎず低すぎもしないその声音は、あの黒灰の猫と全く同じで、目の前の人物が紛れもなくシン本人なのだと分かった。

 シンは、顔を顰めて前髪を一房掴んだ。


「と、解けたの、呪い?」

「……たぶん」


 普通なら大喜びするところだというのに、シンは何処か不服そうだった。


「シンちゃん?」


 小首を傾げたアルマをシンは一度だけちらりと見て、口元に手をあてがって視線を外した。


「何か……呪いの解け方、恥ずかしくないか」


 不快そうに照れるシンに、アルマは堪らず吹き出していた。


「わ、笑うなよ! というかお前、今、あんまこっち見るなよ。その、さ、触りがあるからっ」


 恥ずかしそうにうろたえるシンの様子に、アルマはいっそう笑みを深めた。

 次第に夜が明け始め、朱色の光が差し込んでくる。

 光に照らし出された青い花が、二人を祝福するようにひらひらと舞っていた。

 二人は互いに無言で見つめ合い、照れたように微笑んで再び唇を重ねた。






あと一話あります。それで完結です。

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