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一人と一匹。

「だーかーらーっ!!」

「なあに?」


 とある宿屋にて。

 そこそこ繁盛している宿屋にはそこそこお客が入っていた。

 そんなそこそこに混み合った宿屋で、とある男が相対する人物へと怒りをぶちまけていた。何故か小声で。

 

「さっきから言ってんだろ!? お前、人の話聞けよ!!」

「そう言われてもねぇ」


 男の正面には、黒いロングコートに黒いブーツ、背中に細身の長剣を佩いた傭兵風の女剣士が座っていた。艶やかな黒髪を後ろできつく纏め、浅葱色の瞳が蠱惑的に揺れる、なかなかの美人だった。


「ちょっとそこのソースを取ってちょうだい」


 ぷりぷりしながらも条件反射でソースをくわえて女剣士に渡す。


「だから、俺の護衛をして欲しいんだよ。アンタ、剣士なんだろ?」

「アンタじゃなくて、アールマティよ。アルマ、って呼んでちょうだい」


 アルマと名乗る人物はぺろりと大量の食事を平らげて、目の前にちょこんと座る男を見下ろした。


「要するに私とデートしたいのね」

「阿呆かっ」


 どうせ護衛を雇うなら美人がいいなどと思ったこと自体がそもそもの間違いだった。どうかしている。こんなんに構っていては埒が明かない。

 男は深々とため息をついてテーブルからストン、と飛び降りた。


「もういい。他を当たる」

「ふうん。他ねぇ……」


 意味ありげににやにやするアルマを男は全身の毛を逆立てて威嚇した。


「ふふふっ。あらら、怒っちゃってか~わいい」

「うるさい!!もうお前には頼まん。他を探す」

「……猫なのに?」


 うっ。


 アルマの一言に男――綺麗な黒と灰銀の縞模様のオス猫――は、きゅう、と唸って押し黙った。


「呪いでそんな体にされちゃった~なんて、誰も信じてくれないと思うけれど?」


 そう。そうなのだ。自分はとある魔法使いに呪いをかけられて、猫にされてしまったのだ。人生を儚みかけること幾数度。ようやく掴んだ情報によると、何でも狭間の塔と呼ばれるところに住んでいる大賢者ならこの呪いを解く方法を知っているかもしれない、と言うのだ。

 だが、その狭間の塔までは驚くほど遠く、ここまで来るのにさえ苦労した。しゃべる猫、というだけで見世物小屋に売られそうにもなった。何度も苦労して、ようやく護衛を雇おうと決心したところだった。


「別にそのままでもいいんじゃない? 可愛いし」

「良くないっ!!」


 間髪入れずに涙目で訴える。


「そもそもどうして呪いなんてかけられちゃったの?」


 テーブルに両肘をつき、そこに顎を乗せて何だか楽しげに問いかけるアルマを睨みつけてから、再びテーブルへと飛び乗った。


「お前、楽しんでるだろ」

「いやあね、お前だなんて。私たちまだそんな中じゃないでしょ、あ・な・た」


 ふふふと魅惑的な笑い声とフェロモンを撒き散らかすアルマの言葉は、語尾にハートマークがついていそうなくらい楽しげだ。


「あなたとか言うな! そも俺の名前はシンと言うんだ。で、何で呪いにかかったかって言うとだな……」


「ちょっとぐらいいいじゃねえか。なあ?」


 シンの言葉は途中でさえぎられた。


「こ、困ります。私、私仕事中で……」


 どうやら宿屋兼酒場のウェイトレスさんが柄の悪い男にからまれているようだ。


「……信じられない」


 許しがたいものを見た、とでも言うように、アルマは怒りに唇を震わせながら呟いた。思ったよりは真っ当な正義感を持っているようだと感心したのも束の間。


「どうしてここにいる絶世の美女をナンパしないのかしらっ」


 ありえない事が起きた、とでも言うようにアルマは驚愕に目を見開いた。


「お前ちょっと頭弱いパターンのアレか」


 やっぱ声かけたの失敗だったなぁ、などというシンの呟きもアルマの耳には届いていない。

 どうやら都合の悪いことは聞こえない便利な耳を持っているらしい。


「許せないわ」


 アルマは眉間に皺を刻んで、ツカツカと柄の悪い男の方へ歩いて行った。


「ねえ。ちょっとお兄さん」


 実に艶やかな声音でかけられた声に、男は何の疑問も覚えずに振り向いた。

 が、振り向いた瞬間、その男の眉間に長靴の踵が入った。


「ぐふっ」


 男が額を抑えて、声にならない悲鳴を上げながら蹲る。


「痛そ~」


 アレは痛い。

 少しだけ男に同情した。


「な、何しやがる!?」


 男は何とか立ちあがると、情けなくよろよろとふらつきながらも喚き出した。

 眉間を押さえながら睨みつける男に、アルマはどんな男も平伏してしまいそうな極上の笑みを湛えて、その鳩尾へと右の拳をめり込ませた。

 たったをの二撃で男は昏倒した。

 男が弱すぎるのかアルマが強いのか判断に迷うところ。


「あ、あの……ありがとうございました!」


 絡まれていたウェイトレスさんが目を輝かせながらアルマに礼を言った。

 なかなか可愛い子だ。

 きっと性格も良いんだろうな。

 だがしかし。これはアレだ。

 たぶん尊敬しちゃってる感じの目だ。

 誰をってアイツをだ。

 騙されるな、間違ってるぞ。

 そいつはただ自分がナンパされなかったことに腹を立てているだけなんだぞ、と真実を告げてやるべきなのかどうか。


「いいえ。気にしないで。でもあなた、可愛いんだから気をつけなきゃダメよ?」


 アルマは少女の頬にそっと手を添えて優しげな微笑を浮かべた。


「うわ。マジで」


 たったそれだけの仕草で少女の目が完全に恋する目に近いものへと変わっていた。

 どんな魔法使ったんだか。

 とりあえず、その態度の切り替えの早さだけでも敵には回しちゃいけない相手だ、と心のメモ帳にしっかりと刻み込む。





「大賢者っていい男なの?」


 席に戻るなりアルマは唐突にそう言った。


「はあ?」


 かぱっと大きく口を開いて首を傾げるシンを他所に、アルマは宿屋の主人へと空のウィスキーグラスを振って、軽くウィンクをしながらおかわりを頼んだ。

 宿屋の主人も満更ではないらしく、にやにやしながら愛想良くおかわりを運んできた。しかもさっきまでアルマが飲んでいた安物とは違う、明らかに上物だ。

なんてことだ。

 ウィンクひとつでここまでサービスしてもらえるなんて、世の中理不尽が過ぎるのではないだろうか。

 つーか、こいつのフェロモンがもうすでに兵器なのかもしれない。


「……会った事がないから知らんが、何でも四百年は生きてるとか言う噂があるくらいだから、かなりのじーさんなんじゃないか?」


 上物のウィスキーのおこぼれを少しだけもらい、舌でチロチロと舐める。


「上手い!」


 満足して久々の美酒に酔いしれていると、首根っこを掴まれて持ち上げられた。

 不機嫌顔のアルマの顔が視界に映る。


「じゃあダメね。何の楽しみもないから」


 唇を尖らせて言う仕草がすごく可愛らしく見えてしまい、正直自分の目と脳が心配になる。

 と、そこではたと気づく。これはもしかしてあと一押しなのだろうか。

 もともと呪いなどという与太話を笑い飛ばさずに聞いてくれた人間に出会えた、というだけでもありがたかった。

 それについては、素直にすごく嬉しい。

 ちょっと泣きそうになったくらいだ。

 たとえ性格にかなりの難があったとしてもこのチャンスを逃すのは惜しいかもしれない。


「そ、そう言えば……確かその大賢者とやらは変化の術で姿を変えることもできるとか言ってたな。も、もしかしたら若い姿のままかもしれない」


 こ、これはちょっと無理があっただろうか。

 おそるおそる見上げたシンに、アルマは少し考えたあと、にこやかに微笑んだ。


「そうねえ。もしそれが本当なら興味あるし……分かった。いいわよ。引き受けてあげる。それにちょっと楽しそうだしね」


 くすくすと軽やかに笑む様子に思わず頬を赤らめてしまう。

 さすがはフェロモン大魔神。

 と、妙なところで感心する。

 シンは新しくできた旅の連れを目を細めて見つめ、長くて真っ直ぐな自慢の髭をそよがせて、感謝の意を表した。





 こうして、一人と一匹の奇妙な旅は始まった。










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