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 北海道が、観測史上、最大の暴風雪を記録した年。

 俺は、学校を辞めた。


 *


 その日、俺が学校の窓硝子という窓硝子を割って廻った事で、母さんは担任教師に呼び出された。

 俺の中には、教師がよく言う、フラストレーションとかいうものがあるわけじゃない。ただ割りたかっただけで、言い訳する気もないし、説教は甘んじて受け入れよう。そんなスタンスで、身支度をする母さんを見つめていた。

 母さんは、俺の視線に気がついて、少し微笑んでから、何も言わずに出掛けていった。

 なんだよ、と母さんの背中に悪態をついたのを覚えている。

 俺が何をしても、母さんは何も言わない。学校をサボっても、テストを白紙で出しても、母さんの財布から金を盗んでも、夜中に街中に出て補導されても、煙草を吸っても、酒を飲んでも、学校中の窓硝子を割っても。母さんは、何も言わない。ただ微笑んで、仕方がないって顔をする。


「仕方ないって、なんだよ」


 声に出してみると、なんだか情けない気持ちになる。

 俺が問題を起こすのは、仕方ない事なのだろうか。

 俺の家庭は、世間様から見れば恵まれた家らしい。一部上場企業の部長という肩書きを持つ父さんと、看護師の母さんと、落ちこぼれの俺は、都内のマンションで暮らしている。一軒家は、共働きの両親では維持するのが難しいという事で、そこそこ値の張る広いマンションを購入したらしい。

 子供の頃から、仕事で忙しくしている両親は、俺に寂しい思いをさせているからと、欲しい物は大抵、誕生日じゃなくても買ってくれていた。携帯電話も、小学生の頃から持たせてくれて、高校生になった年にはスマートフォンを買ってもらった。部屋には、自分用のテレビもパソコンもある。バンドを組むと言って強請ったギターは、ケースから出された事もない。

 恵まれている。確かに、そうだと思う。

 でも、それが寂しさの代償なら、要らない。俺は日頃からそう思っていた。

 夕飯時になっても、母さんは帰って来なかった。教師との話は、そんなに時間がかかるものなのだろうか。そんな事を考えて、スマートフォンで流行りのパズルゲームをしていると、父さんから着信があった。いいところなのに、と文句を言うと同時に、暗い声で父さんが告げた。


「母さんが、事故を起こしたらしい……病院、行けるか?」


 北海道が、観測史上、最大の暴風雪を記録した日。

 母さんは死んだ。

 学校からの帰り道、母さんが運転していた車は、風に煽られて電信柱に突っ込んだ。即死だったらしい。

 葬式には、たくさんの人が来ていた。母さんの友達や、同僚、親戚。みんなが母さんの死を悼んでくれた。棺を閉める前、最後のお別れをと、俺は親戚に促されて前に出た。眠っているような母さんの顔を見た瞬間、香炉を掴んで、遺影に向かって投げつけた。


「ざけんなよ! んだよ、これ!」


 ふざけるな、と叫んで振り返った先には、父さんがいた。

 父さんは、母さんと同じように、仕方ないという顔をしていた。


 *


(しょう)、学校辞めたんだってぇ?」


 真昼間から、パチンコ屋に入り浸っていると、ばあちゃんから電話がかかってきた。

 少し方言の強い話し方は、怒った時の母さんと同じだった。


「ああ、うん。辞めた」


「じゃあ、暇してんだろ? ちょっとうちに来て、手伝ってくんねぇか? 今年は、雪が酷くって……ばあちゃん一人だろ? 搔き手が欲しいんだよ」


 ばあちゃんの家は、北陸の田舎。豪雪地帯と言われる場所にある。

 一人暮らしのばあちゃんは、ボランティアの人に雪掻きをしてもらっているが、今年は人手も少ない上に、雪が良く積もるらしい。

 俺は二つ返事で了承して、その日のうちに父さんに「ばあちゃんとこに行く」とだけ電話をかけて、高速バスに飛び乗った。学校を辞めて、本当にする事がなかったのもあるが、俺は昔からばあちゃんの家が好きだった。自分の家よりも、好きだった。

 家には絶対にばあちゃんが居て、する事なす事に小言を言って来る。三時には必ずお茶とお菓子を用意して、再放送のドラマやサスペンスドラマを観ながら食べるのだ。

 そんな家が、俺は好きだった。

 二人掛けの椅子の窓側に座って、俺はiPodで音楽を聴きながら目を瞑っていた。荷物は通路側の席に置いている。次の駅までは、誰も来ないだろうと思ったからだ。次の停車場で、隣の席に座る人が現れても、俺のような若者が一睨みすれば、他の席を探し出すだろう。

 バスが、停車場に止まった。

 乗客が疎らに、車両に入ってきた。


「あの……」


 やっぱり来たか。そう思って顔を上げると、そこに居たのは、俺と同じくらいの歳の男の子だった。少し大きめのダウンジャケットを着込んで、これまた少し大きめのジーンズを履いている。少し長めの髪と、陶器のような肌。それに、やけに細い身体つきで、女の子のようにひょろそうなヤツだった。少し幼い印象を受ける、アイドルのような顔だ。


「荷物、どけてくれない?」


「……ああ」


 歳が近い所為もあったが、意外に意思の強そうな声色に気圧されて、俺は素直に荷物を自分の足元に移動させた。彼はにこりと笑うと、自然な動きで椅子に座った。

 同じ教室に居たら、絶対に関わらないタイプだな。

 俺は、隣に座る男の子を伺うように見る。優等生然とした、大人しめの外見の彼は、きっと教室の中では静かに談笑を楽しんでいるタイプだろう。方や、俺は絵に書いたような不良少年といった感じで、ブリーチし過ぎて傷んだ髪をワックスで逆立てているし、耳にはピアスを開けているし、服装もだらしない。教室で馬鹿騒ぎして、彼のような生徒を見下しているようなヤツだ。


「旅行?」


 ふと、彼が声を掛けてきた。

 見た目以上に、度胸のあるヤツなのかもしれない。


「いや……ばあちゃん家が、富山でさ。暇だから……」


 毅然と答えてやろうと思ったのに、言葉が上手く出て来なかった。目の前の優等生を観ていると、恥ずかしくなったのだ。


「ふうん。僕も富山。ボランティアってやつ、雪掻きの」


「ああ、今年は人手が足りないらしいからな。でも、お前……ひょろっちいじゃん。雪、掻けんの?」


 精一杯の皮肉のつもりだったが、彼は腕を捲って見せて、にこりと笑った。意外と逞しい腕だ。


「バスケで鍛えてるから。あと、お前って言われるとムカつく。(かなめ)って名前があるから、それでよろしく」


 教室では関わらないようなヤツに、ムカつくって言われた。結構こいつ好きかも、とか思って、俺も自己紹介することにした。


「……翔、です。バスケしてんの?」

「うん。小学生の時からね。翔は?」


「俺は、サッカーしてたけど、中学までで辞めた。今はなんもしてねーよ」


「えー、もったいなくない?」


「もったいなくない。ついでに言うと、学校も辞めた」


 要は、少し目を開いてから、ふうん、とだけ言った。


「……ってか、要は? 学校……」


「翔、二年生なんでしょ? 僕は三年だから、早めに春休みスタートしてんの。受験も終わってるしね」


「え?! 先輩なのかよ!」


 要が、少し胸を張った。

 富山に着くまでの間は、要と色々な話をした。

 好きな音楽や、映画の話。ハマってるゲームの話しになった時には、同じスマホゲームをしている事が解って、友達登録をした。ついでに、アドレスの交換も。

 それから、自然と家庭の話になって、俺は母さんが死んだ話をした。

 要の母さんも、要が小学生の頃に亡くなっているらしく、その話になると、彼は驚く程饒舌になった。


「うち、ちょっと変わった家でさ。お姉ちゃんが家を継ぐって話になってたんだけど、いざ高校卒業が近くなると、大学に行きたい、家は継がないって言い出して。大変だったんだ。お姉ちゃん、家出しちゃうし。僕は、後継ぎには向いてないし」


「家出って……アクティブな姉ちゃんだな」


「でしょ。で、帰ってきたかと思ったら、やっぱり後を継ぐって。ついでに、彼氏まで作ってきてて」


「家出中に出会ったとか?」


「そうなんだ! その人の家にずっと居候してたみたい。父さんも、大学を出てから後を継げばいいって折れて……去年、お姉ちゃんは大学卒業して、今は実家で修行中」


「いろいろあるんだな」


 まあね、と要は笑った。

 要は東京のバスケで有名な高校に進学して、寮に入っていたらしく、春からはこれまた東京の大学に通うため、一人暮らしをするらしい。寮からは追い出されてしまって、契約したアパートの部屋もまだ空かない。その間を、ボランティアに使うらしい。


「偉い、な」


「実家に帰りにくいだけなんだけどね。お姉ちゃんが修行のせいでピリピリしてるし」


「一人暮らし始めたら、遊びに行ってもいいか?」


「いいよー、翔なら大歓迎!」


 タイプは正反対だと思ったが、好みが良く似ていたので、俺は要が気に入った。学校の友達には、驚かれそうだけど。

 高速バスは、もうすぐ日が変わるような時間に富山駅に着いて、俺は荷物と一緒にバスを降りた。要とは、ここで別れる事になる。俺はここから、タクシーでばあちゃんの家に向かうのだ。


「お、滝田のばあさんとこの……翔か?」


 不意に声を掛けられて振り向くと、見知った顔があった。


「伊野のじいちゃん?」


 伊野のじいちゃんは、ばあちゃんの隣に住む老人だ。

 老人と言っても、ばあちゃんよりは歳下で、母さんよりは歳上ってくらいだけれど。その伊野のじいちゃんが、何故か夜遅くに富山駅に居た。


「俺んとこに、ボランティアの子が泊まるからよ、迎えにきたんだが……」


「あ、それ、僕です。ーー要です、よろしくお願いします」


 挙手をしてはにかむ要を見て、伊野のじいちゃんは驚いたような顔をしたが、すぐに破顔する。大きなごつごつとした手を差し出して、要と握手をすると、また驚いたように目を開いていた。


「翔は、ばあさんとこか?」


「うん。雪掻きしてくれって頼まれて」


「そうか、じゃあ、お前も乗ってきな。どうせタクシー使うつもりだったんだろ?」


「やった、助かる!」


 伊野のじいちゃんは、農園で葡萄を作る農家で、駅にもトラックで迎えに来ていた。要と二人で、じいちゃんの隣に乗り込むと、トラックは山裾に向かって走り出した。

 トラックの中では、伊野のじいちゃんが、この辺りの老人について、要に聞かせていた。その中には、もちろん俺のばあちゃんの話もあった。


「滝田のばあさんも、昔は果物作ってたんだがな。じいさんが死んでからは、人に任せてるんだ。ばあさんは大阪から嫁に来てたから、一人じゃ、やってけねえって見切りつけてさ」


「え、ばあちゃん大阪から来てたのかよ?!」


「なんだ、翔は知らんかったのか?」


「初耳だよ!」


 伊野のじいちゃんが、懐かしそうに目を細めた。


「大阪から、別嬪の嫁さんが来たって、一時は話題になったもんだぜ」


 本当に、初耳だった。ばあちゃんは、ずっとこの辺りの人間だと思っていたから。

 トラックが、集落に近づくにつれて、景色は田畑の中に疎らに家が建っているような、寂しいものになってきた。目前に迫る川を渡れば、もうすぐばあちゃんの家が見えて来る。そう思って外をみると、雪の積もる河川敷に、人影が見えた。

 小さな影を見る限り、子供のように見える。

 俺は首を傾げた。こんな真夜中に、子供が一人で、あんな場所にいるだろうか。親の姿を探すが、やはり影は一つだけだ。


「じいちゃん、あれ……」


 俺の声は、ものすごく掠れてしまって、じいちゃんには聞こえなかったらしい。

 相変わらず、要にいろんな話を聞かせているじいちゃんを見て、俺は言葉を引っ込めた。川に架けられた橋を、トラックが渡り切ってしまった。気のせいかもしれないし、親の姿がたまたま見えなかっただけかもしれない。

主人公がハマってるのはパ○ドラ。

って設定です。

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