翌日
夢見心地から一気に覚醒した森羅は、身体をバネの如くベッドから跳ね上げて卓上に置かれた目覚まし時計に手を伸ばす。
上のポッチを押して、そのまま流れるように指を背部にスライドさせてスムーズを切った。そして、何事も無かったかのように布団に戻る。
慣れは怖い、とても怖い。結果、起きた時にはシャワーを浴びる時間すら無くなってしまった。
「いってきます」
返事は無い。むしろ誰もいない家の中から返事が返って来た方が問題である。祖母は午前中の涼しい内に畑仕事を終わらせるはずだ。きっと今頃は、せっせと働いている。
「さて……。学校行きたくないな」
森羅は、毒づきながらも自転車に跨り坂道を下り始める。
「もう、学校」
気づけば学校の前に着いていた。行きたく無いと思ってる時ほど早く学校に着いてしまうのはなぜだろうか。いや、そんな事よりもっと難解な謎が目の前に現れた。
校門には、白姫雪華がいた。
軍人アイドル白姫雪華の人気はまだまだ高いらしい。
セーラー服姿の白姫を中心に校舎方面にアーチ状に並んだ生徒達は据わった目で僕を観察している。男女比は三対七で男子が減っている。無理も無いが。
昨日、僕がお見舞いされた平手打ちの噂はすでに全校生徒の既知の事実で、既に盛大な尾鰭が付いている事だろう。
白姫と目が合った森羅は、反射的に頬を押さえた。
「すまなかった……。頬、腫れているな。痛むか?」
今日は鏡を見ていない。言われて見れば頬のあたりの皮がつっぱっている。
腫れていようが、いまいが元をたどれば殴られようと思って事に及んだ。だから白姫が罪悪感を感じる必要は微塵も無い。どっちかと言えば下手に罪悪感を持たれるより『てめぇの血で手が汚れた』とか言われた方が関わりを持たずに済むから気が楽だ。
「この位の腫れならすぐに引く。むしろ止めてくれてありがとう。危うくハムスターを握りつぶす所だったよ」
「そうか、本当にすまないな。はずかしい話だが軍人以外に手を出したのは初めてだったんだ。加減がわからなくてな。昨日のクラスでの暴走についても謝罪しよう。民間人に銃器を出すなんて、軍人失格だ」
どうやら本気で落ち込んでいる。悪いのはメルだって言うのに
「僕がこんな事言うのも何だけど……。気にしなくて良いと思う。先生なんて、死にかけた事に全然気づいて無かったし、大事に飼ってたハムスターを魔の手から救ったんだから失敗なんてきっと帳消し。謝ればみんなきっと許してくれる」
《キーン・コーン。カーン・コーン》始業の鐘が鳴る。
遅れたら先生が泣く。僕等は顔を見合わせて教室に急いだ。