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死神、白姫雪華:後

白姫雪華は貯水タンクの上にいた。


 黒色に赤いラインが入った服は、軍服なのであろう。僕はセーラー服からわざわざ着替えている事に彼女の何らかの意思を感じた。


「大丈夫。撃たない」


「真後ろに居るのに、凄いな……」


 思ってたよりも白姫雪華は口数が多かった。


「このゴーグルは、遥か上空の死神を通してアマテラスシステムとリンクしているからな。第六地区内の事はなんでもわかる。君も、ののしりに来たのか? さぁ、罵ってくれ、私達が無力なのは、事実だからな」



 森羅は、首を横に振って否定した。


「そうか」


 白姫が振り向いた。ゴーグルから飛び出す赤色正体不明の怪光線を当てられて、怖がっている臆病な自分まで見透かされてる気がして心臓の鼓動は加速する。そんな森羅は、置き去りにして白姫は、落ち着いた口調で話しはじめる。



「では、一騎打ちでもしようと言うのか? ならばやめておけ、君はもうロックオンされているよ」薄く笑って、上を向いた。


 目を凝らすと上空、雲と雲の切れ間に飛行機らしき黒い物体が覗く。


「あれが戦闘機死神。もっとも対地上精密誘導爆弾が当たれば、校舎ごと吹っ飛ぶがな」


「無論、私も木っ端微塵」


 森羅は、タメ息をついて頭を抱えた。その時点で会話を楽しんでいる白姫と要点だけを伝えたい森羅の間には計り知れない温度差があった。


「そうじゃない」再び首を振る。答えには辿りつけそうも無く、口を開いた。


「先生に言われて連れ戻しに来たんです」


「――そうか、先生に言われてか……」と白姫は、いい夢の途中で起こされた子供みたいに寂しそうに遠くを眺めた。そして、慌てて付け加える。


「いや、皮肉を言った訳では無い。驚いたんだ。一回殺されたにも関わらずまだ助けてくれる先生にな、そんな良い先生をあんな目に遭わせたら怒られても当然だ」


 白姫は、空軍の制服を着ている。戻らないつもりなのだろうか。


「これからどうするんです?」


「あぁ、そうだな。別命があるまでは学校には通う。それが任務だからな。しかし、高望みは諦めて大人しくしているよ」


「高望み?」


 白姫は、少し居心地悪そうに身体をよじる。そして、視線を下に落とした。森羅には、『しまった』と副音声が聞こえた気がした。


「困ったな。可笑しかったら笑っても良い。私はこの五年、ずっと学生生活に憧れていたんだ。休み時間での立ち話、夢中になりすぎて先生に怒られたり。机を迎え合わせて昼食を取ったり、放課後夕日が差す教室で友人と待ち合わせたり。そんな毎日が夢だった」



 白姫雪華は、貯水タンクの上から足を投げ出して前後に揺らす。何かを達観したかの様な横顔で視線は遠くへ注がれている。


「なら、まだ間に合うんじゃないかな?」


 頷き、首を少しだけ傾げて微笑んだ。こうして見ると控えめな女の子に思える。


「難しいと思うが、ありがとう、君は優しいな。君は後から来たからわからないだろうが、姫川メルとのいざこざで先に銃を出したのは私だ。それは、反射に近かった。考える前に銃口を向けていたんだ。私の感覚はすでに同世代の女子生徒のそれとはかけ離れてしまっている。話せそうなのは銃や戦闘機、戦術、そして、調停者の話。そんな話をしたらこの学校に通う皆は興味どころか嫌悪を抱くだろうな」



「確かに……」


「ふふ、そうだろ。話題で困るよりは教室で聞き耳を立てている方が楽そうだ。私は気分だけでも学生生活に浸るとしよう」


『姫……』

 突然の声、足場の無い手すりの向こう側に視線を動かし、凍りつく。声の出処、白姫の目の前に死神が浮かんでいた。くたびれた漆黒の法衣で全身を覆い、ここからは顔が見えない。死神と目が合い森羅は息をのむ。顔がない。むき出しの頭蓋骨に開いた二つの眼窩、吸い込まれそうな程に深淵の奥を覗きこむと、そこには永遠の闇が続いているように感じた。


 黒いボロのローブを身に纏う怪人は、大鎌を肩に担いでいる。

大鎌から滴下した鮮やかな血液らしきものが空中で四散する。


「え……?」

 呆気に取られて間抜けに大口を開ける森羅を前に、二頭身の死神は頭を垂れた。仰々しく。その行動は、さらに森羅の思考回路をショートさせる。


「どうも、はじめまして、死神のAI、ムクロと申します。姫様がお世話になっております」


「へ? …………は、は、はじめまして」


「おい、何をしに来た?」


「そんなに睨まないで下さい。急ぎだと言われましたので報告に参りました。例の少女の件です。後になさいますか?」


ちらりとこっちを見た。

「いや、ここで良い。報告は白か黒、それだけで頼む。黒なら本部には私から連絡する」


「難しいですね。銃の許可は持っているようです。しかし、あれはいささか出来すぎのオモチャですし、私の電子回路では、現時点で白黒は付けられません」


「そうか、では、天照に続行と伝えてくれ。私達は任務を優先しよう。少女の件は、お偉い方が戻ってきたら一部始終を伝えて判断を任せる。追加で頼んだ分は報告は必要無い」


「わかりました。それと、新井静香一等空士から作戦の件でご連絡が、授業中だと伝えましたら言付けを承りました」


ムクロと名乗った小さな死神は、森羅を盗み見る。

「じゃぁ、僕はここで――」


 機密性のある情報なのだろうと察した森羅は、立ち上がろうとする。


「いや、大丈夫だ。そこにいてくれ。ムクロ、いじわるはやめてくれ、静香からの連絡なら大丈夫だよ。話してくれ」


「了解しました。では、『次は、あたしの番、好きなようにやらせて』だそうです」


「――そうか、了解した。あとで連絡しておく」


「以上です。では、姫様、天野森羅さん、失礼いたしました」


 身をひるがえしてムクロは屋上からさらに空に昇る。そして、五メートル程昇った所で黒い霞を残して消えた。その方向、雲の切れ目に漆黒の戦闘機が見えた。太陽を直視した森羅は、光に当てられて目元を抑えて下を向く。


「その、悪かったな」


「なにがです?」と顔を仰ぎ見る。ゴーグルと逆光が邪魔して感情は読めない。


「一つ聞いて良いか?」


「答えられる事なら」


「ありがとう。正直に答えてくれると助かる。君は最近の第六地区の軍事活動についてどう思う?」


 森羅は、ちらりと白姫の方を向く。目元は、ゴーグルで隠れてはいるが、両手を握って真摯に僕の返答を待っているように見える。軍事活動なんて嫌にきまっている。僕が知るかぎり調停者との戦いを肯定的なのは、メルだけだ。この第六地区に限っては軍の連中も含めて大多数は、もう戦いたくないと思っている。答えのわかりきった質問に対してこの臨みよう、白姫とは調停者と戦うことへの意欲に大きな隔たりがあるようだ。


 森羅は、逃げようとする自分に楔をうった。此処は濁さず正直に伝える必要がある。


「正直あまり嬉しくはないです。戦いたい人は此処じゃなく他所でやって下さいと言っていた人が居ましたが僕もまったく同じ意見。戦いはもう、うんざりなんですよ」


 恐らくクラスメイトから軍への不満の集中攻撃を浴びて、予想はしていたのだろう。だけど、寂しそうに個人的感情でぽつりと呟き、そのあとに軍の立場で饒舌に話はじめる。


「そうか……すまないな――代表して謝ろう。出来るなら私も平和な第六地区から戦いを遠ざけたいと考えている。しかし、軍の上部は何か別の事を考えているみたいでな。間隔は教えられないが、調停者への一定時間ごとの攻撃が命令されている。作戦成否に関わらずな」


「此処は戦場に成るんです?」


「いや、今の所その予定は無い。只、私たちがそのつもりは無くてもムルグが侵入してくる可能性は無いとは言いきれない。今回の作戦内容からして疑問が多いんだ。このレベルの大規模作戦は、ここ数年無かった。にもかかわらず、第六地区の上層部は不在。今ここの責任者は、第五制空隊隊長隊長が務めている」


 第五制空隊という隊は、この第六地区には無い。制空隊と名が付くのは戦闘機部隊に限定される。この地区にある空軍部隊は、補給部隊のはずだ。地区の上層部が戦闘機部隊に指揮権をすべて渡して離脱。森羅は、その事実から逃亡と受け取った。



「上層部が逃げた? どいゆう事ですか? まさか、ムルグに此処を襲わせようと……」


「いや、それは少し違う。勘だがな。面識がある母の古い友人は、似合いもしない式典用の正装して出かけていったよ」


「なら、どうして――何のために勝てもしない無駄な戦いをするんです? それでもし第六地区にムルグが攻めてきたらまた」


 森羅は、まとわりつく惨劇の情景を思い出して頭を抱える。

「無駄な戦いか――」


 森羅は、矢継ぎ早に出てくる言葉を一度飲み込んだ。


 『無謀な戦い』は言いすぎた。メルから得た情報で連日の戦闘機攻撃が調停者ムルグを相手にするにはあまりに無謀な作戦であることから、つい口走った言葉を後悔する。白姫にとっては、仲間が死んでいる。


「本当にすまない。足りないかもしれないが、最大限の努力はしている。私たちは、離陸したら戻ってこないつもりで戦っている。それに、もしムルグを誘導して第六地区を襲わせたいなら、ちまちま攻撃などせず、高速機で頭上を飛んで誘いだせば良い」


 白姫は、軍の行動をはなしはじめる。それは、物語を読み聞かせる様に他人事だった。


「中央本部は、この作戦で本気でムルグを倒そうとしているとも思えない。ムルグへの攻撃は必ず単機で行えと命令が出ている。第五制空隊は、精鋭揃いだが、単機で戦って勝てるとは思えない。既に七人散った。だが、ムルグは私達が熱望した相手。文句はない」


 白姫は、凛と高らかに宣言した。

「私の番になったら骨が残らないくらいに高温で燃え上がり、戦う」



 森羅は、命の価値を見いだせないでいる。それでも、白姫は、異質に見えた。生命力と気力に満ち溢れた少女が死ぬつもりだと誇る。それが、理解出来ない。


「なんで、勝てないとわかってて戦う? 死んだら何も残らないのに」


「個々によって答えは違うだろうが、私にとっては、それが命令だからだ。同情はしないでくれ。この地で順番に出撃しているのは私の隊だが、皆晴れやかな笑顔で出撃しているよ。君たちは切り札と言われて調停者と戦えない日々が三年は続いた。今は、戦える喜びの方が大きい」


 ムルグ襲来の不安から、森羅は、冷静では無かった。言葉から『戦える喜び』というフレーズを抜き出し、解釈する。こいつらは松明に集まる蛾みたいなものだと。戦いに魅せられたのだと。そう思うと頭が冷えてくる。


「同情なんてしないし、喜びなんてどうでも良い。只、巻き込まないで欲しい」


「そうだな、私を含めて今回作戦に参加した部隊は皆、この平和な第六地区にこのままの状態であってほしいと思っている」


「思っていても結果がすべてです。分かっていながら悪戯に調停者ムルグを刺激している事には変わらない」と森羅は、唇を噛む。


「すまないな。だが、これだけは言わせて欲しい。ここ一週間で七回の出撃が有って七人死んだ。すぐにやられてしまった人もいたし、とても腕の良いパイロットもいた。全ての攻撃手段を試しても傷一つ付けられずに無かったベテランパイロットは、目と鼻の先の第六地区に戻れるにも関わらずムルグの追跡を考えて戻らなかった。最後は、体当たりを敢行したよ」



「……」

 それを聞いた森羅は、思わず馬鹿だと言いかけた。あの調停者を前にして戦える人たちはすごいと思う。だけど、勝てないとわかってて飛び出していくのは『自分に酔ってる馬鹿』としか思えない。こんな言葉が浮かぶなんて、メルに毒されてきたな。そう考えながら、言葉を選ぶが、何て答えたら良いかわからない。


 無言で俯く森羅に白姫は続けた。


「君達の為に死んだんだ、と押し付けている訳じゃないよ。私には戻らなかった者の気持ちが良く分かる。きっと第六地区を守ろうと思う他にきっとこう思っていたはずだよ。もう疲れた。楽に成りたいってね。私もこうして学校にも通えたし、出撃したら戻らないつもりだ。無論、死神を任された以上、簡単に負けてやるつもりは無いがな」



 戻って来ないって事は死ぬという事だろう。森羅には白姫雪華がどうしてこんな晴れやかな顔でそんな事が言えるのかを理解出来なかった。森羅が黙り込むと白姫雪華は再び足を手すりの向こう側に投げ出し、ゆらゆらと揺らし始めた。


「死ぬ事が怖く無いの?」


「んー、当たり前だろうけど、痛いのは嫌だな。痛くなければ良いなと思っているよ。只、悔いがあるとすればもう少しクラスで上手くやれば良かったと思っている。終わった話だがな」


 思い切りが良い。白姫雪華の考え方は、上手く説明出来ないけど僕の兄弟に似ている。

 彼女はいつ死んでも良いと思っている。戦う勇気はおろか死ぬ勇気もない僕が生きている。白姫は、ムルグに単身で挑んで死ぬかもしれない。


 森羅は、風船を膨らますように夢を語る幼馴染、神野未来を思い出した。

 パン屋さんから飛躍して何回か離婚を経て、最後は、世界一のお嫁さんに成るという話。おませな女の子が考えた妙にリアリティがある夢。小さい頃、衝撃を受けたからよく覚えている。


 未来は、その目標のスタートラインに立つことも出来ず、あっさり死んだ。


「死んだら何も残らない」


「わかっている」


 白姫が自虐的に笑む。そして、チャイムが鳴ると僕らは教室に戻った。


 教室の皆は少し変だった。先生が何を言ったかわからないけどクラスの様子はどこか不自然で落ち着きが無い。


 視線は相変わらず白姫雪華に集中しているのだが、睨みつけていたついさっきとは少し様子が違う。

 熱したフライパンの様な殺意が篭ったクラスを想像していただけに迷った。だが、作戦を実行に移すことに決めた。そうさせたのは幼馴染への思いか


 作戦名は白姫雪華ヒーロー作戦。


 概要、悪い奴がクラスのアイドルをいじめる。すかさずそこで白姫雪華が颯爽と現れ、いじめっ子を駆逐するという単純な小芝居だ。


 そこに脚本も無ければ打ち合わせも無い。


 白姫に事前に知らせれば彼女はことわる。森羅は、そう判断した。

 知らせてないなら、不確定要素が多すぎる。まず、森羅は、本物の悪者に成りきらなければならない。


 何でこんな馬鹿げた事をやるかと思うだろう。上手くいけば白姫と僕の両方に良い状況に成るからだ。


 僕は人との関わりを避けたい。白姫はクラスメイトと仲良く成りたい。


 森羅は、成功を祈りつつ席を立って後ろを向いた。


 深く息を吸い、教室の最後部への第一歩を踏み出した。

 ロッカー上に我がクラスアイドルのマイホームに歩みよる。

 すかさず、クラスアイドルは立ち上がった。


 近づくと餌をねだって来る可愛い奴、名前はキララちゃん。

 小さな腕にひまわりの種を渡すと両手で器用に抱えて齧り付いた。静かになった所で右手で胴体をそっと持ち、ゲージの外に出した。そして、深呼吸。


「もう! 終わりだ! アハハハハハハ、ハ」


『なんだなんだ?』と白姫に集まっていた視線は僕に集まった。白姫も僕を見ている。


 こんなに注目されたことがあっただろうか、変な汗が吹き出す。


「もう、終わりなんだよ、みんな死ぬ。それならば苦しまずに僕が殺してやるよ!」


「おい! 何してんだよ! 離せや!」心の中でガッツポーズ。


 田舎ヤンキーを気取っている奴等、三人組がこっちに来る。


 誰にも相手にされなかったらこの作戦は、早くも終了する所だった。だが、まだはじまったばかりだ。安心するのはまだ早い。


 こいつ等に殴られて解放しても意味は無い。白姫に来て貰わなければ意味が無い。


「痛いのは一瞬だからな」


 内心で謝りつつ、田舎ヤンキーをトレースして眉間に皺を寄せつつも、クラスのアイドル、ハムスターのキララちゃんの胴体を締め付けるマネをする。


『キィィィイィィィィ』


 タイミングが良いのか悪いのかモグッていたひまわりの種を食べ終わったキララちゃんは手の中で暴れ始めた。周りから見れば苦しんでいる様に見えるのだろう。クラスから悲痛の声が上がった。


「それ以上近づいたら締め殺す! 近づくな!」


「テメー、絞め殺してみろ、お前も同じ様に絞め殺すからな」

 と睨みつけてヤンキーは止まった。森羅は、胸を撫で下ろす。


 無論、絞め殺すつもりなんて無いから掴みかかってこられたらアウトだった。


 内心ホッと一息つき白姫を見る。予想に反し動きの無い白姫に内心毒づきたくなった。 


 その時、すぐ近くの席から声が上がった。


「私、知ってます!」


 クラスの注目を浴びて、恥ずかしげに顔を紅潮させながら叫ぶのは僕の隣の席の女の子。


「天野君が一番ハムスターを可愛がっていました。みんなは餌だけやって満足してたけど天野君だけは違った。掃除も水換えも天野君が全部一人でやってたんですよ!」


 気弱な彼女の強い瞳が僕に向けられた。視線を逸らすとわざわざ逸らした方向に移動して、また視線をあわせてくる。


「天野君がキララちゃんを殺そうとするはずがない。そうよね、天野君!」


 ヤンキーは、チッと舌を打ち、指をポキポキと鳴らす。


「意味わかんねぇよ、実際殺そうとしてるじゃねぇか、見ろよ。キララ苦しそうじゃねぇか!」と変な韻を付けて、流れるように呟くと、顔を逸らして右に傾ける。眉は不自然に釣りあがっている。これがガン付けという奴なんだろうか。


 その横で隣の席の女の子がじっと森羅を見詰ている。いよいよ困った。


 作戦では銃を突きつけられ、『くうっ、命だけは助けてくれ!』とか言って成すすべなくキララちゃんを解放するつもりだった。しかし、白姫は動かない。


「完全に詰んだ」心の中で白姫ヒーロー作戦は失敗して単に僕が嫌われるだけに成りそうだなと覚悟を決めた。


「お、お前らに残された者の気持ちがわかるか? 家族がいなくなって一人残された気持ちが!」


 ズザーッと音を立ててメルが滑りこんで足元で止まる。



「いいね、いいね! そのままこっちに視線を」


 クラスの何人かが俯いて、心が痛んだ。


 そんな中、メルだけが楽しそうに一眼レフを構えて撮影に勤しんでいる。カメラを向けられて変なスイッチが入ってしまった。もうどうにでもなれ……。


「きっと今に此処は戦場に成る! そうに決まっている! そして、みんな死ぬんだ! そうなったら誰がキララに餌をやる? いっそ、このまま死なせてやった方が良い」


 クラスが静寂に包まれた。

 どこからか嗚咽が聞こえる。目を真っ赤にしてうつむく者も出てきた。


「なんでだ。なんでだよ!」と近くのヤンキーは、目元を隠してまとまってない言葉を思いに乗せて吐き出した。隠してはいるが足元に点々と涙を落としている。


 約五年間平和だったのにここ数日間で市内の様子は変わった。旧国道を戦車が走り、空を戦闘機が飛ぶようになった。恐怖に震え、肥大する妄想に押しつぶされそうになりながらも不安であるが故にその話題は触れないでいた。



「みんなは死なない死なせはしない」


「え?」

 さっきまでいたはずの白姫は席には居なかった。驚いて回りを見るがどこにも居ない。


「こっちだ!」

 右肩にポンっと手が乗る。


 森羅は口を開けて振り返る。後ろを取られないようにわざわざ教室の隅に居たのに何で後ろ? 



「来い! 死神!」


「う、あ――」

 それ以上は言葉に成らなかった。メルを除いてみんなが同じ反応で外を見ている。



 窓の外、校舎二階の中空に浮かぶ戦闘機、強風が吹きつける事も爆音が響く事も無く。

 まるで糸で吊ってあるかの様に空中で停止している。


「これが戦闘機死神の半重力スラスターの力」


 シャッター音と共にメルが呟く。静かな教室内には小さな呟きさえも通る。みんなが魅入っていた。戦闘機死神の黒塗りの容姿、その光を吸い込む、輝きに――。


「調停者ムルグは私が倒す! 私と死神は対調停者用に作られた最終兵器。私達ならムルグを倒せる。いや、近いうちに私はムルグと戦う! その時、倒してみせる」



 




 












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