プロローグ
よろしくお願いいたします!
プロローグ
逃げ場のない、空の旅がはじまった。
「へー、飛行機はじめて乗ったよ。すごいねー、んー? しんちゃんこわいの?」
「こ、こわくない、こわくないよ! だから、こっち来ないで!」
「うそ。汗かいてる――。もしかして、熱あるのかな?」
「熱なんかない、絶対ないよ!」
「逃げないの、目、つぶって、森羅がいないんだから、私がお姉さんなんだからね」
少女は、少年の腕を押さえて、額を重ねる。
「うーん、熱はないみたい」
「だ、だいじょうぶだから! 離れて!」
「ほんと?」と、数センチの距離で首を傾げ、さらさらと髪がながれた。
彼女は神野未来。
僕ら双子と同い年で家も近所の為、小六の今でも腐れ縁が続いている。もっとも、本当に仲が良いのは兄さんで、僕は、面と向かって何を話していいかわからない。だから、この状況は少しまずい。
「ほんと、です。大丈夫」
少年は、目を逸らした振りをして、少女をちらりと見た。
白いワンピースからのぞく手足は、ゆでたまごみたいに吸い込まれそうな光沢を放っている。膝には麦わら帽子、アイビーの蔦みたいに真っ直ぐで、力強くて、瑞々しい栗色の髪を彩るヒマワリの髪留めは兄さんからのプレゼントだ。
「カーテン、締めておくね」
窓の外の景色を眺めていようと思ったが、その逃げ道も塞がれ、仕方なく正面に向き直ると、未来は嬉しそうに微笑んだ。
「に、にいさん無事かな……?」
「森羅なら、きっと平気だよ」
心配でたまらないんだろうけど、それをあえて隠して弱みを見せない。
僕が、兄の立場で入院したとしても未来は心配してくれる。その時は、気丈に振舞うことなく、弱い姿を見せるんだろう。
双子の僕ら兄弟は、容姿も服の趣味も、好きな食べ物も、好きな女の子も同じ、だけど、僕と違って、兄さんはヒーローだった。
「キャアァァ、な、なに……?」
旅客機は突然揺れ始めた。機内のあちこちから悲鳴が上がり、『墜落するの?』というかすかな呟きは機内に木霊していく。
「だ、大丈夫?!」
「う、うん……」
不安そうな面持ちで、しかし、それを隠そうとしている。こんな時位頼ってくれてもいいのに……。ショックで気が紛れて僕は、タメ息が出せそうな位に落ち着いてきていた。
「二人とも落ちつけ、高度を下げただけだ! 墜落するわけじゃない」
僕よりずっと慌てている父さんが声を荒げている。父さんが落ち着いてと言おうと思ったが突然のアラームで言葉を飲み込んで、生唾を飲む。
アラームと共に、客室乗務員が周囲に静止を促し、機内放送がはじまった。
『落ち着いて下さい。副機長の的場と申します、只今、管制塔より連絡が御座いました。上空で何らかのトラブルが発生した為、この機はUターンして空港に戻ります。尚、この機に故障等のトラブルはございません。ご安心下さい』
カーテンを開いた。東京の街並みが広がっていた。
「こんなに低く飛ぶなんて――」
ポカンと大口を開けていた父さんは、我に返ったようで指をさした。
「こんなに低く飛ぶなんて父さんもはじめてだよ。ほら、あれ東京タワーだよ」
「な、なにかいるよ!」
東京タワーの展望台の上に何かがいる。
「あれ、飛行機だよね……」
不安そうに僕と父さんを見る未来に頷く。
直後、展望台上の戦闘機は、黒煙をあげて、飛んでいるとはとても言えない軌跡を描いて堕ちていった。
「シンちゃん、何かいる! 展望台の上! へんなのがいる!?」
「どこだ? 小さくて見えない」
父さんには見えないようだ。
「いる」と呟く。僕にも見えていた。黒い羽を纏った怪人が。
「まだ見えるかい? どんなのだった?」
未来が身振り手振りを交えて説明している。説明は任せて、再び、僕は目を凝らして展望台の上を見下ろす。
もう何も見えなかった。
その後のことは、思い出したくない。