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第五話

 それからまた数カ月経った後。すみれは、突然パタリと学校にこなくなってしまった。ここのところ元気がなくなっていたとは言え、元々は比較的真面目だったすみれがクラスから消えて、皆が心配していた。

「ねえ美果ちゃん、すみれちゃんどうしてるの?」

 美果とすみれが仲違いをしたという事を知らない人たちは、こぞって美果の元に情報を聞きに来る。

「ごめんね、私何も知らないの…。連絡も取ってなくて…」

 美果は毎回、こうやって答える事に、段々疲れを覚えてきていた。仲違いしたとは言え、美果の中でも、すみれがいなくなってしまった事は、とても大きいダメージだったからだ。

(もしかして、私がすみれを追い詰めてしまったのかもしれない…)

 六限目とホームルームの間の小休憩中の美果は、トイレの個室の中で、携帯電話に表示されたすみれの番号を見つめながら、考えた。

(私がこんな風にすみれに連絡を取ろうとするなんて、あまりにも自分勝手すぎると思う…。でも…)

 もう、美果は、自分がどうする事が正解なのか分からなかった。

 そんな中、すみれに昔言われた言葉が、頭の中をリフレインする。『後悔するの嫌だからさ、とりあえず、やっちゃおうよ!美果はいっつも考えこんじゃうけど、何も考えずやってみたって良いと思う』

 美果は決意した。

(すみれにどう思われたっていい、とにかくかけちゃおう!)

 通話ボタンを押す。プッシュ音が聞こえる。緊張する美果。しかし、受話器から聞こえた声は、意外なものだった。

『こちら、NTTドコモです。おかけになった電話は、お客様の都合により通話ができなくなっております…』

「なんで…?」

 美果は思わず、小さく叫んだ。

 携帯電話が止められている?こんな事、今まで一度もなかった。

(なにか犯罪とかに巻き込まれていたらどうしよう)

美果は、すがるような思いで、携帯電話のインターネットに繋ぎ、すみれのハンドルネームで検索をかける。もしかして、何かの情報が得られるかも知れない。

「神…羅木…すう………。あっ、出た…」

検索して一番上に引っかかったのは、見たこともないページタイトルだった。しかし、その下の説明文には、しっかりとこう書かれていた。

『ここは、神羅木すうの写真を掲載する、個人的なホームページです』

間違いなく、すみれのホームページだと思った。しかし、どうしてホームページを作る事が出来なかったすみれが、こんなページを持っているのだろうか。

美果は、リンク先をクリックする。表示されたページは、ピンクのチェックを貴重とした、女の子らしいホームページだった。ページの一番上には、何か写真らしいものが掲載されているようだが、携帯で受信するには容量が大きいらしくて、中々受信できない。

「早く受信して…!」

 美果は小さな声でつぶやく。すると、人間の頭頂部らしきものが表示された。しかし、その髪の色は金髪に近く、すみれの髪の色と、似ても似つかない。

(…同姓同名の、他の人のページだったのかな…?)

 しかし、その美果の疑問は、次に表示された顔の部分で、すぐに打ち砕かれた。

「すみれだ…」

 その顔は、間違いなく、すみれの可愛い顔だった。しかし、その顔には、今まで見たこともない位、濃い化粧が施されている。

「すみれに間違いないけど…。でもなんで金髪に…。なんでこんな化粧…。それに、誰がこのサイトを作ったの…」

 首から下の部分も、段々と表示されていく。首が表示され、次に肌色の肩が表示されている。嫌な予感がした。美果は焦りを覚えた。

「あれ…肩出してる服なんてすみれ、持ってたっけ…?」

 肩から下の画像がジリジリと上から画像が読み込まれていく。

 そうして、胸元が表示された時。

「すみれ…!」

 美果は絶句して、口元を抑えた。

 そこに写っているのは、胸の頂点のみをかろうじて隠してあるだけの、とても小さなピンク色の水着を身に付けた、すみれの姿だった。モニターの向こうのすみれは、扇情的なポーズを撮り、今まで見たこともないような男に媚びた表情を浮かべ、ニッコリと笑っていた。

 

 もう、気まずいとか気まずくないとか、そんな事はどうでもよかった。今すぐ、すみれの元に行って、何でこんなことになっているのか、話を聞かないといけないと思った。昼休みにも関わらず、美果は学校を飛び出して、すみれの家へと向かうことを決意した。

 突然カバンを持って、廊下を走りだす真面目な同級生の姿を見て、学年の皆はとても驚いていた。

「美果ちゃんどこ行くの!?五時間目始まるよ!?」

「ごめんね、ちょっとお腹がいたくって!!!」

 お腹が痛い人間がこんなに走れる訳が無い。言い訳としては、あまりにも下手なものだった。しかし、嘘がバレて先生に怒られようが、内申点が下がって大学に行けなくなろうが、そんな事はもうどうでもよかった。とにかく今すぐ、すみれの家に向かわなければならないと思った。スカートの裾がまくれ上がっている事も気にせず、美果は走った。


 学校を飛び出して30分。美果は、ようやくすみれの家の前にたどり着いた。

 しかし、その家は、過去に美果が見てきた普通の民家としての面影を、すっかり失っていた。手入れされていない庭、枯れ葉が沢山積もった玄関、そして割れた窓ガラス。家の門の前には、ゴミがうずたかく積み上がっており、異臭を放っていた。まるでゴミ屋敷だった。

 美果は、鼻に手を当てながらドアの前へと進み、インターホンを押す。そして、ドアにそっと耳をあてる。ドア越しに、中でインターホンが響き渡る音が聞こえるが、人が出てくる様子はない。美果は連続で何回もインターホンを押す。しかし、結果は同じで、何の反応もなかった。

 今度は庭までまわり、縁側から家の様子を覗き込んでみる事にする。膝丈まで伸びた雑草に、足を切りつけられながら進んでいく。縁側のカーテンは開きっぱなしになっていたため、容易に中の様子がうかがえた。中にはうずたかく、カップラーメンとペットボトルのゴミが積み上がっている。そして、床が見えないほど、ビニールやら服やらが、散乱している。コバエが群れになって飛んでいるのが見えた。人が住んでいる様子は伺えなかった。もう、長い間放置されているのだろう。

(…なんで?すみれの家族は?すみれはどこ?)

 美果は、ポケットから携帯電話を取り出す。そして、すみれのホームページにアクセスした。美果は見たくもない写真をスクロールし、一番下の更新履歴の記載にたどり着く。最新更新日は昨日になっていた。今度は、BBSにアクセスしてみる。すると、つい2時間前に、すみれがレスをつけているのを発見した。

(多分今、家じゃないどこかにいるんだ…。でも、どうやったら連絡がとれるんだろう…)

 美果は、もう一度BBSをじっくり見てみる。そして、すみれの名前欄の横に、パソコンのフリーメールアドレスが書いてある事に気づいた。

(ここにメールを送れば…)

 すぐさま、その場で美果は、短文を打った。

『すみれ、今どこにいるの。連絡ください 美果より』

 送信が終わった所で、美果は足に強い痛みを感じた。膝を上げてみてみると、そこには雑草による無数の切り傷の上に、大きな腫れ物が出来ていた。どうやら虫に刺されたようだったが、この痛みからして、蚊以外の何かに思えた。美果は何に刺されたのか、良く見ようとしてみるが、暗くてよく見えない。彼女はそこでやっと、太陽が西に沈みかけて、急速に夜に近づいている事に気づいた。

 夕闇の中、美果は、もう一度すみれの家の縁側を見つめる。外の暗さに影響され、部屋の中を見る事は、もうできなくなっていた。窓際に積み上げられ、窓に圧迫されて変形したゴミだけが、外から眺められる唯一のものとなっている。そのゴミを良く見てみると、上の方に、足が沢山生えた小さな虫が、びっしりと集っているのが見えた。…あのゴミの中に、死体とかが入っていたらどうしようか…。

 そんな訳ないとは思っているものの、一瞬とんでもない妄想が頭をよぎる。美果は、なんとも言えない気まずさに駆られ、すぐさまその場所を後にした。


 すみれの家から自宅までの帰り道を、美果はトボトボと一人で歩いた。

今から学校に戻っても、ホームルームは終わってしまっているだろう。もう家に帰るしかない。もしかして家に連絡が行っていて、帰ったらひどく怒られるかもしれない。

美果は、親への言い訳の仕方を思案していた。親には正直に話すわけにはいかない、すみれの今の状態の事なんて話せない。恐らく親は眉をしかめて、そんな友達と付き合うのはやめなさい、というだろう。首を突っ込むな、と言うだろう。でも、美果にとっては、すみれとの付き合いは、そんなに簡単に済ませられる問題ではない。親にこの問題に関する発言権を与えない為に、すみれのことはひた隠しにしておきたかった。

その時だった。美果は自分の太もものあたりに、振動を感じた。美果は、暗闇の中、スカートのポケット越しに着信ランプが点滅しているのを見て、すぐにそこから携帯を取り出した。携帯を開くと、そこには、見知らぬ番号が表示されている。

すみれかもしれない。美果は、恐る恐る、その電話に出た。

「もしもし…」

『……もしもし、美果?』

 電話の向こうの、聞きなれた声。すみれの声だ。

 無事だった。よかった。さっき一瞬、恐ろしい妄想に囚われかけた美果は、すみれの声を聞いて、暗闇の中で涙ぐんだ。

「すみれ…よかった…」

『どうしたの美果、泣いてるの?』

 すみれが戸惑いながら、一生懸命美果に話しかけてくる。

「どうしたもこうしたも…!…すみれ今、どこで一体どうしてるの…?」

 美果は涙でふるえる声を抑えながら、すみれに問いかける。

「どうして学校こなくなっちゃったの…」

 電話の向こうのすみれは何も答えない。

「家に行っても誰もいないし…」

何も言わない無言のすみれを相手に、美果の感情はどんどん高まっていった。嗚咽を上げながら、美果は続ける。

「あと…なんか…へっ…変なホームページが…」

 そこで初めて、すみれは声を上げた。

『美果、あのページ、見たの?』

「見たも何も、あんたのハンドルネームで検索したら、一番上に出てくるじゃん!なんであんなッ…」

 美果は言葉に詰まった。あんな、の後、なんと続ければいいのか、分からなかった。『あんな格好』?『あんなポーズ』?今までの人生で、こんな卑猥めいた事を、口にしたことがなかった。そんな、口にしたこともないような、いやらしい事をしているすみれの事を、なんて表現すればいいのか、美果には検討が付かず、口ごもった。

『…そうだよね、そりゃ美果にはバレちゃうよね。ごめんね、心配かけて』

 受話器の向こうのすみれがため息をついた。

『美果、一回会って話そう。新宿で今から会える?』

「えっ…」

 美果は腕時計を見る。すでに夜7時。真面目な高校生である美果には、こんな夜から新宿で今から会うなんて、考えもつかなかった。すみれはいつから、こんな事を容易に提案できるようになったんだろうか。美果は、自宅で待っているであろう親に、罪悪感と背徳感を覚えながらも、この機会を逃したら、二度とすみれと連絡を取れない気がして、それに応じることにした。


 夜七時半。新宿駅から徒歩3分の商店街のゲームセンターの前で、美果は待っていた。ここが指定の場所なのに、時間になっても、すみれは現れない。キョロキョロあたりを見回すと、そこには髪を染めた若者ばかり。自分のような地味な学生は、一人も見当たらなかった。孤独感に苛まされ、不安になった美果は、ゲームセンターの中にすみれがいないかを確認しに行こうとした。

 その時だった。

「美果」

 後ろからすみれの声が聞こえた。

振り向くと、そこには背の高い女の人がいた。

長い茶色い髪の毛をクルクルと巻いて、ニット帽をかぶり、丈が短い蛍光ピンクのダウンコートに、ホットパンツとレギンスをまとい、黒のブーツを履いた、厚化粧のギャルだった。

「…すみれ…」

 美果は絶句した。別人のような見た目をしていたが、それは、間違いなく、すみれだった。

「一体どうしたの!そんな格好して…」

 すみれに駆け寄ろうとした美果だったが、すみれのすぐ後ろに見慣れた男の姿を発見して、思わずぎょっとする。すみれの後ろに立っているのは、米田だった。

「なんで米田さんがここに…」

 そこで美果は初めて、爪にゴテゴテのネイルを施したすみれが、米田としっかりと手を絡ませている事に気づいた。

「…すみれ?」

 美果はすみれの顔を見つめる。すみれは、ちょっと苦々しそうな顔をして、美果から視線を外した。後ろに立つ米田は、ニヤニヤしながら、美果に話しかけた。

「お久しぶりですね、ミーちゃんさん。今、私は、スーと付き合っているんですよ」

 美果は思わず倒れそうになる。この、気持ち悪い米田と、すみれが、付き合っている、と?そんな美果の反応を、嬉しそうに眺めながら、米田は言った。

「とりあえず、ここではなんですし、喫茶店にでも入りましょうよ」

 そうして美果は、促されるまま喫茶店に入った。手をつなぎあう恋人同士の二人と、みすぼらしくてダサイ女子高生の自分という組み合わせに、美果は少し劣等感を抱いて、少し離れて歩いた。

 入った店は、喫茶店というより、コーヒーも出しているバーという感じの店だった。こんな大人びた店に突然連れてこられて、美果は思わず挙動不審になる。まるで、別の世界に来たようだった。注文を取りに来たウエイターに、すみれがしゃがれた声で注文する。

「あの、ビール2つに、こっちの子はコーヒーで」

 美果はぎょっとした。ウエイターが去ったあと、美果は身を乗り出して、小さな声ですみれを責めた。

「すみれ、なんでビールなんて…!」

「結構おいしいんだよ」

 そう言うとすみれは、今度はポケットからタバコを取り出して、美果の目の前で火をつけた。

 美果は三度絶句した。もう、すみれに何を言っても無駄だと悟った。乗り出した上半身を引っ込めて、席に腰を下ろし、下を向いて小さく丸まった。

「私、もう学校やめようと思うんだ…」

 すみれが、煙を吐きながら言う。米田がその横で、すみれの肩を抱き寄せながら、うんうんと頷いている。

「今、結構ネットアイドルの仕事も順調に行ってるし、今度は雑誌にも出る事になったの。うまく行けば、テレビに出られるかもしれないし、しばらくは、これ一本でやってくつもり」

「どうして…?すみれは別に、ネットアイドルになりたかった訳じゃないでしょ…?」

 美果の問に、すみれは答える。

「うーん…。そうだったんだけどね。何か、色々やっているうちに、みんなに好かれて、注目されるのって、良いなって思ったの。すごく気持ちいい事だなと思ったの。私、もっと色んな人に好かれたい、もっと私を知ってもらいたい。だから、テレビに出れるように頑張りたいの」

 美果は何も答えられない。すみれの気持ちは分かる。自分も、そう思う気持ちがあるからこそ、声優になりたいと思っているのだ。そして、その気持がわかるから、何気なく人目を集めてしまう、すみれに嫉妬をしていたのだ。その感情を、美果に責める事はできない。

「私はアイドルで頑張るからさ…。すみれも、声優目指して、で頑張りなよ」

 すみれはそう言って、美果に、ニッコリといつもの笑顔を向けた。しかし、美果はすみれと目を合わさず、硬直したように下を向いたまま言った。

「…でも、学校やめるなんて、おかしいよ!それに、何で米田さんとこんな…」

 話している間、美果は、米田が始終すみれの頬を撫でている事に気づいていた。それを見たくなくて、美果はますます視線を下に沈めた。

「誤解しないで、美果」

 そんな美果に、すみれは、はっきりとした口調で言った。

「米田さんは良い人だよ。私が本当に困っている時救ってくれた、たった一人の大人の人」

 すみれの信じられない発言を聞いて、一瞬で、美果の頭に血がのぼった。

おそらく、すみれのあの写真は、米田が撮っているのだろう。ホームページを作れないすみれの代わりに、作っているのは米田なのだろう。女子高生にあんな格好をさせて、あんな写真を載せるのが、立派な大人のことだと言うのか。こんな気持ち悪い男を、すみれはかばうというのか。美果は思わずすみれを怒鳴りつけた。

「米田さんのどこら辺が大人だっていうの!?本当に困っている時救ってくれた?バカじゃないの!?未成年のあんな写真撮ってアップして喜んでるような最低男を!?すみれ、目を覚ましてよ、騙されてるよ!!」

 強い口調で投げかけられるそのセリフを、すみれは静かに目を閉じて聞いていた。そして、ひと通り聴き終わった後、静かに目を開けて、言った。

「あのホームページは、あの写真は、私が望んだことなの。米田さんのせいじゃない。…これ以上、米田さんをバカにすると、私、美果でも許さないよ」

 すみれの美果を見る目は、美果が今まで経験したことがないほど、厳しかった。すみれがこんなに米田をかばう理由が分からない美果は、一瞬、自分には分からない魅力が彼に眠っているのだろうかと考え、米田の方を見てみた。米田は、美果をニヤニヤと眺めながら、すみれの頭をすりすりと撫でていた。やはり、とんでもなく気持ち悪かった。

 そんな米田の行動に、何も感じていないような様子で、すみれは真剣に話し続ける。

「私達、住む世界がもう違うんだよ。分かって、美果。心配してくれるのはありがたいんだけど、美果の子供っぽい理屈を私に押し付けて、お説教しないでくれる?」

 すみれは静かに続ける。

「私もう、美果みたいな子と付き合ってる余裕ないの。美果も、自分のレベルにあった子と仲良くしてればいいじゃん…。あの、山口さんグループの子達とかと…」

 それは、すみれと気まずくなってから、美果が仲良くしだしたグループの事だった。やっぱりすみれは気にしていたんだ、美果の心が罪悪感でいっぱいになった。

「…お話はもう終わりましたね?では、美果さん。これで私たちは行きますね」

 米田が席を立とうとすると、すみれが慌てて席を立つ。

「あ、待って。私、その前にトイレ行ってくる」

 そうして、テーブルに残ったのは、米田と美果の、ふたりだけになった。

 美果にとって、とても気まずい時間が流れる。米田は口を開いた。

「ミーちゃんさん、今まですみれと仲良くしてくれたこと、感謝しますよ。とても良い友だちだったみたいで」

 突然第三者に、自分とすみれとの関係を、知り尽くしたように話されて、美果はむっとする。それに気づいているのかいないのか、米田はそのまま続ける。

「けれど、貴方はすみれのことをなんにも知りませんよね?良い友達でしたけど、理解者ではなかった」

 理解者じゃない、という言葉に、美果は、腹を立てながらも、ハッとした。確かに、今まで、自分の夢を理解してもらおうとするばかりで、すみれの話を全然聞かなかった。美果は何も言い返せなかった。米田は続ける。

「すみれは、これから別の人生を歩みます。ミーちゃんさんは、もうすみれに会わないでくださいね」

 ちょうどその時、すみれがトイレから戻ってきた。

「米田さん、ただいまー、お会計済ませた?」

 すみれの登場に、米田はニコッと笑顔を浮かべた。

「まだですよ。今回は僕がおごるから、ミーちゃんさんは払わなくていいですよ」

「…」

 美果はお礼も言わずに、会計をする米田を店内において、すみれと二人で店を出た。

 肩を落とす美果の後ろ姿をみて、すみれは静かに口を開いた。

「ごめんね、美果」

 美果は、振り向きざまに、すみれに掴みかかって、こう怒鳴った。

「すみれのバカ!米田なんかに騙されて!いつか自分がどれだけバカな事をしたかに、気づくんだから!忠告はしたからね、あんたがもしどん底に叩き落されても、私はもう、絶対に救ってやらないんだから!!」

「…ごめんね」

 すみれは、ただ、悲しそうな目をして、謝るだけだった。

「どうして、ごめんねしか言わないの…。…何も説明してくれないの…?」

 美果は、すみれの反応に、力なくうなだれた。

 その時、米田がにやけ笑いをしながら、喫茶店のドアを開ける様子が見えた。こんなニヤケ顔の気持ち悪い男が、すみれを所有物みたいに扱う様子を見ることに、美果は耐えられないと思った。

 そうして美果は、さよならも言わずに、その場から走り去った。


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