第四話
その週の日曜日のことだった。
今日は米田との撮影会の日だった。いつも通り、代々木公園で集合して、写真を撮った後、三人は駅前のマクドナルドに入った。
ビックマックセットを食べ終わると、米田はナプキンで口の周りを拭きながら、おもむろにこういった。
「ランキングの上位に行くためには、そろそろこの方法だけじゃ、無理があると思うんですよ」
普段口数が少ない米田が、積極的に口を開いたので、すみれは多少驚きつつも、答えた。
「…実は、私もそう思ってました」
米田の意見は、的を得ていると思った。見かも、もはや何か新しい事をしなければと考えていた。
「なにか、米田さんは、案とかあるんですか?」
美果に促されて、米田が答える。
「ええとですね…。私たちは今、こうやって公園で爽やかな写真をアップロードしているだけです。そろそろこのような写真に、ファン達も飽きてきたと思うんですよ。だから、新しい事を何か考えていかないといけないと思ってまして」
「そのとおりだと思います」
米田から建設的な意見を聞くことができたのは初めてだった。
米田は続ける。
「それでですね、私がランキング上位に座しているサイトの特徴を分析したんですが」
「はい」
美果は、ぐぐっと身を乗り出して、米田の話に食いつく。一方すみれは、興味なさそうに、窓の外を眺めていた。
「ずばり、水着ですね」
米田は、自信をもって言った。
「水着の写真が載っているサイトはやはり、強いです。どうでしょう、お二人も、ファンへのサービスのつもりで、水着写真などアップしてみては…」
「水着ですか…」
美果は乗り出した身を、すっと後ろに引いた。しかし、一度同意されて、ボルテージが上がりきってしまった米田は、そんな美果の様子に気づかない。そのまま話を続ける。
「そうです、もしお二人がやる気があるというのならば、もちろん私は協力します。幸い、私は数着女性物水着を持っています。新品ですので、いつでも貸し出せますよ。ちなみに、補足しておきますが、私にはやましい気持ちは一切ありませんので、あしからず…」
「はあ…」
熱弁を振るう米田に、美果は完全に引いていた。この人は、恐らく、女子高生の水着姿を、個人的に撮りたいだけなんだろうな、そう思った。
その後、米田とのやり取りのすべてに、美果は生返事で返し続けた。もう米田の事を、気持ち悪いただの中年としか、見れなくなってしまった。
そうして、美香とすみれは、必死で水着を勧め続けてくる米田に、一切返答を返さないまま、夕方頃駅で別れた。
「ねえすみれ、うちらもう米田さんに会わないようにしようね」
「うん…」
美果の言葉に、すみれは小さく頷いた。
米田が撮影担当から外れた事は、彼の腕を思うと惜しい面もあるが、美果は、心のどこかで安心していた。
(米田に写真を撮ってもらわなくなったら、きっとサイトの人気もどんどん落ちていくはず…。そうすれば私、きっともう、すみれに嫉妬しなくて良くなる…)
しかし、米田の写真を掲載しなくなった後も、美果の予想と反して、すみれの人気はどんどんうなぎのぼりに上がっていった。美果は、すみれへの嫉妬心を必死で抑える為に、もはやサイトの管理を放棄して、閲覧しないようにしていた。
二人は、互いの関係性がギクシャクしている事に気づき始めていた。お昼ごはんを食べる関係のみ解消しなかったものの、日々の会話は減っていった。すみれも部活にどうやら顔を出さなくなったようで、美果がすみれの帰りを待つという関係性も、いつの間にか崩れていった。
そんなある日の事だった。
「美果、私、相談があるんだけど…」
放課後、すみれが美果に話しかけてきた。ここ最近、すみれは、自分が美果に嫌われてしまったのではという引け目を感じて、自分からは一切話しかけないようにしていた。そのため、このようにすみれから話しかけるのは、異例の事だった。
「どうしたの、すみれ」
美果は努めて平静を装って、いつも通りに答える。周りから見れば、二人は未だに仲が良い親友同士にしか見えないだろう。
「あの…気を悪くしないで聞いてほしいんだけど…」
すみれの言葉に、美果は眉をぴくりと動かす。嫌な予感がした。
「うん、いいよ、言って。なに?」
言いよどむすみれに、美果は早く喋るように促す。
「あの…あのね…」
すみれが口にした言葉は、美果にとって、最悪の言葉だった。
「私、小さなサークルさんから、お金払うから、声優の仕事しないかって言われてて…」
「ふうん」
美果は、それを聞いて、ニッコリと笑った。思いも寄らない美果の反応に、すみれは少したじろぐ。
「そうなんだ、やればいいじゃん」
美果は、笑顔一つ崩さず、言葉を続ける。
「私、すみれの事、応援するよ。私が昔、すみれに応援してもらったみたいに、笑顔で応援するよ」
「あ…ありがと…」
すみれは、美果の目を正面から見ることが出来なかったが、ペコリと頭を小さく下げて、おどおどしながら言った。
「わ…私、今お金がぜんぜん足りなくて、だから、今回だけだから、ちょっとやってみようと思って…」
そんなすみれに対し、美果は笑顔のまま答える。目だけか、確実に笑えていなかった。
「良かったね、すみれ。でも、ちょっと一人にしてくれないかな?」
「え…」
「ごめんねすみれ、私、泣いちゃいそうだから」
「あ…美果…!」
その言葉を聞いたすみれは、美果の顔を見つめた。その表情は、美果よりよっぽど苦しそうに歪み、今にも泣いてしまいそうだった。すみれは、美果の方向に手を伸ばす。しかし、その手をどうしたらいいのか分からず、結局引っ込めた。
「…ごめんね、すみれ。もう行って…」
ふるえる喉から押し出されたような美果の声を聞いて、すみれはくるりと後ろを向いて、そのまま教室の外へとかけ出して行った。
それ以降、もう二人は一切の会話をする事がなくなった。廊下ですれ違っても、もう挨拶すら、互いにできなくなっていた。美果は、クラスの他の女子グループに所属し、その中で、そこそこ楽しくやっていくようになった。一方、すみれは、他のグループに合流するのに失敗し、どんどん孤立を深めているようだった。そんなすみれの様子に気づいた美果は、少し心を傷めたが、しかしもはや、すみれに何かしてあげようと思えなかった。自分でも、それをとても性格の悪い醜い行為だと理解していたが、すみれに対するどす黒い感情は、美果の胸に深く刻まれ、消えることはなかったからだった。
二人が会話しなくなって大分経過したころ、美果は、久々にホームページにアクセスしてみた。
ホームページは、やはり更新を止めた時と、何ら代わりはなかった。アクセスカウンターだけ物凄い勢いで回っているので、きっと美果が見ていない間にも、すみれの美しさは話題になっていたのだろう。美果は、そのままBBSを閲覧しに行く。BBSの中には、出会い系サイトの書き込みと、すみれへの応援メッセージで、ぎっしり埋められていた。
美果にとってはもう、このページをこれ以上維持し続ける必要はなかった。
(もう、このサイト消しちゃおうかなあ…)
そう思った時、美果は一つ、異常に気持ちの悪い書き込みを発見した。
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名前:ななし タイトル:ありがとう
スーちゃん、パンツありがとう。スーちゃんの脱ぎたてパンツ、ホカホカですごく良かったよ。大事にするよ。またよろしくね。ミーちゃんのもぜひ欲しいな。
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「うわっ…」
美果はとても驚いた。冗談だとは思うが、あまりにも気持ち悪い内容だった。自分の顔写真が載っている場所に、こんな事が堂々と書かれてしまうのなら、もうこれ以上、このページを維持する必要は本当にないだろう。今後の自分の声優としてのキャリアとしても、確実に傷になる。
美果は、そのまま、ページを全削除した。