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第三話


 その次の日。4時間目の途中で、遅刻して来たすみれは、授業が終わるなり、美果の席に駆け寄ってきた。

「ねえ美果!」

「すみれ、今日どうしたの?遅刻なんて珍しいね」

「うん、まあちょっと怪我しちゃって…」

 美果はすみれの足元を見る。大げさなほど、包帯でグルグル巻にされたすねが見えた。

「大丈夫?」

「うん、全然大丈夫。それより美果、聞いてよ!」

「なに?」

「米田から、返信があった!」

「ホント!?」

 美果は思わず、大きな声をあげて、思わず立ち上がった。すみれの怪我の事は、その瞬間、美果の頭からすっかり消えてしまった。すみれは続ける。

「ほんとほんと。さっき携帯で見たの!凄いこと書いてあった!見せるから、東校舎の七階の踊り場の所でご飯食べながら見ようよ。あそこなら誰も通らないから、携帯使っても平気だし」

「うん!」

 そして二人は、指定の場所へとむかった。校舎の中で一番使用頻度が低い階段の踊り場は、とても日当たりが悪く、ほこりがうっすらつもっており、とても衛生的な環境とは言えなかった。しかし二人は、そんな事は意にも介さず、どっかりとそこに座り込んだ。座るなりお弁当を広げ始める美果とは対照的に、すみれは何も広げず、ひたすら携帯をいじっている。

「あれ、すみれはご飯食べないの?」

 美果は尋ねた。

「うん、持ってきてないの。朝から何も食べてないから、超辛いんだよねー」

「珍しいね、お母さん作ってくれなかったの?」

「うん。私の怪我の事とかでバタバタしちゃって、忘れちゃったみたい…。あ、ページ開いた」

 すみれは、携帯電話を、美果の顔の前に差し出す。美果は、モニターに映った文章を読み上げた。

---------

名前:米田 タイトル:だったら…

やっぱりあの写真、デジカメで間接撮影していたものだったんだね(苦笑)そうだと思った。もし私で良かったら、今度撮影してあげますけど、どうでしょうか。私は趣味がカメラなので、良いカメラを沢山持ってます。自分で言うのもなんですが、お二人の事結構可愛く撮ってあげられるだろうと思います。お返事待ってます。

---------

 読みあげてすぐに、美果は興奮して、喋りだした。

「すみれ、どうしよう。撮ってもらっちゃおうか!?無料で綺麗に撮ってもらえるなんて、中々ないよね!?」

 美果の問に、同じく興奮したすみれが、激しく頷きながら答える。

「ねっ、ねっ!?凄いでしょこれ、どうしようか!美果どうしたい!?」

「私!?私は、えーと…」

 撮ってもらえるならありがたいけど、でも親とか先生からも、知らない人と会うことを禁じられてるし…。でも…。

 美果は考えて、黙り込んだ。

 そんな美果の様子を見て、すみれは言う。

「美果、本当は撮って欲しいんでしょ?今は親とか気にしてるからちょっと迷っちゃうけど、親とか関係なかったら、本当は撮ってもらっちゃうでしょ?」

「そうかも…」

 美果は頷いた。

 だったらさ、とすみれは続ける。

「後悔するの嫌だからさ、とりあえず、やっちゃおうよ!美果はいっつも考えこんじゃうけど、何も考えずやったって良いと思う。知らない人は怖いけど、二人でいれば大丈夫でしょ!」

「そう…だよね…。そうだよね!」

 それを聞いて、美果は心に決めた。

「一緒に行こうすみれ、二人でいれば大丈夫だよ!」

 それを聞いたすみれは笑った。

「うん!なら早速、今から返信しなきゃね!」


****


 その週の土曜日。二人は原宿で、米田と待ち合わせして、会うことになった。

 待ち合わせ場所に二人の前に現れたのは、常に汗をハンカチでふきつづける、メガネをかけてハゲ散らかした、ガリガリのおじさんだった。サイズがやたら大きいグラデーションチェックシャツを、裾が詰まったケミカルウォッシュジーンズにインしているという、いかにもオタク的な格好をしていたが、悪い人ではなさそうだった。

 正直二人は合う前には『何か妙な事をされてしまうのでは?』と怯える気持ちもあったのだが、米田は結局最後まで、二人に紳士的に接した。米田は二人の要求通り、公園で写真を撮って、マクドナルドのセットメニューをおごって、そのまま帰っていった。

「ちょっとオタクっぽいけど、良い人だったね」

 米田が去ったあと、美果はすみれに話しかけた。すみれも答える。

「うん、そうだね」

「でも…なんだかちょっと、拍子抜けしたね」

「うん、わかる…」

 2人はその後、マクドナルドに数分滞在して、そのまま家に帰っていった。


 家に着いて、美果がパソコンを開くと、早速米田から写真が添付されたメールが届いていた。メールの本文は、撮影させてくれた2人に感謝するということと、すみれがとても可愛く撮れたので、すごく嬉しかった、ということだけだった。

 美果は、添付されている圧縮ファイルを開いてみる。そこには美果とすみれのツーショット写真が、およそ20枚程度、おさめられていた。美果は、それを一枚一枚確認していく。

 こうして改めて見てみると、2人の見た目の差は、歴然としていた。地味な顔立ちに普通の体型、ごく普通の高校生の美果の横に立つすみれの、この美しさ。高い身長、長い手足、小さい頭、大きな胸、白い肌。目はとても大きく、瞳は焦げ茶色、鼻は高く、唇は赤い。親戚のどこかにロシア人がいるらしい、というのも納得だった。

 一目で分かる、すみれと自分の歴然とした見た目の差、そして、自分に何の言及がされていない米田からのメールに、美果のプライドは少し傷ついた。しかし、彼女にはそんな事を気にする余裕はなかった。彼女には、ホームページを作れないすみれのかわりに、今すぐこの写真を、ホームページにアップロードする仕事があるのだから。


****


 米田に撮影してもらった写真を載せた瞬間から、二人のサイトのアクセス数は、爆発的な伸びを見せるようになった。

 二人と米田は、ほぼ毎週日曜日に公園に集まり、写真撮影を行った。米田との撮影回数も、この半年間で、40回近く行った。そうして、下位ではあったが、ネットアイドルランキングにランクインするようにまでなった。

「ねえねえ、すみれ、昨日私のハンドルネーム検索したら、ヒット数が150件超えてたんだけど!」

 今日も学校に遅刻してきたすみれに、美果は自分の名前の検索結果を報告に行った。

「150件!?すごいじゃん美果!この前は、漢字違いのが20件ヒットするだけだったのに!」

 すみれは目を大きく見開いて喜んだ。美果は笑顔を浮かべながら答える。

「うん、ちゃんと中身も確認したんだけど、ほぼ全部私の事が書いてあった!」

「よかったね美果!このまま有名になって、早く声優になれるといいね!!」

 素直に美果の幸せを喜ぶすみれの机の上には、コンビニのおにぎりが2つ置かれていた。

「ところですみれ、今日はお弁当これだけなの?」

「あっ…うん、そうなんだよね…。たまたま今日お母さん、具合悪くて作れなくって…」

 すみれの表情が一瞬だけ、暗くなる。しかし、すぐに何事もなかったかのように、明るい表情に戻る。その一瞬の表情の変化に気づかない美果は、そのまま会話を続けた。

「ふーん、そうなんだ…。でもこれだけじゃ足りないよねー?」

「ううん、私最近食欲ないから全然平気なんだー」

 美果はおにぎりを手にとって、賞味期限の欄を見た。すでに2日切れていた。何か、見てはいけないものを見てしまった気がして、おにぎりをすぐに机の上に戻す。そして、誤魔化すために、慌てて適当な言葉を口にした。

「ところですみれも、自分の名前で検索したらどれくらい出るか見てみたら?」

「うーん、私はいいよお」

 何となく気まずくなった美果は、自分の気分を変えるためにも、強引にすみれに検索をすすめる。

「いいじゃんいいじゃん、検索してみようよ!」

「やだよ~」

「じゃあ私の携帯で勝手に検索しちゃおっかな~。ハンドルネーム『神羅木すう』…と…」

 検索して出てきたその数字の多さに、美果は一瞬唖然とした。

 検索結果数、およそ1800件。美果の数字をゆうに10倍は超えていた。

「あっ、携帯フリーズした」

 美果はとっさに嘘をついて、携帯を閉じ、そのままポケットにしまった。


 実はもう美果は、大分前から気づいていたのだ。自分より、すみれの方が、圧倒的に人気があるということが。このところのBBSの書き込みも、ほとんどがすみれへのメッセージで占められており、美果に対するメッセージは、ごく一部だ。もう、サイトを見ている人たちは、美果を必要としていないのだ。

 美果は毎日、ホームページの維持管理をかなりの時間をかけて行なっているし、BBSの返信も、すみれよりずっとマメに行なっている。名目上、美果とすみれのホームページであるこのサイトは、実質的には、美果一人で運営しているホームページなのだ。また、すみれは映り方なんて研究していないが、美果は熱心に研究して、毎回綺麗に映ろうと努力している。

 ずっと昔から、美果の中に、すみれに対するどす黒い感情は渦巻いていた。しかし、美果はそれを今まで気づいていないふりをしていた。そうしないと、対等な友人としてやっていけなくなると、どこかで感じていたからだ。自分を真剣に応援してくれるすみれに対し、醜い気持ちを向ける事なんてできないと思っていたからだ。

 しかし、もうそろそろ、美果にも限界が近づいていた。

(私、こんなに努力してるのに、こんなに頑張ってるのに、なんでダメなの?すみれは何もしてないのに、なんでこんなに評価されるの?)


 自分の中に渦巻く感情を、はっきりと認識してしまった美果は、これ以来すみれに対し、いつも通りの態度を取る事ができなくなってしまった。しかし、すみれを憎む事だけはしないよう、必死で自分自身を押さえつけていた。


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