表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第二話

「美果、待たせてごめんね!」

 放課後、部活終わりのすみれが、扉をガラリと開けて、美果のいる教室に飛び込んでくる。教室の中には、西日を浴びて赤く染まった美果が、たった一人でぽつんと席について、雑誌を読んでいる。

「おつかれー、すみれ」

 美果は、読みふけっていた雑誌から顔を上げて、すみれにニッコリと笑いかけた。

 美果の元に歩み寄ったすみれは、美果が手にしている雑誌の表を見ながら言った。

「美果、また声優グランプリ読んでるの?本当に声優になりたいんだねー」

 間髪おかず、美果は答える。

「うん、なりたい!もう今すぐなりたい!」

 そして、ため息をつきながら、続けた。

「でもお母さんが、高校卒業してからじゃないと、声優の専門学校行かせてくれないって言ってるんだよね…」

「そうなんだ、良いお母さんじゃん」

 美果の焦りを知らないすみれが、あっけらかんと答える。そんなすみれに対し、美果はちょっとむっとした表情をしながら、雑誌の表紙に載っている女の子を指さして言った。

「でも、この声優なんて私と同い年なんだよ!?同い年でもうこんな活躍してるのに、私はまだ何もしてない…。焦っちゃうんだよ」

 美果の真剣な表情を見て、適当に答えた事を後悔したすみれは、今度は気持ちを込めて答えた。

「そうなんだ。美果、大変だねえ…」

「ほんと、もうやんなっちゃうよ」

すみれの答えに満足した美果は雑誌を閉じて、カバンの中に押し込みながら立ち上がる。そして、すみれの顔を見て、ニコリと笑って言った。

「よし、じゃあすみれ、帰ろうか」

「うん!」

 すみれもうれしそうに笑った。


 夕日の差す通学路を、遠回りしてゆっくり帰るのが、美香とすみれの中学生時代からの習慣だった。二人はこの帰宅までの長い時間を使って、互いの悩みや、今日あった出来事を報告しあっていた。

使い古してボロボロに錆びた自転車を押したすみれが、美果に話しかける。

「美果、この前の小テストの結果どうだった?」

「もちろん、満点だったよ」

 几帳面で努力家の美果にとって、満点を取る事は当たり前の事だった。すみれは目を丸くしながら答える。

「あんなに難しいテストだったのに、また満点だったの!?美果は凄いね…」

「そりゃそうだよ、だって大学の推薦取れなくなっちゃうじゃん。たとえ小テストだったとしても、細かく点数を重ねて、内申点をあげとかないとフリになっちゃう」

 そんな美果の返答に、すみれは少し戸惑うような顔を見せる。

「大学じゃなくって、声優学校に行きたいんじゃないの?」

「ううん、大学には行くつもり。声優学校は夜間の通うつもりなの。両親には勉強頑張るから、今から夜間に通わせてくれって言ってるんだけど、高校生のうちは夜遅くなったら心配だからって反対されてて…」

 自分と違って、しっかりと自分の将来の道を考えている美果に、すみれは尊敬の眼差しを向けた。

「そうなんだ…。美果はすごいね」

そう言ってから、すみれは突然何かを思い出したかのように、道の真ん中で立ち止まった。見かも思わず足を止める。

「…あのさ、美果。本当に声優になりたい?」

 何を今更、と思いながら、美果は答える。

「うん、そうだよ。もちろん」

「そうだよね…」

 すみれはそう言って押し黙り、何かを考え始めた。

「どうしたの、すみれ」

「うん…。ちょっと、言おうか迷ってたんだけどさ…」

 すみれは立ち止まって、カバンの中から一冊の小冊子を取り出して、美果に手渡した。その表紙には、見覚えのある女性が載っていた。

「なにこれ?声優の雑誌じゃん」

「うん、この表紙の人知ってる?」

「なんとなくは知ってるよ。林檎あかりでしょ」

美果はもう一度表紙をよく眺めてみる。ロリータ服をきてメガネをかけたこの女性は、間違いなく林檎あかりだ。インターネットにおける知名度は抜群なので、一応知ってはいるが、実際のところ、代表作はなんなのか、何故こんなに人気があるのかは、よく知らなかった。

「さすが美果、正解。でも、この人が一体どんな人なのか、知ってる?」

「ううん、全然知らない…」

 美果の答えに満足そうに頷いて、すみれは説明をし始めた。

「この人は、元々はネットアイドルをやっていた人なの。ライブ活動とかも色々して、それでネットで有名になって、今、声優としてやってる人なんだよ」

「へー、知らなかった!」

 美果は驚きの声を上げた。声優までの道のりに、専門学校に行く以外の、そんな別ルートがあったなんて、気づきもしなかった。

 しかし美果はふと思った。なんで声優に興味がないすみれが、こんな事を知っているのだろうか? 美果は、思った通りの質問を、そのまますみれにぶつける。

「すみれ、なんでそんな事知ってるの?」

 すると、すみれは面食らったような顔をして、答えた。

「えっ?だって、美果、声優になりたいんでしょ?でも、専門学校に行くまでまだまだ時間かかりそうだから、嫌なんでしょ?」

「うん、そうだけど…」

「だから、専門学校に行かなくても、声優になれる道が他にないか、探してきただけなんだけど…」

 当たり前のようにそう言うすみれに、美果は感激した。

「すみれ、悩んでる私の為に、一生懸命調べてきてくれたの!?」

 美果は、その場ですみれの手を固く握った。すみれも、少し戸惑いながらも、固く握り返してくる。美果は誓った。

「ありがとうすみれ!私、絶対に声優になってみせるから!」

 その言葉を聞いたすみれは、にっこり笑いながら言った。

「役に立ててよかった!私、美果の事、ずっと応援してるから!絶対声優になってね!」


****


次の日の放課後。いつものように、美果が一人待つ教室に、息を切らせたすみれが飛び込んでくる。

「待たせてごめんね美果!かえろう!」

「うん」

 美果はにっこり笑いながら雑誌を閉じた。

 誰もいない下駄箱にたどり着いたところで、美果は口を開いた。

「…ねえすみれ、私考えたんだけど」

「んー?」

 一列向こう側の下駄箱から、すみれの声が飛んでくる。

「私、昨日すみれが教えてくれたように、まずはネットアイドルとかから、始めてみようと思うんだ」

 脱いだ上履きをしまいながら、美果は言った。

「専門学校に行くまで、私待てないんだもん。もし、それが声優に直結する道じゃなかったとしても、今からでも名前を売りたい。何かしないと、落ち着かなくって…」

 すみれが下駄箱をぱたんとしめた音が聞こえる。すのこの上を、裸足で歩く音がする。美果が音の方向を向くと、そこには両手にスニーカーを持ったすみれが、笑いながら立っていた。

「私、大賛成!」

「ホント?ありがとう」

 美果は軽く飛び跳ねながら喜んだ。声優に直結するわけではないとはわかっていたが、それでもやっぱり、何か一つ、前に進めたことで、とても気持ちが楽になった気がした。

 そんな中、すみれは、両手に持った靴をぶらぶらさせながら、不思議そうな声を出した。

「…でも、美果、ネットアイドルってどんな事する人たちなの?」

「えっ!すみれ、私に勧めて来たくせに、自分では知らなかったの?」

「うん…実はなんにも知らないんだよねー」

「うーん、そうだなあ。多分、ホームページ作って、写真とか載せたりするんだと思うよ」

「そうなんだ…。あっ、じゃあ、この写真載せようよ!」

 すみれは、靴を床にトタンと落とした。そして、斜めがけにされた通学カバンの中から、何かを取り出す。

「これ、載せようよ!この美果、すっごく可愛く撮れてるから!」

 それは、美果とすみれが二人で、つい最近ゲームセンターで撮ったばかりのプリクラだった。確かに、目元に補正がかかって、美果の面影を残しつつ、実際よりかなり可愛く写っていた。

「うん、これいいね!」

 美果はプリクラを手にして、にんまりと笑う。

「でもすみれ。このプリクラ載せるんだったら、すみれも一緒に載っちゃうけど、いいの?」

「うん、別にいいよー」

 特に何も考えず、気軽に許可を出すすみれ。美果は少し、考え込んだ。

「…じゃあさ、すみれ。良かったら、二人でネットアイドルやらない?」

「えっ?」

 その言葉を聞いて、すみれは驚きの表情を浮かべた。丸くて大きな目を、更に丸くする。

「だって、私、一人だとやっぱり寂しいし…。すみれが一緒にやってくれるんだったら、私も、すごく嬉しいんだけど」

「そうなんだ…」

 すみれは、今度は少し考えるような表情を浮かべた。しかし、すぐに結論を出した。

「お母さんに怒られるかもしれないけど…。でも、バレなきゃ大丈夫だよね、きっと!いいよ、一緒にやろ!」

「やったあ!」

 美果は手を叩いて喜んだ。美果の頭の中は、アイドル声優ユニットとして、ステージの上で歌う二人の姿が、すでに思い浮かんでいた。


 そうして、二人がホームページを立ち上げてから、三ヶ月後。

 二人は、精力的にプリクラを撮って、ホームページにアップロードし続けたが、まるで反応がなかった。BBSには、未だ一度もまともな書き込みはなく、出会い系業者の書き込みで埋まっていた。

「…全然うまく行かないねー。何でだろ…」

 二人は、図書館に置かれたパソコンの前で、自分たちのサイトを開きながら唸っていた。

「ランキングに入るどころか、一日2アクセスくらいしかないんだけど!なんで?」

 美果の問に、すみれが首をひねりながら答える。

「全然わかんない…。ランキングに入っている子たち、全然可愛くないのに…。うちら、一体何が悪いんだろう…」

「だよねー…。全然わからない…」

 美果は深い溜息をつきながら、マウスを動かす。

 どうせ何も書き込みが無いだろうが、一応、設置されたBBSをクリックしてみる。

「また、出会い系ばっかり!」

 スクロールさせながら、美果は声を荒らげた。

 そんな中、すみれが、急に身を乗り出して、モニターを見始めた。

「美果、ストップして!」

「なに?」

「出会い系じゃない書き込みがある!」

「えっ!?どこどこ!?」

 美果は、スクロールしすぎた画面を、急いで上に戻す。

「これこれ!この『米田』って人!」

 すみれが、一つの書き込みを指さした。

「ホントだ…」

 二人は、モニターにかじりついて、その書き込み内容を見た。

---------

名前:米田 タイトル:はじめまして

お初です。米田と言います。

今回初めての書き込みなんですが、実は私、このページは、一ヶ月位前から、毎日欠かさず見ていました。スーちゃんもミーちゃんも、とっても可愛くて、大好きです!これからも見てますので、よろしくお願いします!

P.S. 掲載されてる写真は、プリクラを、デジカメで撮ったものですよね?他の一般的なネットアイドルのページより、画質がちょっと落ちるので(苦笑)気になってしまいました…

---------

読み終わった二人は、感嘆の吐息を漏らした。そして、何度も何度も、この文章を読み続ける。

「うちらがプリクラをデジカメで撮ってる事、すぐにバレちゃったね…。この人、凄い人だね…」

「うん、そうだね…」

「っていうか、美果!今すぐ返事書いちゃおうよ!」

「あっ!そうだね!!」

 美果は、急いでカーソルを空欄に合わせて、キー入力を始めた。

---------

名前:ミー&スー タイトル:Re:はじめまして

はじめまして米田さん!ミーとスーです。書き込み有り難うございました。大好きって言ってもらえて、とっても嬉しいです!これからもよろしくお願いします!!!!

P.S. はい、プリクラはデジカメで撮ったやつです。よくわかりましたね、凄いです!

---------

「すみれ、これでいい?」

「うん、投稿しちゃえー!」

 すみれに促されて、美果は投稿ボタンを押す。

 すると、画面がパッと切り替わって、赤文字で「投稿しました」という表示が現れた。

「よかったね美果、ついに書きこんでくれる人が出てきて!」

 笑いながらすみれが美果の顔を覗き込んだ。

「うん、よかった!超良かった!!見てくれてる人がいたなんて!嬉しい!」

 美果は、すみれの目を見て、嬉しそうに笑った。その顔を見て、すみれも思わず、笑みを浮かべて言った。

「美果の夢が、一歩近づいたね!早く返信来るといいなー!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ