第一話
2011年11月の事だった。会社から家までの寒い道のりを歩いて帰ってきて、今からお茶でも飲んであったまろうかという美果の元に、一本の電話がかかってきた。
「もしもしー?」
電話の相手は、聞きなれた声の持ち主。実家の母親からだった。
「なに急に。どうしたのー」
美果はお茶筒を開けながら、適当に相槌を打つ。
「んー、うん、うん。ふーん、私宛にハガキが。誰から?…えっ!?」
その差出人の名前を聞いて驚いた美果は、その場で茶筒を落とした。
「ああ、うん、ごめん。びっくりして茶筒落としちゃった。大丈夫、後で掃除機かけるから…」
もはや散らかった茶筒のことなんてどうでもよかった。手紙に書いてあるのは、どんな文章なのか。ただそれだけが、気になっていた。
「それで?続けて」
電話の向こうの母親が、一呼吸おいてから、ハガキに書かれた文章を読み上げ始めた。
『突然ごめんね。高校の同級生だった、宮下すみれです。十年ぶりだね。久々に美果に会いたくなってしまい、クラス名簿を引っ張り出して、当時の住所に手紙を出してみました。もう引っ越していて、このハガキは届かないかもしれないけれども、もし無事美果の手元に届いているのなら、連絡をもらえると嬉しいです。メールアドレスは…』
「あ、ごめん、待って!」
美果は急いで床に散らかるちらしを机の上に載せ、ペンのふたを口で開ける。
「よし、準備OK。メールアドレス言って」
一文字ずつ確認しながら、美果は手元にあった紙とペンで、丁寧にメールアドレスを書き取る。
「…よし、書き終わった。ありがとうお母さん、教えてくれて。うん、うん、ありがとう。じゃあまたね。来月また帰るから。うん、また」
通話終了ボタンを押し、美果はすぐさま、携帯電話に今聞いたアドレスを打ち込み始める。
「えーと…『ハガキありがとう。十年ぶりだね。私、ずっとすみれがどうしているか、気になっていたよ…』と…」
メールを打ちながら、美果は思い出していた。十年前の、まだ女子高生だったすみれの事を。