9
パンを焼いている間に、お湯を沸かし紅茶のティーバックを用意する。
寝不足気味だということと一時間ばかり早いことを除けばいつもの朝と変わらないことに私は安堵した。
弟がシャワーを浴び終わるまでは一人の時間。
さっきの階段下でのやり取りを思い返す。意識しないようにするのは無理だけど、両親の前で普通さを装う程度なら大丈夫かも。
……ってゆーかさー!!!
私は再び熱を持ち始めた頬を両手で押さえて、一気にしゃがみこんだ。
思い返してみると、どうもこれまで隆哉に自分から抱きつくことはあっても、あっちから私にってのは無かったような気がする。
昨晩からのあの攻撃モードは何。
何かが乗り移ったって聞いても信じるよ、私。
私が認識してた弟ってのは、爽やかピュアそこそこイケメン青春サッカー少年であって。
お姉ちゃんに背中から抱きつかれて照れつつそれを押し隠して「うぜー」とか言っちゃうキャラで。
だから、あんなのは知らない。
あんな、まるで男、みたいな弟は。……イヤ確かに男は男なんだけど。
よく考えて見なくても隆哉は十分男の子だって認識はしてた。
でも弟だってことで、スキンシップしすぎてたかも、ブラコンかもって自分で思うくらいには。
私が接触しすぎたせいで、思春期の少年的な勘違いをしてしまったのかもしれない。ホラ、身体の親しさ=高感度、みたいな。
うわー、私のせいかも!!弟を健全な道に引き戻さなきゃ。
……家族、なんだから。
本当に大切な家族なんだから。
喉の奥からうなり声を出しつつ私が昨晩と同じように思考のエンドレスループに陥っていると、足音と共にリビングのドアが開いた。
「……何やってんの。」
ワシワシとタオルで頭を拭きつつ、近づいてくる。
昨晩も風呂上がりだったから、今朝は汗流しただけなんだろう。じゃなきゃ時間的に早すぎる。
わたしはしゃきん、と気合を入れて立ち上がり、冷静さを装う。
トースターの方へ移動しつつ、隆哉と距離をとった。
もうとっくにお湯沸いてたし、パンも焼けている。
「別に。前から思ってたけど、隆哉、一日でシャワー何回浴びてんの。」
「んー、ベタベタすんの気になったらだから、部活終わったらと寝る前か朝どっちかで大体二回位?」
「ふーん。」
結構綺麗好きだな。
確かにいつ隆哉に接近しても男の子にしては爽やかな石鹸の香りがしてたような。
「不潔だって、嫌われたくないんで。」
思わせぶりな笑顔を向けられたが、気がつかない振りをする。
「テスト、頑張ってね。寝ないように。」
「まぁそこそこ大丈夫だろ、数Aと現文だから暗記物じゃないし。」
隆哉はソファーに座ってテレビをつけた。