7
私もそれほど空気が読めない人間ではないから、隆哉の視線や態度になんだか落ち着かない気持ちになることは時々あった。でも、それを否定したい思いが強くて、姉弟なんだからって余計不自然に構ったりしてたのかもと今は思う。
だから「私も好きだよ、可愛い弟だもん」なんていう逃げ方は許してもらえそうにないことは一瞬で理解した。
そんなことを冷静に考えてる状況ではないんだけど。
「そっか。」
私の口から初めに出た言葉がそれだったことに、隆哉は拍子抜けしたみたいな表情を見せる。
「随分な反応だね。」
「どんなのを予測してたわけ?」
私はなるべく感情を込めず、そう返答しながらドアとの距離を目で測る。最悪トイレに逃亡しよう。
「ふーん。」
隆哉は面白くなさそうに笑って、ベットから立ち上がった。
そう広くもない私の部屋だ。距離が一気に縮まる。
「冷静に応対してオレの頭を覚ましてくれようとしてくれるってこと?」
見下ろされた視線は攻撃性に溢れていて、視線を逸らすことすら許そうとしてないのが伝わってきた。
……私の心、既に折れかけてきた。
多分隆哉はこの部屋に来る前に私の反応なんて100通りくらい予測してて、その対処策も十分に練っているような、そんな気がする。
そういう人間だ。
「悪いけど、もう冷静に考え尽くした結果、コクりにきたわけだから。」
笑顔を崩さないけど、全然いつもの隆哉と違う笑い方だった。
「じゃなきゃ、いつまで経ってもお前にとってオレは弟のままだし。」
「だって、弟でしょ。」
間髪いれずそういうと、隆哉の目がギラリと光った気がした。
「……変なのがオレだってことは分かってる。」
押し殺したような声だった。
「でも、何も言わないでずっと一緒にいるの、苦しすぎるんだ。」
思わず私は隆哉から目を逸らした。
「どうしたいのか、全然わかんないよ。」
ぽつりと小さく呟いた。
思いが叶ったとして、余りに行き場のない関係ではないか。……お父さんやお母さんの顔を思い浮かべて、胸が痛んだ。
眉を寄せて隆哉を見上げると、彼は小さく息を吐いて腰を落とした。
しゃがむと、今度は椅子に座った私のほうが視線が高くなる。
「実のところ、オレもどーしたいのか良くわかんないんだよね。」
はぁ。
私がぽかんとした顔をしたのを見て、隆哉も可笑しそうに笑った。年相応の笑い方。
戦闘態勢解除かも。
私はひそかに体のこわばりを解いた。
「何ソレ。そんなこと言われても困るよ。」
よし、このまま和やかムードに移ることを狙おう。
「もっと、困ってよ。」
「あーうん、って」
安心しかかって気を抜いていただけに、言葉が頭にストレートに入ってくる。
隆哉の笑顔は、再び攻撃的なものになっていた。
「お前が、もっとオレのこと、色々考えて悩んだり困ったりするところ見たいんだ。」
強く左手首をつかまれ、そこから熱が伝わってきた。
「オレばっかりお前のこと考えて、不公平だと前から思ってた。お前も同じくらい悩めばいい。」
「何、それ。」
掴まれた手を振りほどこうとするが、反抗した瞬間力が込められて、かなわない。
「だから、隆哉とはずっと一緒にいるわけだし。」
腕を掴む隆哉の手に視線を向けながら、私はボソボソと言った。
「姉弟だし、そういう対象には全然見られないって……。」
「見てよ。」
「無理だって。」
「……ずっと一緒だからだめだっていうなら、同じだけ離れたらいいってこと!?」
その口調は激しくて、私は口を閉じた。これほど真剣な瞳に対峙したら、茶化してごまかすことなんて無理だ。
どこでこんな大人な表情を学んできたんだろう。
掴まれた手を一気に引かれ、かき抱かれた。
「そんくらいなら、待つ。……いつまでだって待つ、良いって言ってくれるなら。」
……なななな。
なんだこの状況ーーー!
血液が沸騰しそう。
私の頭は混乱状態だ。
ややや、やばし。まじやばし。
自分から弟に抱きつく分には感じなかったが、彼の腕はしっかり筋肉がついていてすっかり男のものだった。
二つも年下のつい二ヶ月前まで中学生だった弟に圧倒されている。
振りほどこうにも、隆哉は小学低学年からサッカーに親しんできた少年だ。体育会系を甘く見てはいけない。
というか。
「窒息するってー!!!」
首筋でもがくと、隆哉の肩がびくっと動き一気に体が離された。
「くっ、首に口当ててしゃべんな!!」
頬が真っ赤になってるけど、それを突っ込む余裕なんて無い。私だって負けてないくらい、赤面してると思う。
「とにかく、意味分かんないからっ!」
立ち上がった隆哉の背中をぐいぐい押して、部屋から押し出す。
勢いが大切。力じゃ負けるから、気迫では勝つべし。
「さっさとテスト勉強しなよ!馬鹿、アホ!変態!エロス!!」
とりあえず思いついた罵声を浴びせ、部屋から追い出した。
あ、鍵。
私は少しばかりためらった後、それをかけた。がちゃりとやけに重い音がした。
なんだか頭が混乱していて、勉強机に向かう気にはもうなれない。
熱い頬を押さえてベットにもぐり、体を丸めた。
「あーーーーー」
枕に顔をうずめて、ジタバタした。なんなの。
ほんとに、なんなの。