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二階の自分の部屋に入り、学習机に向かう。
テストが終わったからって気を抜くことなんて出来ないのだ、受験生だし。
今日行われたテストの自己採点と分からなかった問題を分かるようにする、それがノルマ。
この地区で一番上位の公立女子高校に通うことができ、その中でそれなりの成績を維持出来ているのは毎日の地道な努力のお陰だ。
何だかモヤモヤする両親の含みのある会話や隆哉の妙な態度も、集中してる間は忘れることが出来る。
私は息をゆっくり吐き出し、目の前のテスト用紙に意識を集中させた。
トントン、というノックの音に気がついたのは部屋に戻ってから二時間ばかり経った頃だろうか。
「何?」
「……入っていい?」
隆哉の声だ。
「ちょっと話、したいんだけど。」
「どうぞ。」
「鍵、かかってねーんだけど。」
不機嫌そうに入って来た隆哉は風呂上りらしくグレーのスウェット上下、濡れた髪といういでたちだった。
「隆哉だっていつもかけてないでしょ。」
何をいまさら。
手元のノートから視線を外さずに私は応対する。
私が隆哉の部屋に乗り込むのは日課の事だけど、隆哉が私の部屋に来るのは久しぶりかもしれない。
何だろう、テスト前の最後の神頼み的な何かだろうか。
「お前はかけろ。」
後頭部にチョップされ、ノートに書いていた字がゆがんだ。
力加減してるのは伝わってくるけど、ソレ十分痛いから。
「ちょっと!この問題が解けるまで、ベットに座ってて。」
怒りを込めて隆哉をにらみつけると、彼はあっさり頷いて背後のベットに移動した。
勉強に区切りをつけるまでの時間ずっと背後に強い視線を感じて、全然落ち着かない。
何だろう。よほどの難問か。
隆哉も勉強は出来るほうだし、とにかく要領が良かった。
私は120点分の勉強をしてどうにか90点をとるタイプだが、彼は90点分の勉強で確実に90点をとる。
真似はできないけれど、その才能はうらやましい。
「お待たせ、何の用?」
首の筋を右に伸ばしながら椅子を回転させ、隆哉に向き直る。
「数A?物理?生物は私、教えられないよ。」
「勉強についてじゃない。」
むっとした表情で隆哉は私を見据えた。
「やっぱり、お前はスルーしてる。」
その表情は昼に見た覚えがあった。
この雰囲気は良くない。
頭の中に警報が鳴り響いたが、私には隆哉の感情を制御することは出来なかった。
「悪いけど、昼言った通り、もう我慢しないから。」
頬をわずかに染めて、私に向き直る。
「なんか、意味わかんないけどお前が泣いてなぁなぁになったままじゃヤだし。」
「はぁ。」
やけに気が抜けた返事が私の口から紡ぎだされる。私はとても逃げ出したい気持ちになっていた。
「でもさっきお前が泣いた顔、けっこうキタけど。もっと泣かせたいっていうか。」
「そですか。」
「オレ、良く考えたらずっとフォワードなんだよね。」
「そうなんですか。」
だから何だ。
魂を遠くに飛ばしたいなぁ、どうすればこの空気を壊せるのだろうか。
「話、聞けよ。」
隆哉の声が一気に低くなって、私は全身が震えた。
こ、こえー。本気だ、彼は。
「何、怖がってんの?」
彼のいつもは爽やかスポーツマン風な顔は、現在邪悪な笑みに支配されていた。
「オレは、庸ちゃん……庸子の事が好きなんだよ。『お姉ちゃん』としてじゃなく。」
逃げ場は、無かった。