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「よし、これで最後。」
言いながら箸を水切りして、水切り籠に入れる。
拭いて食器棚へ返す仕事に移ろうかな、そう思って顔を上げるとお母さんと目が合った。
「いつもありがとう。」
急にお母さんにそう言われて、なんだか照れくさくなる。
「何、いきなり。」
いつものことじゃん。
「なんかね、庸ちゃん良い子過ぎて時々心配になる。」
小さいお母さんが腕をいっぱいに伸ばして、私の頭を撫でた。
「あんまり頑張り過ぎなくていいんだからね。もっと我侭言って良いんだからね。」
……、なんだろう。
じんわりした暖かさと共に、すごい焦燥感が私の心に急速に広がる。
心臓がぎゅっと縮んだ感じがする。
「頑張ってなんか、ないよ。」
なるべく冷静を装って声を絞り出す。
もっと頑張んなきゃ。
もっと頑張んなきゃ。
もっと頑張んなきゃ。
『要らない子の癖に』。
あの魔女の言葉を頭から追い出すには、全然足りないよ。
テストで分かんない問題があった。
洗濯物、今日できてない。
昼寝して無為に時間を過ごした。
セイリのせいにして、感情コントロールが滅茶苦茶なのをごまかしてる。
もっと完璧にならなきゃ。
今の頑張りじゃ、全然足りない。
「全然、頑張ってなんか、ないよ。」
にこりと笑うとお母さんも笑ったけど、少し寂しそうに見えた。
実のところ、お母さんと私は全然血がつながってない。後妻と娘って関係だ。
私が生まれて割とすぐ、お父さんは離婚して私を引き取った。そして、私を預けていた保育所の職員だったお母さんと出会い再婚して隆哉が生まれた。
私だけが血のつながりからずれている。
お母さんと私の関係はとても上手くいっているけれど、事実は覆せない。
外れている存在。
『要らない子の癖に』。
またあの女の声が耳元でして、私は唇をかみしめた。
「もうすぐ18歳なのね。」
気を取り直したようにお母さんが言った。
「あっという間に大きくなっちゃうもんねー。」
カウンター越しにお父さんに視線を送る。
「ねぇ、あなた。」
お母さんの声のトーンが少し変わった。
「庸子に判断させるべきじゃないのかな。」
……何をだろう。
「何だ。」
無表情にお父さんは答える。大きくはないけど良く通る声だ。新聞から顔を上げない。
「話した上で……。」
「由紀。」
静かだけど有無を言わせない勢いでお父さんはお母さんの名前を呼んだ。
「お茶。」
お母さんにそれ以上言わせないつもりみたい。ほんと亭主関白ヤローだ。
なんだか何時に無く妙な雰囲気だけど突っ込まないほうが良い気がして、私は二階の自分の部屋へ戻ることにした。
「俺たちが親なんだから……。」
部屋を出る瞬間お父さんがそうお母さんに言ったのが耳に入って、気恥ずかしい反面どんな会話内容なのか気になった。
すごく立ち聞きしたい。でも聞かないほうが良い、本能的にそう思った。