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ファミリーラヴァーズ  作者: シンタグマ
第三章:天王山の冬休み
29/30

今回二話更新です。

  師走は逃げる。月が始まったと思ったら、もう冬期休暇前の終業式になっていた。

 平日は朝から晩まで予備校、高校は一度の登校日を除いて全く行かなかった。推薦で入学が決まった友人を祝い、自分も頑張らねばと決意を新たにする。

 いつもは午前中予備校に行きそのまま昼食も晩もコンビニか持参したお弁当で済ませるけれど、今日は久しぶりに家で昼食を食べようと思った。


 帰宅したら玄関に大きなローファーがあるのを見て、隆哉も帰宅していることが分かった。最近全然炊事出来ていないから申し訳ないけれど、大目にもらっているお小遣いでスーパーやコンビニでお弁当買ったり、パン屋でパン買ったり好きなようにしているみたい。

「ただいま」

 声をかけてリビングに入ったけど、誰もいなかった。自分の部屋に入ってるのかな。

 ちらりとのぞいた台所がごちゃごちゃしていたから、制服のまま上からエプロンを着て洗い物をする。

 お昼は何にしようか。

 冷蔵庫の中は朝食でつかうものくらいしか入っていないことを確認して、ミートソースのスパゲッティでいいかと呟いたところで、隆哉が階段を降りてくる音がしたので顔を上げた。

 すたすたと勢いよく隆哉は台所入口まで歩いてきた。

「あ、おかえり」

「いや、それ言うの俺だし。今日は、昼、家?」

「うん、スパゲッティでいいかなー。缶詰だけど」

「全然良いです」

 よし、決まった。

 隆哉には台拭きを渡してテーブルを拭いてもらって、私は早速パスタをゆで始める。

 五分。今の間に地理総まとめの三十九ページを暗記しよう。問題集を片手にブツブツ言う私をみて、隆哉は物言いたげにしつつも言いかかった言葉を引っ込めて椅子の方へ戻っていった。


 久しぶりの一緒の食事だ。

 会話は余り無く、テレビを見つつもぐもぐとマッシュルーム入りのミートソーススパゲティを口に運ぶ。

 テレビの液晶にはおいしそうなチョコレートケーキが大写しされていた。おいしそう。

 お母さんが働くようになるまでは、毎年三人でケーキを作っていた。市販のスポンジケーキやロールケーキを買って、クリームやチョコをトッピングするだけだったけど、すごく楽しかったな。

 昔のことをぼんやり思い返している間に、隆哉はぺろりと一皿食べ終えシンクにお皿を置きに行った。隣の椅子が引かれ、私は我に返った。

「食べさせてあげようか」

 隆哉は椅子に座りながらいらずらっぽい笑みを浮かべ、そう言った。

「結構です」

 反射でびしっとそう答え、椅子を隆哉と可能な限り遠ざけた。

 油断禁物。なんかこんなやり取り前もあったぞ。

「悪いけど、私今余裕ないから」

 何か言われる前に先制で言っておく。

 隆哉の悪ふざけの相手をする余地なんて無い。

「わかってる」

 隆哉の一言は沈んだ調子で出されたから、それ以上は何も言えなくなってしまった。

 しばらく会話が無いままに、私は集中してスパゲッティを口に入れる。受験のプレッシャーからか最近胃が重く、すぐにお腹いっぱいになってしまう。

 私がどうにかお皿を空にして水を口にしたのを見計らって、隆哉はこう問いかけてきた。

「今日の夕食は家で食べるんだろ?」

「えっと……これから予備校へ行こうかと」

「夜まで?」

「うん、そのつもりだったけど」

 隆哉は私の答えを聞くと、下を向いて息を吐いた。

「予想はしてたけど、ちょっと根詰めすぎじゃない? 顔色悪いよ」

「仕方ないでしょ、受験甘く見ない方がいいよ」

 冗談めかして明るくそう言った。お皿、下げて洗って、予備校へ行く支度しなきゃ。

 お皿に手を添えるのと、その手首を隆哉に掴まれたのはほとんど同時だった。

「ちゃんと寝られてる? ここ一か月、朝まで起きてるんじゃないの」

 胸がどきりとした。

 ちゃんと、部屋の電気は消している。起きている時は机の電気だけつけている。

「……寝てるよ、ちゃんと」

 最低二時間は。

 答えながら、空の手で重ねられた隆哉の手を剥がし、椅子から立ち上がる。

 睡眠はいつも浅く、受験番号が見つからない夢ばかり見る。だから、起きて時計を見て受験までの残された日付を確認し、問題集を開く。

「頑張るのは偉いけど、頑張りすぎないでってこと」

 軽く言われた隆哉の言葉にかちんと来る。

 頑張り屋じゃなきゃ、私は認められないんだよ。隆哉とは、違う。

「だから、今日くらいは家で過ごしなよ」

「……勉強、しなきゃ」

 お皿を持って台所へ回り込む。

 なんだか隆哉、今日は本当にしつこい。

「ちょっとだけ、一緒にメシ作るだけも、ダメ? だって今日はクリスマスイブだし」

 ああ、そうだ。だからさっき、あんなにテレビでケーキアピールしてたのか。すっかりわすれてた。

 私の表情を見て、隆哉はわざとらしく肩を落とした。

「クリスマスくらい覚えておこうぜー」

「受験生ですから」

 もっともらしく言って、私はお皿を洗い出す。 

「俺用意するし、……冷凍庫、見た?」

「見てないけど」

「……アイスケーキ、買ってあるし。一緒に、食べよう。一人じゃ、寂しいっていうか」

 はぁ、と私は溜息をついた。

 しつこい。

「友達、家に呼んだっていいよ。夜八時……うーん九時くらいまでに解散すれば」

「今声かけて来るかって。それに、友達より俺は庸ちゃんと一緒にいたいの」

 駄々っ子のような言葉だった。

 幼稚な言葉に頬が一気に熱くなる。ほんとうにもう。

「あたしは、勉強がしたいの」

「クリスマス位、好きな人と一緒にいたいって思って、悪い?」


 胸ときめくというよりも、怒りに火が付いた言葉だった。

 なんでもいいから八つ当たりしたい、私の精神状態は自覚しているより遥かに崩壊寸前だったのだと思う。


 弟が私のこと、異性として好きなんだって。

 なんで心の中にしまっておけなかったのかな。

 本当に好きなら、思うだけで満足出来なかったの。

 幸せになって欲しいからこそ、心に留めておく事は出来なかったのか。

 私は、そうしたかった。

 そうしなきゃ、いけない。

 そうでしょ、お父さん、お母さん、そう呼んでいる人たちの信頼を損ねたくない。

 ……そう強く思ってたのに、忌々しいこいつは後先何も考えず、突っ走りやがって。

 受験や、家族の血筋に関するややこしさ、それに合わせて家庭内で恋愛問題なんて起こったらたまったものじゃない、そう思っていたのに。

 私は確実に破壊衝動にとらわれていた。


「好きだ好きだっていうけれど、隆哉はその好意で私に何をくれるの?」

 涙の代わりにこぼれたものは、冷笑を交えたナイフのような言葉だった。

「隆哉は、良いよね。喜ばれて、必要とされて生まれてきたんだもんね。欲しいもの欲しいって言えて、素直で真っ直ぐで、そういうところ本当に、」

 眩しい。

 羨ましい。

 微笑ましい。

 好ましい。

 愛しい。

「うざったい」

 言葉に出すと同時に、胸が痛む。すっきりするよりずっと。

 隆哉の表情を確認する余裕も無く、その横をすり抜けて部屋へ上がろうと、したのに。

「……離して」

 横から抱かれるように止められて、低いはっきりした声が耳に入った。

「嫌だ」

「離してよ」

 身をよじるけど、全然隆哉の腕の力は弱まらない。

「あーもう、なんでこんな日に喧嘩になるんだよ」

 小さい声で苛立ったように言われても、あんたが悪いとしか思わない。

 私は離れようとする作戦を変え、隆哉の方を向くように体の方向をねじった。抱きつくように。

「ちょっと……!」

 とまどった隆哉の声にも、抑止効果は無い。

 そのまま全力で体当たりしたら、結構簡単に隆哉は仰向けに倒れた。

 フローリングに頭をごちんと打って痛そうに顔を歪める隆哉を体の下に敷いて、上から眺め下す。

 これから更にひどいことを言ってしまうだろうという予想は十分あったけれど、止められなかった。衝動を、止められない。

 典型的ないい子の自分を壊したいような、理想の境遇で充実した青春を送る隆哉に一生残る傷をつけたいような、そんな衝動が湧きあがる。

 あざけりを含んだ声音を作り、問いかける。

「姉弟で、おかしいと思わないの。そういうの、やめてくれるかな」

 隆哉の喉から息をのみこむ音がした。

「一般的に人間って、小さい頃から生活している相手には性的な興味、持ちにくく出来ているらしいって、知ってる?」

「……」

 隆哉の溜息は戸惑いのためか、かすれていた。

 目線が泳いでいる。

 より深い傷をつけるには何ていえば効果的だろうか。

「ずっと一緒にいるから勘違いしてるんだと思うけど」

 私は目線を嫌でも合わそうとしない隆哉の頬を見下ろして、その胸に顔を寄せた。

「別に好きって訳じゃなくても、こういうことできるとは思わないの?」

 心臓の音が聞こえる。きっと私のものも、同じリズムで鳴っているのだと思った。

「こういうことがしたいって意味の好きなんでしょ」

 もっとそばにいたくて、わかりあいたくて、受け入れられたい、思いあう二人の帰結点。

 汚らわしく、いやらしく、誰にも言えないような、そういうこと。

 私は暗く哂って、馬乗りになった身体をずらし隆哉のシャツの裾をまくりあげた。

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