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すぐにでもベットに倒れこみたい位疲れていたけど、眠れる気は全くしなかった。
薄く目を開けて隆哉の背中を見る。綿のシャツは柔軟剤の匂いがかすかにした。自分の体とは明らかに違う暖かさが隆哉の首筋と触れている私の頬から伝わってきて、鼻の奥がつんとした。
一人じゃなくて良かった。
何も感じないなんて嘘だ。
どう表現すればいいか分からないだけ、ただ思考停止してるだけ。
なぜ生んだ娘を捨てれたの。
非難すればいいじゃないか。
なぜ赤の他人を引き取ると決めたの。
単純に聞けばいいじゃないか。
どうして良い子の振りをするの。
大人の前で毅然とした態度を見せようとするのは、私の下らないプライドのせいだ。
進路のことに集中しなきゃ。こんなことグズグズ考えるなんて時間の無駄だよ。
とりあえず受験を乗り切って、それから親に聞いてみればいい。
優先順位を考えなきゃ。
「がんばろう。がんばんなきゃ」
ぎゅっと目を閉じて自分に言い聞かせたと同時に、隆哉の頭が動いた。
「わわっ」
ソファーとサイドテーブルの隙間に挟まれたまま、隆哉が上半身を起こすのを見守る。
まずい。起こしちゃったことも、この距離も。
「……」
隆哉と目が合うとその瞳が一瞬大きくなった後、何故か不機嫌そうな表情になった。
「ごめんね、起こした?」
隆哉の横の座席に両肘をついて、ちょっぴり上目遣いで謝ってみた。
「ちょい前から起きてたけど」
隆哉は首筋に手を当てて頭を傾けながら、私を見下ろした。
「随分遅かったね、どこ行ってたの」
「えっと、友達と夕食、食べてて」
畳み掛けるように隆哉の問いは続いた。
「そんな服、持ってたっけ」
「えっ、着たのは今日が初めてだけど……」
急に服装について触れられてビックリし、思わず横目でドア付近に置きっぱなしの紙袋を確認してしまった。あの中には制服が突っ込んであり、紙袋には美容院の名前が印字されている。隆哉より先にここを出てアレを部屋に持って行かないと。
「なんか雰囲気違う」
あれこれ考えていたら、急に隆哉の顔が近づいていて、思い切り仰け反ってしまった。
近いから。ちょっと近すぎだから。
「匂いも違う」
耳に息がかかりそうだし。
「もう一度聞いていい、どこ行ってたの」
口調は優しいし口元も笑顔なんだけど、隆哉の目は全然笑っていなかった。
「だから、友達とご飯食べてただけだって」
血の繋がりある知人って雰囲気でお友達ではなかったけど。
嘘は言ってないよ、嘘は。
しばしにらみ合った後隆哉は小さくため息をついて、視線を外した。
勝った。
小さくガッツポーズをしてると、隆哉は恨めしげに私を見下ろした。
「本当に、庸ちゃんは酷い」
私は小首を傾げて一度隆哉を見上げ、視線を外して立ち上がった。
さて、上の部屋に紙袋運ばなきゃ。
「分かってるのに、ね」
音がしないくらい優しく、でも振りほどけないくらい力はこめて、隆哉は私の左手首を掴んだ。
手が熱い。
時が一瞬止まる。
私が離してと言う為に口を開いた瞬間、家の鍵が開く音がした。
「ただいまー、お父さんと丁度駅降りたら一緒になったの」
「ただいま」
両親だ。
「お帰り!」
うわずった声でそう叫んで、隆哉の手を思い切り振りほどいた。
「似合ってる」
直後、隆哉が私にそう言ったのが聞こえて頬が熱くなったけど、振り向くことはしなかった。
リビングを突っ切ってバックを引っつかんで、両親へすれ違いざまお帰りともう一度言って、階段をかけ上がり部屋の中に入った。
動悸息切れが治まった後、いつものクタクタの部屋着に着替えてお風呂場へ行き、初めてお母さんのメイク落しを使ってみた。お風呂への行き帰りは隆哉と顔を合わせなかったので安心した。