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更新空いてすみません(一ヶ月ちょい)。
※前回のダイジェスト
主人公は夏期講習の帰り女性に声をかけられる。その女は生き別れの母親のようだったが、記憶の彼女と雰囲気が全然変わっていたのでビックリ。一緒にランチすることに……
私が生みの母である女の人に連れられた先は、駅前から歩いてすぐの煩雑な通りにあるこじんまりしたレストランだった。一番スタンダードなパスタのセットランチを私も前に座った女の人も注文する。昼食時のため、店はほぼ満席だった。
余り外食をしないので、何だか居心地が悪い。平日の昼食はお弁当、それ以外は家で食べることが多いからこういうお店には気後れしてしまう。
おまけに連れはこの人だ、落ち着ける訳が無い。顔を上げて正面に座る彼女を見上げたら思い切り目が合ってしまい、どぎまぎした。
「元気に暮らしてるんだ、良かった。……高校生だよね」
「三年です」
「そっかぁ、受験生か。受験って響き、懐かしいな。塾とか行ってるの?」
「今、その帰りでした」
差しさわりの無い会話をしながら、注文した料理が揃うのを待つ。
セットのサラダとスープはすぐにテーブルに出されたが、手をつける気になれなかった。
「あの、キョージ……えっと、あなたのお父さんはどこまで話してるのか分からないんだけど」
「お待たせしました」
女の人が何か重要そうな事を話し出した途端、店員さんが料理を運んでくる。
タイミングが良いのか悪いのか。
苦笑する女の人を見て、私は気を取り直した。
お父さんのこと名前で呼ぼうとした、それだけで少し動揺してしまったことを自覚し、気合を入れ直す。そんなんで、この先この人と会話できるのか。
「本日のパスタはトマトとアンチョビの娼婦風スパゲッティでございます」
目の前に置かれたのはトマトソースのスパゲッティ。
その赤を見て十年前に会ったこの人の記憶が思い起こされ、私は机の下のこぶしに力を込めた。
赤い唇、悪意が宿った瞳。
目の前の彼女に視線を向ける。彼女の雰囲気は穏やかで、過去の記憶と結びつけることが難しかった。
目が合った瞬間彼女はにこりと微笑み、私の心臓はどきりと鳴った。
「間が悪いけどとりあえず食べましょ、のびちゃう前に」
私は軽く頷きフォークを手に取った。
「適当に入った店だけど結構おいしかったね」
「……はい」
「そう、良かった」
彼女は淡く笑って、前髪をゆっくり掻き揚げた。
私たちの間のテーブルに載ったお皿は共に空になっていた。
肯定の返事はしたものの、全然味なんて分からなかった。私はどこに視線を向けたら良いのか悩んだ挙句、皿の上に残った赤いソースの跡を見つめていた。
「--どこまで聞いてるのか、確認してもいいかな?」
その言葉に、私は息を飲んだ。
どこまで聞いてるか?一体何について。
私とあなたの関係?
父と私の関係?
……そんなの、何も聞いてない。
私は父の連れ子で、父と母は私が通っていた保育園で出会い結婚し隆哉が生まれた。
約十年前に生みの母親であるこの女性が突然現れ私を数日連れまわし、大きな騒ぎになったような記憶があるけれどそれは一家のタブーのようになっている。情けないことに、そのことについてほとんど私の記憶は無い。
私が知っているのは、それだけ。
両親には、特に父には聞けない空気があったから、私もこれまで気にならない振りをすることに努めていた。
でも、それは良いことなのか、良いことだったのか。
私は一度強くこぶしを握り、顔を上げた。
「ほとんど知らないけど、知りたいと思っていました」
かまをかけることも思い浮かんだけれど正直に言ったほうが良いような気がして、私はそう言った。
父が言わなかったのにも何か理由があるだろうから。
無理に知ることはないけど、私自身の出生に関することだ。知りたい気持ちはある。
チャンスは逃したくない。
私は唇を引き結んだ。
「……そう」
彼女は物憂げに私を見た。
「こういうのは早く言ったほうが良いって聞くのに。恭司の奴……」
小声で不機嫌そうに早口で呟く。
「ま、あたしは批判できる立場なんかにないんだけどね。了解、あなたを生んだときの話とか色々したいんだけど」
女はそこで言葉を切って、腕時計をチラリと見た。
シルバーのブレスタイプ。いかにも大人の働く女といった感じだ。
「ちょっと時間が足りないかな。尻切れになるのも良くないし。また、今度でも良い?携帯教えて」
「えっと……」
私がためらっているうちに、女はテーブル越しに手を伸ばして私の携帯電話を捕獲し、赤外線通信でアドレスを交換していた。手際の良さに思わずボーっとしてしまい、言われるがままに携帯、渡してたよ……。
その後すぐに店を出た。会計は当然の様に女が支払ってくれて、私は大してお金も入っていないノーブランドの財布を左手に持ちつつ、所在無く女の後ろ姿を見つめていた。
「ゴメンね、急がせちゃって。あ、名刺渡しとく。あたし、税理士事務所開いてんの。また連絡するねー」
女は慌しげに別れの挨拶をし、駅へ続く道を颯爽と歩いていった。
私はその姿勢がいい後姿をぼんやり見つめていることに気づき我に返ると、身を翻して正反対の方向である自宅への道を歩き出した。
『また連絡するね』、女の言葉を思い返したら鞄の中の携帯電話の重みを感じた。