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私は余程固い表情をしていたのだろう。
「なーんて、ね」
女は首をかしげて微笑んだが、私は全身をこわばらせて立ちすくんだままだ。
「忘れてるなんて当たり前よね、私も直接会ってビックリしたわ。似てるって聞いてたけど、これ程とはね……」
女は感慨深げに一人で話している。
「そんなに警戒しないで」
苦笑交じりにそう言われたが、こわばりは取れない。
さっさとこの場を去れば良いじゃないか、そんな思いに反して足に力が入らない。
「誤解しないで欲しいんだけど、尾行してたとかそんなのじゃないから」
私が黙ったまま立ち尽くしていると、焦ったように女の人はそう言った。隙がなさそうな美人の印象が崩れる。
「さっきも言ったと思うけれど、仕事の都合でたまたま外出してたらあなたに会えたってだけだからあたしも凄く動揺してて」
かわいらしい、そんな形容詞が頭の中に浮かんだ。
この女の人が私を生んだのは確か20代になったばかりのはずだから、きっと30代後半というのが現在の彼女の年齢だと思われる。その年齢から思い描く女性のイメージより目の前の彼女は驚くほどに若かった。
十年前の魔女のイメージと実物との乖離に私は息を呑んでいた。
乾ききった喉が鳴る。
もっと記憶の中の彼女は、大きくて強圧的で暗い雰囲気をまとっていたように思う。
『あなただけが……なんだって』
耳元であの声がしたような気がして、私は顔を歪めた。
確かに十年前のあの時、この女は私に囁いた。
『あなただけが仲間はずれなんだって』
私は地面から目を上げ、彼女を静かに見つめた。
私があの記憶の闇に飲まれないように必死だった年月、この人は何をしていたのか。
私のあの時の記憶が混乱していたのか、それともこの人が変わったのか。
不思議なことに、彼女を責める気持ちにはなれなかった。
「あの、いきなりだしあなたも驚いてるよね、ごめんね」
彼女は頬に落ちた髪を耳に掛けた。そのまま腕時計をちらりと見て、私に向き直る。
「この後時間の都合は大丈夫かな、昼食一緒にどうかと思うんだけれど」
「え……」
いきなりの提案に眉をひそめた私の反応を伺うことなく、左腕が彼女に握られた。
「もーぱっとしない店ばっかりだけど仕方ないか、急だったし。悪いけど我慢してね」
手を引かれるがままに私は彼女の後に続くのみ。
驚きと戸惑いと。
浮かんだ感情は怒りでも恐怖でもない。無感動ではあるんだけれど何だろうこの気持ち、好奇心とでも表現すれば良いのだろうか。
私は目の前をふわふわ揺れる彼女の茶色がかった毛先から目が離せなかった。