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私って自覚してるより随分悪い奴なんだ。
利己的で、傲慢。
一言、はっきり言ってあげたらすぐに楽にさせてあげられるだろう。
そう思うだけで実行に移せないのは私が姑息なヤツだからだ。
「人の好意に浸かって生きるのは、気持ち良い?」
自分の部屋でベットに仰向けに転がって、一人呟く。
「それとも好きだったり、する?」
弟としては大好きだけど、恋人としての好意とどう違うのか良く分からない。
分かりたくない。
お父さん、お母さん、私、隆哉。四人で築く幸せな家族。それで十分じゃないか。
「今のままでいい」彼のそんな言葉を都合よく受け取って、未だにブラコンという隠れ蓑をまとい、仲が良い姉弟の仮面をかぶり続けている。
本当の悪魔はあの人じゃなくて、私なのかも知れない。
だから、罰が当たったのだ。
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「新藤庸子……ちゃん?」
車道からよく通る声でそう呼びかけられたのは終業式の翌日、単科でとっている夏期講習を午前中に受講した後のことだった。
駅前のロータリーに留まった一台のシルバーの車は夏の日差しを受けてぴかぴかに光っている。
女性の落ち着いた印象の声に思い当たる顔は浮かばず、怪訝な顔で振り返る。
振り返って、しまった。
「びっくりした、本当に会えるなんて思わなかった」
助手席から勢い良く降りてきたのは、華やかな雰囲気の美人だった。
こげ茶のセミロングの髪がゆるくカーブを描いて、肩の上で揺れている。オフホワイトのスーツが似合っていた。
「所長!」
「鞄だけちょうだい。14時には戻るわ。電車で帰るから先に行っていて」
車内から焦ったように声をかけた若い男に冷淡にそう返し、女性は微笑を浮かべて私に向き直る。
「まさか偶然会えるなんて思わなかった。嬉しい」
彼女の笑みは更に深くなる。
人違いではありませんか、思わずそう言いかけた。しかし、強烈な記憶が脳裏をよぎり私はしばし呼吸を止めて女性の顔を凝視した。
否定したいけれど、目の形、鼻筋、笑顔を形作る唇、どれをとっても似ている。……鏡で見た自分に。
女性の雰囲気はあの時と大分変わっているけれど。
「あら、私のこと忘れちゃった?」
面白そうに、彼女は顔をわずかに傾けて私を見る。
「約10年ぶりとはいえ、母親の顔忘れるなんて薄情ね」
やはりそうかと私は視線を逸らして足元を見つめた。黒いアスファルトは太陽の日差しにジリジリ焦がされている。
私を生んだ人。
私を捨てた人。
今度は何を壊しに来たの?