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隆哉に思いを打ち明けられてからもう二ヶ月近く経ち、期末テストが終わったところ。あとは夏休みの始まりを待つばかりだ。
今年の夏は天王山。受験勉強にひたすら打ち込めばもろもろの雑念も消えるだろう。
「……んー。」
明かりが点いたのを感じて、私はソファの上で伸びをした。
午前授業から帰ってきた後リビングで参考書を開きしばらく勉強していたが、頭痛がしたため横になったら寝てしまったようだ。
天井の明かりがまぶしくて、目をぎゅっとつぶりながら落ちないよう注意しつつ寝返ってうつぶせの姿勢をとる。横たわる前にエアコンを切って窓を開けたため、全身がじっとり汗ばんでいた。
……何時?
四時半、か。一時間ちょい寝てたみたい。
少し上体を起こしてテレビの方の時計を見やれば、視界の端に隆哉をとらえた。
ダイニングテーブルとソファの間に立って、私を見ている。
「おかえり。帰ってきてたんだ。」
「部活、三時に終わったんで。」
こめかみを片手で押しながら体を起こそうとしてハッとした。……まずい、家に私しかいないと思ってノーブラ且つキャミソールなんですけど。さすがに下は中学時代の体操着であるハーフパンツ、ちゃんとはいてますが。パンツだけじゃなくて良かった。
やむなく再びソファにうつぶせになる。
部活帰りならシャワー浴びるだろうから、その間に部屋に戻ろう。
「……あっちーな、何してんの。」
「あ、エアコン、つけるね。」
ソファの横のテーブルに置いてあったリモコンに手を伸ばすが、微妙な距離。焦りながら体を起こしつつ腕をのばしたら、バランスを崩してソファから上体が落ちた。
おでこをコレでもかという位サイドテーブルに打ち付けて、涙目になる。寝ぼけてフワフワした頭の中で、痛みだけにリアリティを感じた。
「……ほんとに、何してんの。」
サイドテーブルの足元にうずくまって痛みをやり過ごしている間にテレビの前を経由して廻りこんできたらしい、しゃがみこんだ気配と同時に頭のそばで隆哉の声がした。
続いて後頭部をかるくポンポン叩かれる。
「アホすぎじゃねーの?」
残念ながら否定できないのが情けない。
机に頭打ち付けるなんて、久しぶりだよ。
「スミマセン。」
顔を上げて前髪を除け、打った部分を見てもらおうと隆哉に視線を向けるとなんだか嫌な顔をされているのに気がつく。
「血は出てないけど、コブにはなるかもな。冷やしたほうが良い。」
そう言うなり、立ち上がってすたすたと歩き出す。
隆哉が台所の方に行ったのを確認してから、私は立ち上がって冷房を入れ、開けていた窓とドアを閉める。さっさと部屋に戻ろう。置いたままにしていた参考書類を回収するためダイニングテーブルに向かったら、カウンター越しに隆哉と目が合った。
「ほら。」
声と同時に何かが投げられて、私はとっさにそれを受け取った。
濡れタオル。
「どんくせー。」
後頭部をワシワシかき上げながら隆哉はそう言うと、ドアの近くに置いてあったスポーツバッグを持って部屋から出て行った。
憎まれ口は叩くけど、何だかんだで優しいよねー。
おでこに塗れたタオルの冷たい感触を感じつつ、私は微笑んだ。
あ、だらしないこの格好見られちゃったけど、まぁ仕方ないか。
私たちはこんな感じで、多少は意識し合ってはいるものの、おおむね普通に暮らしている。