挿話1 姉について
え?キョーダイ、ねぇ。
いるよ。姉が一人。高三。
あー、うちの学校じゃ無い。どこって……普通の高校だよ。女子高。
うん、まぁそうだけど。ダイイチジョシ。
頭いいって?そりゃどうも。あんだけ勉強してりゃどの学校だって入れると思うけど。
ガリベン……まではいかないかな。
ていうか、別に人の姉なんてどうだっていいだろ。なんでそんな食いつくんだよ。
……そりゃどうも。でもオレと全然似てないよ、アイツ。
なんつーかタイプが全然違うんだよな。性格も、顔も。
まぁそんなにヒドくはないけど。見た目は……普通かな、地味な感じだけど。
気を使えばもうちょいマシになるはず。
多分来年大学入ったら全然印象変わっちゃうんだろうな。
しかもアイツ理系だからきっと周り男子ばっかで。
はーぁ。
え?あ、ごめん、何。全然聞いてなかったわ。
仲?まぁ悪くはないと思う。
親共働きだから、あんま家に居ないし。どうしてもキョウダイで過ごす時間、多いから。
つーか、お前だって妹いるだろ。しょっちゅう話題にしてるじゃん。
女キョウダイの実態なんて十分分かってるはずだろーが。
アイツラってほんと無神経なトコあるだろ、ソファーの上に下着、脱ぎ捨てたり。
いや、下じゃなく上の。服着たままアレを脱ぐんだよ、マジで手品だよな。
え、そんなことやらない?
いや、妹、そのうち絶対やるから。マジで。
ほんと無神経にできてんだよ。
風呂上りとかさぁ、……こっちがどういう思いしてるか知りもしないで。
はーぁ。
はぁ!?
風呂場で鉢合わせるなんてねーよ。漫画の見すぎじゃねぇか。
大体、オカシイだろ。お前、母ちゃんの裸見て欲情したりすんのか!?だろ。
妹の着替え見たってなんも感じないだろ!?
おかしいんだよ、な……。
あ、悪ィ。別に怒ってない。急にでかい声出してゴメン。
てかさ、もうそんなどうでも良い話題止めて、さっさと部活行こ。センパイ怒ってるんじゃねーの。
へ?いつかウチに来たい?……まぁいいけど。
そのうち、な。タイミングが合えば。
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中間テスト明けの久しぶりの部活動だ。
新藤隆哉は廊下を歩きながら、横にいるクラスメイトとつい先ほど教室で交わされた会話を思い返していた。
変なリアクション、してないよな。大丈夫だよな。
心中ひそかに確認する。
半分血がつながった姉に彼が思いを告げたのは、昨夜のこと。
行き当たりばったりなものになってしまった感じはあるものの今までずっと思い悩んできた事だったため、寝不足からくるだるさはあったが頭の中は妙にすっきりしていた。
思いを打ち明けたときも朝リビングで会った際も、姉の瞳に嫌悪感は見て取れなかった。隆哉はそのことを思い返し、唇をゆるませる。 今は知ってもらうだけでいい。忌々しいくらいに姉も、もちろん自分も常識ってものに縛られているから。
「キョーダイ、か。」
「あ?なんか言った?」
「何でもない。」
口の中でちいさく呟いたその言葉が横を歩く椎橋の耳に入ったようで、隆哉は薄く笑ってごまかした。
積年の思いを打ち明けた隆哉の胸には喜びとわずかな後悔が同時に湧き上がっていた。
だって、例えば。
隆哉は吹き抜けになっている中庭に設置されたベンチに座る二人を、通り過ぎる際に横目でちらりと見た。明らかに彼氏と彼女だろう。お互いの間に置いた一冊の雑誌を顔を寄せ合って見ながら、楽しそうに会話を交わしている。
例えば、自分の思いが彼女に受け入れられたとしても、あんなふうに表立って並んで居られる二人には決してなれないだろう。
「あーマジで彼女欲しーわ。」
同じ情景を見たのだろう、並んで歩く椎橋の結構本気な叫びが耳に入り、隆哉は思考を切り替えた。
「お前、最近ホントそればっかだな。」
苦笑交じりにそう言うと、
「俺は健全な男子高校生なの。」
胸を張って返された。
中高一貫校であるこの学校で高校からの入学者が所属する外部受験クラス且つサッカー部という共通項がある人間は貴重だったし、この友人の素直で朗らかな性格は隆哉にとって好ましいものだった。名簿順で前後のため、入学して初めて話した相手でもある。
素直すぎて本能ダダモレなのが玉に瑕ってヤツか。
「ま、お前は実に健全だよなー。」
羨望も込めてそう言ったのだが、椎橋はそうとは受け取らなかったようだ。
「余裕ぶってんな。お前だって欲しいだろー、カノジョ。」
カノジョというか、あいつが欲しい。
努力は惜しまないけど、今のところ勝敗予想は全くつかない状況だ。
「そりゃ、まぁ欲しいは欲しいけど。」
隆哉が感情をおさえてそう答えると、椎橋は眉間を寄せた。
「余裕が感じられる!」
「余裕?」
ちっとも余裕なんかない。
姉は来年から大学生になる。
出来たら二浪してもらって同じ学年になって欲しいくらいの気持ちだけど、あれだけ勉強していたら一浪の可能性ですら皆無だろう。大学も女子大に行けばいいのに。
「お前はイケメンだからいいよなぁ、くそー。」
冗談交じりに蹴りを入れつつ、椎橋はぼやいた。
隆哉はそれをかわして、言う。
「イケメンじゃねーよ。」
容姿なんか関係ない。好きなヤツに相手にされなきゃ意味がない。
「そもそも部活ばっかで出会いねーし。せめてねーちゃん紹介しろー!!」
「絶対嫌だ。」
それにだけはかなり本気で返答して、隆哉は部室へ続く廊下を駆け出した。
教室の会話で予想はしてたけど絶対何があってもコイツだけは家に入れない、そう固く誓いながら。